AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

林檎 VS のっち

2024年06月02日 | まったり邦楽
あんだって!?

リンゴとノッチがタイマン張っただと?




真相はこうだった。

「椎名林檎さんのニューアルバム『放生会』(ほうじょうや)にPerfumeのっちが参加決定!!
かねてから椎名のファンであることを公言していたのっち。ストーリーズでは、「恐れ多くも参加させていただきました! こんな夢より夢みたいなことありますか!!!?? 大好きな林檎さんに狙い撃ちお誘いいただきました。嬉しい」とオファーをもらったことに大興奮。」




「Perfumeメンバーがソロで音楽活動することは結成25周年目を迎えたグループ活動の歴史の中でも初となり、「わたしひとりで参加するなんてこと林檎さんじゃなきゃなかったです。借りてきたのっちを是非お楽しみください」と椎名からのオファーだからこそと明かした。」

確かにのっちは2007年、ちょうど「ポリリズム」がリリースされた頃から、九州のローカル音楽番組で椎名林檎の熱烈なファンであることを公言していた。
あの時は「もう共演なんてしたら、死んじゃいます!」って無邪気にはしゃいでたな~

2007年、福岡深夜音楽番組『チャートバスターズR!』にて。


ところで、林檎の方はPerfumeには、いつからどのような印象を持っていたのだろうか?
SNSから拾ってきた彼女のライナーのコメントによると・・・

「のっちにはほんとうにこの20年くらい、事あるごとにアプローチし続けてきました。私のプログラムを聴いてくださっていると伺っていたものの、私のほうがよほどあきらかにしつこくしてきている・・・」

20年前からってマジか?
その頃って、Perfumeまだインディーズ時代で、「モノクロームエフェクト」とか、「ビタミンドロップ」とかやってた頃だぞ。

ちなみに林檎に関しては、20代の頃はそれなりに聴いていて、CDも何枚か持ってる。



で、直前まで情報が伏せられていて、林檎とのっちのコラボが実現したというビックリニュースが発表された時は、林檎の姐御一体なにが狙いだ?まさかプロディジーにおけるリロイ・ソーンヒルみたいな立ち位置の参加じゃないだろうなぁ~・・・なんて思いつつも、楽しみに待ってた。

そしてその2日後、アルバムリリースと同時にYOUTUBEにて公開されたMVを試聴したわけだが・・・・


正直「初KO勝ち」って曲タイトルはピンとこなかったが・・・

アヴァンギャルド、オルタナ、博多弁、サブカル要素フンダンのアクの強い、見事なコテコテの林檎ソングである。
いや、バック演奏もスキのないスタイリッシュさだし、想定以上にカッコいい!

MVは、映画『ファイトクラブ』、あるいは『スナッチ』での闇ボクシングの様相を呈した、いかにも林檎らしいゴージャスでアヴァンギャルドな内容となっている。


初めの歌い出しは、「林檎?」と思いきや、なんとのっちである。
林檎ファンの方とか、「ポリリズム」「チョコレートディスコ」くらいしか知らない人とかは、ディーバに歌い上げるのっちの歌声に驚いたかもしれないが、長年Perfumeを聴き続け、エフェクト掛かってても3人の歌を聞き分けられる(ライブでは生歌も聴いている)自分ですら普段より拡張されたのっちのこの歌声にはビックリして、逆に「林檎め、のっちの声になにを仕込んだんだ?」と訝しむくらいであった。

まぁでも林檎が歌い出すと、その野太く響く歌唱テクニックは圧倒的である。
掛け合いの方式を採っているが、正直林檎ひとりで歌っても十分に成立する楽曲だなと。
歌詞内容からなんとなく読み取れるのは、林檎ののっちへの熱い思いとか、熱烈なアプローチそのまま。この人ほんとにのっちのことが好きなんだなって。
歌の冒頭、そして最後のフレーズものっちのリードで終わらせる辺り、粋な計らいというか、わざとらしいくらいにのっちに花を持たせている。


それにしても、自己主張しない、洗練された3人の調和で成り立っているPerfumeからひとり離れ、真逆といってもいい自己主張の激しいアクの強い林檎の楽曲を、いつもと違ってディーバに歌い上げるという行為は、のっちにとってはとても勇気のいることだったと思うし、一歩間違えればとてもカッコ悪く恥ずかしいデキに成りかねない恐れもあった。
でも、そんな杞憂や違和感を全く感じさせない、のっちの歌がすんなり溶け込むスタイリッシュな楽曲に仕上がっていて、さすが林檎の姐さんと感服した次第である。


今回のコラボ、のっちにとって、憧れ続けていたアーティストとレコーディングしたり、MV撮ったりと、ほんと刺激的で夢みたいな経験だったと思う。
畑の違う林檎と共演するなんて、恐れ多くて夢にも思ってなかったことだろう。
それが、まさか林檎姐さんの方からの熱烈なラブコールである。
Perfumeファンの間でも、容姿端麗、ダンスのキレの良さがカッコいいと定評ののっち(もちろん歌が上手いらしいことも以前から知っている)。
「いや、私がプロデュースすれば、もっとのっちのカッコよさが引き出せる!」「アンタ、そんなもんじゃないだろ!」という、なかばスケバンめいた林檎のゴリ押しといったところなんじゃないだろうか。
本人もTV番組などでのっちとすれ違う度に、「ソロ活動しないのか?」「ヤスタカ以外の曲は歌わないのか?」と、野暮ったいことを投げかけていたと公言している。
事務所からそんなことを言われても、のっちは首を縦に振らないだろう。
う~ん、憧れのアーティストであったが、ちょっとタチの悪い姐御大先輩に目をつけられたって感じ?


まぁ、のっちをプロデュースしたのが、つ♂くとか秋元とか小諸とかではなく、林檎でよかったとは思う。
この曲は後でいいからシングルCDとして出してほしいな。
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空洞です

2024年04月14日 | まったり邦楽
今週、ゆらゆら帝国のベーシストであった亀川千代さんが亡くなったことがSNS上で知らされた時、かなりのショックを受けたのは、なにも私ばかりではなかった。

その日(4/9)、SNS上は想定以上に騒然となっていた。




90年代後半、突如メジャーに躍り出たゆらゆら帝国は爆発的人気を博していたが、同時代のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTやBLANKEY JET CITYのように、華やかな舞台とは無縁といってもよかった。
ロックフェスにわざわざ足を運ぶような人間でなければ、バンドの存在さえ知らない人も少なくないかと。
テレビなどの露出も少なく、十分集客見込めるのにも関わらず、大きくてZeppクラスの箱でしかライブを演らない(だからチケットなかなかとれない)。

ゆらゆら帝国は、14年前の2010年に解散しているが、今回の亀川氏の訃報を受け、SNSではまるで今回が本当のゆらゆら帝国の終わりであるかのような騒ぎであった。
ゆら帝のライブの思い出話や、各々の思い入れのある曲のMV、ライブ映像を貼り付けたりと。
「一度だけでもゆらゆら帝国のライブに行きたかった・・・」っていう、おそらく現役時代のゆら帝を知らない若い世代にもファンはけっこういると思われる。

ミッシェルやブランキーのような、酒、タバコ、タトゥーといった男気溢れるスタイリッシュなカッコよさとはまた違う、なにかしらヤバい麻薬のようなサイケでイビツ感溢れる異次元のカッコよさ・・・

亀川氏の、ベースプレイはもちろん、あのどこか他者を寄せつけない異様な存在感は、ゆらゆら帝国の突出した音楽性において、なくてはならない要素だったのは間違いない。



私が初めてゆらゆら帝国の音に触れたのは、確か社会人になって1年目の頃であったろうか。
それまで洋楽かぶれだった私は、SSTVで突如流れたこのMVを観て、脳天をぶっ飛ばされたような衝撃を受けることになる。
え!?日本でこんな音出すバンドがいたのか!!と。

今でもあのちゃんのラジオのオープニングで流れてるんだって。


もちろん坂本くんの足の動きも気になったが、ぐるんぐるんとうねりまくるベースラインを弾き出す亀川千代氏の存在感も目を見張るものがあった。
細身長身で黒づくめの衣装、そして前髪ぱっつんのサラサラロングヘアー(姫カット)。
私はしばらくの間、亀川氏のことをずっと女だと思い込んでいました。


ゆらゆら帝国の単独ライブは、なかなかチケットがとれず、私がようやく最初に観たライブは、1999年の大阪市立大学の学園祭“銀杏祭”でだった。




『太陽の白い粉』を発売した時だったかな。「すべるバー」とか演ってたっけ。
この時は端の方だったが、亀川氏のプレイを至近距離で拝むことができた。
最後、亀川氏がベースを思いっきりバゴーーンっ!!って鳴らさはったので、スピーカー付近にいた私は軽く音風に煽られたのはいい思い出です。





そして、坂本慎太郎くんのシンプルだけど、心に沁みる哀悼の言葉。



ゆらゆら帝国に亀川氏が加入した当時、坂本くんは「水木しげるの漫画のキャラクターに出てきそう」って、喜んでいたのだとか。


坂本くんの描いた亀川千代。



実はゆらゆら帝国解散後の亀川氏のその後の活動を全く知らなかった。
すみません・・・

冬苺、不失者、The Stars・・・etc.といったバンドでベースを弾いていたそうです。




ご冥福をお祈りします。



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臨時ニュースを申し上げます

2024年03月31日 | しねしねシネマ
恥ずかしながら、ご報告します!

アカデミー賞獲ってさらに盛り上がってる『ゴジラ-0.1』、劇場まで観に行ってまいりました!
(ほんと恥ずかしながら)


ゴジラ映画は、20年くらい前に、ゴジラ好きの友人に誘われ一度劇場まで観に行ったことあるんだが、映画のタイトルも内容も全くもって覚えていない。
米制作の初(?)のゴジラ映画『GODZZIRA』も昔映画チャンネルで観て、「ほとんどジュラシックパークやないけ!」と、もう論外のシロモノであった。
全世界で愛される日本のゴジラは誇りには思うんだけど、ウルトラマン怪獣が大好きだった幼少の頃まで遡ってみても、ゴジラというものを好きだった試しが本当にない。
近年では、庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』が、シン感覚のゴジラ映画として騒がれていたので地上波で観てみたが、「面倒くさいな」と思っただけだった。

私の所持しているゴジラ関連アイテムはせいぜいこれくらい。すいません。



前世紀から今世紀にかけて、ゴジラ映画ってのは日本ではもちろん何本も、ハリウッドでもちょくちょく作られてて、正直昨年『ゴジラ-0.1』が話題に昇ったときも、「また作ったん?」と全くもって興味が沸かなかった。

じゃあなんで観に行ったのかって?
それはやはり昨年からメディアがめちゃくちゃ騒いでて、YOUTUBEとかでも絶賛の嵐で、おまけに今年アカデミー賞で「視覚効果賞」?みたいなの獲っちゃって、まぁ徐々に感化されていって、今度こそ劇場で見応えあるかもってなったから。
今回は私のようにゴジラに興味ない人でも結構心動かされた人多かったんではないでしょうか?

このトレーラーもよくできてる。なんかスゴそうだもん。



で、劇場で観てどうだったかというと・・・

やっぱ私ってゴジラ萌えする感性がないのなってのがわかった。

まぁ観てる時はそれなりに楽しんでたと思う。
まず、第二次世界大戦末期~終戦後っていう時代背景がよかった。
いきなりゼロ戦が飛んでて、日本のある島の飛行場に不時着する時点でかなりワクワクした。
基本的にはゴジラが大暴れ、大破壊する映画であるが、人間ドラマにも尺が割かれてて、日本の終戦後ドラマ特有の湿っぽく暗い雰囲気の、でもどん底から這い上がり、団結して皆で知恵を絞ってゴジラに対抗するという、そういう展開は正統な流れではあるんだけど、ちょっとベタベタでクサかった。
つか、あの焼け野が原でなんで赤子抱えた女子が大勢の男に追いかけられてるの?赤ちゃん泥棒?
キャストもよく見る売れっ子の豪華顔ぶれであざといなと鼻についたものの、役柄は各々ハマってて、そのカタにハマったキャラを見事全力で演じ切っている。

そして、今作の大スクリーンでのCGゴジラのアクションはどうだったかというと、まぁ想定内という感じだった。
いや、賞獲ってるし、凄い技術なんだろうけど、個人的にVFX不感症になってしまったもので。
こういったモンスターVFX映画の感動は、スピルバーグの『ジュラシックパーク』がピーク。
あれを30年前映画館で目撃した人たちがいまだに羨ましく勝ち組だと思ってる。
海でのあのチェイスシーンもテレビで何回も映ってたので、劇場であんま興奮できなかった。


もう一つ、『ゴジラ-0.1』を劇場まで観に行こうと思った決定的な動機がある。

それは、劇中で震電が飛ぶって聞いたから!

このことは、トレーラーでもメディアでも全然取り上げられてなかった気がする。

震電ってのは、大戦末期に、一般市民を虐殺しまくり日本を焦土と化したアメリカの爆撃機B-29を迎撃するために旧日本軍が開発した局地戦闘機。
開発試行途中で終戦を迎え、実戦には使われることのなかった幻の戦闘機である。




小学生の頃、軍事マニアの父の影響でガンプラから徐々に第二次大戦時のプロペラ戦闘機にハマり始めた私は、震電のフォルムを見て衝撃を受けた。

いや、後ろ前、逆やん!!

昔作った震電のプラモはすでにないが、設計図は残ってた。


ほかの日本軍の戦闘機は、正直あまり区別がつかなかったが、震電はもう独創的すぎて一目でそれとわかる。

劇中で倉庫に格納された震電が映し出された時はさすがに興奮した。
そして離陸して大空に飛び立ったときは、ほんとマジで感動した!
まぁそこはCGなので多少迫力には欠けたが、おそらく震電が映像化されたのは、映画史上今回が初めてだろう。

実戦で投入されずに破棄、解体されてしまった幻の戦闘機・・・
それが実は一機だけ極秘に破棄されずに残ってて、それをゴジラ撃退作戦の為に投入するという・・・
これは本当にロマン溢れる素晴らしいアイデアだ!

聞くところによると、この山崎貴監督、そうとうの軍事オタクみたいだ。
この撮影にあたって、レプリカの実物大の震電まで作ってしまったというのだから、相当の拘りである。
ひょっとして震電を飛ばしたいがために、この時代背景のゴジラ映画撮ったんやないかと勘ぐってしまう。
山崎監督はインタビューで、『シン・ゴジラ』の対抗策として、「真逆にした」と語っていたらしいが、それは震電の機体と掛けたんじゃねえかって。

このレプリカの震電、今現在福岡県筑前町にある大刀洗平和記念館にて展示されているらしい。
これはちょっと観に行きたい!




いやいや、自分のゴジラに対する思い入れが薄かったためにこのような感想になってしまったが(これがクトゥルー邪神なら絶対絶賛してる)、それは置いといて・・・

ゴジラという日本の誇るべき鉄板のコンテンツで、全世界から大絶賛される最高のエンタメ映画を見事に作り上げ、そこで「日本にはゼロ戦だけではなく、震電っていう独創的なマイナー戦闘機があったんだぞ!」っていうことを世界の人に知らしめてくれたことは、本当に快挙というほかない!

ありがとう!山崎監督!


Blue Oyster Cult: Godzilla
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ばいちゃ

2024年03月21日 | 二酸化マンガ
この度、鳥山明先生の突然の訃報に全日本、いや、全世界がびっくらこいた!

享年68歳、あまりにも早すぎる・・・・・


まぁマンガとかアニメにはとうの昔に興味は無くしているし、べつに鳥山明マンガを収集していたワケでもない。
ただ、80年代初期に放送開始された『ドクタースランプアラレちゃん』のアニメは、日本で大センセーショナルを巻き起こし、小学校低学年だった私の心をもう鷲掴んではなさなかった。



おこずかい配給になってから、もちろんコミック本も全巻揃えてワクワクしながら読んでた。




Dr.スランプ連載前に、鳥山明が集英社に投稿した初期短編作や、特別企画作品などが収録されている『鳥山明〇作劇場』っつーのもまだ所持しててこれも好き。
少年ジャンプ読者評価でダントツのドベを記録したといわれるデビュー作『ワンダー・アイランド』とか、今読むと全然悪くない。新人だから読者も冷たかったのだろう。
Dr.スランプの元となったといわれる『ギャル刑事トマト』も秀逸(ペンギン村のキャラたちもすでに出演)。



ところで、『Dr.スランプ』は、今読み返したら昭和のバカバカしい稚拙な子供向けのギャグマンガである。
なのに、なぜいまだに捨てずに魅力を感じ続けられるのだろうか。

鳥山マンガの魅力ってのは、それはズバリ!驚異的な絵の巧さにあるかと思われる。

『Dr.スランプ』第一話の扉絵。最初にしてこのクオリティ。



そりゃあの時代、絵の巧い漫画家なんていくらでもいた。
劇画リアル志向の巧さでいうと、武論尊、北条司、寺沢武一辺りがその代表格かと。
ただ、鳥山明の描くマンガには、リアル志向な描写の中に、実にマンガらしい唯一無二のキャッチーさとポップさが溢れているのである。
そう、キャラクターはもちろん、車、バイク、家、山、看板、全てのものが丸みを帯びており、それが魔法がかったかわらいらしさを生み出している。
あの時代の子供はみんな、ペンギン村に住むのが夢だったはず!




とくに『Dr.スランプ』は表紙、トビラ絵が秀逸だったよなぁ、今みても十二分に楽しい。
プラモデラーたる作者の性だったんだろう、とにかく車、バイク、戦闘機、戦車等のメカニカルなディティールが神がかってた。




ミリタリー趣味全開だったもんな(特に第二次大戦期)。無邪気というか。
リアルとデフォルメの見事なバランス感覚!
今の時代においてもこれだけの独特で完璧なポップアート感の出せる漫画家はいないかと思われる。

週刊少年ジャンプで巻頭カラーやった時のトビラ絵の切り抜き。



『Dr.スランプ』では、ウルトラマン、ゴジラ、ガメラ、ガンダム、スーパーマンなど、あの時代正にセンセーショナルだったアイテムを無邪気に(無許可で!)マンガに取り込みまくっちゃってるところなんかも読んでて楽しかった。
しかし、よく怒られなかったよなぁ~



鳥山先生、スターウォーズも大好きだったんだろうなぁ・・・・



週刊少年ジャンプでの『Dr.スランプ』の連載が終了し、間髪入れずに始まったのが、『ドラゴンボール』。
この作品も思えば私がまだ小学生の頃に連載されたんだよなぁ、それが幾世代に渡って人気を博し続くことになる長寿マンガとなった。
とにかく世界中に熱狂的ドラゴンボールファンがいて、鳥山明の名はMANGA界ではワールドワイドに知らぬ者はいないくらいまでとなった。
もちろん私も連載が始まった当初は、コミック本発売するたびに狂喜乱舞して本屋にかけつけ購読したもんだ。

週刊少年ジャンプの付録のポスターももちろん部屋に貼ってましたよ。



ただ、程なくして中学時代に突入した私がドラゴンボールに見切りをつけるのに、そう時間はかからなかった(メタルにハマりそっちに忙しくなったってのもある)。
まぁもうこんなマンガの世界でしか通用しない設定の荒唐無稽な冒険活劇モノを楽しめる感覚は薄れていたし、トーナメント戦を何回もやるようじゃ、少年ジャンプ特有のマンネリ化のスパイラルにハマってしまってんなと(死んでもどうせまたドラゴンボール集めて生き返るんでしょ)。
第一作者本人が全然のってないなっていうのが初期の段階でヒシヒシと感じとれた。
Dr.スランプ時代のあの神がかった絵のタッチも徐々に劣化しはじめてきていたし。
もうあのシャッシャッシャーッとした画のタッチがダメだった。
思うにもう忙しすぎてほとんどアシスタント任せだったんではないかと。
そんな私の冷めた思いとは裏腹に、ドラゴンボールは益々不動の人気マンガに発展していくわけなんですけど。


鳥山明先生の訃報を受けて、どの報道番組でもトップニュースで大々的に報じられていたけど、やっぱ絶対的マンガとしてドラゴンボールがフィーチャーされてたな。
全世界で2億6千万部売り上げたから、まぁしゃーないんやけど。
わしらの世代でもドラゴンボール派が圧倒的だしね。


近年、そんな共感者皆無なDr.スランプ派の私を、小学生の頃のようにワクワクさせてくれたのが、スズキのハスラーとそのCM。



もちろん、このハスラーをデザインしたのは鳥山明先生ではない。
でもこのデザインって、ほんとペンギン村から抜け出してきたかのような、ちょっと他に類を見ないかわいらしさですよねー
いやいや、この車デザインした人は、絶対Dr.スランプの影響入ってるって!
このCMのセンスも最高だし、Dr.スランプってなんだかんだよくリバイバルされてんだよね。

私もこの車出た当時、スゲーー憧れてて、次の車にと考えてたんですよ。
でもちょっとサイズ小さいってのと、人気ありすぎるので、妥協してちょっと似ているスペーシアギアに現在乗っております。

毎日うほほい気分で田舎道をドライブしてます。
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悪夢に棲む影

2024年02月05日 | ルルイエ異本
さて、前回クトゥルー神話における暗黒星ユゴス、および<ユゴスよりのもの>の実態について触れたので、ついでといってはなんですが、私が数年前に入手したユゴスにまつわるとっておきの文献をご紹介しようかと。


それは、上写真の丸尾末広氏描くアヴァンギャルドな表紙画の『アリエス』という、怪奇漫画アンソロジー本とでも言うのでしょうか。
本書は、青林工藝舎出版の月刊マンガ誌『アックス』、その初の増刊号(2001年発行)とのこと。


表紙めくると、こんな感じ。まぁサブカル本ですわな。



マンガを中心に、イラスト、コラム、小説なども掲載されている。



丸尾末広、大越孝太郎などのガロ系マンガ家による短編の他、官能小説家の睦月影郎先生まで文章を寄せていて、うそかまことか、青年時代、夢野久作の小説を読んで自慰行為に及んでいたことを告白するという変態性欲的なコラムは、なかなか私の理解の範疇を超えるものがあり大変興味深かった。


まぁ大部分が、女体、残虐、エロス、レトロ・・・な作風のマンガが占めており、こういう分野に関しては中途半端でウブな私が、なぜこの本格的変態アンソロジー本を購入したのかというと、やはり谷弘兒氏の短編が本書に掲載されており、それが読みたかったからに他ならない。


突如谷弘兒の画のことが気になりだし、まんだらけやネット上でとり憑かれたかのように彼の作品を漁りだしたのは、ちょうど5年前くらいのことであったか。

そんな最中、SNS上で発見し心騒がされたのが、下の【画C】であった。


それは、目玉をもつ菌類に似た形状の頭部を生やしたウミユリ状のグロテスクな寄生物が、人の体内から突き出てきているというおぞましく、ただ不思議と見ていてウットリするような芸術性をも持ち合わせた、世にも奇妙な画であった。


このSNSの投稿者は、谷弘兒先生によるクトゥルー画であるという事以外には、何も情報を書いておらず、この画がちょっとした挿絵なのか、またはクトゥルー神話短編の一場面なのか、全然わからなかった。
それでも、どこで情報を入手したのか忘れてしまったが(投稿者本人に直で聞いてはいない)、この画が谷弘兒先生の『悪夢に棲む影』という短編の一場面であることを突き止めるに至った。
ただ、どうやら谷先生の単行本、作品集には収録されてない短編で(谷先生の場合、そういうの多いだろうな)、その作品が青林工藝舎出版の月刊マンガ誌『アックス』の増刊号である『アリエス』に掲載されていることを突き止めるには、そう時間はかからなかった。


トビラ絵からしてこれ。もっサイコーー!




寝ても覚めても、男は奇妙な悪夢にうなされ続けていた。

【画A】



そこで男は、谷マンガではお馴染み、精神科医(心霊生理学者)キルケ博士に助けを求める。
(キルケ博士に関しては、『怪人・蠅男/妖夢の愛液』を参照)




【画B】



【画C】



突然刑事らが、イカサマ医療違法行為の現場を押さえたと乗り込んでくる。

だが、キルケ博士はこう警告する。

「ユゴス星の超知性体が人類に侵入し始めている」と!

「彼の心霊器官(?)に超知性体が侵入して、心霊レベルの狂気をひき起こしている」と!




この心霊的脳内映像の正体は、ホラー映画のビデオテープだった!?




2001年頃といえば、DVDがそろそろ出だしてきてはいたが、まだまだVHSが主流の時代であったかと。
ロジャー・シーマン監督というのは実在するのだろうかとネットで探ったが、出てこなかった。
気になるな。

キルケ博士はその後、2人の刑事によって乱暴に連行されるのであるが、その連行のされ方がエロ漫画的。


そして、悪夢にうなされてた男は、そのまま・・・・

【画D】



「こいつがユゴスのやり方~~♪」などとマッチのヒットナンバーに合わせて歌ってる場合ではない!

もうすでにユゴスよりのものの人類への侵略は、精神レベルで始まっているのかもしれないのだから・・・


とまぁ、わずか12ページの谷弘兒短編のために本書を購入したわけですが、全体的な装丁も豪華で素晴らしく、その値打は十二分にあったと思う。
やっぱり谷先生の画力は異次元レベルだね。

それにしても、ユゴスものも執筆なさっていたとは・・・さすが!


もっともっと、もっともっと谷弘兒クトゥルー神話が読みたい!
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