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東京の人 52

2008-12-13 20:19:07 | 残雪
コスモスが咲き始めた頃、生稲かおりは寺井と共に東京へ立った。
来年に予定していたところ、早い方がよいと話がどんどん進んで、寺井も慌てて彼女の就職先と住む場所を探した。
仕事の方は、墨田区にある輸入雑貨の物流倉庫で、そこの事務所勤めになった。
本社は赤坂だが、かおりはまだ準社員扱いで、将来は正社員への道も開かれている。
住まいは春子が居た新宿方面ではなく、職場からも近い江戸川区平井7丁目のアパートだった。
建物は古いが、旧中川が周りを囲む様に静かに流れている。
かおりはここの風景が好きになった。都心にも近いのに、落ち着いている。
千葉方向に目を向けると、広い荒川が横切り、そこに沿って高速道路が延び、葛飾ハープ橋の優美な姿が見える。
春子は満足した表情で、私は月岡で生きているから、と当たり前の様に話していた姿が寺井には解せなかった。
かおりが心配だから、できるだけ近くに住んでと頼まれ、どうせ別居中の身でどこにいても同じなので、かおりよりも平井駅に近い場所の1DKを借りたが、寝に帰るだけなので、一番安い部屋に決めた。
こうして二人の奇妙?な生活がスタートしたのである。
彼女が職場の環境に溶け込めるか心配だったが、周りに関心がないというか、一時的にいる所くらいの感覚らしいので、誰とでも気楽に話せるようだった。
ただ、その美貌は大勢のパートの中でも際立ち、周りの社員やアルバイトの間で、デートの誘いを巡ってのいざこざも起きていた。
帰りにはいつも誰かが声を掛けてきて、断ってもしつこくついて来る様になってきたので、かおりのたっての希望で、寺井がしばらく彼女のアパートに同居することになった。
いくら年が倍も違うからといって、他人の男と女が寝食を共にするのはためらいがあったが、彼女は身内と住むのは当り前、という態度で寄りかかって接してくるのが、近くて眩しかった。

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