もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

150215 衆参両院の「テロ非難決議」を非難する!「テロの本質」を真面目に語る政治家はいないのか!

 真面目に「テロの本質」を考えれば、その原因が、決して宗教の違いにあるのではなく、世界的に広がる富の偏在、極端な格差拡大、差別構造の継承、及びパレスチナ問題、それらによる<若者たちの絶望>にあることは、実は誰もがわかっていることだろう! それを「世界には凶悪なテロリストが大勢いて、こいつらを叩き潰せばテロが無くなる」なんて話に無理やりすり替えている。誰も、「テロの本質が、日本・世界の社会構造が抱える富の偏在・格差の拡大及びパレスチナ問題の<野放し状態>にこそある」という本質を語らないし、見させようとしない。そして、凶悪なテロリストへの恐怖ばかりを煽りたてている。これはまさにオーウェルの「一九八四年」の世界と同じだ。今回の国会の「テロ非難決議」に社民党・共産党まで加わっていたのには、あきれ果てた。「誰も本質を見ようとしない。」「武力で世界中の<絶望した若者たち>を封じ込めるべきではないし、不可能だ!」

秋原葉月さん「Afternoon Cafe」ブログから

※(1)「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。しかし、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ」byヘルマン・ゲーリング ※(2)いつの時代も大衆をファシズムに煽動する手口は同じ。なのに同じ手口に何度も騙されるのは過去に学んでいないから。格差を広げ、セイフティネットを破壊し、冷徹な自己責任論が横行する社会を継続させるのは簡単だ。今よりもっと格差を広げ、セイフティネットを破壊する政策をとればよい。そうすれば人々に自己責任論がもっと浸透し、草の根から勝手に右傾化してくれる。

辺見庸さんのブログから

・権力をあまりに人格的にとらえるのはどうかとおもう。口にするのもおぞましいドブの目をしたあの男を、ヒステリックに名指しでののしれば、反権力的そぶりになるとかんがえるのは、ドブの目をしたあの男とあまり変わらない、低い知性のあらわれである。権力の空間は、じつのところ、非人格的なのだ。だからてごわい。中心はドブの目をしたあの男=安倍晋三であるかにみえて、そうではない。ドブの目をしたあの男はひとつの(倒錯的な)社会心理学的な表象ではありえても、それを斃せば事態が革命的に変化するようなシロモノではない。権力には固定的な中心はなく、かくじつに「われわれ」をふくむ周縁があるだけだ。ドブの目をしたあの男は、陋劣な知性とふるまいで「われわれ」をいらだたせ、怒らせるとともに、「われわれ」をして社会心理学的に(かれを)蔑視せしめ、またそのことにより、「われわれ」が「われわれ」であることに無意識に満足もさせているのかもしれない。ところで、「われわれ」の内面には、濃淡の差こそあれ、ドブの目をしたあの男の貧寒とした影が棲んでいるのだ。戦争は、むろん、そう遠くない。そう切実にかんじられるかどうか。いざ戦争がはじまったら、反戦運動が愛国運動化する公算が大である。そう切実に予感できるかどうか。研ぎすまされた感性がいる。せむしの侏儒との「ふるいつきあい」がベンヤミンのなにかを決定した。そう直観できたアレントほどするどくはなくても、研ぎすまされた感性がいる。けふコビトがきた。ミスドにいった。(2015/11/11)

200429 一年前:190428 国民民主党はもう一度分裂するべきだ。前原詐欺師のいる政党にはどうしても投票できない!

2020年04月29日 15時48分17秒 | 一年前
4月29日(水):
190428 国民民主党はもう一度分裂するべきだ。前原詐欺師のいる政党にはどうしても投票できない!

4月28日(日)追記:     立憲民主党、頑張れ!ついでに社民党、頑張れ!、沖縄、頑張れ!「党本部は斎藤氏を衆院選小選挙区の候補者として擁立する方針。現在、関西を中心に選挙区......

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9 042 重松清「小学五年生」(文芸春秋:2007)感想4+

2020年04月29日 01時19分07秒 | 一日一冊読書開始
4月28日(火):  

266ページ        所要時間3:35        ブックオフ200円

著者44歳(1963生まれ)。岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務を経て、フリーライターに。91年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。99年『ナイフ』で第14回坪田譲治文学賞、『エイジ』で第12回山本周五郎賞を受賞。2001年『ビタミンF』で第124回直木賞受賞。ルポルタージュ、時評、評論など小説以外のジャンルでの執筆活動も高い評価を受けている

五年生の目から見た自分の姿、大人たちの姿、世の中の景色。人生で初めて経験する際どい思い、純な思い、互いに人生の素人同士、その意味で対等ではた目にはすがすがしいが、本人たちは必死な時代、それが小学五年生である。

思春期の酸っぱさすら自覚し切れないほど純粋な時代、無意識な子どもから、自意識が芽生え、一歩を踏み出そうとする存在、それが小学五年生である。

そんな五年生のさまざまな体験と思いの瞬間瞬間を見事に描いて見せてくれる17編の作品集。物語りが始まる度に「これはどういう人間関係なのだろう。どういう物語りなのだろう。」と考える。設定がわかった後、じんわりとした気分になったかと思うと、さっと切り上げられる。その繰り返し。

重松清はどうして子どもの頃の記憶をこんなに鮮やかな作品にできるのだろう。読んでいて確かに自分の子どもの頃がそこにあったと思う。小学五年生の子どもたちに読ませてあげたい、きっとびっくりするだろう。そして、「もっと今を大切にしよう」と思うだろう。それとも「こんな恥ずかしい時代なんかすっ飛ばして早く大人になりたい」と思うだろうか。

【目次】葉桜/おとうと/友だちの友だち/カンダさん/雨やどり/もこちん/南小、フォーエバー/プラネタリウム/ケンタのたそがれ/バスに乗って/ライギョ/すねぼんさん/川湯にて/おこた/正/どきどき/タオル

【内容情報】クラスメイトの突然の転校、近しい人との死別、見知らぬ大人や、転校先での出会い、異性へ寄せるほのかな恋心、淡い性への目覚め、ケンカと友情ーまだ「おとな」ではないけれど、もう「子ども」でもない。微妙な時期の小学五年生の少年たちの涙と微笑みを、移りゆく美しい四季を背景に描く、十七篇のショートストーリー。/人生で大事なものは、みんな、この季節にあった。十歳もしくは十一歳。男子。意外とおとなで、やっぱり子ども。
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200427 「人文知」軽視の政権は失敗する 藤原辰史さん寄稿

2020年04月27日 15時09分37秒 | 考える資料
4月27日(月):   寄稿 藤原辰史・京都大学准教授(農業史・環境史)

朝日デジタル「人文知」軽視の政権は失敗する 藤原辰史さん寄稿
2020年4月26日 7時00分

新型コロナ  人文知を軽んじた失政 /歴史に学ばず、現場を知らず、統率力なき言葉
 ワクチンと薬だけでは、パンデミックを耐えられない。言葉がなければ、激流の中で自分を保てない。言葉と思考が勁(つよ)ければ、視界が定まり、周囲を見わたせる。どこが安全か、どこで人が助けを求めているか。流れとは歴史である。流れを読めば、救命ボートも出せる。歴史から目を逸(そ)らし、希望的観測に曇らされた言葉は、激流の渦にあっという間に消えていく。
 宮殿で犬と遊ぶ「ルイ16世」の思考はずっと経済成長や教育勅語的精神主義に重心を置いていたため、危機の時代に使いものにならない。IMFに日本の5・2%のマイナス成長の予測を突きつけられ、先が見通せず右往左往している。それとは逆に、ルイとその取り巻きが「役に立たない」と軽視し、「経済成長に貢献せよ」と圧力をかけてきた人文学の言葉や想像力が、人びとの思考の糧になっていることを最近強く感じる。

【防護服を脱げずへたり込んだ医療従事者の写真(もみ注)】
3月19日、イタリア・ペーザロ市のサンサルバトーレ病院で。本来は総合病院だが、今は新型コロナ患者のためのICUとなっている。医療従事者は12時間交代のシフト勤務。防護服を脱げないため、その間は飲まず食わずでトイレにも行けない。アルベルト・ジュリアーニ氏撮影

 歴史の知はいま、長期戦に備えよ、と私たちに伝えている。1918年から20年まで足掛け3年2回の「ぶり返し」を経て、少なくとも4千万人の命を奪ったスペイン風邪のときも、当初は通常のインフルエンザだと皆が楽観していた。人びとの視界が曇ったのは、第1次世界大戦での勝利という疫病対策より重視される出来事があったためだ。軍紀に逆らえぬ兵士は次々に未知の疫病にかかり、ウイルスを各地に運び、多くの者が死に至った。
 長期戦は、多くの政治家や経済人が今なお勘違いしているように、感染拡大がおさまった時点で終わりではない。パンデミックでいっそう生命の危機にさらされている社会的弱者は、災厄の終息後も生活の闘いが続く。誰かが宣言すれば何かが終わる、というイベント中心的歴史教育は、二つの大戦後の飢餓にせよ、ベトナム戦争後の枯葉剤の後遺症にせよ、戦後こそが庶民の戦場であったという事実をすっかり忘れさせた。第1次世界大戦は、戦後の飢餓と暴力、そして疫病による死者の方が戦争中よりも多かったのだ。
 スペイン風邪のとき、日本の内務省は貧困地区の疫病の悲惨を観察していた。1922年に刊行された内務省衛生局編『流行性感冒』には、貧困地区は医療が薄く、事態が深刻化しやすいことが記してある。神奈川県の事例を見ると、「日用品殊ニ食料品ノ騰貴ニ苦メル折本病ノ襲激ニ因リ一層悲惨ナルモノ有リ」(原文ママ)とある。
 封鎖下の武漢で日記を発表し、精神的支えとなった作家の方方(ファンファン)は、「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は(中略)ただ一つしかない。それは弱者に接する態度である」と述べたが、これは「弱者に愛の手を」的な偽善を意味しない。現在ニューヨーク市保健局が毎日更新する感染地図は、テレワーク可能な人の職場が集中するマンハッタンの感染率が激減する一方で、在宅勤務不可能な人びとが多く住む地区の感染率が増加していることを示している。
 これが意味するのは、在宅勤務が可能な仕事は、「弱者」の低賃金労働に支えられることによってしか成立しないという厳粛な事実だ。今の政治が医療現場や生活現場にピントを合わせられないのは、世の仕組みを見据える眼差(まなざ)しが欠如しているからである
 研究者や作家だけではない。教育勅語と戦陣訓を叩(たた)き込まれて南洋の戦場に行き、生還後、人間より怖いものはないと私に教えた元海軍兵の祖父、感染者の出た大学に脅迫状を送りつけるような現象は関東大震災のときにデマから始まった朝鮮人虐殺を想起する、と伝えてくれた近所のラーメン屋のおかみさん、コロナ禍がもたらしうる食料危機についての英文記事を農繁期にもかかわらず送ってくれる農家の友人。そんな重心の低い知こそが、私たちの苦悶(くもん)を言語化し、行動の理由を説明する手助けとなる。

 これまで私たちは政治家や経済人から「人文学の貢献は何か見えにくい」と何度も叱られ、予算も削られ、何度も書類を直させられ、エビデンスを提出させられ、そのために貴重な研究時間を削ってきた。企業のような緊張感や統率力が足りないと説教も受けた。
 だが、いま、以上の全ての資質に欠け事態を混乱させているのは、あなたたちだ。長い時間でものを考えないから重要なエビデンスを見落とし、現場を知らないから緊張感に欠け、言葉が軽いから人を統率できない。アドリブの利かない痩せ細った知性と感性では、濁流に立てない。コロナ後に弱者が生きやすい「文明」を構想することが困難だ。
 危機の時代に誰が誰を犠牲にするか知ったいま、私たちはもう、コロナ前の旧制度(アンシャン・レジーム)には戻れない


 ふじはら・たつし 1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史・環境史。2013年『ナチスのキッチン』で河合隼雄学芸賞、19年『分解の哲学』でサントリー学芸賞、『給食の歴史』で辻静雄食文化賞
     ◇
 藤原さんの論考「パンデミックを生きる指針――歴史研究のアプローチ」はウェブサイト「B面の岩波新書」に掲載中。https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic



ルイ16世がアベなら、マリーアントワネットがアキエということか。「食べ物がないならお菓子を食べればいいのに」ってか?!
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200426 断じて橋下徹を許せない。ウソつきの卑怯者のクズだ!

2020年04月26日 20時11分53秒 | 日記
4月26日(日):  

「前川喜平(右傾化を深く憂慮する一市民)@brahmslover」さんのツイッターの中で「16歳に自己責任を求める橋下徹。なんでこんなん知事にしてたんや、大阪府民。」のコメントと共に「反戦平和@liberal16peace」さんのツイッターで掲載されたFNNニュース映像(1分33秒)を目撃した。

反戦平和さんの「『子供が笑う大阪に』と掲げておきながら「税金を取っているなら教育、医療、福祉に使うべき」と言った高校生に「じゃああなたが政治家になって活動して下さい」「政治を変えるか、自己責任を求められるこの国から出るしかない」と吐き捨てた橋下徹氏。血が通っているのか?」」というコメントと共にこの映像を見て血の気が引いた。俺も思わず「おまえ(橋下徹)の方が日本から出て行け!!!」と口走っていた。

橋下徹がどれほどのクズか、再認識し思い知った。ぜひ「反戦平和@liberal16peace」「子どもが笑う大阪」で検索をかけて映像を見てほしい。自分を守るためには、どんな詭弁を使ってでも、弱い人間を何の恥もなく踏みにじることができる橋下の卑怯さ、クズぶりがこれ以上ないほど明確に出ている。これを見て、まだ橋下徹を「指導力がある」と支持できる奴は、クズの中のクズだ、と太鼓判を押してやる。

理屈じゃない!橋下徹を許せない。ウソつきの卑怯者のクズだ!

俺の<橋下徹>観:対策を語っているように見せかけて論点をずらし、本質的解決から目先のフェイクに人々の目を引き付ける。批判している振りをして、現政権に対して甘い有利な流れ・雰囲気を作って、権力者に阿っておこぼれをもらうのがハシシタ流の行動原理。ホンネを言ってるようでいて実は弱者を踏みにじって強者に存在感を示しながらゴマをする。そのために今日もキャンキャン、明日もキャンキャン、威圧的に大声で吠え続ける。権力者におこぼれをねだる。また、こんなクズに乗せられて付いていく馬鹿がいる。
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9 041 「学習漫画 日本の歴史(8)南北朝の争い 南北朝時代・室町時代Ⅰ 」(集英社:1998)感想3+

2020年04月26日 20時11分30秒 | 一日一冊読書開始
4月26日(日):  

166ページ      所要時間2:20       古本市場80円+税

漫画でも通して読めばそれなりの時間はかかる。全く内容量では不満だが、子ども向けだから仕方がない。とはいえ日本史のできない人が読む分にはそれなりによくできていると思う。小学館よりも集英社の方が劇画調だと思う。
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200425 何様?!、橋下徹とホリエモンがキャンキャンとうるさ過ぎる。※間違っても訂正・謝罪無し&弱者たたき・権力すり寄り。

2020年04月25日 12時23分59秒 | 徒然・雑感
4月25日(土):    
 ◆なんと体温「36度8分」! そりゃ一大事、なわけあるかーい
ぼうごなつこさん作


Business Journal (2020.04.20 11:51)より抜粋:
先月24日に発熱し、すべての仕事をキャンセルしていた元大阪府知事の橋下徹氏が、4月18日放送のテレビ番組『新・情報7Days ニュースキャスター』(TBS系)にスタジオとは別の場所から中継で生出演した。
 病院で感染が疑われる症状を訴えても検査が受けられず、何日も自宅待機を余儀なくされる例も数多く、専門家の間でもPCR検査を受けるまでのハードルの高さを問題視する声もあるなか、番組内では司会の安住紳一郎アナウンサーは橋下氏に次のような質問を投げかけた。
“PCR検査をなかなか受けられない”っていわれてましたけど、橋下さん、受ける経緯はどうだったんですか? やっぱり元大阪府知事だから優先してみたいなことあったんですか?
 これを受け橋下氏は「それね、安住さん生放送でやめてください。みんなが思っていることなんですから。腹の中でみんなが思っていることなんです」と反論した。


※いくら達者に理屈を大声でまくしたてても、俺たちは結果でしか判断しない。(もみ)
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9 040 佐藤亮子「「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方」(角川書店:2014)感想5

2020年04月25日 01時17分25秒 | 一日一冊読書開始
4月24日(金):  

288ページ      所要時間5:50       古本市場750円+税

著者50?歳(1964生まれ?)。津田塾大学卒業後、大分県内の私立高校で英語教師として2年間教壇に立つ。その後結婚し、長男、次男、三男、長女の順で3男1女を出産。長男・次男・三男の3兄弟が全員、名門私立の灘中・高等学校に進学。その後、3人とも日本最難関として有名な東京大学理科3類(通称「東大理3」)に合格。「灘&東大理3 3兄弟」という快挙を達成する

2年前に通読して以来。大量の付箋部分を折にふれ眺めてきたが、久しぶりに2度目の通読をした。おそらく前回とほぼ同じ感慨を持ったと思う。著者は難関の名門女子大を出て、教師経験をもち、弁護士の妻として経済的に恵まれた専業主婦である。読んでいて金銭感覚のずれは多少覚えたが、著者の実践は非常に的を得た適切なものである。そして、何よりも子育ての責任を100%自らに背負うと宣言した<母親>の我が子への愛情に裏打ちされた役に立つ実践の継続を記録・整理した書である。

著者は非常に聡明でものの道理がよくわかった<母親>である。読んでいて覚悟に裏打ちされた金言・至言とも言える言葉が随所にみられた。著者の実践内容・アイデアの数々はほぼすべて得心のゆく、参考になるものである。それは誰でもが思いつくべきものであるとも言える。しかし、そのすべてを長期にわたってやり切ることのできる人間は、あまりいないだろう。

著者の凄みは、決して突飛ではなく誰にでも浮かぶアイデアなのだが、長期にわたって実践することは極めて困難なことを大いなる<母親>の愛情で、子どもたちに寄り添い苦楽を共にするコミュニケーションとして楽しみつつやり切ってしまった。さらにそれが、3人(のち4人)の子どもたち全員が東大理Ⅲ合格というこの上ない結果に結びついたことである。

東大理Ⅲは特別だが、普通に子どもの教育問題に悩み、指針を求める親たちに対して本書は非常に多くの教えを与えてくれるものである。比較は良くないのだが、前回読んだ隂山さんの本の100倍役に立つ内容の本だと言える。

「子育てにには出せるだけのお金をかける」:子育てとは文化をつくることです。文化をつくっていると考えると、自分の出費を我慢してでも教育を受けさせたいと思えるのです。/ですから、子どもを育てるうえで、最初から「なるべく安くあげよう」と思いつつ「もう少しいい成績取らないかな」と期待するのは、矛盾していると思います。/子どもを文化だと考えたら、ちょっとやりくりが大変でも「うーん、ある程度かかるのは仕方がないわ」と思えるのではないでしょうか。/略。塾も、特別講義や合宿などにすべて行かせると、結構な額になります。/受験する学校のレベルが上がれば上がるほど、かかるお金は増えると言われています。習い事も月謝に加えて、楽器を習わせれば楽器代、スポーツをさせればスポーツグッズ、遠征費、コンクール……まじめにすればするほど跳ね上がっていきます。大なり小なり、お金をかけることで子どものためにできることはたくさんあるわけです。/とはいえ私が言いたいのは、略。夫婦で膝を突き合わせて話し合うことをおろそかにして、はじめから「そんなにお金はかけられない」と切り捨ててしまうのはもったいない、ということです。39~40ページ

【目次】1 生活編(お母さんの心得編/日常編/家庭のルール編/習い事編/家族編)/2 勉強編(勉強の基本編/幼少教育編/小学校編/中学受験編/中学・高校編/科目別勉強法編/大学受験編)

【内容情報】中学~大学受験は母親次第!佐藤式日常の習慣、勉強法など、志望校高格に必要なことすべてを初公開!

以下、前回のブログ記事
7 038 佐藤亮子「「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方」(角川書店:2014)感想5
2018年03月15日 01時21分55秒 | 一日一冊読書開始

2018年3月14日(水):  

288ページ      所要時間5:20      古本市場750円+税

著者 年齢不明(53歳?1961生まれ?)。  奈良県在住。主婦。津田塾大学卒業後、大分県内の私立高校で英語教師として2年間教壇に立つ。その後結婚し、長男、次男、三男、長女の順で3男1女を出産。長男・次男・三男の3兄弟が全員、名門私立の灘中・高等学校に進学。3人それぞれが体育系のクラブに所属し青春を謳歌、ガリ勉とは無縁の学生生活を送る。高校では塾に通いつつも、高3の夏からようやく本格的な受験勉強を始めた。その後、3人とも日本最難関として有名な東京大学理科Ⅲ類(通称「東大理Ⅲ」)に合格。「灘&東大理Ⅲ3兄弟」という快挙を達成する。その秀才を育てる子育てノウハウや家庭の教育方針などがメディアにも注目され、「女性自身」(光文社)「週刊朝日」(朝日新聞出版)などでインタビュー記事が掲載される。また、親御さん向けの講演なども行ったこともある。今、最も注目されるお母さんの一人。

普段からパラパラと目を通していた本を気合を込めて一気読み、付箋と線引きをしまくってみた。内容的には2年半前に読んだ、本書の翌年に書かれた「5 003 佐藤亮子「受験は母親が9割 灘→東大理Ⅲに3兄弟が合格!」(朝日新聞出版:2015)感想4」と重なる部分が多いが、より粗削りな分だけ著者の熱意と真意が書き込まれている気がした。俺は著者の考え方・方法論のほぼすべてを信用にたるものとして支持できる。

本書の評価は、斜に構えればいくらでも下げることができるかもしれないが、そんなことをしても何の意味もない。本書の評価は非常に有効で実践的な事例として行われるべきである。俺は、素直に面白かったし、すごく参考になった。観念的な教育論も大切かもしれないが、一方で底辺・困難校の事例に注目するとともに、一方で本書のような上層の事例も見ておかないと教育の全体像は見えてこないだろう。

また、本書を読めば、単純に上層の事例としてではなく、教育における家庭の経済力・教育力が如何に大きな影響を持つのかを知ることができる。肯定・否定は別にしてこれを<現実>として押さえておくことは大事だ。
(※3月16日(金)追記:今週の週刊新潮の記事によれば「私立及び国立中高一貫校を受験するために必要な勉強は全く同じだ。サピックスや日能研や四谷大塚といった中学受験進学塾に小3の2月から通い、約3年間で準備する。特に小5の後半くらいからは、最難関校を目指す場合、受験勉強は過酷になりやすい。3年間の塾代の総額は200万~250万円になる。(おおたとしまさ)」)

著者に対して俺の評価は肯定的である。人間の「自立」に対する考え方など、相当な読書家でもある著者の人間や社会を見る目は哲学としても相当確かなものである(読めばわかる)。本書は、いま子育てをしていて、わが子の受験を何とか応援したいと考えている保護者にとっては大変参考になる内容を持つと言える。ただ言うまでもないことだが、「この道しかない!」訳ではない。本書の内容すべてをやらなければならないということではない。

あくまでも、できることを選んで実行する。共感できる部分を通して、子育ての考え方を深めるきっかけとする、と言うことである。鵜呑みがダメなのは当たり前であり、著者自身の子どもたちや読者へのスタンスも一人一人の個性や立場、状況を尊重して柔軟に、丁寧に対応するための参考にしてほしいというものである。

著者の真意は【おわりに】で記されている。要は、一番の前提として<子どもたちがかわいくて仕方がないお母さん>なのだ。
・わたしがこの本でお伝えしたかったのは、「子育ては楽しい!」と言うことです。略。私はとにかく子どもが楽しそうにしている顔を見るのが大好きでした。だから、そうなるような勉強法をたくさん考えたのです。二人三脚で勉強する時間は私自身とても楽しかったですし、子どもたちも「勉強はつらい」と思うことなくいられたのではないでしょうか。/せっかくできる、「お母さん」という経験。こんなに貴い仕事はありません。二度と訪れない子供との時間、背中ではなく顔を見せ、しっかりと寄り添って下さい。287ページ

【内容紹介】難関中&医学部。息子3人が「灘→東大理III」に合格! 「奈良のゴッドマザー」とも呼ばれる著者の幼児期の育て方から大学受験まで、すべてのノウハウを公開した、子育て本の決定版! 「子どもの可能性を広げたい」「勉強ができる子にしたい」お母さん・お父さん、必見の一冊です!

【本書の特徴】◎全12章、110の子育て法を収録。どれかひとつからでも始められます /◎生活編、勉強編に分け、日々の生活習慣から具体的な勉強法までを網羅 /◎参考書リストや、分かりにくい所の図解など、見やすく読みやすい /◎勉強編は「幼少期」「小学校」「中学受験」「中学・高校」「大学受験」と、お子さんの時期によって章分けしているので、わかりやすい /◎3兄弟の誰が実践したかをアイコンで表示

【目次より一部抜粋】Part1 生活編
第1章 お母さんの心得編 :・18歳までは子どもに関わるすべてが親の仕事 /・「ちょっと待ってね」はNGワード など
第2章 日常編 :・家の時計は20分早くする/ ・兄弟の年次にかかわらず絶対に公平にわける など
第3章 家庭のルール編 :・散らかすのは子ども、片付けはお母さん/ ・「お兄ちゃん」とは呼ばせない など
第4章 習い事編 :・何事もできるだけ早くプロに教わる/ ・習い事は親も一緒に始める など
第5章 家族編 :・子育ての責任を父母でシェアしない/ ・お父さんは子どもとお母さんにお茶を入れる など
Part2 勉強編
第6章 勉強の基本編 :・勉強の環境は整えなくていい/ ・参考書の整理は100円均一のボックス など
第7章 幼少教育編 :・何よりも読み・書き・そろばんから始める/ ・幼少期の勉強のキモは「先取り」にあり など
第8章 小学校編 :・算数のノートは「1ページ1問」/・集中力のない子には15分単位で科目を変える など
第9章 中学受験編 :・筆圧を見直すことで点数は伸びる/ ・不安を吹き飛ばす「佐藤家特製過去問」 など
第10章 中学・高校編 :・18歳まで子どもの勉強や進路に関わり続ける/ ・母がテスト期間のスケジュールを立てる など
第11章 科目別勉強法編 :・「英検」を英語の副教材として活用する/ ・歴史の導入はマンガに頼る など
第12章 大学受験編 :・「浪人してもいいよ」とは言わない/ ・3回間違えた問題は壁と天井に貼る など


5 003 佐藤亮子「受験は母親が9割 灘→東大理Ⅲに3兄弟が合格!」(朝日新聞出版:2015)感想4
                 2015年09月03日 22時50分58秒 | 一日一冊読書開始
(2015年)9月3日(木):   副題「〝プロママ〟のスーパーメソッド」  
             

255ページ    所要時間 4:05    蔵書(定価購入)

著者年齢不明(54歳?1961生まれ?)。どうして女性は歳を隠すのだろう? 津田塾大学卒業。郷里の大分で2年間、高校の英語教師を勤めた後、東大卒弁護士の夫と結婚、奈良県に住み、専業主婦として3男1女の子育てに取り組む。

専業主婦をしながら、必要な教育資金には全く糸目をつけないで済まされる裕福な家計、夫婦そろって高学歴、そして何よりも教育の「母親」限定など嫌味な目で見れば、いくらでも揚げ足はとれる。しかし、子供の「教育環境整備」の実践記録事例として、「母親」「父親」の別なく、有効な工夫や方法を参考にさせてもらおうと素直に思って読めば、なかなかの好著だと言える。現代の<孟母三遷の本だと思えばよい。

当然のことだが、はじめから東大理Ⅲに入れるための教育方法を目指したのではなく、我が子らの能力を精一杯伸ばしてやりたいという親の思いからの「教育環境整備」の試行錯誤の結果として息子3人が東大理Ⅲに進学したということ。それでも、まぐれで3人全員が東大理Ⅲに進学できるなどありえない(娘は高校生)。

紹介されてる「教育環境整備」方法は、若干の金遣いの荒さを除けば、読者が真似できるかは別にして、有効かつ説得力のある内容ばかりである。母親が子供にそそぐ愛情を前提に見れば、もっともな方法ばかりである。著者のすごさは、誰もがその気になれば思い付ける工夫・方法を実際の家族の中で貫徹・継続した事実にこそあるのだろうと思う。

人間は結局<環境の動物>である。もっとも近い肉親の親から全力で勉強の環境整備を受けた子供たちと貧困や親からのネグレクトを受けて生きるのがやっとの大勢の子供たちの格差を思えば、つくづくこの世は不公平だなと思う。しかも、政治屋に牛耳られた政府は解決に動くどころか、むしろ格差の助長に励んでいるのだ。戦後70年の日本社会がここでも音を立てて崩壊しつつあるのだ。

目次1 : 第1章 中学も高校も大学も、子どもを合格に導くのは、母であるあなたです!(私の原点―私が「受験を極めよう」と決心した理由/ 私の母親道―母親業の道は深い。やるべきことは無限にある ほか) / 第2章 子どもに身につけさせたい勉強のコツと姿勢、そして母がすべきこと(環境づくり―リビングに勉強机を置いて、生活の一部に勉強がある雰囲気を/ 息抜き対策―テレビ、ゲーム、漫画は「非日常」にしてメリハリを ほか) / 第3章 小学生時代の勉強のコツと中学受験対策(小学生の学習―基礎学力・難関中学に合格したいならやっぱり基礎学力が大事/ 小学生の学習・国語―お母さんの音読がとっても効果的 ほか) / 第4章 中学・高校時代の勉強のコツと東大受験対策(中学・高校・学校生活―中高一貫だから中学はのんびり。高校からギアを上げていく/ 中学・高校・参考書・問題集の選び方―参考書・問題集代はケチらない。母が選んで買ってくる ほか) / Q&A 佐藤ママに聞きたい!子どものこと、学校のこと、受験のこと(佐藤さんは教師の資格を持っているから子どもの指導ができたんじゃないですか?私は大学も出ていないし、勉強も苦手です。子どもを教える自信がありません。/ 中学受験を控え、塾に通い始めましたが、下のクラスで低迷しています。このまま通わせてもいいのでしょうか。また、志望校はいつ頃までに固めておく必要がありますか。 ほか)

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9 039 陰山英男「娘が東大に合格した本当の理由~高3の春、E判定から始める東大受験~ 」(小学館101新書:2008)感想3+

2020年04月22日 23時47分36秒 | 一日一冊読書開始
4月22日(水):  

252ページ       所要時間2:25         図書館⇒読後、アマゾン注文258円

著者50歳(1958生まれ)。立命館小学校副校長、立命館大学教授。1958年、兵庫県生まれ。岡山大学卒業。「陰山メソッド」と呼ばれる読み書き計算の徹底反復と生活改善の指導で子どもたちの学力を驚異的に伸ばす。『百ます計算』をはじめ陰山メソッドを教材化した『徹底反復シリーズ』は累計500万部超の大ベストセラーに

著者はあくまで実践家であって、学者・理論家ではない。統計資料も若干は引用されるが分析と呼べるほどの深みはない。正直、たまたま教育実践が話題になり世の中に登場した<ごく普通の人間>という印象である。ただ不真面目ではないので、手に取るが、深い学びは期待できない。ある意味、安心したいときに読む本だと思う。

本書に関しては単なる自慢話にならないようにという配慮はなされている。「結局、当たり前のことが、やはり一番大事なのだ」という確認をさせてくれる。当たり前のこととは何か?本人のやる気、能力だけではなく、親の教育力、親の経済力、家庭の安定、読書習慣、人との出会い、良くも悪くもさまざまな要素がうまく適合した時に東大受験・合格は成る。当時、売れていた漫画「ドラゴン桜」が東大受験生にかなり有効に働いていたのは興味深かった。

感想3+の+部分は、二部構成で一浪して東大に合格した娘さんの体験記である第二部169~248ページに対する好感である。父娘の二部構成にしたのは成功していると思う。「勉強するということは自由になることだ」(248ページ)という言葉は良い言葉だと思った。

予習は子ども達の授業理解を効果的にする。略。わかってもわからなくても教科書を読ませておくと効果的である。103ページ
子どもの成長の最大の障害は、自分はできないという思い込みである。これを払拭することができれば、もともと伸びる力はあるのである。165ページ⇒娘さんの場合、「東大に行きたい」と決意できたことが一番大事なこと。
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200422 二年前:180421 財務大臣、財務事務次官、財務省、セクハラ大国ニッポン。恥ずかしい…。今は何時代なのか。

2020年04月22日 14時29分33秒 | 一年前
4月22日(水):  
190421 一年前:180421 財務大臣、財務事務次官、財務省、セクハラ大国ニッポン。恥ずかしい…。今は何時代なのか。
4月21日(日):180421 財務大臣、財務事務次官、財務省、セクハラ大国ニッポン。恥ずかしい…。今は何時代なのか。4月21日(土):あきれ果てて物が言えない。アベ・アソウが作......
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200421 日本は本当に<法治国家>なのか。広島県知事は、広島県の公務員の人々の<飼い主>なのか?

2020年04月22日 00時53分24秒 | 日記
4月21日(火):  

日本は本当に<法治国家>なのか。公務員とはいえ、立法(議会の議決を経て法律を定立する)措置を経ずして、個人の権利や私有財産を奪われることはない。人気取りなのか、うろたえてるのか。いずれにせよ、政治家の言葉が安直で軽すぎる。アベのミニチュアが増殖中。広島県知事は、広島県の公務員の人々の<飼い主>なのか?公務員は知事の<飼い犬>なのか? 馬鹿馬鹿しい!知事とは所詮、4年間の<雇われ店長>だろう。知事は、公務員全員の<生活実態>を把握しているのか。

スポニチ茂木健一郎氏「絶句」 広島知事が県職員の10万円給付活用案に「県職員の方だって…」
2020年4月21日 22:27]

 脳科学者の茂木健一郎氏(57)が21日、ツイッターを更新。広島県の湯崎英彦知事が新型コロナウイルス感染対策で政府が全国民に一律給付する10万円のうち、県職員が受け取った分の活用を検討する考えを示したことに「これは無理筋なのでは…」と投稿した。
 湯崎知事は記者会見で、休業要請に応じた中小事業者に支給する協力金など支援策の財源確保のため、「財源は聖域なく検討したい」と述べた。県によると、職員数は教職員や警察官を含めて約2万5千人。
 茂木氏は「絶句」と反応。「県職員の方だって、生活者としての側面があり、知事といえどもこれは無理筋なのでは…」と指摘した。
 茂木氏の投稿にネットでは「国が給付するものを知事が取り上げるとは…」「勝手にこんなことしていいんですかね!」「これはやりすぎ」「他人の金をどう使うか決められるんですね。凄いなあ」「広島県民として残念」「公務員はコロナでも給料減らないし、私は賛成です」などの声があった。
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9 038 朝比奈なを「ルポ 教育困難校」(朝日新書:2019)感想4+

2020年04月21日 22時46分58秒 | 一日一冊読書開始
4月21日(火):    

219ページ     所要時間4:20      図書館

著者60歳?(1960?生まれ)。東京都出身。筑波大学大学院教育研究科修了。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事

まず、俺は本書に対して好感をもった。現場を経験した教員によるある種の使命感に突き動かされて書かれた著作だと感じた。本書で言う「教育困難校」とは、老舗の商業・工業高校以外の所謂”BF(ボーダーフリー)”、偏差値が最底辺の普通科高校のことである。

「だいたいそういう状況だろうな」という予測の範囲を超えて厳しい状況で、昔とは形や課題を変えながら深刻さは深まっている。現場の厳しい状況が赤裸々に描かれ、「そこまでしっかりと深刻に観てるんだ」と少し驚かされるくらいに踏み込んだ記述で報告されている。

生徒、教員、保護者いずれも三者三様に余裕がなく追い詰められている。進学校のことは注目されるが、「教育困難校」については話題にすらならず、社会的にはお荷物のように目されているが、実際にはこの社会になくてはならない必要不可欠な受け皿としてしっかり支えていかなければならない存在なのだと、訴えている。

全体として現状についての問題提議は、非常にリアルで生々しい記述で興味をひかれたが、「第5章 脱「教育困難校」を目指して」でいくつかの高校の困難解消のための取り組みについての報告では途端に迫力がなくなってダラダラした記述になったのは残念だった。砂浜の山の如く、積めども積めども波に洗われていく。この問題の難しさが記述に反映したとも言えるが、改善のための問題はもっともっと大きな社会全体の問題として、哲学の問題として提示されなければならず、著者にとっても誰にとっても手に余るということだろう。その意味で、いっそのこと第5章は省いた方がすっきりしたかもしれない、と言いつつ「そういうわけにもいかんか…」と思う。

本書を読んでいて、なにやら現場にいる教師の肉声を聞いているような気になることが何度もあった。その意味で本書は著者の個人的体験を書いた本だという見方も成立する。そうすると今度は「どこまで信じていいのかわからない」という気分にもなる。ただ「現場で問題意識をもって懸命に観てきた当事者(教師)の本音が書かれた本であり、俺は著者を正直な人だと信用できる」ということだけははっきり言える。ただ著者は繰り返し全国的問題だと叫ぶが、本書のベースに都心部でない関東の高校のにおい(地域性)を強く覚えたのは考え過ぎか…。

1980年代から2020年にかけての日本の教育の歴史の具体的で貴重な証言と言える。さて、アマゾンで取り寄せたものやら、どうしようか…?

【目次】第1章 「教育困難校」とはどのような高校か /第2章 「教育困難校」に通う生徒たち /第3章 「教育困難校」の教員たち /第4章 「教育困難校」の進路指導 /第5章 脱「教育困難校」を目指して /第6章 それでも「教育困難校」は必要である

【内容紹介】序列の下位に位置する高校は、貧困や家庭問題などの原因で、教育活動が困難になっている。しかし、学校や生徒たちに対して、侮蔑したり興味本位で語ったりすることはあっても、社会的な関心は向けられてこなかった。本書は、元高校教師である著者自身の体験をまじえ、重層性を持つ「教育困難校」の問題を多角的に考察する。 //授業崩壊が進む「教育困難校」は学力、貧困、教育行政、新自由主義経済などの問題が重層的に絡む、現代日本の縮図だ。教師でもある著者自身の体験、関係者のインタビューを通して、現場の実態をリアルに描き、公教育の再生を探る。
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200421 現政権が支持されているのは「日本が落ち目だから」(内田樹) 

2020年04月21日 09時35分22秒 | 考える資料
4月21日(火):

コロナ対策という<世界共通の問題>を通じて世界各国の<政治指導者の偏差値>が出た。それは支持率の上昇、失墜で明示される。ドイツ(メルケル)や韓国(ムン・ジェイン)、台湾は偏差値70以上、イギリス、フランスは65、中国は60、アメリカは45、そして日本のアベの偏差値は35以下。もともと首相になってはいけないクズが権力にしがみついてるだけだから仕方がない。それでも各紙の内閣支持率は今だに40%前後だそうだ。ネット上の何十万という膨大な母数で見た内閣支持率はとっくに10%未満なので日本はマス(本当か?)・メディア自体の偏差値も相当に低いと言わねばならない。そして、何より所謂<日本人>の偏差値も相当低いとしか言いようがない。落ち目のいじましい国に成り下がったものだ。

週刊文春 2020年4月9日号:内田樹の緊急提言「サル化する日本」から抜粋

 それにしても、どうしてこれほど無能無策な政権が40%を超える支持率を維持し続けているのでしょうか。イデオロギー的に安倍政権を支持しているという人は自民党支持層の半分以下だと思います。では、あとの支持者たちは何を支持しているのか。

自分より「上位」の人を批判してはいけないという風潮
 世論調査ではしばしば「他にいないから」というのが支持理由の第1位に挙げられます。それは言い換えると「安倍晋三が総理大臣に適格なのは現に総理大臣だから」というトートロジーに他なりません。
 コラムニストの小田嶋隆さんが、前にツイッターで麻生太郎を批判したことがありました。すると「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」というリプライが飛んできたそうです。財務大臣以外に財務大臣の政策や資質の適否について論じる資格はない、と。このロジックは実はこの10年ほど日本社会に広く蔓延しているものです。僕も政治について意見を言うと「だったら自分が国会議員に立候補しろ」というふうに絡んでくる人がいます。国会議員以外は国政について議する資格はないらしい。同じロジックをあちこちで聴きます。ユーチューバーが他の人のコンテンツを批判したら「フォロワーが同じくらいになってから言え」と言われ、ネットで富豪の言動を批判したら「あれくらい金持ちになってから言え」と言われる。権力者や富裕者を批判することは、同レベルの権力者や富裕者だけにしか許されないという不思議な論法が行き交っているのです。自分より「上位」の人間を批判する動機は嫉妬であり、羨望である。そうなりたくてもなれない人間のひがみである。見苦しいから止めろ、と。それは要するに「絶対的な現状肯定」ということです。貧乏人や弱者は「身の程を知れ」「分際をわきまえろ」ということです。

「桜を見る会」のどこが悪いのかと不思議がる人もいる
 そういう言葉を口にするのが、実際にはお金もない、地位もない、社会的弱者であるというのが不可解です。
 「桜を見る会」の問題でも、総理大臣が自分の支持者を呼んで税金で接待することのどこが悪いのか、と本気で不思議がっている人がいます。別にいいじゃないか、何が悪いのか? 権力者というのは「何をしても罰されない人」のことではないのか? 法の支配に服しない人のことではないのか? 安倍晋三は権力者なのだから、何をしても罰されないし、法の支配に服さないでいいはずだ。そういうポストに就くために久しく努力してきて、その甲斐あって権力者になったのだから、下々の者にそれを批判する権利はない。批判したかったら自分が安倍晋三のポストに就いてみろ、と。そういうロジックがリアリズムだと本気で信じている。

「身の程を知れ」という“死語”が甦ってきた日本
 僕の少年時代には「身の程を知れ」と言って叱りつける大人がまだあちこちにいました。でも、高度成長期を境にそんなことを言う大人はきれいにいなくなった。当然です。高度成長というのは、国民全員が「身の程知らず」の欲望に焼かれ、「分際を知らず」に枠をはみ出し、「身の丈に合わない」仕事を引き受けて、それによって経済大国に成り上がった時代だからです。国力が向上し、国運に勢いがある時には誰も「身の程」なんか考えやしません。真空管を作っていた町工場がハリウッドの映画会社を買収し、神戸の薬局が世界的スーパーになり、宇部の紳士服店が世界的な衣料メーカーになる時代に「身の程を知れ」というのは死語でした。でも、その死語がまた甦ってきた。それは日本の国力が低下し、国運が衰微してきたことの徴(しるし)です。

現政権が支持されているのは「日本が落ち目だから」
 人間はパイが大きくなっている時には、分配比率を気にしません。自分のパイが前より増えていればそれで満足している。でも、一度パイが縮み始めると態度が一変する。隣の人間の取り分が気になる。いったいどういう基準で分配しているのか、査定基準を開示せよ、格付けのエビデンスを出せというようなことを言い出す。生産性がどうの社会的有用性がどうの成果がどうのとうるさく言い出すのはすべて「貧乏くささ」「けちくささ」の徴候です。「落ち目になった国」に固有の現象です。
 現政権が支持されているのは端的に日本が落ち目だからです。貧乏くさい国では、人々は隣人の「身の程知らず」のふるまいを規制することにはずいぶん熱心だけれども、創意工夫には何の関心も示さなくなる。隣の人間の箸の上げ下ろしにまでうるさく口を出すのは、限られた資源を奪い合うためです。国を豊かにするためではない。
 今は船が沈みかかっている時です。積み荷の分配で議論している暇はありません。この船の船底のどこかに大穴が空いている。それを見つけて、穴を塞ぐのが最優先です。そのための時間はもうあまり残されていません。
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200420 「PCR検査に反対していた」発言の責任をとらない橋下徹に強い違和感。せめて訂正謝罪ぐらいしろよ!

2020年04月20日 21時49分41秒 | 日記
4月20日(月):

最近の橋下徹の発言の変りぶりに強い違和感を覚えている。せめて訂正謝罪ぐらいしろよ!ウソつきは、アベだけではない。

SANSPO.COM 橋下徹氏「10~40歳の元気な人は家で寝とけ」“全員PCR検査”は不要 2020.2.29 17:28
 前大阪市長で弁護士、橋下徹氏(50)が29日、関西テレビ「胸いっぱいサミット!」(土曜正午)に出演。新型コロナウイルスの検査に使われているPCRについて「一般の人がどんどんやる必要はない」と私見を述べた。
 パネラーとして出演した大阪市立大、朴一教授が「韓国は日本と違って簡易キットを配ったんですよね。で、普通の病院でも受診できて、みんな自分が感染しているかどうか判断できる」と韓国の対策事例を紹介。その上で「日本の場合はそれさえしてないでしょ。韓国みたいに簡易キットを早く認可して配らないと対処できませんよ。誰が罹っているか罹っていないかわからないから」と指摘した。
 これに対し橋下氏は、「PCRも重症化するような人を見つける為に必要で、一般の人がPCRをどんどんやる必要はないんですよ」と反論。「はっきり言って10歳から40歳くらいの元気な人は、普通の風邪のような感じで家で寝とけって政府がバシっと言えばいいんですよ。全員PCRなんかやらなくていいんですよ。やれやれやれやれって不必要なこと煽るからおかしくなる。いらないんです。だって、やったってどうするんですか?と私見を述べた。
 元TBSのフリーアナウンサー、吉田明世(31)からは「人にうつしてしまうことが怖いので知っておきたいというのはあります」という声も上がったが「だから家で寝とくのがいいんです。家で自宅待機しとけばいいんですから」と強調した。

200422追記:自宅待機は、タダではできないぞ!(もみ)
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200420 一年前:190420 政府広告にキレた!どこまで恥知らずになれるのか?<子どもの貧困>は人々の善意ではなく、<国家の最優先>課題の政策!である。</

2020年04月20日 20時30分11秒 | 一年前
4月20日(月):  
190420 政府広告にキレた!どこまで恥知らずになれるのか?<子どもの貧困>は人々の善意ではなく、<国家の最優先>課題の政策!である。
4月20日(土):   今朝、朝刊の一面を見て呆れ返ってしまった。子どもは<国の未来>である。<子供の貧困>問題は政府にとって最も緊急を要する解決すべき重要課題である。それを放......
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9 037 出口治明「本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法 」(角川oneテーマ21:2014)感想4+

2020年04月20日 17時43分44秒 | 一日一冊読書開始
4月20日(月):  

237ページ     所要時間3:20      図書館

著者66歳(1948生まれ)。三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員会委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て同社を退職。その後、東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを務める。2006年にネットライフ企画株式会社設立(のちのライフネット生命保険株式会社)、代表取締役社長に就任

活字中毒を自認する著者による外連味のない堂々たる読書論。児童の頃から読書好きで、膨大な本を読んできた著者が、速読を否定する代わりに「5ページ読んで魅力が無ければ捨てる」をモットーに、本との出会いを時空を超えた得難い多くの達人たちとの出会いとして襟を正して読んできたと述べる。口で言うだけならば誰でも言えるが、長年にわたってそれを実践し続けてきたところに凄みと説得力がある。

また、本書の中で著者が取り上げる膨大な本の中身の多くが古典をはじめとする本格的な著作や専門書ばかり(ex.岩波講座「世界歴史」(全31巻)など)であることに刺激を受けた。付箋や書き込みを否定する著者と俺の読書スタイルは、かなり違うが、それでも著者の読書論を好意をもって受け入れることができる。

著者の「「無人島に1冊だけ本を持っていくとしたら」と聞かれたら、私は迷わず、この『ハドリアヌス帝の回想』をあげるでしょう。/私はこれまで、おそらく1万冊以上の本を読んできましたが、まだこの本を超える本に出会ったことはありません。間違いなく、ナンバーワンと言える作品です。」(185ページ)を読んで、すぐにヤフオクで、マルグリット・ユルスナール (著), 多田 智満子 (翻訳)「ハドリアヌス帝の回想 」(白水社:2001) を約1500円で落札した。

良い詩にもめぐり会えた 179ページ
「子ども」       ドロシー・ロー・ノルト(米国の教育学者)
批判ばかりされた 子どもは、非難することを おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは、力にたよることを おぼえる
笑いものにされた 子どもは、ものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にさらされた 子どもは、鈍い良心の もちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは、自信を おぼえる
寛容にであった 子どもは、忍耐を おぼえる
賞賛を受けた 子どもは、評価することを おぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは、公正を おぼえる
友情を知る 子どもは、親切を おぼえる
安心を経験した 子どもは、信頼を おぼえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは、世界中の愛情を 感じとることを おぼえる


【内容説明】いかにして「考える力」を養うか。1行たりとも読み飛ばしてはいけない。何百年も残った古典は「正しい」。何かを学ぶなら「厚い本→薄い本」の順。「自分の頭で考える力」をつける読書。注目のライフネット生命経営者にして稀代の読書家による新書・初書き下ろし!

【目次】
1章 本とは「何か」―教養について考える(「教養」と「教育」の違い;教養を得るための効率的なツール ほか)
2章 本を「選ぶ」―「おもしろそうな本」という鉄則(未知の分野の勉強のしかた;どうして古典が難しく感じるか ほか)
3章 本と「向き合う」―1行たりとも読み飛ばさない(読書の作法;本は、人 ほか)
4章 本を「使う」―著者に左右される人、されない人(数字・ファクト(事実)・ロジック(論理)
本に即効性を求めない ほか)
5章 本を「愛する」―自分の滋養、他者への架け橋(本との出会い;小学生時代 ほか) 

*ついでに
「子は親の鏡」       ドロシー・ロー・ノルト著(米国の教育学者)
けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世の中はいいところだとおもえるようになる
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150329 タガ外せば歯止め失う 長谷部恭男・早稲田大学教授/「未来志向」は現実逃避 杉田敦・法政大学教授

 杉田 先日ドイツのメルケル首相が来日しました。戦後ドイツも様々な問題を抱えていますが、過去への反省と謝罪という「建前」を大切にし続けることで、国際的に発言力を強めてきた経緯がある。「建前」がソフトパワーにつながることを安倍さんたちは理解しているのでしょうか。  / /長谷部 そもそも談話が扱っているのは、学問的な歴史の問題ではなく、人々の情念が絡まる記憶の問題です。記念碑や記念館、映画に結実するもので、証拠の有無や正確性をいくら詰めても、決着はつかない。厳密な歴史のレベルで、仮に日本側が中国や韓国の主張に反証できたとしても、問題はむしろこじれる。相手を論破して済む話ではないから、お互いがなんとか折り合いのつく範囲内に収めようと政治的な判断をした。それが河野談話です。  / /杉田 談話の方向性や近隣との外交について「未来志向」という言い方がよくされますが、意図はどうあれ、それが過去の軽視という「見かけ」をもってしまえば、負の効果は計り知れない。安倍さんたちは、未来を向いて過去を振り払えば、政治的な自由度が高まると思っているのかもしれません。しかし政治の存在意義は様々な制約を踏まえつつ、何とか解を見いだしていくところにあります。政治的な閉塞(へいそく)感が強まる中で、自らに課せられているタガを外そうという動きが出てくる。しかし、それで万事うまくいくというのは、一種の現実逃避では。  / /長谷部 合理的な自己拘束という概念が吹っ飛んでしまっている印象です。縛られることによってより力を発揮できることがある。俳句は5・7・5と型が決まっているからこそ発想力が鍛えられる。しかし安倍さんたちは選挙に勝った自分たちは何にも縛られない、「建前」も法律も憲法解釈もすべて操作できると考えているようです。  / /杉田 俳句は好きな字数でよめばいいのだと。  / /長谷部 あらゆるタガをはずせば、短期的には楽になるかもしれません。しかし、次に政権が交代したとき、自分たちが時の政府を踏みとどまらせる歯止めもなくなる。外国の要求を、憲法の拘束があるからと断ることもできない。最後の最後、ここぞという時のよりどころが失われてしまう。その怖さを、安倍さんたちは自覚すべきです。 =敬称略(構成・高橋純子)朝日新聞『考論』

0015 オルテガ「大衆の反逆 (桑名一博訳;久野収解説)」(白水社イデー選書;1930)評価5

以下は、オルテガ所論の久野収による抜粋の抜粋である:///  オルテガによれば、政治のなかで「共存」への意志を最強力に表明し、実行していく政治スタイルこそ、自由主義的デモクラシーである。共存は、強い多数者が弱い少数者に喜んで提供する自己主張、他者説得の権利である。敵、それも最も弱い敵とさえ、積極的に共存するという、ゆるがない決意である。/その意味で、人類の自然的傾向に逆行する深いパラドックス(逆説)であるから、共存を決意した人類が、困難に面してこの決意を投げ出すほうへ後退したとしても、それは大きな悲劇ではあっても、大きな不思議とするには当たらない。/「敵と共存し、反対者と共に政治をおこなう」という意志と制度に背を向ける国家と国民が、ますます多くなっていく1930年代、オルテガは、「均質」化された「大衆」人間の直接行動こそが、あらゆる支配権力をして、反対派を圧迫させ、消滅させていく動力になるのだという。なぜなら、「大衆」人間は、自分たちと異類の非大衆人間との共存を全然望んでいないからである。略。///  「大衆」人間は、自分たちの生存の容易さ、豊かさ,無限界さを疑わない実感をもち、自己肯定と自己満足の結果として、他人に耳を貸さず、自分の意見を疑わず、自閉的となって、他人の存在そのものを考慮しなくなってしまう。そして彼と彼の同類しかいないかのように振舞ってしまう。/彼らは、配慮も、内省も、手続きも、遠慮もなしに、「直接行動」の方式に従って、自分たちの低俗な画一的意見をだれかれの区別なく、押しつけて、しかも押しつけの自覚さえもっていない。/彼らは、未開人―未開人は宗教、タブー、伝統、習慣といった社会的法廷の従順な信者である―ではなく、まさに文明の洗礼を受けた野蛮人である。文明の生み出した余裕、すなわち、贅沢、快適、安全、便益の側面だけの継承者であり、正常な生存の様式から見れば、奇形としかいいようのないライフスタイルを営んでいる新人類である。略。///  「自分がしたいことをするためにこの世に生まれあわせて来た」とする傾向、だから「したいことは何でもできる」とする信仰は、自由主義の自由の裏面、義務と責任を免除してもらう自由にほかならない。/われわれは自由主義の生みだした、この「大衆」人間的自由、自己中心的自由に対し、他者と共存する義務と責任をもった自由を保全しなければならないが、一筋縄でいかないのは、この仕事である。(160626:イギリスEU離脱について思うところ=もみ=)