総合漢方にんぷ薬・総合漢方育児薬

~頭を使ってではなく、カラダ(感性)で子育てしてみませんか~

コロナワクチンの解毒に効くらしい松葉茶を買った。

2021年10月23日 | エッセー
 一説には、コロナワクチンの解毒に効くという。
 と言っても、私は、ワクチンを接種していない。国産ワクチンを待ってる派である。だから、ひっそりと生きている。家と職場といつも行くスーパーと漢方薬しか出さない一癖ありそうなお爺ちゃん先生のところと。
 
 打たない理由は二つある。
 一つ目は、メッセンジャーRNAを包んでいるプロピレングリコールという添加物による副反応が怖いから。
 最近は、減ってきているということだけれど、このポロピレングリコール、昔は化粧品にかなり添加されていて、この化粧品で化粧かぶれを起こす人もいたという。で、化粧品にかぶれたことのある人は、コロナワクチン接種後、強いアレルギーが出やすいという話を耳にして、できないと思った。
 昔々、成人式にいただいた資〇堂の化粧水と乳液が私の化粧品デビューだった。生まれて初めての化粧品、ウキウキして使ってみた。そしたら、なんと一日で顔全体がかぶれて、悲惨な目に遭った。
 それに加えて、4年前の11月5日、熱の出ない寝込みレベルの風邪(?)になり、一晩、うんうん唸って、朝、鏡を見たら、オゾマシイ我が顔に慄いた。
 顔がかぶれている。
 特に、ひどいのが、口周りで、ささくれだった口周りに怪物をみるようであった。
 しばらくしたら治るだろうとマスクをして仕事に行っていたが、一向によくならない。その後、皮膚科に。先生は、原因不明のかぶれという診断で、ステロイドなしでは、外に出れない顔になってしまった。3年経ってもちっともよくならないでの、漢方偏屈先生に先生替えをして、今、やっと、人前に出れる顔になったばかり。
 だから、打てない。
 もし、接種して、また、顔全体がかぶれてしまったら、もう、取り返しのつかない顔になってしまいそうで、おそろしくて、その気に全くなれない。

 そして、二つ目。
 解毒臓器である私の肝臓への不安をぬぐい切れないから。
 元々、肝臓腎臓の解毒機能はギリギリラインだと思っていた。生まれ持っての残念な肝臓腎臓と中3のときのひどいやけどで藪医者先生の処方した強い抗生剤4か月投与の副作用があいまって、疲れが抜けないカラダで生きてきた。
 そこに、50歳での胃切除の手術が私の肝臓に追い打ちをかけた。
 今では、ビール3口以上になると美味しい、もっと飲みたいという気持になれなくなった。

 だから、なんとなくわかる。自分の肝臓の老朽化度合いが・・・。
 だから、コロナワクチンを打つ気になれない。
 ワクチンの主な働きに対する激しい副反応は、皆さんもご存じの通り。でも、ワクチンに添加されている保存料や酸化防止剤や抗体維持のための物質を私の老朽化した肝臓腎臓がしっかり解毒してくれるかどうかは定かではない。       聞くところによると、ファイザー社は、ワクチン添加物の全てを公表していないというではないか・・・。
 
 とにかく、このオンボロな肝臓腎臓が、どれだけ、私を守ってくれるか未知数すぎて、打てない。

 5年前まで、カラダがしんどくて死にそうで、這うように仕事に行っていた。この4年間、雨の日以外、毎日30分のスロージョギングを積み重ねてきたおかげで、やっと、手に入れた普通の元気。この普通の元気を失いたくない。

 普通に元気な人が、「でもね。コロナウイルスに感染してその後遺症で苦しんでいらっしゃる方もいるよ。」と圧をかけてくる。
 普通に元気な人には、普通に元気でなかった人生を送ってきた人の普通の元気に対する思いなんてわからないだろうなぁ。

 と、普通の元気に憧れ続けた私は、人生でやっと手に入れた普通の元気を失いたくない。

 わからない。
 接種後の私の元気と自然感染した後の私の元気、どっちが元気かって。
 ただ、自ら飛び込んでいけない。
 自然にかかったら運命だと思い、受け入れることができそう。
 生物学者の福島伸一先生が言ってらしたではないか。
 どうも、ウイルスが体内に侵入(感染)して、その後、発症するかしないかを左右するのは、宿主である人間の細胞の意志のようだと。ウイルスが細胞に近づいてきたとき、細胞からニュ~っと手が出て、ウイルスを細胞に招き入れるようだと。ところが、人によっては、ニュ~っと細胞から手が出ない人もいるって。そういう人は不けい性感染と言って、感染はするけれどは発病はしない。
 細胞が、あえて、自分の進化のためにウイルスを招き入れる説。必要悪説。ウインウイン説。
 私は、福島伸一先生のこの言葉を信じる。
 だから、受け入れられる。

 人間だって、自然界に生きる生物の一種だ。
 自然の摂理は、きっと、何か意味があるのだと・・・。

 
 
 
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イクメン鬱予防には?

2021年10月16日 | エッセー
もう、しょうがない。
私が、すべてを引き受けるしかないという状況に追い込まれたときに発露する。
それが、母性本能。


 昔の資料を整理していた時に昔、発掘してすっかり忘れていた珠玉の言葉を再発掘した。

 なるほど。
 だよね。

 母性本能って、そういうもんだよね。『最初から女性にあると思うな母性本能』って感じ?

 妊娠がわかった時、素直にうれしかった。
 でも、しばらくして、鬱々とした気分になっってしまった自分を思い出した。『あ~~、これで、私の人生は線路のレールを絶対脱線することのできない窮屈な人生になってしまった。』と嘆いた。だって、赤ちゃんがいたら、好きな時に好きなところへ一人で好き勝手に行くトいう類のジャンルが抹殺されるのだから。もう、すでに、この列車はスタートしてしまった。ひきかえすことはできない。あ~~~~。
 
 あの感覚を味わい、覚悟することで、きっと、母性本能は芽生えるのだろう。子どもが好きだから母性本能があるというわけではない。そりゃぁ、子どもを好きな人の方が産んでからのやり取りは上手かもしれないけれど、子どもが苦手だから私には母性本能があるかしら?と不安になることはないと思う。

 ほぼ100%の人が、子どもを産んだら、自ずと母性本能が芽生えてざるを得ないのだから。
 ただ、ごくたまに、出産しても母性本能が芽生えない人がいるようにも思う。ネグレクトなどの虐待をしてしまうような人たちは、線路を走っていく覚悟ができなかったから、母性本能が芽生えず、邪魔でめんどくさい存在としてしか赤ちゃんが目に映らなくなってしまったのかもしれない。
 脳のどこかにあるであろう母性本能の領域が何らかの理由で(本人も虐待を受けて育った?)砂漠のように枯れてしまった人たちなのかもしれない。
 もう、すでに十分すぎるほど過酷な人生を歩いてきたんだろうと想像する。

 思うに、おそらく、父親がシングルで育てないといけないような状況になったら、父親にも母性本能が芽生えるはずだ。

 夫婦、二人で育てるという場合、すでに女性が母性本能を芽生えさせてしまっていたら、父親になる男性には母性本能は芽生えにくいような気がする。父親は家計を支えるという線路を走るという使命を引き受けるのが自然かもしれない。
 ただ、最近は、見えない将来に備えて、最初から共働きを選択する夫婦が増えてきた。そうなると、私だって働いているんだから、家事育児も責任をもってやってほしいという不満が女性の中で芽生えてくるのも当然と言えば、当然。
 しかし、母性本脳が芽生えていない男性に、家事育児を分担するのは当然でしょうと言う風潮が圧をかけてくると、イクメンうつみたいになるパパが増えてしまう。
 パパに母性本能を上手に芽生えさせてこそのイクメンかと。

 何かいい知恵はないだろうか?

 体験がすべてだ。
 
 母と子の心理カウンセラーS先生は、生後3か月までは、お産により生じたママとの分離不安を取り戻す時間、パパの出番は生後3か月からとおっしゃっていた。実は、お腹の中でずっと一心同体だった蜜月が、お産で衝撃的な分離不安を味わって、ちょこっとママがそばにいないだけで、あの恐怖のお産の分離不安がよみがえってきて心臓がバクバクする世界に赤ちゃんはいる。だから、生後3か月は、いつもママがそばにいるよという設定により、ママとの分離不安を解消するための人生で物凄く重要な期間といえるのだ。
 ママは、赤ちゃんのそばから離れるときは必ず、その理由を伝えて、戻ってきたら、待った?ありがとうって必ず伝える癖をつけよう。トイレに行くときでさえ・・・・だ。「ママ、おしっこしたくなった。トイレに行ってくるからね。」と声かけして、「待った?あ~~~、すっきりした。」って声かける。
 しっかり、ママとの分離不安を解消して初めて、パパの出番となる。それまでは、パパはママの補佐役か。
 なので、パパの母性本能を開花させるコツの一つ目は、生後3か月を過ぎたら、母乳と母乳の間の4時間くらい、パパに預けて、ママはストレス発散。
 その間、パパは一人で赤ちゃんに対応しないといけないというプチ母性本能開花チャンスをゲットする。母乳の場合、ママがいないとめっちゃ困る。泣いても母乳の出ない乳首じゃ、どうすることもできない。不安でいっぱいだ。
 この気持ちを体験することが重要。
 いましたよ。実際、困った末に,本当に自分の乳首を吸わせたというパパが・・・。いいねぇ。

 訂正です。

 冒頭の言葉は、

母性本能とは、
後戻りできない立場に立たされた時、湧き上がってくる感覚。

でした。

 男性もいろいろだ。男脳がかなり優位な男性と女脳の比重が大きい男性。男脳と女脳は反比例。だから、父親(特に男脳がかなり優位な男性)に、イクメンを強要する前に、一度、わが子と後戻りできない立場に立たすという試みをやってみるのは、
 ワルクナイダロウ!
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なんで?

2021年10月02日 | エッセー
 なんで?
 って聞かれた。
 私が人に見られたくない、あるいは、触れられたくない愚行(わかっているのについつい後回しにしているようなこと)を触れられて、『なんでそうするの?』というような疑問をぶつけられた時、めちゃくちゃ不快だった。なんでって聞かなくても、私のずさんな性格のなせるわざに決まっているってわかっているのに、あえて、『なんで?』って聞かれた時、傷口が拡がった。

 そうじゃなくて、『うわぁ~、びっくりした。すごいねぇ。驚いた。』って、正直なリアクションをしてくれたのだったら、まだ、よかったのに・・・。

 その時、私は、初めて、明らかに本人もしなきゃいけないと思っていることができないという愚行に関して『どうして?』とか『なんでそうするの?』『なんでできないの?』って、聞くことは、その人を批判しているのと同じなのだということに気づいた。

 これは、大きな収穫だった。

 私の人生で、想定外の言動で、私を貶めようとしてくる人たちは、自分が正しいというスタンスだった。自分が正しいというスタンスだと、口から飛び出す言葉は、どんな言葉でも、批判でしかない。
 でも、その時、私も、『なんで』この人はこんな恐ろしい言葉を私に吐き出せるのだろう?ってめちゃくちゃ思った。やっぱり、なんで?ってなっていた。なんでこの人は、こんな恐ろしいことを平気で言えるんだろう?って目線で、でも、怖くて言えないから、押し黙っていた。
 
 自分と思考回路が似ていない人の言動には、いつも、なんで?ってその理由を探していた。
  なんで?どうして?不思議だ。理解できない。なんで?
 好きとか嫌いというのではなく、なんで?っていつも不思議がっていた

 ふと、子育て中の親子の姿が目に浮かんだ。

 なんで、お片付けができないの?
 なんで、宿題を先に済ませてからゲームできないの?
 なんで、忘れものばかりするの?
 
 と、わが子に、なんで?どうして?を連発する途方に暮れるママを見かけることがある。
 したくないからに決まってるじゃん。
 優先順位が下の方だからに決まってるじゃん。
 ここがポイント。優先順位にはしっかり入っている。しかし、おそらく、毎日、宿題は最下位のポジション。

 あれ、子どもは結構しんどいだろうなって、わかっているのにできないことをなんで?って毎日毎日がみがみ言われて。
 と、あることで、なんで?って聞かれて、そんなに苛めないでよって心理になった私は、ハッと気づかされた。

 なんで(できないの)?
 は、育児に禁句だ。

 なんでできないの?は、母から子への苛めだ。
 私は、掃除が好きではない。
 私の友人に、焦げた鍋を磨くのが大好きって人がいる。ストレス発散になるんだって。私は焦げた鍋をついつい見て見ぬふりして過ごし、最後の最後に、その鍋がないと困るような状況になって、ようやく重い腰を上げる。
  
 もし、私がその友人から、なんで鍋を磨かないの?と毎日、言われ続けたら、縁を切るだろう。焦げた鍋を放置していることは、決して胸を張っていられることではないとわかっている。むしろ、恥ずかしいことだということも。それでも、優先順位の最後になってしまっているのは、したくないから。というか、優先順位の下の方でウロウロしているから。
 鍋磨きの好きな友人にとっては、理解できないことかもしれない。
  で、私はその鍋磨きが好きな友人に、わたしんちの鍋、全部持っていくから磨いて~~~って冗談っぽくおねだりした。

 好きな人が、あるいはしたい人が、もしくは困っている人がすればいい。
 
 子どもが、親からがみがみ言われないとしないことは、私の鍋磨きと同じだ。子どもはすごい。毎日、言われ続けても、母親と縁をきるなんてしない。できない。

 私だって、いつかは、鍋磨きをする。最後の最後にはする。鍋がないと困るから。
 子どもはどうだろう?
 少なくとも、宿題に関して、もし、毎日、言われなくてもするタイプでなかった場合、毎日、毎日、母親から、『なんで、宿題しないの?』『なんで、宿題してからゲームできないの?』って言われ続けたら、一体全体、どんな気持ちになるだろう?どんな人間になるだろう?
 宿題を出したのは先生だ。
 宿題をしてこなかったら困るのは先生だ。
 宿題の量がこの子にとっては多すぎたのかもしれない。
 宿題の内容がこの子にとっては難しかったのかもしれない。
 宿題しなくても、要は理解できていれば、あるいは、覚えていればいいのだから、どうしたら、習得できるかを先生も保護者と生徒といっしょに思案できたらいい。
 一人でたくさんの生徒を見るのだから、現実的ではないかもしれない。

 でも、毎日毎日、母親にがみがみ宿題はしたの?と言われ続ける世界ってどうだろう。なんでできないの?って毎日毎日言われて幸せな子はいない。

 個人的には、小学校は、読み書きそろばんでいいのではないかと思う。それ以外は、興味のある科目に生徒が選んで授業を受けられるようなシステムがあったらいいな。
 そしたら、担任の先生は、個別に対応する時間を確保できる。
 ただし、差別的な空気感を出さないような配慮ができないのなら、しない方がいいかもしれない。

 一言、なんで?って、どうして?って言われた時の、自分の気持ちが、『そんなに言わないでよ。自分でもしなきゃいけないとわかっているけれど、ついつい見て見ぬふりでやり過ごしてきたことなんだから。今度の土日にやるから、もう、これ以上言わないでよ。まるで、苛められているような感覚になるから。』
 
 だから、どうしてできないの?は苛めだと思った。

 ただ、そう言われたことで、土日にやろうと決心した。そして、土日にするからと決意表明した。その結果、土日の優先順位の3番目くらいまで順位があがった。
 その人の中で、優先順位リストに入っている限り、きっかけさえあれば、優先順位の上位にアップすると思う。

 毎日、宿題は?とか忘れ物はない?とかガミガミ言わざるを得ない人は、まず、わが子の優先順位リストにのっているかをわが子に確認してみるといいのかもしれない。リストにのってなければ、リストに載るまで見守ってあげれたら、いいかな?リストに載っているけれど、最下位だったら、どうしたら、上位になる?ってわが子に聞いてみたらいいかも。
 
 さしずめ、私の鍋磨きとか冷蔵庫の掃除とかをついつい後回しにしてしまう大きな理由の一つは、体力不足。
 日々、ギリギリの体力で生きてきた。危うく寝込みそうなしんどさを気力でカバーし生きてきた。
 磨くのが好きって人は、元気な人か潔癖症か。

 もう一つの理由は、夫が家事育児にノータッチで、おまけに仕事もサービス残業の日々で、自分が倒れないために、編み出した思考回路が生活習慣病レベルになってしまったため。そう。見て見ぬふりがめっちゃうまくなった。

 私の結婚してからの口癖は、

 『死なんさかすればいい。』
 
 昔の人は、『汚れはかんころしゃせん。』って言っていた。

 
 なんだか、きっと、おそらく、自分のことを見て見ぬふりがうまくなると、他人のことも結構、見て見ぬふりができるようになったような気がする。よほどのことがないかぎり・・・。
 これは、収穫だ。
 他人のすることが気にならないって、楽に生きる上で必要なツールだと思う。自分と違う行動をする人をいちいち気にしていたら、感情が大揺れして大変。
 それにしても、『なんで?』って聞かれて、苛められているという感覚に陥る体験も大きな収穫だった。
 『なんで、この人はこんなことをするんだろう?』とか『なんで、そんな言い方をするの?』などと思ったときは、『なんで?』って聞かない。『びっくりした~~。』と正直に自分の気持ちを話す方が、相手は傷つかないかもしれない。

 子どもにも、『なんで宿題を先にできないの?』と『なんで?』と言わず、正直に『お母さんは、宿題が終わってからゲームをしてくれると気持ちが楽なんだけど』とか『お母さんは、宿題の前にゲームをされると、宿題が終わるかどうか気になって心配でゆったり過ごせないの。』などと自分の気持ちを訴えたら、子どもの心は傷つかないのかもしれない。
 
 
 
 

 
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