黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

返済猶予法案、意味あるの?

2009-11-17 02:26:41 | 時事
 またまた、長期にわたりブログの更新が滞ってしまいました。
 それというのも、医者から新たに処方された「パキシル」という薬が大外れで、強い眠気のため10月はほとんど1日中寝たきり状態になってしまい、薬を替えてもらって、最近ようやく持ち直してきたというところです。
 医者の話だと、抗うつ剤には様々な種類があり、どの薬が効くかは患者によって個人差があり、実際に効くかどうかは実際に1~2週間ばかり服用してみないと判らないということなのですが、こんな調子だと、黒猫が通常業務に復帰できるのは一体いつのことになるのやら・・・。
 このブログも何とか続けてはいますが、黒猫の病状次第では、また長期にわたって更新が滞ることもあると思います。予めご了承ください。

 さて本題。前回の記事で批判した、亀井大臣の主張する「返済猶予法案」ですが、今日衆議院のホームページを確認して、ようやく法律案の全容を把握することができました。
 この法案は、これまで「返済猶予法案」「モラトリアム法案」などと呼ばれていましたが、正確には「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律案」という名称になっています。
 そして、この法律案の内容次第では、金融業界における今後の実務に多大な影響を及ぼし得るということで、本文もざっと目を通してみたのですが、一番重要な金融機関の返済猶予に関する条文(第4条と第5条)は、要旨次のような内容になっていました。

・金融機関は、事業資金の貸付けを行っている中小企業者で当該債務の弁済に支障を生じている者などから、当該債務の弁済に係る負担の軽減の申込みがあった場合には、できる限り、当該貸付けの条件の変更、旧債の借換え、当該中小企業者の株式の取得であって当該債務を消滅させるためにするものその他の当該債務の弁済に係る負担の軽減に資する措置をとるよう努めるものとする。
・金融機関は、中小企業者から特定認証紛争解決手続(特別法により定められた、民間事業者による事業再生のための紛争解決手続)の実施の依頼があった場合や、株式会社企業再生支援機構(特別法により今年設立された、官民一体で企業再生の支援を行う会社で、JALの経営再建などにも関与している)から債権買取り等の依頼があった場合には、これらの手続きに協力するよう努めるものとする。
・金融機関は、住宅ローンの貸付けを行っており、その返済に支障を生じている者などから当該住宅ローンの負担軽減の申込みがあった場合には、できる限り、当該貸付けの条件の変更、旧債の借換えその他の当該債務の弁済に係る負担の軽減に資する措置をとるよう努めるものとする。努めるものとする。
・金融機関は、上記のような場合において、当該債務者に対し同種の債権を有する他の金融機関がいるときは、それらの者との緊密な連携を図るよう努めるものとする。

 以上の規定には「努めるものとする」という文言が多用されていますが、法律用語で「努めるものとする」というのは、要するに「努力して下さい」という政府からのお願いに過ぎず、それ自体に法的拘束力は全くありません。
 前回の記事で指摘したとおり、返済猶予などの措置を法律で強制するということになると、財産権の侵害で憲法違反になるといった問題が生ずるので、結局このような「お願い」という形に収まったのでしょうが、これだと確かに憲法違反といった問題は生じないものの、金融機関が返済猶予などの措置に応じなかったとしても何ら法的制裁を受けることはないので、果たして実効性があるのかという問題が生じてきます。
 もっとも、単なる「お願い」だけではさすがに法律として意味がないので、法律の適用対象となる金融機関等には、上記のような措置に関する方針の策定、実際に行った措置の状況などを記載した説明書類を一定期間ごとに作成し、これを公衆の縦覧に供するとともに、これらの措置の実施状況等を行政庁に報告することが義務づけられており、これらの違反に対する罰則が定められているほか、政府が金融機関の検査や監督にあたりこの法律の趣旨を十分に尊重すること、信用補完事業に対する財政上の措置を講ずることなども規定されています。
 この法律案は内閣提出法案とされているので、民主党も賛成して可決成立する可能性は高いと思われますが、法律として全く無意味とまでは言わないまでも、金融機関の側も貸倒れの危険がある債権について安易に返済猶予などの措置を採るわけには行きませんし、政府による財政上の措置と言ったところで、不況による大幅な税収減などで既に財政状況が火の車になっている政府に果たしてどれだけのことが出来るかは大いに疑問であり、実際の運用状況如何によっては、仮にこの法律が可決成立されても、単なる亀井大臣の自己満足に終わってしまう可能性は否定できません。

 事業再生の話になったので、ここでJALの経営再建問題についても言及しておきます。
 この問題に関する各種報道によると、JALは既に債務超過の状態に陥っているところ、特に自社の従業員に対する企業年金について大幅な積み立て不足が生じていることから、これが経営再建に関する最大のネックになっているようです。
 黒猫は、1級DCプランナー(企業年金総合プランナー)やDCアドバイザーの資格を持っている関係で、企業年金の問題に関しては有識者と言って良い立場にあるのですが、もともと企業年金の積立不足という問題は、JALに限らず多くの企業が抱えていた問題です。
 すなわち、高度成長期に積立金の運用利益を狙って設立された多くの企業年金が、バブル崩壊後の金利水準低下により期待された運用利益が見込まれず、期待された運用利益の不足分は企業側が補填しなければならないので、これが多くの企業にとって経営の圧迫要因となっていました。
 こうした問題の解決方法としては、企業年金制度の廃止・見直しを行ったり、資産の運用を各従業員が自己責任で行う確定拠出年金制度への移行を行うといった方法がありますが、積立不足分は移行にあたり解消しなければならないこと、企業年金に関する規約等の変更を行うには従業員の3分の2以上の賛成が必要で、仮に変更が成立しても既に退職した従業員の年金額を変更することはできないといった問題があり、企業年金制度の問題はそう簡単に解決できるものではありません。
 また、M&Aなどの場面で企業価値の査定を行うにあたっては、こうした企業年金に関する隠れ債務が存在しないかどうか調査・確認することも、M&Aなどの業務を行う弁護士にとっては重要な仕事になっています。
 それでも、自己資金で積立不足を解消できる状態にある企業であればまだ救いがあるのですが、JALのように既に債務超過に陥っている企業では、もはや自力による企業年金制度の見直しは事実上不可能です。
 そして、企業年金は雇用関係に基づく債権であり、一般の債権に比べ優先権が認められていることから、JALの経営再建にあたり公的資金を投入しても、その大半は法律上、高額とされるJALの元従業員の企業年金の支払いに充てざるを得ないという結果になってしまいます。
 民主党の一部の議員は、特別立法によりJALの企業年金を強制的に減額することも検討しているようですが、前回の記事で指摘した返済猶予法案と同様の理由で、既に発生している財産権の内容を法律で奪うことは、明らかな財産権の侵害であり憲法違反と言わざるを得ません。
 JALへの公的資金の投入にあたり、退職者も含めた企業年金の支給額を合法的に削減するためには、一旦JALについて法的整理を行うしかありません。法的整理の方法として現実的に考えられるのは、会社更生手続きを利用するか、あるいはJALを破産させて新会社に事業譲渡するといったところであり、会社更生法の規定によると、退職年金について共益債権(他の債務に優先して弁済される債権)とされているのは各期に支払われる金額の3分の1に限定されているので、これを利用すれば合法的に企業年金の額を減らすことが出来ます。
 現時点では、法的整理に頼らず企業再生支援機構による再生の可能性が検討されているようですが、JALの元従業員が企業年金の一方的な削減に応じる可能性は低く、いずれは会社更生法の適用もやむなしという結論になる可能性が高いと予想されます。

 黒猫はJALの関係者ではないので、別に会社更生手続きが利用されても困るわけではないのですが、最近の政府・民主党内における議論の状況を見ていると、弁護士など法律の専門家がほとんど加わっていないことに不安を覚えます。
 政府が関与するとはいえ企業再生の問題なのですから、方針策定にあたり企業の倒産処理に詳しい弁護士を加えるのは本来当然のことであり、政治家とはいえ法律の素人同士が憲法違反かどうか延々と議論したところで、単なる時間の空費に過ぎないでしょう。
 今年初めて政権を取ったばかりの民主党議員たちが、法律問題に不慣れなのもある程度仕方のないことだとは思いますが、国会という法律を作る機関を掌握した以上、法律についてきちんと勉強するか、それが出来ないのであればせめて、政策立案にあたり弁護士など法律の専門家の意見を聴くという態度くらいは示してもらいたいものです。

16 コメント

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Unknown (oz)
2009-11-17 06:31:29
内閣総理大臣や法務大臣、党の最高実力者が法律を遵守する気がない以上、仕方ないことなのかもしれません。
今後は中国の様に、人治国家となっていくのでしょう。

JALに関しては、前原氏も法的整理はあり得ると申し上げていたので、さすがに検討していると思います。
支持母体の労働組合への配慮もあり、決断するのが難しいのではないでしょうか。
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Unknown (vivi)
2009-11-17 21:04:28
法案は、中小企業に対する、亀井さんなりの思いやりなんだと思いますよ。
先日、NHKでこの法案を利用したいと答えた中小企業経営者の割合が出たんですが、確か、13パーセントあたりとこの法案の役割を考えると妥当な数字だったはず。
どこまで実効性があるかは実現していない段階で言うことは難しいでしょうが、さすがに無意味ということはないのでは??
実際に、仕事上、返済をある程度猶予してもらえれば、経営をきっと立て直せます、という経営者にお会いしますが、この法案でそういった方が可能な限り救われることを望みます。
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Unknown (Unknown)
2009-11-17 22:52:02
最終的に銀行次第というわけか。
まあ、徳政をするわけにもいかないしな・・・

つーか、こっちの方がよっぽど気になる。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091117/plc0911172158017-n1.htm

こういう分野でこそ日本は国際競争力を発揮すべきだし、また、この分野は「一度遅れると遅れを取り戻すことが難しい」という性質を持っているから、ホント注意した方がいい。
むしろ税金を上げてでも、もっと、もっと、強化すべき。
この分野削っちゃいけないだろう。
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Unknown (Unknown)
2009-11-18 02:55:01
 先端分野はパテントを取得することでいわば独占権を有することができるし、その他の分野にも応用が効くからね。単にロケット飛ばして喜ぶためだけにロケット開発する人間なんて、いるわけないし。もう少し視野を広げて欲しいよね。
 でも、一概に枝野さんや蓮舫さんのせいとも言いきれないところもある。
 今回のように、先端分野や安全保障関係など国家の戦略上重要なものが仕分けられてしまったら、その仕分けを取り消すことができるように、国家戦略室に申請でき、そこで仕分けが適正だったか否かをチェックできるようなシステムを急いで構築すべき。
 事業仕分けだけ制度として作っても、システムとしては不十分(断定)。仕分けそのものをチェックする機関が必要ですよっと。せっかく国家戦略室を作ったのだから、具体的に機能させてもいいんじゃないかと思う。
ああー明日もお仕事ーーーねよっと。
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Unknown (Unknown)
2009-11-18 03:00:07
とかいいつつ、もう一言。黒猫先生、JALは本当、大変ですよね。どうなることやら。
ではみなさん、おやすみなさいませ。
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Unknown (ぬこ)
2009-11-18 21:36:17
JALなあ・・・大損したんだよな・・・
ま、いいや。

まあ、人間だから仕分けでミスすることくらいは想定しておくべきだよな。

科学技術の分野を削るのは、少し信じられん。
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Unknown (Unknown)
2009-11-23 23:34:56
とりあえず科学技術分野の、少なくとも一部は維持されるっぽいね
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20091123AT3S2200422112009.html

あとは民主党がしっかりと、この国をしっかりと担うことを期待するのみ、かな?

とかく一方に寄りすぎる傾向にある現代社会だけど、間接民主主義のメリットはまず何よりも議論することにある、という点を忘れないで頑張って欲しい。



JALもなんとか頑張ってー
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Unknown (Unknown)
2009-11-26 01:29:39
政治と金やら、税制どーすんのやら、もっと科学技術に投資するべきではないのか、とか他にもいろいろありそうな気がするけどな。
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Unknown (Unknown)
2009-11-26 01:43:09
ほれ↓
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091126/plc0911260114005-n1.htm
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Unknown (ゆう)
2009-11-27 00:28:28
体調がすぐれないようですね。

ブログを楽しみにしていますが、体調には気をつけて下さいね。

お大事に。
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