黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

いまどきの法科大学院論争はどんなもの?

2012-09-19 14:25:18 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 最近,札幌の猪野享先生が作成した「法科大学院Q&A」(下記リンク参照)を読みました。
http://www.ac.auone-net.jp/~inolaw/houkadaigakuinqanda.pdf

 Q&Aは,法科大学院にまつわる諸問題について,シンポジウムにご出席されたご経験などを活かし,膨大な資料・データを基に論証が行われているのですが,40項目にわたる「質問」の中には,正直言って目を疑うようなものも含まれており,今どきの法科大学院擁護派はこんな主張をしているのかと,正直言って呆れ返りました。
 主なものをいくつか引用すると,

Q5 法科大学院の志望者が減ったというように言われていますが、かつての旧試験では、合格滞留組がいたから母数が多かっただけで、現時点(2012年実施)でこそ適性試験の志望者が減ったとはいえ6000名強の志願者がいたのですから、弊害というほどの現象ではないのではないですか。
Q11 旧試験は、司法試験という点での選抜であったが、新しい法曹養成制度は、プロセスを重視すると言われていますが、これは正しいのでは?
Q12 従来は、司法試験(旧試験)一発勝負について、医学部における医師の養成と比較しても特異な制度であるという指摘がありますが、やはり法曹においても養成課程は必要なのではないでしょうか。
Q16 法科大学院の理念の中で、司法制度改革審議会意見書は、「かけがえのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性の涵養、向上を図る。」(63ページ)ことを掲げています。この理念自体は、正しいのではないでしょうか。
Q18 これまで法学部は実務と乖離しており、実社会に役立ってこなかったのだから、実務にコミットすることは良いことではないのですか。その中で実務に対する批判的視点も取り入れているのですから、問題ないのでは?
Q21 法科大学院制度では、例えば知財などに特化するなど法科大学院の独自性のもと、種々の必要とされる法曹の養成に適うのではないでしょうか。
Q22 法科大学院制度は、借金漬けのような批判はあるものの、希望すれば奨学金を受けられるのであるから、旧試に比べても法曹資格を取得できるようになったのでは?
Q23 法科大学院制では、それまでの社会経験や活動実績なども参考にして選抜を行うということであり、試験による能力だけの選抜よりも多様な人材を確保できるのではないでしょうか。
Q24 法科大学院を修了した法曹(修習生)の方が、プレゼン能力に長けていると言われています。課題があるとはいえ、法科大学院における成果もあるのではないでしょうか。
Q25 私は法科大学院を修了した者ですが、法科大学院で履修したことは、実務法曹になっても、非常に役立っています。法科大学院そのものに存在意義があるのではないでしょうか。
Q26 法科大学院では新たに行政法を必修とし、司法試験科目にも入ったことから、旧法曹が国には勝てないと尻込みをしていた行政訴訟を、新法曹は積極的に取り組んでいるのでは?
Q29 法科大学院修了者の座談会などをみますと、よく言われているのが、「法科大学院制度があったからこそ私は法曹(弁護士)になれた。」というものですが、法科大学院制度は、法曹への門戸を広げたと評価できるのではないでしょうか。
Q35 法科大学院制度に課題があるからといって、課題を解決することこそ必要なのであって、廃止とか法科大学院修了を司法試験受験要件から外すということは、筋違いではないでしょうか。
Q36 法科大学院制度を廃止したり、修了を受験要件から外した場合、在学生には大きな不利益が及ぶことになりますが、問題ではありませんか。
Q38 法科大学院制度設立にあたって法学部を残したことが間違いであるという主張がありますが、どのように考えますか。


 こんな感じです。法科大学院擁護派以外の人にはとても考えつかないような,屁理屈だらけの質問にいちいち答えなければならないと考えるだけで,めまいがしてきます。とは言え,誰かが反論しないと,推進派の人々は一般市民が理解できないのを良いことにずっと屁理屈をこねまわすのでしょうから,仕方がありません。
 これらの質問に対しても,猪野先生は極めて丁寧にご回答されているのですが,いかんせん長すぎるという問題があるので,以上の各質問に対しては,猪野先生の回答を引用する代わりに,黒猫が若干のコメントをさせて頂きます。

Q5(志望者が減っても問題はないという主張)について
 全くずれた問題意識です。
 概ね毎年2~3万人の受験者がいた旧司法試験と比較し,法科大学院の適性試験を受験する者は年間6000人前後にまで落ち込んでいますが,適性試験は法科大学院を受ける前段階の選抜試験であり,法律の問題など全く出題されない試験です。
 むろん,旧司法試験の受験者にも,いわゆる滞留受験者や記念受験者が相当数含まれていたと推測されますが,旧司法試験は法律の問題が出題され,合格すれば司法修習を経て法曹の資格が与えられる試験であったことから,それを受験する者は,程度の差こそあれ相当程度法律の勉強をして試験に挑んだであろうと想像されます。実際,司法試験合格には至らなくても,その後企業法務の世界や司法書士,不動産鑑定士などの別の資格試験に転身し,実社会で相当程度活躍している人もいます。
 これに対し,現在の制度では法律の勉強をはじめる前から年間6000人,法科大学院に入学する人は年間3000人(しかも,最近は再入学者も増えていると言われています)。数字の単純比較はできないとは言え,司法試験を目指して本格的に法律の勉強をしようとする人が,旧試験時代の概ね10分の1になってしまった計算になります(しかも,この数は法科大学院制度を続けている限り,今後もさらに減りこそすれ,当分回復する見込みはありません)。
 さらに,法科大学院人気の低迷に伴い,大学法学部の志望者数が落ち込み,全体的に法学部の人気も低下していると言われており,これはわが国で「法律の勉強をする人」自体が大幅に減ってしまっているということです。これがわが国の法曹のみならず,法治国家であるわが国そのものの危機であることは明らかです。

Q11(プロセス重視の法曹養成制度は正しいとの主張)について
 プロセス重視と言えば聞こえはよいですが,プロセス重視を掲げる新しい法曹養成制度は,志望者に対し「従来の旧司法試験より楽に法曹になれる」という誤解を与えただけです。
 また,プロセス重視の法曹養成が機能するためには,教える側の人材が充実し,法曹を目指す者の資質を適切に判定できることが不可欠の前提ですが,実際にはどのような「プロセス」が必要であるも適切に検討されておらず,法科大学院の教員もその多くは実務経験ゼロ,司法試験も合格していない学者で占められており,見当違いの教育方法は当の学生達にまで呆れられているのが現状です。

Q12(法曹の養成課程自体は必要だとの主張)について
 旧試験時代における法曹の養成課程は,司法試験合格後の司法修習,及び法曹資格を得てからのOJTです。医学部の臨床実習も概ね5~6年次に行われていますが,専門家の養成は,学ぶ側に相当の基本的知識がないと成立しないのです。
 法科大学院の「養成課程」は,学生に十分な法知識がない段階で行われるため,その大部分を基本的な法知識の伝授に割かざるを得ないという制約があるため,実務教育もその大半がきわめて形式的なものにとどまらざるを得ず,実際には旧司法試験時代の前期修習(司法研修所で行われた3~4箇月程度の講義研修)すら代替できていません。
 しかも,法科大学院が実務教育を代替しているからという名目で,これまで重要な法曹養成過程を担ってきた司法修習の期間は大幅に短縮され,さらに実際の需要を考えないで法曹有資格者を激増させたため,法曹資格を得た者の多くがOJTの機会を得られないことになりました。法科大学院制度の登場により,法曹の「養成課程」は逆に失われつつあるのです。

Q16(豊かな人間性の涵養,向上という理念は正しいとの主張)について
 司法審が適当な美辞麗句を並べ立てただけで,法科大学院において実際にそのような理念を実現させるような教育が実践されているわけでは全くありません。そもそも,そのような人間性を向上させるような教育を本当に実践する方法があるのなら,法曹のみならずほぼ全ての人が受ける高校までの教育課程で行なわれているでしょうし,現在取り沙汰されている深刻ないじめの問題なども起きなかったでしょう。

Q18(これまで法学部は実務と乖離しており、実社会に役立ってこなかったのだから、実務にコミットすることは良いことではないのですか。その中で実務に対する批判的視点も取り入れているのですから、問題ないのでは?)について
 実際には,法科大学院の教員になっても実務にあまり関心を持たない研究者教員が少なくない上に,法学部の研究者を勉強させるために法曹養成制度全体をズタズタにするような「改革」が許されるはずはありません。

Q21(法科大学院制度では、例えば知財などに特化するなど法科大学院の独自性のもと、種々の必要とされる法曹の養成に適うのではないでしょうか。)について
 知的財産権を例に取ると,例えば知財の専門家として実社会で活躍するためには,特許法,著作権法などの関連する法律のみならず,特許に関連する理系の専門的な技術知識(少なくとも理系の学部卒業程度),さらには外国法の知識も必要であるといわれていますが,せいぜい2~3年の法科大学院教育でそのように高度な知識が身に付けられるはずもありません。
 また,知財の専門家を養成する課程としては,法科大学院とは別に知的財産大学院なるものが発足し,既に3校ほど開校されているようですが,目立った成果を挙げるには至っていません。ましてや,知的財産とはあまり関係のない分野も含めた一般的な法律を深く学ばなければならない法科大学院で「知財専門」を売りにしたところで,単なるまがいものにしかなりません。

Q22(法科大学院制度は、借金漬けのような批判はあるものの、希望すれば奨学金を受けられるのであるから、旧試に比べても法曹資格を取得できるようになったのでは?)について
 合格者数が増えたことから法曹資格取得の難易度自体は低下したかも知れませんが,法科大学院制度のもとでは,借金漬けにされた上,弁護士になっても借金を返済できる見通しが立たないことは世間的にもよく知られるようになっており,それが法科大学院志望者数・入学者数の顕著な低下となって現れています。つまり,法曹資格を「取得できるようになった」かどうかが問題ではなく,「取得しようとするようになった」かどうかが問題なのです。

Q23(法科大学院制では、それまでの社会経験や活動実績なども参考にして選抜を行うということであり、試験による能力だけの選抜よりも多様な人材を確保できるのではないでしょうか。)について
 法科大学院バブルと言われた制度の発足時はともかく,現在の法科大学院はどこも志望者数不足に悩んでおり,社会人や他学部出身者の割合もいまや旧試験時代を下回る水準にまで落ち込んでいます。多様な人材の確保など全く出来ていません。
 また,社会経験や活動実績などを参考にした選考というのは,大学におけるAO入試と似たような方法で行われますが,高校時代ろくに勉強せずAO入試で大学に入ってきた学生の多くが社会的に全く評価されていないことは周知の事実であり,学力を軽視した教育機関の選考というのは,結局のところ全く当てにならないのです。

Q24(法科大学院を修了した法曹(修習生)の方が、プレゼン能力に長けていると言われています。課題があるとはいえ、法科大学院における成果もあるのではないでしょうか。)について
 法情報調査やプレゼン能力については肯定的な評価も聞かれますが,法曹として最も基本的な能力である民法などの法知識や,実務に必要な書面作成などの能力については,否定的な評価が多いです。プラスの面が10%,マイナスの面が90%というのでは,成果があったとはとても言えません。

Q25(私は法科大学院を修了した者ですが、法科大学院で履修したことは、実務法曹になっても、非常に役立っています。法科大学院そのものに存在意義があるのではないでしょうか。)について
 そういう意見はごく少数派であり,法科大学院出身の弁護士でも法科大学院の教育があまり役に立たなかったという意見もかなり多く聞かれます。また,ごく一部の法科大学院で実務の役に立つ優れた講義が行われていたとしても,そのような講義を法科大学院では無く司法修習や弁護士会の研修でそのような講義を行うことは可能であり,法科大学院制度を存続させるべき理由にはなりません。

Q26(法科大学院では新たに行政法を必修とし、司法試験科目にも入ったことから、旧法曹が国には勝てないと尻込みをしていた行政訴訟を、新法曹は積極的に取り組んでいるのでは?)について
 新試験では行政法が必須科目に加わりましたが,行政法に精通した弁護士を増やしたいのであれば,旧試験をベースにして行政法を必須科目に追加すればよいだけの話であり,法科大学院制度自体を存続させるべき理由にはなりません。
 なお,新司法試験で必修科目になっているにもかかわらず,法科大学院では行政法の必修講座を4単位しか設けない,既修者試験の試験科目にもしないなど,行政法教育を不当に軽視しているところが多いこと,学生の間でも行政法は主要7科目の中で「いらない科目」とされ最も人気が低く,行政法を苦手としている受験者も多いことから,実際にそのような「成果」があったとは考えにくいです。

Q29(法科大学院修了者の座談会などをみますと、よく言われているのが、「法科大学院制度があったからこそ私は法曹(弁護士)になれた。」というものですが、法科大学院制度は、法曹への門戸を広げたと評価できるのではないでしょうか。)について
 法科大学院バブルの時代に,旧試験時代には司法試験の合格率が低かったため尻込みをしていたところ,新司法試験では合格率が跳ね上がると聞いて飛びついて来た人は確かにいますが,それは1個10万円のブランドバッグを5000円で大安売りすれば一時的に売上が伸びたというのと同じような現象に過ぎません。

Q35(法科大学院制度に課題があるからといって、課題を解決することこそ必要なのであって、廃止とか法科大学院修了を司法試験受験要件から外すということは、筋違いではないでしょうか。)について
 損傷した建物にも修復して維持できるものと壊すしかないものがあり,病気にかかった人にも医療の力で何とか回復できる人と手の施しようがない人がいるように,問題のある制度も修復して維持できるものとそうでないものがあり,どちらを選ぶかは状況に応じて的確に判断しなければなりません。
 法科大学院制度については,制度設計自体が単なる美辞麗句の繰り返しで中身が伴っておらず,およそ非現実的な青写真を追い求めていたものに過ぎません。制度発足から10年も経たないうちに破綻に瀕し,このような議論をせざるを得ないことが何よりの証拠です。
 一部の官僚や学者の既得権益を守るため,破綻していることの明らかな制度を壊すのが「筋違い」であるという主張は到底成り立ち得ません。

Q36(法科大学院制度を廃止したり、修了を受験要件から外した場合、在学生には大きな不利益が及ぶことになりますが、問題ではありませんか。)について
 修了を受験要件から外しても,法科大学院生が修了後司法試験を受験することは全く妨げられない以上,法的保護に値する不利益は存在しません。また,修了者に与えられる「法務博士」の学位が実社会では全く評価されていない現状では,仮に法科大学院制度そのものが廃止されても,在学生に大きな「不利益」が及ぶとは言い難いでしょう。それでも問題があるというのなら,法科大学院生の新規募集停止と予備試験の簡素化・合格者数拡大を行うなど,制度廃止を数年掛けて段階的に行えばよく,制度廃止自体ができないという結論にはなり得ません。
 いまや,正当な議論で法科大学院の存在価値を説明できなくなった法科大学院関係者が,自らの既得権益を守るために学生を人質に取るような議論に走り,そのような意見を政府がまともに取り上げていることは異常事態というしかありません。

Q38(法科大学院制度設立にあたって法学部を残したことが間違いであるという主張がありますが、どのように考えますか。)について
 ロースクールの本場であるアメリカにも,他の学部で法律を教えていたり,パラリーガルを養成するための法学部が存在したりしているようであり,法学部廃止路線を取った韓国でも,法学専門大学院(日本の法科大学院に相当)を設けていない大学では今も法学部が存在します。そして,法学部廃止路線を取った韓国でも,大学院を卒業した弁護士はいまや「名ばかりの弁護士」と呼ばれるなど,早くも制度自体の欠陥が露呈しています。
 問題の本質は,これまで法曹養成の実績が全く無く,実社会にもほとんど役に立っていないと言われていた大学に「法曹養成の中核的機関」という役割を与え,しかもその修了を原則強制にしてしまったこと自体であり,その創設にあたり従来の法学部を維持したか否かはさほど大きな問題ではないでしょう。