総合漢方にんぷ薬・総合漢方育児薬

~頭を使ってではなく、カラダ(感性)で子育てしてみませんか~

生きて行ける力の源

2019年05月25日 | エッセー
 先日、何気にテレビを見ていたら、沖縄のどこかの島の空港で、お葬式に帰る予定の20歳前後の青年が、旅券の入っていたバッグを失くして、途方に暮れていたときに、名前も言わずに6万円を差し出してくれたその男性を探すために、新聞広告を出した…という内容のニュースをやっていた。
 6万円を差し出してくれた男性はお医者さんで、やはり、お金持ちか・・・というレッテルを貼ってしまった意地汚い私。
 私は、名前も名乗らず、6万円を差し出すことはできないだろう。悲しいなぁ・・・。
 このニュース、6万円を差し出したことに感動した・・・・ということではない。
 6万円を差し出してくれた男性を探すために、わざわざ、新聞広告を出すという青年もすごいけれど、そこが、感動のナンバー1ではない。
 その新聞広告を見たという男性のお医者さんが、新聞広告まで出して、お礼を言いたかったというそのことに、涙が出るほどうれしかったとおっしゃっていたことに、じ~~~んときた。

 人間って、きっと、そういう生き物だと思う。

 そのお医者さんにとって、6万円はそう負担になる金額ではなかったかもしれないけれど、名前も名乗らずに差し出すってことだけで、もう、すばらしい。
 おそらく、困った人を助けることって、きっと、助けた人にエネルギーを与えるはず。
 そこに、とどめの新聞広告。
 そのお医者さんから溢れる涙は、きっと、一生、忘れることのできないかけがえのないエネルギー源となるだろう。人間が人間であることの原点を見させていただいた気がする。

 意外とね。本当に困っている時に、自分の何かを削り取って、分け与えることって、できそうでできないもの。悲しいけれど・・・。 
 

 そのお医者さんはチャンスを掴み取った人。幸せになるというチャンス。

 私も、心がけよう。人を助けるチャンスが来た時、即決で助けるを選ぶことを。だって、一生忘れることのできないほどの至福の喜びをゲットできるはずだから。
 きっと、嫌な目に遭って、人を信じられなくなった時に、もし、お医者さんのような涙が出るほどうれしかった体験が1回でもあれば、生きていける。

 できないから、あえて、宣言する!
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泣いていいのよ

2019年05月25日 | エッセー
 四男が、生まれて実家にいた時に、歌を作った。あれから、14年。世の中の夜泣きやぐずり泣きで途方に暮れる新米ママたちを救世する歌として、世に出したいとずっとしたためたいた。否、途中、かなりの勇気を出して2回ほど世に出すチャレンジをした。
 何分、つても何もないので、恥ずかしながら、一度目のトライは、森山良子さんの声しかありえないという想いから、コンサート会場で、スタッフの方に渡していただきたいとデモのCDを託した。あれは、森山良子さんには届くことすらなかったかなって思う。まぁ、無謀なチャレンジだ。
 2度目のチャレンジは、誰のコンサートだったかなぁ?もう、忘れてしまった。地元であったコンサートだったので、知り合いのスタッフにお願いしたけれど、やはり、音沙汰なし。まぁ、当然と言えば当然の結末といえようが・・・。

 で、しばらくは、その熱も冷めていた。

 でも、また、母子担当になって、なんて、不安いっぱいのママたちが多くなったのだろうと驚いた。
 こんな小さな町で、しかも、わりと、実家の母がそばにいてくれるいい環境にもかかわらず・・・だ。

 こりゃやばい。
 日本全国の相当数の新米ママたちが途方に暮れている。
 私が、訪問などで出会うママの数なんて、たかが知れている。
 おそらく、抱っこ法を基盤とした考え方で、赤ちゃんの泣きに対応している専門家は少ないんじゃないかな。
 お産直後、本当に直後から、赤ちゃんがずっといっしょにママのそばにいれるという産婦人科は少ないと思う。産婦さんに聞くと、『はい、お産後からずっと一緒です。』とおっしゃるけれど、よくよく聞いてみると、直後ではない。一晩経ってからママの元に連れてこられる。
 いろんな理由で、離ればなれにならざるを得ない場合もある。大事なのは、きちんとその理由をママが赤ちゃんの心に届くような気持ちで伝えるという儀式を離れ離れになる前にできるかどうか・・・。

 ほんとうは、ハウツー的な歌は、よろしくない。
 ママと赤ちゃんのやり取りの中で、ママが自分に合った方法を自分なりに見つけていく方が自然。
 でも、今の時代、ネット隆盛。
 ネットの情報に翻弄されるがゆえに、不安も増大している感がある。
 
 そこで、やはり、この歌を世に出したいという想いがムクムクと強くなってきた。
 メロディはないけれど、まずは、1番から。


1、 泣いていいのよ
泣いていいのよ
ママの胸の中で思いっきり
泣いていいのよ
泣いていいのよ
泣くことは心の自然治癒力

おなかの中で、感じたママの喜怒哀楽をリュックに詰めて
この世に生まれてきたわたし
リュックを軽くしたくて 夜泣くの
ママに慰めてもらいながら 泣きたいの
ママの胸の中で泣けたら それが“愛”


2 泣いていいのよ
  泣いていいのよ
  オムツかな オッパイかな 不安なのかな
 泣いていいのよ
  泣いていいのよ
  三つの要求叶えてあげる

  何も言わず ママがいなくなると 不安で胸が張り裂けそう
  ソワソワ ドキドキ バクバク 心の便秘
  ギャン泣きさせてもらえなくて ぐずり泣き
  ママのまなざしに抱かれて ただ 泣きたいの
  ママの胸の中で泣けたら、不安が消えるの

3、 泣いていいのよ
 泣いていいのよ
  泣くしか伝えるすべがないから
  泣いていいのよ
  泣いていいのよ
 泣けるだけ泣けたら深まる絆

  ママは僕の同時通訳 なんで泣くのかわかろうとしてよ
  泣けばすぐにおしゃぶりなんて
  僕はそんなことなんて 望んでいない
  本音がポロリ 目と目合わせ泣きたいの 
  ママの胸の中で泣けたら、それが“絆”

 






 

 
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しんどい登山の効用

2019年05月18日 | エッセー
 一昨日の5月2日、悲願のK岳の頂上に立つことができて、ほんとうに幸せだった。
 3年前は、5合目でダウン。最後は斜面を一歩登っては休み、一歩登っては休み、這うようにしてやっとのことで5合目に辿り着いた。足は動かないし、息苦しくて吐き気すらした。1時間くらい横になって、やっと回復しての下山。
サンダル履きの20代の女性に追い越され、私たちが休憩している間に、なんと下山してきた。
 あの時は、胃を切って3年目で、貧血で、ヘモグロビンが8くらいしかなかった。人の3分の2しか、酸素運搬能力がなかった。酸素が全身に行きわたらないため、呼吸もままならず、足も動いてくれない。 
 死ぬまでに、富士山に登ってみたいという夢は、本当に夢のまた夢だった。

 でも、せめて、K岳は制覇したいという願いは持ち続けていた。
 スロージョギングをほぼ毎日25分やり続けていくうちに、貧血な私も、体力がついてきた感が出てきての今回のチャレンジ。

 5合目直前が、一番の急斜面で、しんどかったけれど、5合目で5分ほど休憩したら、復活して、足も軽くなり、ついに登頂。

 やったー!
 最高!
 悲願の登頂だー。

 なんだろう。
 充足感に満たされている。
 自分の身体への信頼みたいなものが誕生した瞬間だった。
 なんせ、胃を切って7年。いろんな栄養の吸収率は、確実に下がっているうえに、閉経という老化が一気に進む年代となり、おまけに、4年前は右股関節の痛みでトイレまでも行けなくなるという情けない体だった。
 しかし、今年の2月に受けた人間ドックで、ヘモグロビンは10.7まで回復した。右股関節は時たま、疼くことがあるけれど、そんな時はスロージョギングをすると疼きが消えてくれるということが体験からわかってきた。老化の象徴である小指大のシミも濃さも大きさも半分になった。残すは、爪のもげやすさだけ・・・。

 30分ほど、頂上で、天孫降臨の山々の絶景を拝んで、さぁ、下山。

 下山なんて楽勝と甘く見ていた。
 いやはや、膝とふくらはぎへの限界に挑戦するという結構ハードな下山となった。

ちょっとでも、気を抜くと、足が笑って転びそう。
 膝関節の感覚がほとんどなく、ふくらはぎは疲労でパンパンになっているので、石ころでだらけで、ときどき、雨上がりで滑りやすくなっている土の下り坂を、ただただ、膝がかくっとならないよう、気合を入れることに意識を集中し続けた。1時間、ずっと、集中。

 こりゃ、絶対、明日は筋肉痛になるって確信した。

 生まれて初めての体験。私の人生で、ここまで、集中して下山するということはなかった。きっと、歳のせいだ。

 帰宅して、すぐにお風呂に入った。以前、登山直後に、温泉に入ったら、筋肉痛にならずに済んだ体験があったので。
 5分くらいしか湯船につからなかったのに、筋肉痛にならずに済んだ。
 帰宅後、疲れも一切なく、普段通りに家事もして12時前に寝た。むしろ、元気になれたような気がする。

 不思議だ。

 振り返って、K岳の登山は、私に何をもたらしたか。

 登山は登るだけでは意味がない。下山とセットだからこそ、見える世界がある。
 もちろん、私にとってK岳という負荷くらいの山じゃないと見えてこないかも。息子は、少し、物足りなかったと言っていたので。

 登山と下山は、身体の全てを使い切るという点で、すごいなと感動している。

 もちろん、登りは、肺と足の筋肉を使い切る。そして、2時間、ハーハー息を弾ませながら、しんどい時は小休止しながら、自分でペース配分して、自分の肺と足の筋肉の限界の一歩手前状態を維持し、ゴールにたどり着く。2時間、血流全開状態が続くってすごいことだと思う。体のすみずみまで、つまり、細胞の1個1個に、血液(酸素と栄養)が行き渡る。普段の生活でこんなことは、まず、ない。

 そして、ゴールの景色は、広大に拡がる絶景だ。

 解放感がたまらない。

 至福の達成感。

 よくやったと自分の肺と足の筋肉に感謝する気持ちが自然に湧いてくる。

 そして、自分の身体への自信。私の場合は、胃を切っているし、更年期という筋肉がガクッと衰えてくる年齢でもあったので、なおさら。

 そして、膝関節とふくらはぎを1時間、限界を超えて、気合という集中力だけで下山する。下山って、無心になれるまたとないチャンスだって知った。


 私にとっての、K岳登山は、私の身体の全てを使い切った、出し切ったエネルギー活動だった。
 
 翌日の疲れも全くなく、むしろ、いつもより、元気になれた気がする。
 
 おおげさかもしれないけれど、細胞が生まれ変わったような気がしないでもない。

 ひょっとして、しんどい登山は、再生する力をもたらしてくれるのではないだろうか。

 1年に1回か2回、いんどい登山をしよう!!




追伸 アスリートって、身体の限界に挑戦する人達だ。
   私なんて、その正反対で、体力ないし、体力がないから、運動も全然楽しくないし、身体も不器用だから面白くもないし・・・で、つまり、アスリートの気持ちなんて理解   できなかった。運動=きつい・・・の感覚だったので。ただ、羨ましくはあった。体力があって自分の身体を自由に操れるって、きっと、ワクワクウキウキ幸せだろうなっ   て。
   でも、どうして、あそこまで、ストイックに体を限界まで鍛えられるんだろうって、不思議だった。しんどくないのかなぁ・・・って。
   でも、K岳体験で、価値観が180度変わった。
   私にとってのK岳、初めてで唯一のK岳体験が、アスリートにとっては毎日何年もずっと・・・なのだ。カラダは、毎日、リフレッシュしてるってことになる。

   こりゃ、人間が違うね。全然、別物じゃない?
   見える景色が、まったく違う。

   ただ、チームでの競技となると、逆に邪念が増える可能性もあるので、リフレッシュできるのかどうか疑問ではあるけれど。

   平成で一番印象に残った人物。スポーツ編で、見事1位を獲得した選手は、羽生結弦さんだった。
   彼って、数多くの名言を残し続けている。
   
   


 

 
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えんどう豆ごはん

2019年05月11日 | エッセー
 昨日、摘みたてで皮までむいてきてくださったえんどう豆をいただいた。
 旬をいただける幸せ。
 今日は、えんどう豆ご飯を作ろう!ワクワク!!

 我が家の子どもたちは、豆ごはん系は苦手で、年に1回、旬を感じてもらうために炊いていた。

 でも、あるひと手間を加えるだけで、ぐ~~~んと美味しくなって、子どもたちにも好評で、2~3回は炊くようになった。

 それまでは、母に作り方を聞いて作っていた。
 最初からエンドウを入れて炊く。

 このやり方だと、炊きあがった時、えんどう豆はややつぶれた感があり、色もきれいなグリーンではなく、色落ちしたグリーンって感じで、見た目もよろしくない。

 そうだ。お米が沸騰してから、えんどう豆をいれてみたらどうだろう?
 と、やってみたら、プチプチして鮮やかなグリーンの美味しいえんどう豆ごはんに仕上がった。塩味とえんどう豆とごはん粒のコラボレーションが、お口の中で調和して、味がレベルアップした。見た目と味は、やはり、連動していると実感した。

 今夜が楽しみ。
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『暖冬なのに遅咲きの桜』の謎?

2019年05月03日 | エッセー
 今年の桜の開花は、例年より、少し、遅いくらいだった。
 それが、ずっと疑問だった。
 だって、今年の冬は、暖冬で、冬をちっとも感じなかったから。だから、桜の花は例年より早く咲くのではないかと想像していた。
 わが町は盆地で、1月はほぼ毎日霜が降り、朝、布団から出るのが本当に苦痛だった。早く梅の花が咲く季節にならないかなぁ~と春を待ちわびた。それでも、2~3年前くらいから木枯らしすら吹かなくなって、暖冬という危機感を感じ始めていたのに。
 それが、今年は、朝、すんなり布団から出られた。
 それはそれで、うれしいけれど、やっぱり、怖い。地球大丈夫?
 夏も怖い。
 盆地ってやつは、冬は超寒く、夏は超熱い。
 去年の夏は,しんどかった。暑すぎて。列島すべてが暑かった。暑いのと寒いのは、寒いほうが何とかなる。寒いのは、暖房がなくても着込めば何とかしのげる。でも、暑いのは、無理。電気の力なくしてはしのげない。

 そんなこんなの暖冬だったので、きっと、桜の開花は3月初旬くらいになってしまうのではないかと案じていた。
 しかし、ふたを開けてみれば、例年どころか、例年より少し遅い開花だった。

 なぜ?

 同僚に、その疑問を何気に話したら、なるほど、そうなのかという回答をもらえて、すっきりした。
 開花には、寒暖差が最も大きく影響するらしい。
 そうか、暖かいだけではだめなんだ。その前に寒くないと咲かないんだ。

 植物は、自然の法則の中で生きている。
 植物そのものが本来持っているDNAは、さまざまな気象状況のなかで条件が整ったときに、動き出して、子孫を残さんとする。無理しない。足掻かない。条件が整うまで待つ。
 今年の桜もそうだった。
 あったかいのに、その前の条件である冷え込むという気象条件が整わないから、ひたすら待っていた。
 
 人間はどうだろう。

 子どもの育ちはどうだろう?

 四男が不登校になって、一時は足掻いて、どうにか学校に行かせようとした。
 すったもんだのあげく、彼の全身が学校を拒否していると訴えた、身もだえた瞬間、学校は行かなくていいと心からそう思えた。
 でも、お勉強は気になった。
 それも、今はしんどいんだとわかった瞬間、ま、いいか、やる気スイッチが入るまで待とうと思えるようになった。
 昼夜逆転した時も、そう。お昼に仕事から帰った時にまだ寝ているとげんなりした。
 せめて、せめて、昼間は起きていてほしいという願いとはかけ離れた生活スタイルに転落したとがっくりした。

 人間としての最低限の期待すら、ままならなくなった息子の姿すら、諦めて、諦めきったときに、不思議なことに、ありのままを受け入れられるようになれた。
 それでも、一抹の不安があった。 
 3年くらい脳の静養をしたら、本当に、生きる力が充電されて社会に出ていけるようになるだろうか・・・という不安。大丈夫と思っているけれど、一抹の不安をかき消し、絶対、大丈夫と言えるほど、息子を信じることもできなかった。
  
 朝、太陽が昇ったら目が覚めて、暗くなったら眠たくなる・・・って、おそらく、人間のDNAに組み込まれている自然の法則だと思う。息子は、それすら、できない体になってしまったのだろうか・・・と。本人も朝起きたいのに、夜眠れないから、朝、起きれない。

 しかし、今年の『暖冬なのに、遅咲きの桜』は、私に、『DNAは環境が整うまで待つという絶対的な力がある』という確信を与えてくれた。

 息子の脳にとって、『7歳で小学校に入学する』ということが、彼のDNAを発動させるには、早すぎたのだと思う。入学してもいいけれど、お勉強に関しては支援クラスで1対1という学びのスタイルが必要条件だったのに、いきなり集団でのお勉強でストレスしかなかった。

 今、彼のDNAは、環境が整うまで待っている状態だと思える。

 だから、母の私は、待つ。

 今までも、待つしかない、あたたかく見守ろうと思っていた。

 でも、『今年の暖冬なのに遅咲きの桜』の理由を知ったことで、待つことが楽しくなってきた。
 だって、自然の法則条件が整うまで待てば、必ず、DNAが発動するという確信に変わったから。
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夫だと寝てくれる我が子にショック!十月十日力

2019年05月01日 | エッセー
赤ちゃん教室でのある質問
 生後6か月の赤ちゃんをもつママが、「この子は、お昼寝もそうだけど、夜も私とでは眠ってくれないんです。私が寝かせつけようとすると、目がらんらんに輝きだして、全然寝てくれなくて、夜中の12時くらいまで起きているんです。夫だと大丈夫なんです。どうしたらいいのでしょうか?なんでパパがいいの?私は苦手なの?って感じで、母としてはショックです。」と質問があった。

 「添い乳で飲ませてみました?」と聞くと、
 「はい。でも、やっぱりだめでした。飲み終わったとたん、パッと目を覚まして遊びだすんです。」



 「お昼寝はどうですか?」
 「お昼寝もだめです。15分くらいしか寝てくれません。」

 「不思議ですね~。どうしてでしょうねぇ~。」と質問された私も「う~ん。なぜだろう?」としばし、?の世界にいた。

 ?を抱えたまま、しばらく、他のママたちの悩み相談を受けていたとき、パッとひらめいた。

 そうか!

ママのソワソワが原因だ!

 で、ママに聞いてみた。
 「もしかして、子どもが寝たら、お茶碗を洗おうとかテレビを見ようなどと考えながら寝付かせていませんか?」

 「はい。」

 「やっぱり。」

 赤ちゃんの感度はすごい。特に、10か月ママのお腹の中で、24時間ママ密着状態で暮らしてきたわけだから、パパなんて足元にも及ばないくらいママのことに敏感。ママのことだったらなんだってわかる。一心同体なのだから、ママがソワソワしたら、赤ちゃんもソワソワしちゃう。ママよりパパがいいから寝付くのではない。パパは、この子が寝たら、お茶碗洗おうなんて思ってもいないだろうし、だいたい、パパって、ママに比べたらほぼ他人。ママがこの世からいなくなったら、見捨てられたと勘違いして不安で不安でたまらなくなるけれど、パパがいなくなってもそう支障はない。
 この赤ちゃん、きっと、過去に、一度は寝付いたけれど、たまたま、パッと目が覚めた時にママがいなかったという胸バクバクな恐怖体験をしたことがあるのだと思う。人間、一度、怖い思いをすると、似たようなシチュエーションになると、また、そうなるかもしれないという不安から、かなり敏感になってしまうもの。また、ママがいなくなってしまうのではないかという不安があるあから、安心して眠れるわけがない。ママが突然、いなくなるということは、赤ちゃんにとって死活問題と言ってもいいくらいな恐怖体験かもしれない。だから、どんなに眠くても起きる。起きてママを離さない。ママを離さないために必死になって起きる。なんて、健気な赤ちゃん。



 一方、『早く眠ってよ。』と祈りながら、母の思いとは裏腹に、ますます目が覚めていくわが子にソワソワからイライラに感情が高まっていく。
 こうなると、赤ちゃんは眠れるわけがない。
 お母さん、どうして、イライラなんて攻撃的な態度になるの?
 私のせい?
 私のせいで、ママは怒ってるの?私のことが嫌いなの?ママを怒らせる私って駄目なの?・・・と不安が倍増されてく。こんな気持ちで安心して眠れるわけがない。


 ママよ。あきらめよう。
 いっしょに眠りの国へ行きましょう。
 家事なんてその日のうちに終わらなくても、明日があるさ!
 
 でもね。どうしても、キレイに片づけないと気になって仕方がないという性格のママもいるよね。

 そんな時は、きちんと、赤ちゃんにお願いしよう。
 赤ちゃんを横抱きにして、目と目をきちんと合わせて、心を込めてこう言いましょう。
 「あのね。ママはあなたを寝かせつけたら、台所のお片付けをしたいの。一人で寝れるよね。」と。

 目を見つめて、心を込めて伝えようとすると、言葉の先の言霊が通じる世界があると思う。赤ちゃんは言葉なんでわからないと思ったら大間違い。ニュアンスみたいなものは心を込めると、伝わるのだそう。
 そして、鼻歌を歌いながら、お茶碗を洗おう。
 ママがそばにいるという安心さえあれば、安心して眠れる。
 ただし、それは、生まれた瞬間から、ママと離れ離れになるときに、必ず、声かけをしてもらえた場合であって、生まれて数か月の赤ちゃん(つまり、声かけなしでママが赤ちゃんのそばから離れる体験をしている)の場合は、今までの不安をすっきりさせたいのでギャン泣きしちゃうと思う。
 それでも、大丈夫。
 ママがそばにいるという安心な環境でギャン泣きを見守ってあげよう。
 時間で言うのものではないけれど、鼻歌を歌いながら、2~3分に1回くらい、「ママはここにいるよ~。大丈夫よ~。ママは今、台所のお片付けをしているから終わるまで待ってね~。」と声かけをして、安心して泣かせてあげましょう。
 そうこうするうちに、すーっと寝ちゃう。

 ただ、夜なので、アパートとかでは無理かなぁ。

 お昼間だといいかな?
 それとも実家に行く?

 最近は、ギャン泣き=虐待=通報  というご時世なので、難しい。

 大きな街に住んでいる人は、日本抱っこ法協会のセラピストを尋ねるのが一番いいかなぁ。
 ギャン泣き1時間は、初回くらい。今まで生まれてから、否、ママが妊娠してからの不安も請け負っているので、その分もプラスして、溜まった不安を全部すっきり吐き出すのにギャン泣き1時間くらいかかるかなぁ。ママもその体験で赤ちゃんの人権を尊重するという貴重な体験ができるので、その後の接し方も変化するから、2回目以降は、1時間もギャン泣きせずして、ぐっすり眠りにつかせてあげられると思う。

 


























































































































































































































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