(前回からつづく)
そして、9回目を歌い終わった後、思いっきり興奮したハルヒがこう叫んだ。
「次、ラスト10回目! 『恋のミクル伝説』宇宙最終決戦バージョンで締めるわよ!」
宇宙最終決戦バージョン? 何だそれ、と俺が思った瞬間、またも周囲の光景が変わった。今度の風景は、周囲にたくさんの惑星や隕石の類が浮いている宇宙空間で、床もなくなり、俺達は宇宙空間の中に浮いているという、何とも非現実的な光景である。どこかのRPGのラスボス戦で見たような演出だな。
「未来から来た戦うウェイトレス『朝比奈ミクル』と、悪い宇宙人の魔法使い『長門ユキ』は、それぞれの最終兵器をもって、この宇宙空間で最後の決戦を挑むのよ。いざ、超銀河ミクルラガン、発進!」
ハルヒの叫び声とともに、どこからともなく流れてきたBGMに乗って、俺達の頭上に巨大なロボット兵器が登場した。超銀河ミクルラガンというらしいそのロボットは、背中や肩にいろんなものがくっついているが、基本的には朝比奈ミクルの姿を模した人型戦闘ロボット兵器である。大きな胸がチャームポイントだ。胸の星形のホクロも再現されているのかどうか俺は気になったが、あいにくこの状況では確かめるのは不可能である。
「対するは、宇宙人最終決戦兵器、ユキゲリオン零号機!」
ハルヒのその声とともに、超銀河ミクルラガンと相まみえる感じで、別の巨大ロボット兵器が登場した。ユキゲリオン零号機というらしいそのロボットは、魔女姿の長門ユキの姿を模したロボット兵器で、手に星形の付いた短めのステッキを持っている。そのステッキの名前が例の「スターリングインフェルノ」であることは、言われなくても分かる。
しかしまあ、ユキゲリオン零号機という名前の由来はあまりにも見え透いているが、その発想は何となく理解できるような気がする。考えてみれば長門って、名前もキャラクターも何となくあの女の子の系譜を引いているからな。それから、俺はロボットアニメにそれほど詳しいわけではないが、魔女スタイルのロボット兵器というものはこれまであまりなかったと思う。どんな戦い方をするのか、ちょっとばかり楽しみだ。
「と、その使い魔、スターシャミセン1号、発進!」
ハルヒの叫び声とともに、ユキゲリオン零号機の左肩に、シャミセンの姿を模した猫型ロボット兵器が姿を現した。スターシャミセン1号というらしいそのロボットは、ユキゲリオン零号機の左肩の上あたりでぷかぷか浮いている。名前に1号と付いているのは、おそらく古泉が無意味なトリック実演のために連れてきたシャミセン2号の存在が影響してるんだろうな。ちなみに、猫型ロボットといっても、決してドラ○もんのような形をしているわけではないので、誤解のないように。
一通り役者が揃ったところで、長門が、いやユキゲリオン零号機が、お決まりのセリフを吐いた。
「これですべての決着をつけようではないか。我々にはあんまり時間が残されていないのだ。地球と、古泉イツキの身柄は私がいただく」
いや、映画と比べセリフが若干簡略化されているな。
「そうはさせません! そのためにあたしは未来から来たのです! 悪い宇宙人のユキさん、覚悟しなさい!」
朝比奈さんが、いや超銀河ミクルラガンが、ユキゲリオン零号機を指差しながらそう答えた。一度映画の主演は経験済みのためか、今回はどもらずにセリフを言えたようだ。
♪ この地球を 宇宙人の
好きにはさせない
イツキくんは きっと私を選ぶ
信じています
何か、聞いたこともない歌詞が、突然俺の口を突いて出た。どういう仕組みになってるんだ、これ?
「そこで超銀河ミクルミサイル、発射よ!」
ハルヒ超監督がそう号令すると、朝比奈さんがセリフを言おうとする。
「ちょちょちょ、ちょうぎんが・・・」
「超銀河ミクルミサイル、発射!」
仕方ないので、俺が代わりに言ってやる。悪いけど、歌の一部なんでどもってる暇はないんですよ、朝比奈さん。
俺が吐いたセリフとともに、超銀河ミクルラガンの背中にあるミサイル発射装置から、無数のミサイルが四方八方に飛んでいき、周囲にある惑星や隕石を派手に爆発させていった。しかし、肝心のユキゲリオン零号機の方に飛んでいったのはいいとこ5発くらいで、ユキゲリオン零号機は、例の星形ステッキ、スターリングインフェルノを壊れたワイパーみたいな動きで振って、自分の方に飛んできたミサイルのことごとくを打ち落とした。
あ、どこかで見た光景。
それにしても、あの単調でシュールな戦闘シーンを、よりによって宇宙規模で再現することはないだろう。
♪ 未来からやってきた おしゃまなキューピッド
今は地球のために戦う
この超銀河ミクルラガンに願いを掛ける
明日もあの人に逢えますように
「次は超銀河ミクルビームよ!」
ハルヒ超監督の号令の下、朝比奈さんがまたセリフを言おうとするが、例によって「超銀河」がなかなか言えない。
「ちょちょちょ、ちょうぎんが・・・」
「超銀河ミクルビーム!」
超銀河ミクルラガンは、スターシャミセン1号の口から放たれたビームをかわしつつ、Vサインをした左手の指を顔の横に当てて、例の「ミクルビーム」のポーズを取った。
そうすると、超銀河ミクルラガンの左目からお約束の殺人光線が発射され、ユキゲリオン零号機に襲いかかるが、ユキゲリオン零号機は余裕でそれをかわしてしまう。せっかくの超銀河ミクルビームは、ユキゲリオン零号機のはるか後方にある惑星を爆破しただけで終わった。
ちなみに、ハルヒ的命令電波の説明によると、超銀河ミクルラガンは操縦席が頭部と腹部の2つあり、頭部の操縦席には朝比奈ミクルが、腹部の操縦席にはなぜか俺が乗っているという設定らしい。だから、俺が超銀河ミクルラガンのセリフを言っても問題ないそうだ。このハルヒ的命令電波の正体は何か、俺がなんでこんな説明をさせられているかは俺自身にも解らん。ハルヒに聞いてくれ。
♪ カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
涙を拭いて 走り出したら
カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
宙(そら)の彼方へ スペシャル ジェネレーション
この部分は原曲と同じらしい。
「さあ、もっとビシバシ攻撃しなさい!」
ハルヒ超監督の号令下、超銀河ミクルラガンは、超銀河ミクルカッター、超銀河ミクルマイクロブラックホール、超銀河ミクルタイフーンといった大技を次々と繰り出す。それにしてもハルヒの奴、何でも「超銀河」と付ければいいと思ってやがる。特に「超銀河ミクルマイクロブラックホール」なんて、技名があまりにも長すぎるぞ。少しはセリフを言わされる側の立場になってみやがれ。
ハルヒ的命令電波の指示に従って一応説明すると、超銀河ミクルカッターは、超銀河ミクルラガンの頭部にあるカチューシャから四方八方に発射される超振動性分子カッターで、ほとんど質量のない透明殺人ワイヤーのようなものである。これが命中すれば、どんな物質も分子単位に分解されてしまう強力な兵器であり、現に超銀河ミクルカッターの流れ弾が命中した惑星や隕石は一瞬で消滅してしまったが、肝心のユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号には、かすりもしなかった。
超銀河ミクルマイクロブラックホールは、超銀河ミクルラガンが両手を前方に突き出すと発射される小さなブラックホールで、これが命中するといかなる物質もそのブラックホールに呑み込まれてしまうという恐るべき技である。現に、超銀河ミクルマイクロブラックホールが命中したユキゲリオン零号機周辺の惑星や隕石は次々と消えていったが、肝心のユキゲリオン零号機に向かって飛んでいったのはせいぜい1,2発くらいで、ユキゲリオンが軽く身をかわしただけで終わった。
そして、超銀河ミクルタイフーンは、超銀河ミクルラガンのスカートから全方向に発射される強力な衝撃波で、これを使用すると超銀河ミクルラガンのスカートがめくれ上がってしまうという、ハルヒお勧めの技である。朝比奈ミクルのスカートがめくれ上がってしまうならともかく、超銀河ミクルラガンなるロボット兵器のスカートがめくれ上がるだけのこの技が、どうお勧めなのかは俺にも理解できん。ちなみにこれが発射されたとき、超銀河ミクルラガンのスカートの中がどうなっているのかは、俺には確認できなかった。
高校1年生の女子のくせに、変にエロオヤジ的なところがあるハルヒ的発想にはいまいち理解し難いものがあるが、この超銀河ミクルタイフーンも、結果は周囲にある惑星をいくつかぶっ壊しただけで、肝心のユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号にはかすりもしなかったことは、今更説明するまでもあるまい。
それにしても、この超銀河ミクルラガンとやら、これまでの戦闘で一体いくつの有人惑星をムダにぶっ壊し、何千億の知的生命体を非業の死に追いやったのだろう。一体どっちが正義の味方なのかよく解らん。
♪ 勝ち目なくても これしきのことでは
私はめげない
地球の未来と イツキくんは
私が護るわ
「こうなったら最終兵器、超銀河ミクルボンバーよ!」
ハルヒ超監督の号令下、俺と朝比奈さんは唱和する。
「超銀河ミクルボンバー!」
その掛け声とともに、超銀河ミクルラガンの胸部から2発のロケット爆弾が発射された。これもハルヒ的命令電波に従って説明すると、超銀河ミクルボンバーは、超銀河ミクルラガンの胸部に2発内蔵されているロケット爆弾で、超銀河ミクルラガンのチャームポイントを引き替えにする諸刃の剣であることから、まさしく超銀河ミクルラガンの最終攻撃手段である。ちなみに、元ネタの名称では超銀河ミクルミサイルと区別がつかなくなってしまうことから、超銀河ミクルボンバーに名称変更されたらしい。元ネタって何だ? 知ってる奴がいたら今すぐ俺に電報で教えてくれ。
そして、超銀河ミクルボンバーに内蔵されている爆薬はミクルロンといい、仮にこれが朝比奈ミクルの胸部の質量分爆薬として使われた場合、地球の表面を7回焼き尽くすことの可能な熱量が発生するそうだ。もっとも、今回の場合は朝比奈ミクルではなく、少なくともその何百倍もの大きさがありそうな超銀河ミクルラガンの胸部に、ミクルロンがめいっぱい詰め込まれているわけだから、これが命中した場合の破壊力は・・・。
考えたくもないね。
しかし、2発しかないせっかくの最終兵器も、結果としてはむなしくユキゲリオン零号機の両脇を通り過ぎ、ユキゲリオン零号機のはるか後方にある隕石に当たって盛大な爆発を遂げるだけの結果に終わった。当たんないんじゃ意味ねえし。
そして、これが最終兵器ということは、胸のなくなった超銀河ミクルラガンには、これ以上のさしたる攻撃手段は残されていないということである。というか、超銀河ミクルラガンがあのロボットアニメのパロディなら、肝心のドリルはないのか、ドリルは。
そんなことを考えているうちに、長門が、いやユキゲリオン零号機が、冷たいセリフを放つ。
「お前の攻撃はこれで終わりのようだな。朝比奈ミクルよ」
セリフはさらに続く。
「安心するがいい。あなたの墓碑銘はわたしが刻んでやることにする。あの世ではせいぜい善行を積み、来世の糧とするがよかろう」
そう言って、ユキゲリオン零号機が、手にしているスターリングインフェルノを軽く振り下ろすと、どこからともなく無数の隕石が現れ、超銀河ミクルラガンに襲いかかる!
超銀河ミクルラガンはその攻撃をかわし切れず、かなりのダメージを受けてしまう。
♪ 未来にもあるのかな 勇気と希望
もしもなかったら すこし困るな
あの人のために私は 戦い続ける
たとえ私の 命に代えても
ユキゲリオン零号機の反撃は止まらない。
ユキゲリオン零号機が、スターリングインフェルノを頭上に振りかざし、何やら呪文らしきものを唱えると、ユキゲリオン零号機の頭上に大きな光の玉が現れた。そして、その光の玉に映っている顔は、・・・喜緑さん!?
「人間ごときには・・・無理です・・・」
喜緑さんが謎めいたセリフをつぶやくと、ユキゲリオン零号機はスターリングインフェルノを大きく前方に振り下ろす。それに合わせて、大きな光の玉が超銀河ミクルラガンに向かって放たれ、超銀河ミクルラガンに直撃する。
超銀河ミクルラガンは、この攻撃で宇宙の塵になって消滅することはなかったが、明らかに大破状態、もはや戦闘不能だ。ユキゲリオン零号機のさらなる攻撃で、本当に宇宙の塵となってしまうのも、もはや時間の問題だろう。
このように、朝比奈ミクルの攻撃は何一つユキに通用せず、ユキの反撃により朝比奈ミクルが絶体絶命の窮地に立たされてしまうという映画上の設定は、この宇宙最終決戦でも忠実に再現された。映画での朝比奈ミクルと同様、超銀河ミクルラガンの役立たずぶりも見てのとおりである。
ところで、さっきの喜緑さんのセリフで気付いたんだが、長門ユキは宇宙人側で、俺達は人間側という設定になっていたんだな。それで「人間側=正義の味方」ということで、俺達と正義の味方という大義名分がかろうじて繋がっているんだな。たとえ無駄な攻撃の流れ弾で、何千億もの犠牲者を出したとしても。
それと、これはたった今気付いたんだが、あのスターシャミセン1号、敵である超銀河ミクルラガンに向かってまともにビームを撃ってきたのは1度だけで、あとは時々思い出したように、全然関係ない方向にビームを撃っているだけだぞ。ユキゲリオン零号機があのロボットを連れていることに何の意味があるんだ。・・・まあ、所詮は猫か。
もっとも、このままの展開では、朝比奈ミクルと超銀河ミクルラガンは物語から退場することになってしまう。正義が悪に滅ぼされ、主義主張が勝敗を決める上での決定項目になったりはしないという、権力があるもんの勝ち、みたいな現代社会を風刺する一種の皮肉をテーマとしたストーリーで終わってしまうのだろうか。
「・・・・・・!」
当然そうはならないのである。それは映画の原作を知っている俺にも解る。見えざる神の手は現実としてあり得ないほどのタイミングで、主要キャラの窮地を救うことになっている。ハルヒ超監督の設定では当然そうなっている。ということは、やはり最後にはあいつが出てくるのか・・・。
「ふっ。ここは僕の出番のようですね」
やっぱり古泉の奴がしゃしゃり出てきやがった。
「機動戦士イツキライザー、発進!」
なんか喜びに満ちた顔で叫んでいるハルヒ超監督の声とともに、新たなロボット兵器、イツキライザーが姿を現した。BGMも何となく明るいキーに変わる。それに伴い、大破した超銀河ミクルラガンはしずしずと戦場から退場していった。
イツキライザーの外見は何となくガ○ダムっぽいが、イツキライザーというネーミングの由来は俺にもよく解らん。おそらく、もはや適当なパクリ先も思いつかず、語呂がいいからって感じでその場の思いつきで決めたんだろう。
「彼女をこれ以上傷つけることは、僕が許しません。ユキさん、観念してください」
古泉はそう言って、颯爽と歌い出す。って、トリはお前かよ!?
♪ 未来にもありますよ 勇気と希望
それは僕たちの 心の力
地球の危機は僕が 食い止めましょう
この機動戦士 イツキライザーで
古泉がそう歌っている間、イツキライザーはビームサーベルを抜き放ち、ユキゲリオン零号機に接近戦を挑むが、ユキゲリオン零号機は魔女スタイルゆえ、接近戦が不得手という設定である。イツキライザーが爆発的な加速で接近してきても、それと同じくらいの速度でイツキライザーとは距離を置き、巧みにイツキライザーとの接近戦を回避している。ただ、そのおかげで戦場と撤退中の超銀河ミクルラガンとは、かなり距離が離れることになった。もはや超銀河ミクルラガンが、ユキゲリオン零号機の攻撃にさらされることはあるまい。
イツキライザーが接近戦を諦めて一旦停止すると、長門、いやユキゲリオン零号機は、スターなんとか棒を振り上げて、こうセリフを言い放つ。
「くらうがよい。古泉イツキ。あなたの意思はわたしの思うがままになるであろう」
今回はシャミセンの助言を待つまでもないようだ。古泉は静かに答える。
「そうはいきませんよ、ユキさん」
♪ カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス、ベイビィ~♪
ためらい捨てて 走り出したら
カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス、ベイビィ~♪
宙(そら)の彼方へ スペシャル ジェネレーション
古泉が、曲のサビの部分を「キモカッコ良く」歌っている間に、スターリングインフェルノから放たれた光線がイツキライザーを襲うが、このとき、古泉イツキの秘密の力が覚醒したのである。もはや説明する必要もないと思うが、このときイツキライザーの放ったおそらくエモーショナルな部分を源泉とする理屈不明の力は、ユキゲリオン零号機の攻撃を難なく跳ね返し、最大ゲージでユキゲリオン零号機と、ついでにスターシャミセン1号を襲った。
「・・・・・・・・・無念」
「にゃあ」
お約束のセリフを残して、ユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号はそれぞれ盛大に爆発炎上し、宇宙の塵と化した。
♪ 正義の味方 イツキライザー!
古泉が、ありきたりな決め台詞で歌の最後を締め、この無駄に派手なだけが取り柄のSFロボットアニメは終幕を迎えた。つーか古泉、俺の希望としては、せめて最後くらい「恋のマジカル、ミクルンルン」を歌って、笑いを取って欲しかったんだけどな。
曲が終わると、周囲の光景がまた変わり、今度は普段の講堂に戻った。何とか10回歌いきって、ハルヒからの物言いもなかったし、これで俺の限りなくくだらない罰ゲームはやっと終わりを告げたわけか。
朝比奈さんが、マイクを持って「本日のコンサートはこれにて終了で~す。みなさん、ご静聴ありがとうございましたぁ」と舌足らずな声で観衆に告げて、観衆の拍手とともに本日のイベントは無事に(?)解散となった。
(つづく)
そして、9回目を歌い終わった後、思いっきり興奮したハルヒがこう叫んだ。
「次、ラスト10回目! 『恋のミクル伝説』宇宙最終決戦バージョンで締めるわよ!」
宇宙最終決戦バージョン? 何だそれ、と俺が思った瞬間、またも周囲の光景が変わった。今度の風景は、周囲にたくさんの惑星や隕石の類が浮いている宇宙空間で、床もなくなり、俺達は宇宙空間の中に浮いているという、何とも非現実的な光景である。どこかのRPGのラスボス戦で見たような演出だな。
「未来から来た戦うウェイトレス『朝比奈ミクル』と、悪い宇宙人の魔法使い『長門ユキ』は、それぞれの最終兵器をもって、この宇宙空間で最後の決戦を挑むのよ。いざ、超銀河ミクルラガン、発進!」
ハルヒの叫び声とともに、どこからともなく流れてきたBGMに乗って、俺達の頭上に巨大なロボット兵器が登場した。超銀河ミクルラガンというらしいそのロボットは、背中や肩にいろんなものがくっついているが、基本的には朝比奈ミクルの姿を模した人型戦闘ロボット兵器である。大きな胸がチャームポイントだ。胸の星形のホクロも再現されているのかどうか俺は気になったが、あいにくこの状況では確かめるのは不可能である。
「対するは、宇宙人最終決戦兵器、ユキゲリオン零号機!」
ハルヒのその声とともに、超銀河ミクルラガンと相まみえる感じで、別の巨大ロボット兵器が登場した。ユキゲリオン零号機というらしいそのロボットは、魔女姿の長門ユキの姿を模したロボット兵器で、手に星形の付いた短めのステッキを持っている。そのステッキの名前が例の「スターリングインフェルノ」であることは、言われなくても分かる。
しかしまあ、ユキゲリオン零号機という名前の由来はあまりにも見え透いているが、その発想は何となく理解できるような気がする。考えてみれば長門って、名前もキャラクターも何となくあの女の子の系譜を引いているからな。それから、俺はロボットアニメにそれほど詳しいわけではないが、魔女スタイルのロボット兵器というものはこれまであまりなかったと思う。どんな戦い方をするのか、ちょっとばかり楽しみだ。
「と、その使い魔、スターシャミセン1号、発進!」
ハルヒの叫び声とともに、ユキゲリオン零号機の左肩に、シャミセンの姿を模した猫型ロボット兵器が姿を現した。スターシャミセン1号というらしいそのロボットは、ユキゲリオン零号機の左肩の上あたりでぷかぷか浮いている。名前に1号と付いているのは、おそらく古泉が無意味なトリック実演のために連れてきたシャミセン2号の存在が影響してるんだろうな。ちなみに、猫型ロボットといっても、決してドラ○もんのような形をしているわけではないので、誤解のないように。
一通り役者が揃ったところで、長門が、いやユキゲリオン零号機が、お決まりのセリフを吐いた。
「これですべての決着をつけようではないか。我々にはあんまり時間が残されていないのだ。地球と、古泉イツキの身柄は私がいただく」
いや、映画と比べセリフが若干簡略化されているな。
「そうはさせません! そのためにあたしは未来から来たのです! 悪い宇宙人のユキさん、覚悟しなさい!」
朝比奈さんが、いや超銀河ミクルラガンが、ユキゲリオン零号機を指差しながらそう答えた。一度映画の主演は経験済みのためか、今回はどもらずにセリフを言えたようだ。
♪ この地球を 宇宙人の
好きにはさせない
イツキくんは きっと私を選ぶ
信じています
何か、聞いたこともない歌詞が、突然俺の口を突いて出た。どういう仕組みになってるんだ、これ?
「そこで超銀河ミクルミサイル、発射よ!」
ハルヒ超監督がそう号令すると、朝比奈さんがセリフを言おうとする。
「ちょちょちょ、ちょうぎんが・・・」
「超銀河ミクルミサイル、発射!」
仕方ないので、俺が代わりに言ってやる。悪いけど、歌の一部なんでどもってる暇はないんですよ、朝比奈さん。
俺が吐いたセリフとともに、超銀河ミクルラガンの背中にあるミサイル発射装置から、無数のミサイルが四方八方に飛んでいき、周囲にある惑星や隕石を派手に爆発させていった。しかし、肝心のユキゲリオン零号機の方に飛んでいったのはいいとこ5発くらいで、ユキゲリオン零号機は、例の星形ステッキ、スターリングインフェルノを壊れたワイパーみたいな動きで振って、自分の方に飛んできたミサイルのことごとくを打ち落とした。
あ、どこかで見た光景。
それにしても、あの単調でシュールな戦闘シーンを、よりによって宇宙規模で再現することはないだろう。
♪ 未来からやってきた おしゃまなキューピッド
今は地球のために戦う
この超銀河ミクルラガンに願いを掛ける
明日もあの人に逢えますように
「次は超銀河ミクルビームよ!」
ハルヒ超監督の号令の下、朝比奈さんがまたセリフを言おうとするが、例によって「超銀河」がなかなか言えない。
「ちょちょちょ、ちょうぎんが・・・」
「超銀河ミクルビーム!」
超銀河ミクルラガンは、スターシャミセン1号の口から放たれたビームをかわしつつ、Vサインをした左手の指を顔の横に当てて、例の「ミクルビーム」のポーズを取った。
そうすると、超銀河ミクルラガンの左目からお約束の殺人光線が発射され、ユキゲリオン零号機に襲いかかるが、ユキゲリオン零号機は余裕でそれをかわしてしまう。せっかくの超銀河ミクルビームは、ユキゲリオン零号機のはるか後方にある惑星を爆破しただけで終わった。
ちなみに、ハルヒ的命令電波の説明によると、超銀河ミクルラガンは操縦席が頭部と腹部の2つあり、頭部の操縦席には朝比奈ミクルが、腹部の操縦席にはなぜか俺が乗っているという設定らしい。だから、俺が超銀河ミクルラガンのセリフを言っても問題ないそうだ。このハルヒ的命令電波の正体は何か、俺がなんでこんな説明をさせられているかは俺自身にも解らん。ハルヒに聞いてくれ。
♪ カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
涙を拭いて 走り出したら
カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
宙(そら)の彼方へ スペシャル ジェネレーション
この部分は原曲と同じらしい。
「さあ、もっとビシバシ攻撃しなさい!」
ハルヒ超監督の号令下、超銀河ミクルラガンは、超銀河ミクルカッター、超銀河ミクルマイクロブラックホール、超銀河ミクルタイフーンといった大技を次々と繰り出す。それにしてもハルヒの奴、何でも「超銀河」と付ければいいと思ってやがる。特に「超銀河ミクルマイクロブラックホール」なんて、技名があまりにも長すぎるぞ。少しはセリフを言わされる側の立場になってみやがれ。
ハルヒ的命令電波の指示に従って一応説明すると、超銀河ミクルカッターは、超銀河ミクルラガンの頭部にあるカチューシャから四方八方に発射される超振動性分子カッターで、ほとんど質量のない透明殺人ワイヤーのようなものである。これが命中すれば、どんな物質も分子単位に分解されてしまう強力な兵器であり、現に超銀河ミクルカッターの流れ弾が命中した惑星や隕石は一瞬で消滅してしまったが、肝心のユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号には、かすりもしなかった。
超銀河ミクルマイクロブラックホールは、超銀河ミクルラガンが両手を前方に突き出すと発射される小さなブラックホールで、これが命中するといかなる物質もそのブラックホールに呑み込まれてしまうという恐るべき技である。現に、超銀河ミクルマイクロブラックホールが命中したユキゲリオン零号機周辺の惑星や隕石は次々と消えていったが、肝心のユキゲリオン零号機に向かって飛んでいったのはせいぜい1,2発くらいで、ユキゲリオンが軽く身をかわしただけで終わった。
そして、超銀河ミクルタイフーンは、超銀河ミクルラガンのスカートから全方向に発射される強力な衝撃波で、これを使用すると超銀河ミクルラガンのスカートがめくれ上がってしまうという、ハルヒお勧めの技である。朝比奈ミクルのスカートがめくれ上がってしまうならともかく、超銀河ミクルラガンなるロボット兵器のスカートがめくれ上がるだけのこの技が、どうお勧めなのかは俺にも理解できん。ちなみにこれが発射されたとき、超銀河ミクルラガンのスカートの中がどうなっているのかは、俺には確認できなかった。
高校1年生の女子のくせに、変にエロオヤジ的なところがあるハルヒ的発想にはいまいち理解し難いものがあるが、この超銀河ミクルタイフーンも、結果は周囲にある惑星をいくつかぶっ壊しただけで、肝心のユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号にはかすりもしなかったことは、今更説明するまでもあるまい。
それにしても、この超銀河ミクルラガンとやら、これまでの戦闘で一体いくつの有人惑星をムダにぶっ壊し、何千億の知的生命体を非業の死に追いやったのだろう。一体どっちが正義の味方なのかよく解らん。
♪ 勝ち目なくても これしきのことでは
私はめげない
地球の未来と イツキくんは
私が護るわ
「こうなったら最終兵器、超銀河ミクルボンバーよ!」
ハルヒ超監督の号令下、俺と朝比奈さんは唱和する。
「超銀河ミクルボンバー!」
その掛け声とともに、超銀河ミクルラガンの胸部から2発のロケット爆弾が発射された。これもハルヒ的命令電波に従って説明すると、超銀河ミクルボンバーは、超銀河ミクルラガンの胸部に2発内蔵されているロケット爆弾で、超銀河ミクルラガンのチャームポイントを引き替えにする諸刃の剣であることから、まさしく超銀河ミクルラガンの最終攻撃手段である。ちなみに、元ネタの名称では超銀河ミクルミサイルと区別がつかなくなってしまうことから、超銀河ミクルボンバーに名称変更されたらしい。元ネタって何だ? 知ってる奴がいたら今すぐ俺に電報で教えてくれ。
そして、超銀河ミクルボンバーに内蔵されている爆薬はミクルロンといい、仮にこれが朝比奈ミクルの胸部の質量分爆薬として使われた場合、地球の表面を7回焼き尽くすことの可能な熱量が発生するそうだ。もっとも、今回の場合は朝比奈ミクルではなく、少なくともその何百倍もの大きさがありそうな超銀河ミクルラガンの胸部に、ミクルロンがめいっぱい詰め込まれているわけだから、これが命中した場合の破壊力は・・・。
考えたくもないね。
しかし、2発しかないせっかくの最終兵器も、結果としてはむなしくユキゲリオン零号機の両脇を通り過ぎ、ユキゲリオン零号機のはるか後方にある隕石に当たって盛大な爆発を遂げるだけの結果に終わった。当たんないんじゃ意味ねえし。
そして、これが最終兵器ということは、胸のなくなった超銀河ミクルラガンには、これ以上のさしたる攻撃手段は残されていないということである。というか、超銀河ミクルラガンがあのロボットアニメのパロディなら、肝心のドリルはないのか、ドリルは。
そんなことを考えているうちに、長門が、いやユキゲリオン零号機が、冷たいセリフを放つ。
「お前の攻撃はこれで終わりのようだな。朝比奈ミクルよ」
セリフはさらに続く。
「安心するがいい。あなたの墓碑銘はわたしが刻んでやることにする。あの世ではせいぜい善行を積み、来世の糧とするがよかろう」
そう言って、ユキゲリオン零号機が、手にしているスターリングインフェルノを軽く振り下ろすと、どこからともなく無数の隕石が現れ、超銀河ミクルラガンに襲いかかる!
超銀河ミクルラガンはその攻撃をかわし切れず、かなりのダメージを受けてしまう。
♪ 未来にもあるのかな 勇気と希望
もしもなかったら すこし困るな
あの人のために私は 戦い続ける
たとえ私の 命に代えても
ユキゲリオン零号機の反撃は止まらない。
ユキゲリオン零号機が、スターリングインフェルノを頭上に振りかざし、何やら呪文らしきものを唱えると、ユキゲリオン零号機の頭上に大きな光の玉が現れた。そして、その光の玉に映っている顔は、・・・喜緑さん!?
「人間ごときには・・・無理です・・・」
喜緑さんが謎めいたセリフをつぶやくと、ユキゲリオン零号機はスターリングインフェルノを大きく前方に振り下ろす。それに合わせて、大きな光の玉が超銀河ミクルラガンに向かって放たれ、超銀河ミクルラガンに直撃する。
超銀河ミクルラガンは、この攻撃で宇宙の塵になって消滅することはなかったが、明らかに大破状態、もはや戦闘不能だ。ユキゲリオン零号機のさらなる攻撃で、本当に宇宙の塵となってしまうのも、もはや時間の問題だろう。
このように、朝比奈ミクルの攻撃は何一つユキに通用せず、ユキの反撃により朝比奈ミクルが絶体絶命の窮地に立たされてしまうという映画上の設定は、この宇宙最終決戦でも忠実に再現された。映画での朝比奈ミクルと同様、超銀河ミクルラガンの役立たずぶりも見てのとおりである。
ところで、さっきの喜緑さんのセリフで気付いたんだが、長門ユキは宇宙人側で、俺達は人間側という設定になっていたんだな。それで「人間側=正義の味方」ということで、俺達と正義の味方という大義名分がかろうじて繋がっているんだな。たとえ無駄な攻撃の流れ弾で、何千億もの犠牲者を出したとしても。
それと、これはたった今気付いたんだが、あのスターシャミセン1号、敵である超銀河ミクルラガンに向かってまともにビームを撃ってきたのは1度だけで、あとは時々思い出したように、全然関係ない方向にビームを撃っているだけだぞ。ユキゲリオン零号機があのロボットを連れていることに何の意味があるんだ。・・・まあ、所詮は猫か。
もっとも、このままの展開では、朝比奈ミクルと超銀河ミクルラガンは物語から退場することになってしまう。正義が悪に滅ぼされ、主義主張が勝敗を決める上での決定項目になったりはしないという、権力があるもんの勝ち、みたいな現代社会を風刺する一種の皮肉をテーマとしたストーリーで終わってしまうのだろうか。
「・・・・・・!」
当然そうはならないのである。それは映画の原作を知っている俺にも解る。見えざる神の手は現実としてあり得ないほどのタイミングで、主要キャラの窮地を救うことになっている。ハルヒ超監督の設定では当然そうなっている。ということは、やはり最後にはあいつが出てくるのか・・・。
「ふっ。ここは僕の出番のようですね」
やっぱり古泉の奴がしゃしゃり出てきやがった。
「機動戦士イツキライザー、発進!」
なんか喜びに満ちた顔で叫んでいるハルヒ超監督の声とともに、新たなロボット兵器、イツキライザーが姿を現した。BGMも何となく明るいキーに変わる。それに伴い、大破した超銀河ミクルラガンはしずしずと戦場から退場していった。
イツキライザーの外見は何となくガ○ダムっぽいが、イツキライザーというネーミングの由来は俺にもよく解らん。おそらく、もはや適当なパクリ先も思いつかず、語呂がいいからって感じでその場の思いつきで決めたんだろう。
「彼女をこれ以上傷つけることは、僕が許しません。ユキさん、観念してください」
古泉はそう言って、颯爽と歌い出す。って、トリはお前かよ!?
♪ 未来にもありますよ 勇気と希望
それは僕たちの 心の力
地球の危機は僕が 食い止めましょう
この機動戦士 イツキライザーで
古泉がそう歌っている間、イツキライザーはビームサーベルを抜き放ち、ユキゲリオン零号機に接近戦を挑むが、ユキゲリオン零号機は魔女スタイルゆえ、接近戦が不得手という設定である。イツキライザーが爆発的な加速で接近してきても、それと同じくらいの速度でイツキライザーとは距離を置き、巧みにイツキライザーとの接近戦を回避している。ただ、そのおかげで戦場と撤退中の超銀河ミクルラガンとは、かなり距離が離れることになった。もはや超銀河ミクルラガンが、ユキゲリオン零号機の攻撃にさらされることはあるまい。
イツキライザーが接近戦を諦めて一旦停止すると、長門、いやユキゲリオン零号機は、スターなんとか棒を振り上げて、こうセリフを言い放つ。
「くらうがよい。古泉イツキ。あなたの意思はわたしの思うがままになるであろう」
今回はシャミセンの助言を待つまでもないようだ。古泉は静かに答える。
「そうはいきませんよ、ユキさん」
♪ カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス、ベイビィ~♪
ためらい捨てて 走り出したら
カモン、レッツダンス
カモン、レッツダンス、ベイビィ~♪
宙(そら)の彼方へ スペシャル ジェネレーション
古泉が、曲のサビの部分を「キモカッコ良く」歌っている間に、スターリングインフェルノから放たれた光線がイツキライザーを襲うが、このとき、古泉イツキの秘密の力が覚醒したのである。もはや説明する必要もないと思うが、このときイツキライザーの放ったおそらくエモーショナルな部分を源泉とする理屈不明の力は、ユキゲリオン零号機の攻撃を難なく跳ね返し、最大ゲージでユキゲリオン零号機と、ついでにスターシャミセン1号を襲った。
「・・・・・・・・・無念」
「にゃあ」
お約束のセリフを残して、ユキゲリオン零号機とスターシャミセン1号はそれぞれ盛大に爆発炎上し、宇宙の塵と化した。
♪ 正義の味方 イツキライザー!
古泉が、ありきたりな決め台詞で歌の最後を締め、この無駄に派手なだけが取り柄のSFロボットアニメは終幕を迎えた。つーか古泉、俺の希望としては、せめて最後くらい「恋のマジカル、ミクルンルン」を歌って、笑いを取って欲しかったんだけどな。
曲が終わると、周囲の光景がまた変わり、今度は普段の講堂に戻った。何とか10回歌いきって、ハルヒからの物言いもなかったし、これで俺の限りなくくだらない罰ゲームはやっと終わりを告げたわけか。
朝比奈さんが、マイクを持って「本日のコンサートはこれにて終了で~す。みなさん、ご静聴ありがとうございましたぁ」と舌足らずな声で観衆に告げて、観衆の拍手とともに本日のイベントは無事に(?)解散となった。
(つづく)