おいらの時間・とき 生きる勇気が!
午後4時10分、自転車で富士山ビューの地点へまっしぐら。
カメラを構えた人が数人。
太陽が真っ赤に燃えている。
富士山が堂々と律している。
見える、久しぶりに悠々しく。
いつもおもう、みんなに見せてあげたい。三鷹の景観を。
三鷹散策マップに富士山絶景ポイントと書いてあるのだから何か工夫を。
山影に沈む太陽をじっと見る。
荘厳だ!色も心も変わる。
ひとつの旅が終わりあたらしいページが開いていく。
どんな絵を描こうかな。
私たちは戦争を忘れてはいけない。戦後の日本史教育は現代史を教えていない。だいたい明治維新で終わってしまう。侵略戦争を知らない世代だ。靖国神社を平然と参拝する安倍に対して韓国・中国が怒るのは当然だ。追随するバカ閣僚・官僚の多さ。
お二人が朝日新聞で対談している一部分。しっかり覚えておきたい。
キーン 津波で亡くなった人たちを思うと、沖縄戦の死者と重なりました。沖縄の陥落時に通訳として従軍していました。陥落後の首里は、そこに町があったということさえ分からないくらい何も無かった。これで戦争は終わったと思いました。後年沖縄で摩文仁(まぶに)の丘を訪ね、沖縄戦で亡くなった24万人の名前が刻まれている「平和の礎(いしじ)」を見ました。数の問題ではなく人間の問題として、彼らの名前が浮かび上がりました。
金子 私の土台も、トラック島の工員たちです。餓死や爆撃でどんどん死んでいくものだから、本当に戦争が嫌いになった。俳句なんて悠長なものを作っていいのかと思い、一度はやめようとした。でも体に染み込んでいるんですね、作るのをやめられなかった。日本に帰る最後の復員船の中で「水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る」が出来たのも、彼らの墓を作ってやりたいという思いからです。その願いはかなっていないが、私の戦後の行動の土台です。
輝ちゃんの1月3日(土) 休みが早いな サンデー毎日の独り言
leo君と散歩はどこに行こう?そうだ、ドライブを兼ねて大国魂神社に行ってみよう。
甘い!府中の手前で旧甲州街道が動かない。駐車場待ちをしているのだ。
仕方ない、コジマでleo君の餌を買ってこよう。サミットで買い物して帰ろう。
今度は深大寺の駐車場待ちで道路が混雑。何しに行ったのか、leo君と俺。
サミットの屋上であまりの空の青さに思わずシャッターを。
箱根駅伝は青学が完全優勝。やっぱり5区か。山の神がいるんだ。
文句を言う輩がたくさんいる。関東だけで。目立とう精神。なんで男子だけ。
情報化社会の中で生き抜くには挑戦する心がなくては。
陸上競技をする人だったら箱根を走りたいのは当然だろう。