AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

ティンダロスの猟犬

2012年03月31日 | ルルイエ異本
私が先日、大阪城ホールでのPerfumeのライブで、角度あるものを見る度になぜ、あれほど恐れおののき正気を失いかけていたのかは、今から私が語る“彼方から狩りたてるもの”のことを知れば、そのときの私の苦境を察してくれるであろう。

テトラ型の牛乳パックなど、角度あるものを見るたびに、私は身が凍るほどの恐怖に打ち震え、以前イオンのフードコートでアラブの狂詩人アブドゥル・アルハザードの、あの凄まじい『ネクロノミコン』に記された第七の物語で述べられている「時間を超越した狂気」の頁に目を通したことをはげしく後悔するのであった。
その第七の物語には、彼方から狩りたてるもの、すなわち“ティンダロスの猟犬”の恐ろしい実体について、まことしやかにほのめかされているからである。

ティンダロスの猟犬は、時間が生まれる以前の超太古にある、異常な角度を持つ空間に棲むといわれており、ノス=イディクの落とし子にしてクトゥンの瘴気である。時間や空間のあらゆる範囲を越えた混沌のおぼめく朦朧とした領域、慄然たる恐怖のアザトースにほかならぬ大渦巻きのなかで永遠に吠えたけってヨダレを垂らしながら、彼らの領域に迂闊にもまぎれこむ憐れな人間の精神を待ち受けている。

だいたい、彼のものどもの領域に足を踏み入れる者とは、軽率な時間遡行者であり、時間と空間の制限を消す“遼丹”という支那の秘薬を服用することにより、自由になった精神で帳の彼方を旅することが可能になる。
そして、この時間遡行に沈溺しすぎた者が、窮極の恐るべきティンダロスの猟犬の尋常ならざる臭覚に引っかかってしまうのである。
いにしえに記されたところによれば、人間が彼のものどものうちに宇宙的な飢えを目覚めさせるという。人間が持っている何かを彼のものは渇望しており、それが何なのかは定かではない。やっぱペティグリーチャムか?

しかし、ティンダロスの猟犬は、旧神によってある種の拘束を受けている。それというのも、我ら人間の棲む宇宙は湾曲している一方、彼のものどもは直進して直角に進路をかえることしかできぬのだ。
よって人間の領域である時間軸に沿って普通に暮らしている限りは、彼のものどもに出くわすことはまずないといってよいだろう。



だが、しかし!私は蒼古たる『ナコト写本』の解読されているページを調べるにつけ、慰めようのない絶望感に打ちひしがれるのであった。
この人間誕生以前のいにしえの書によれば、「時間の彼方の深淵の名状しがたい狩り立てるものどもに、湾曲した空間の障壁を抜けるのを助けるものどもが存在する。」とある。
それはヤディスのドール族であり、強壮な母、千匹の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラスから生まれし森の矮人サテュロスなどである。
ドールは人間の夢の中にまで侵入し、サテュロスは緋色の円を通過させ、我らの湾曲した空間からなる領域に彼のものどもを侵入させるのである。
しかるがゆえ、四隅の総てにセメントやパテなどを埋めて角度をなくそうが、球体の中に身を潜めようが、彼方から狩りたてるものの執拗な追跡を免れる可能性は極めて低いといわざるをえない。

私はあの日、“パフュームのライブへと駆り立てるもの”の口車に乗せられ、ノコノコと大阪城公園に出かけてしまったがために、角度ある領域に踏み込んで、彼方から狩りたてるものを目覚めさせてしまったのではないか!という恐ろしい疑念に苛まれ、イオンにタダ水を汲みにいくのもままならないのである。
ひょっとしてあのマイミクはドール族と同じく、ティンダロスの猟犬との結託者だったのではあるまいか?!
しかし、もう遅すぎる・・・

ああ、彼方より暗黒の大渦巻きの中心で吠え立てる、凶々しい犬の遠吠えが聞こえてくる・・・・神よ!!

大阪城公園の噴水の周りをあてどもなく徘徊し、ダフ屋まがいのマネまでして、チケットを手に入れるのではなかった・・・
物販で、Perfumeの三角模様の中に象形文字が施されたJPNTシャツの黒を購入するのではなかった・・・


ティンダロスの良犬




今日の1曲:『Mademoiselle Nobs』/ Pink Floyd
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

角度!!角度!!

2012年03月29日 | コンサート
一昨日の晩に、『Perfume 3rd Tour JPN 大阪2days』の1日目を見にいったマイミクの男から「明日のパフュームのライブ、絶対見に行くべし!!」という、いささか興奮気味のメールが届き、いつもならオケ流すだけの口パクアイドルグループのライブなどとつっぱねるのだが、このマイミク実は人間椅子のライブの時に知り合った男で、プログレやエクストリーム・ミュージックに関しても私の趣味と非常に似通ったところがあり、しかもクトゥルー神話にまで通暁してるヤツときたもんだから、なんだかコイツの尋常ならざる煽り方にタダ事ではない何かを感じ、心騒がせられるまま大阪城公園に赴いてしまったのであった。
おかげで生まれて初めてダフ屋まがいの行動をするハメになった。

頑強なる城壁で守られている大阪城ホール。賊が不法に侵入するのは不可能に近い。



会場付近に来ると、すでにおびただしい長蛇の列ができあがっていた。
エンジ色のPerfumeパーカーを身にまとう者、3人娘のコスプレをしている者と、
パフュームファンのなんとも名状し難い異様な熱気が手に取るように感じとれた。



大阪城ホールはCocco以来か?レッチリ以来か?よく覚えてないが、10年以上前であることは確かだ。


アイドルユニットのライブはおそらく人生で初めてで、テクノのライブというものにも行ったことなく、どっかの雑誌で誰かが語ってたように、本当に「Perfumeの音楽は、彼女たちによってライブステージで“演奏”されることではじめて完成する」のかと、期待と不安を胸に彼女たちのライブステージに臨んだ。

アルバム通り“The Opening”のイントロが流れ出し、会場は一気に歓喜と熱気の渦に包まれる。3人が階段を一歩一歩息を合わせながら降りてきて、一発目“レーザービーム”でのハジけるテクノビートに合わせて、グリーンやピンクのレーザーライトが会場内を飛び交った時は、大仕掛けの大ホールのステージってのは(AC/DCやピンク・フロイドほどではないにしても)やはりスケールがデカいなと、熱くなるものがあった。
ただ、序盤数曲が終わったあとの、メンバーがアリーナの客をちくいちイジッてあげるというコーナーが想定以上に長くて辟易した。いや、アイドルのコンサートなんだから多少こういった戯れ事に付き合わされることは想定してたけど、それなかったら4曲は演れたやろ!ゆーぐらいの間延びさ加減には心底ゲンナリした。そうか、これがアイドルのライブというものなのか。

私のテンションがピークに達したのはけっこう早めで、“スパイス”演奏後に電光板に「プロデュース 中田ヤスタカ」と表示されて繰り出された未発表インストテクノナンバーの時。
ぶっ太いバイブスとトライアングルモニターに映し出される幾何学模様とが見事に連動し、メンバーのパフォーマンスとシンクロしてとてつもないイリュージョンを生み出していた。
それにしても、“シークレットシークレット”や“Take me Take me”や“I still love U”などの私の好物ナンバーがメドレー方式で短縮形に処理されたのはかなりいただけなく残念であった。“P.T.A.のコーナー”とやらになると、もうナニガナンダカ理解不能。会場の異様な盛り上がりと、ぽつねんと立ち尽くす(てゆーか座ってた)私との空間の狭間では、別次元ともいうべきとてつもない宇宙的な差異が生じていた。



それにしても、この会場には角度が多すぎる。スクリーンや電飾から繰り出される角度のあまりのおびただしさに、私はライブの間中、気が気でなかった。
角度あるものを見るたびに、私はあの時空の彼方の不浄の領域に潜むといわれるあのケダモノのことを思い出し、恐怖に身がすくみ、生きた心地がしなくなるのである。
三位一体を成すテクノアイドルたちが正確無比なるダンスを繰り広げ、その崇高なる姿を見て狂喜に繰り返し沸きかえる群集が集うこのような空間において、いたずらに角度あるものを形成させるべきでない!!
ヘイ!アア=シャンタ、ナイグ!
きわめて恐ろしい伝承や伝説のつきまとう、黒い蓮からつくられた強力な秘薬を服用し、時間と空間の果を越え、あの灰色の朦朧とした領域に入り込んだがために、時間を超越した狂気と空間を支配する不浄から生み出されたものどもに嗅ぎつけられ、八つ裂きにされたカルデアの妖術師サルゴンの憐れな最期を思い起こすがよい!

そう、角度あるものから出現するといわれる、慄然たる恐怖のアザトースの大渦巻きのなかで永遠に吠えたけるもの、“彼方から狩り立てるもの”といわれる、あの魔犬の顕現を!!

ノス=イディクの落とし子、クトゥンの瘴気め!

角度ある空間の彼方の凄まじい核の混沌より、ヨダレを垂らしながら吠えたけるものよ・・・


こんなとろにも・・・・・角度!!角度!!



ええい!まだわからんのか!やめろぉ、角度をやめろぉぉぉ・・・・!!






今日の1曲:『edge』/ Perfume
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんふぉにぃ

2012年03月25日 | プログレッシヴ草稿
ロックとクラシックってのは、相性がいいようで実は混ざりにくいものだというのが私の持論である。
そんな頭の固い私がなんの気まぐれオレンジロードか、ルネッサンスの7thアルバム『お伽噺』を購入。
いや、元来シンフォニックロックというものをあまり好きになれない自分が、まさかこの期におよんでルネッサンスのアルバムにこれほどハマるとは、予想だにしてなかった。
最近までは布団に入るとき、子守唄よろしく毎晩本作をかけて安眠していた。暗室で聴くとまたいいんだよね。

もちろんルネッサンスの存在は以前より知っていたけど、多分ムリだろうと敬遠していたところがあった。
だいたいクラシックを導入したプログレッシヴロックというものは、各々プレイヤーの自己主張が激しくて、なんか騒々しくなるだけとう印象があり、なおかつテンポが悪くてクサい。ELPの『展覧会の絵』などはいい例であろう。
それに対し、ルネッサンスの音楽はどちらかというとバックのオーケストラの方に波長を合わせてるといった感じで、見事に“調和”することに成功している。

最初、1曲目の「私の声が聴こえますか」のあまりにも露骨なシンフォニック展開にはかなり辟易したのだが、お伽の国から抜け出してきたかのようなアニー・ハズラムの母性的なクリスタルヴォイスが、そういったクサさを払拭させるほどに聴き手の心を奪うのである。
特に彼女の歌が心に響いたのが#2「姉妹」。アニーの歌声はある種の宗教的な静謐さを帯びており、情熱的で神々しいほどに美しい。いや、ほぼリズム無しの楽曲でこれほどまでに歌メロにハマったのは久々。
この作品はドラムがやや控えめで、幻想的なアコースティックギターと壮麗きわだかなるシンセサイザー音がほぼ全体を支配している感じなのだが、それでもやはり、アニーの母性的な歌声を際立たせることに重点を置いていることが窺える。
ようは演奏陣は、物語が展開していく上での効果音的役割を担っており、前に出よう出ようとはせず演出することに徹しているのである。
クライマックスともいうべき約10分の#5「情熱」も、目まぐるしいシンフォニック展開をみせるも、楽曲全体の骨組みがシッカリしておりキメも印象深く、終盤では実にドラマティックで壮大な大団円をみせる典型的なプログレ大作に仕上がっている。

いや、もうプログレッシヴロックも衰退にさしかかろうという1977年に、7作目にしてこれほど充実した内容の秀逸作を生み出せるその創作力には拍手喝采。
よーしこれからルネッサンス集めるぞ!紙ジャケで!


ルネッサンスのみなさん。ヅラっぽい人約1名。



今日の1曲:『The Sisters』/ RENAISSANCE
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バンドやろうぜ!

2012年03月18日 | ♪音楽総合♪
いつも集っている午後の旧練メンバー間で、突如バンド結成案が浮上。
といっても遊びでスタジオに入ろうかといった段階のものだ。
そこで何をコピーするのかというと、なんとフリーである。
ギターのツレが最近やけにハマったらしく、バンドで演りたくなったらしい。
あと、これぐらいなら俺らでもできるんやないかと。
(グランド・ファンクなども候補に挙がったが、この年であんなワイルドな音は出せんだろうということで却下)


フリーは実は私が大学の軽音に入ってコピーしたかったバンドのひとつだったんだが、その頃部内ではメタリカとかエアロスミスとかが流行ってて、とてもじゃないけど「フリーやろうぜ!」なんて言いだせる雰囲気ではなかった。
まぁ私が気が小っちゃく、影響力もなく、率先力もなかったからだけど。

フリーは基本ブルース調のハードロックで、歌、演奏ともにエモーショナルで少しアドリブ感があり、ライブやヴァージョンによってはテンポや尺がけっこう変化するので、どのテイクがコピーするのに一番適しているのかと迷うわけだ(自分らでアドリブる自身はない)。
そこで、参考がてらに今まで全然触れてこなかったライブアルバム『FREE LIVE!』の紙ジャケリマスター盤(切手シール付)を急遽ヤフオクで取り寄せた。

これは先日なんでかライブアルバムと勘違いして落札してもーた『FREE AT LAST』



音源はフリーが絶頂期にあった1970年のもので、このリマスター盤にはボートラとして+7曲追加収録されている。
聞くところによると、70年のサンダーランドにおけるライブでは、いきなり演奏中に女性ファンがステージに上がりコゾフに抱きつくというハプニングが起こったらしく、1曲目の“ALL RIGHT NOW”からギターがかなり怪しいことになってる。
サイモン・カークのドラムもあぶなっかしくて、リズムもけっこうグダグダ。
このライブ音源を聴いて、彼はかなり“その場の思いつきドラマー”であり、あまり参考にならないことが判明した。だったら俺も思いつきで叩こうかと。

このアルバムの中では、やはりポール・コゾフのギターがかなり冴えまくっていて、とくに#7“THE HUNTER”、そしてボートラの方の#13“MR BIG”のエモーショナルな中間ギターが秀逸。
彼がミュージシャンズミュージシャンと呼ばれる理由がこのライブ盤を通してなんとなくわかったような気がする。テクニックがあるだけでは醸し出せない、コゾフが弾くからこそのシブ味あるセンスの塊のような(逆にセンスしかない)ギターフレーズ。ギターのツレが演りたい衝動にかられた気持ちもわかろうというものである。
しかし、彼がコピー候補に挙げとった曲って・・・・・ほとんどこのアルバムの曲からやないけ!
さすが午後の旧練一のライブ音源イーターである。

あと、アルバム本編の最後に収録されているアコースティッキーな未発表スタジオテイク“GET WHERE I BELONG”も、ロジャースの達観しきったような穏やかな歌声が心に響く名曲。



今日の1曲:『MR. BIG』/ FREE
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

浴室

2012年03月17日 | まったり邦楽
なんでか知らんが椎名林檎が夢に出てきた。おそらく初登場。
東京事変が解散するっていうことに対しての、世間のわけのわからん過剰な反応のせいだろうか?
しかし自分は東京事変の音源なんてひとつも持っとらんし、解散のニュースを聞いても「なんかワザとらしいな」って思ったくらい。

夢の中ではなんかのフェスティバルを観戦していて、シンガポール在住のツレ夫婦も横にいたりなんかした(まぁ実はこの二人を通じて椎名林檎の音楽に触れたという経緯があったりする)。
そのフェスティバルは室内だったんだが、なんかセットチェンジにやたら時間がかかっていて、けっこう中弛みを覚えてるところに林檎が登場。しかし、観客がシラけてしまっていて一斉に去って行き、こともあろうにファンだったツレ夫婦まで席を立って行ってしまうではないか!
私はというと、観んと損やんけ!という持ち前の損得勘定が働き、頑としてそこを動かなかった。
林檎は“アイデンティティ”かなんかを歌っていたと思う。


椎名林檎の2nd『勝訴ストリップ』は、林檎のドスのききすぎたヴォーカリゼーションを苦手としていた割には結構気に入ってよく聴いていたアルバム。
この作品を聴くキッカケとなったのは、100円ショップのBGMで突如流れてきた#2“浴室”を聴いてビビっときたときだった。4つ打ちビートに、諸田コウばりにウネリまくる亀井誠治氏のフレットレスベースが聴き手に溺死させるかのような陶酔感を与え、そこにトリップ感タップリのギター音にSE効果を絶妙な感覚で盛り込み、林檎の巻き舌ヴォーカルが乗っかることによって混沌としたとてつもないケミストリーを生みだしている。
亀井氏のベースワークに関しては、#10“サカナ”なんかも聴き応えバツグンである。



今日の1曲:『浴室』/ 椎名林檎 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マッケンサンバ

2012年03月12日 | ルルイエ異本
クトゥルー神話体系のルーツを探るべく、ラヴクラフトが多大なる影響を受け「高度の異次元恐怖を最も芸術的に高揚した作家」と賞賛してやまなかったイギリスの怪奇小説作家アーサー・マッケンの作品に初挑戦してみた。

昨年の創元推理文庫の“復刊フェア”で再プレスされた『怪奇クラブ』であるが、原題は“THREE IMPOSTORS”といって直訳すると“三人の詐欺師”。
プロローグで、その三人の詐欺師らしき男女がなにやら悪巧みを囁きあってるシーンから話は始まるのだが、全体的には約4つの独立したエピソードから成っており、最終的に全ての物語にこの三人の男女が絡んでいたという、なかなか構成力に富んだオムニバス作品であった。

雰囲気は探偵趣味の強い犯罪ミステリー風の展開なのだが、これら奇譚の中でとりわけオカルト趣味の濃いエピソードだったのが『黒い石印』の話で、石切り山で矮人と契りを交わした女が産み落としたという、癲癇病みの白痴少年が出てくる。
ここでの“矮人”というのは、いずれも人間以前の世界に生存していた未開な半人半獣なのであって、その姿は醜怪卑陋、その心ばえは罪そのもののように陰険邪悪のものなのである。

こいつが矮人?


人間誕生以前から生存していた半人半獣・・・・うん、いかにも旧支配者じみている。
そしてそれらと人間との異種交配ってところなど、まさにクトゥルー的ではありますまいか!

この異形の少年と“グレー・ヒルの石灰岩に記されたる文字”と黒き石印との関連性を研究しつづけるグレッグ教授の所有していた書物の中にポンポニウス・メラの『天体位相』というのが出てきます。
その中の「ソナリス」の章の冒頭に次のような文章が出てくる。

~リビアの奥地に住む人々の不思議と、六十石と称する石の不思議~
「この民族は奥地の秘境に住し、蛮地の山上において猥褻なる秘行を行う。彼らは顔は人間なれども、五体は人間と共通するものなく、また人間の習俗は彼らにとりてはことごとく奇異にして、太陽を忌む。もの言うときはほとんど語をなさぬ歯音なれど、声荒々しく、恐怖なくして聞くべからず。
この民族は六十石と称する石を崇ぶ。六十石とは、その石に六十の文字記されあるがゆえに、かくは名づくなり。この石に不文の秘密あり。
IXAXAR(イシャクシャ)これなり。」

この記述を読んで、私は宇宙的逸脱の汚穢と戦慄を感じないではいられなかった。
この何語ともつかぬ“イシャクシャ”なる言葉は、ウェールズ人特有の、小川がゴボゴボ鳴るかのような奇妙な発音と恐ろしくも似通っているようなのだという。
“イシャクシャ”とは、おそらく悠久の太古の暗黒の深淵からの何らかの類に違いない。

あともう1つは「白い粉薬のはなし」で、近所の薬屋で調剤した白い粉薬を服用したがために、肉体がドロドロに溶けてしまった青年の話。
ドクター・チャンバーズの報告書によると、
「この白い粉は、いわゆるヴィナム・サバッティ、つまり“サバト”の酒をつくる元で、コップの水の中へ白い粉薬を2、3杯入れた酒によって、生命の巣である人間の体はバラバラになり、五体は溶けて、今まで体内に眠って外形をなし、肉の衣をかぶっていた蟲だけが死なずに残る。やがて真夜中になると、原始の堕落が繰り返し反復されて、エデンの園の林檎の神話の中に隠されている恐ろしいことが、ここで新しく行われるのだ」という。

これは、ラヴクラフト著の『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』でチャールズがポートゥックスト農場の実験室にて調剤していたあの、“人間の死体ないし骸骨を還元しようと務めている塩”を彷彿とさせてはいまいか?

まぁ旧支配者の御名や、『ネクロノミコン』とかの禁断の書物も出てこないので(当たり前か)、私としてはチト物足りなかったが、陰険穢怪なるマッケン作品を今後も探求してみようかと思う。

今日の1曲:『誇大妄想狂』/ Black Sabbath

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

使い捨てられ組傷なめ隊

2012年03月07日 | やっぱりメタル!!
あのマサカーの『FROM BEYOND』(1991)が、マサカマサカの再発!!
EP『INHUMAN CONDITION』もカップリング収録。
しかし、なんとも名状しがたい醜怪ジャケやなぁ~

故チャック・シュルディナーと共に、DEATHの前身バンドMANTASでヴォーカルとドラムを兼任していたカム・リーと、ギターのリック・ロッツ(ちなみにリックはDEATHの2ndにも参加)、そしてDEATH初期の安定したリズム隊を担った2ndと3rd参加のテリー・バトラー(b)とビル・アンドリュース(dr)らが85年に結成したのがこのMASSACREだ。(結成当時はOBITUARYのアレン・ウェストも在籍していたとか)
ようはチャックに引き抜かれ、使い捨てにされた者たちの寄せ集めバンドといったところですな。。
本作はDEATH脱退後、再び結集し正式デビューを果たしたマサカーの初作品。

音楽性は初期DEATHからチャックを引いた感じそのまんまといったところ。
カム・リーのマーク・バーニ風のイカついデスヴォーカルに、この時代特有のストレートに突き進む典型的なデスメタルを展開している。リック・ロッツはレパートリーが少なく、2nd『Leprosy』の使い回しみたいなギターを弾いている。
まぁ、いかにチャックがソングライターとして優れていたかが本作を聴いていてもよくわかる。DEATHのさらなるレベルアップのためにチャックに切り捨てられたのも仕方がなかったのかと。
ただ、彼らが初期DEATHのオドロオドロしさの部分を担っていたんだということも、本作を通して感ずるところではある。
彼らの放つ容赦ない一本調子の演奏力は、技術うんぬんでは説明できないとてつもない邪悪さが漲っている。

ところで、ドラマーのビル・アンドリュースさんは大の日本好きで有名である。
当時からひとりで日本に遊びに来ては、レコード屋でJ-POPを買い漁っていたのだとか。
で、とうとう日本に住みついてしまって、現在はディスクヘブン名古屋店で働いておられます。私も一回会いに行って私の大好きなDEATHの3rdアルバム『Spiritual Healing』のジャケットにサインしてもらいました。

で、傑作なのがこのマサカーの歌詞カード最後のビルの“Special Thanx”のリストにOUTRAGEらのメンバーの他、なんとプリンセス・プリンセスの名前がクレジットされてある!(笑笑笑)

ちょっとページをまたぎますが、“PRINCESS PRINCESS”の名前が!この人相当ですよ。


てゆーかプリプリと面識あったのかな?浜田麻里さんの名前なんかも見受けられます。


こんなステキなポスターまでついてきます。
EP『INHUMAN CONDITION』ジャケ画。ちなみに裏が『FROM BEYOND』の絵柄の両面タイプ。
(左から3番目がビル・アンドリュースさん)





今日の1曲:『FROM BEYOND』/ MASSACRE
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする