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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 53

2008-12-27 20:01:53 | 残雪
かおりは、料理,洗濯も日常的にこなしてくれるが、寺井からすれば、若く美しい娘の下着が、隣りに干してあるのをまともに見られない状況なのだが、彼女は何の意識もないらしく、親戚よりも父親に近い接し方に感じられた。
「全部やってくれて、僕は助かっているけど、かおりさんに負担をかけて、申し訳ないな」
「そんな、私が頼んだのだから、なんでも言いつけてください、遠慮なんかしないで」
そういって全面的に信頼を寄せられると、寺井は困ってしまう部分もあった。
狭い部屋で、なにか仕切りを付けようと考えたが、彼女はそんなのはいらない、心細いから、と夜もすぐ隣りで寝ている。寺井の方が落ち着いて寝つかれなかった。
金曜日の夜、疲れて先に布団に潜り込んでいると、風呂上りのかおりが、指圧をしてあげるといって寺井を俯かせ、馬乗りにちかい格好で、首から腰にかけてつぼを押さえていったが、見かけよりもずっと力強さがあり、うまかった。
「すごい効くよ、上手だね」
「私、いろいろな人に頼まれて指圧を覚えていったから、どこが一番こっているかすぐに分かるの、修さんは腰が少し悪いみたいですね」
「その通りだよ、少しずれているんだ、たいしたものだな」
「大きな会社の役員さんに、小遣いを貰ったこともあるのよ」
寺井は指圧の効果もあったが、かおりの体が徐々に触れてくる快感で、ストレスが抜けていく様だった。
しかし、それから後は余計目が冴えて眠れなくなり、寝返りを何回かうっていると、かおりが背中に近づいてきた。
「修さん、寝てないの?」
「うん、なんだか寝つけないんだ」
「じゃあ、私の話を少し聞いてくれる」
「いいよ、どんなこと」
「私の、親の話かな」
「ご両親は健在なの?」
「父とは5,6年前から会ってないの」
「お母さんと別れたの」
「正式に別れたかは分からないけど、今は音信不通みたい」
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東京の人 52

2008-12-13 20:19:07 | 残雪
コスモスが咲き始めた頃、生稲かおりは寺井と共に東京へ立った。
来年に予定していたところ、早い方がよいと話がどんどん進んで、寺井も慌てて彼女の就職先と住む場所を探した。
仕事の方は、墨田区にある輸入雑貨の物流倉庫で、そこの事務所勤めになった。
本社は赤坂だが、かおりはまだ準社員扱いで、将来は正社員への道も開かれている。
住まいは春子が居た新宿方面ではなく、職場からも近い江戸川区平井7丁目のアパートだった。
建物は古いが、旧中川が周りを囲む様に静かに流れている。
かおりはここの風景が好きになった。都心にも近いのに、落ち着いている。
千葉方向に目を向けると、広い荒川が横切り、そこに沿って高速道路が延び、葛飾ハープ橋の優美な姿が見える。
春子は満足した表情で、私は月岡で生きているから、と当たり前の様に話していた姿が寺井には解せなかった。
かおりが心配だから、できるだけ近くに住んでと頼まれ、どうせ別居中の身でどこにいても同じなので、かおりよりも平井駅に近い場所の1DKを借りたが、寝に帰るだけなので、一番安い部屋に決めた。
こうして二人の奇妙?な生活がスタートしたのである。
彼女が職場の環境に溶け込めるか心配だったが、周りに関心がないというか、一時的にいる所くらいの感覚らしいので、誰とでも気楽に話せるようだった。
ただ、その美貌は大勢のパートの中でも際立ち、周りの社員やアルバイトの間で、デートの誘いを巡ってのいざこざも起きていた。
帰りにはいつも誰かが声を掛けてきて、断ってもしつこくついて来る様になってきたので、かおりのたっての希望で、寺井がしばらく彼女のアパートに同居することになった。
いくら年が倍も違うからといって、他人の男と女が寝食を共にするのはためらいがあったが、彼女は身内と住むのは当り前、という態度で寄りかかって接してくるのが、近くて眩しかった。
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再会 51

2008-07-21 05:47:43 | 残雪
翌日、寺井は二日酔い気味で目が覚めた。 
食事の準備はされていたが、春子はいなかった。
いつ帰るか決めなければと考えながら、温泉に浸かって部屋に戻ると、かおりが待っていた。
「来てくれたの」
「春子さんは急の仕事で、私が相手をするようにって、昨日はご馳走になりました」
「とんでもない、僕は途中で寝てしまって、話しもたいして出来ずにわるかったね」
「いいえ、楽しかったです、初めてだから」
やや俯きかげんの透き通る顔に、朝陽が柔らかく差し込み、人形のような美しさがあった。
「家の方は大丈夫なの?」
「弟は高校生だから」
「二人兄弟なんだ」
「ええ・・」
家庭が複雑だと聞いたのを思い出し、話題を探していると、かおりが話し掛けてきた。
「あの、春子さんが言ってた事なんですけど」
「うん、何だっけ」
「私のこれからの事で」
「ああ、かおりさんが行きたい学校や就職の件ね、それなら手助けできるよ」
「私、はたちだし、できれば早く学校に行きたいから、昨日家に帰って考えたんです、それで母に連絡して、いま家にいないんですけど、そうしたら、家は心配しなくていいから、自分のしたい様にしなさいって」
「そう、良かったね、それでやはり東京に行きたいの?」
「そう思っています、でも東京に知り合いはいないし、何回か遊びに行っただけですから」
「心配いらないから何でも相談してよ、学校の資料も集めなければね」
「はい、お願いします、何も分からないので」
話が進み始めた頃に、春子が戻ってきた。
「かおりちゃん、よかったわね、できるだけ早い方がいいから、修さん、宜しくお願いします」
丁重に頼まれて、寺井は戸惑った。春子を連れ戻したかったのに、まだその気はないらしい。
「住まいはね、私の住んでいた大家さんに連絡しておくわ」
早くも事は動き始めている。
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再会 50

2008-07-09 04:45:54 | 残雪
その日の夜、かおりを旅館に呼んで、夕食を一緒に取る事にした。
客室で食事をするのは初めてだといって、素直に喜んでいる。
「好きなものを頼んでいいのよ、いつも助けて貰っているんだから」
春子は妹をみるように、かおりに接している。
「お酒も少しは飲んでいいんだろう」
寺井は若い娘を酔わせてみたくなった。
「かおりちゃん、飲めるんでしょう、ここで育った人だから」
「お祝いの時くらいしか飲んだことはないけど」
「じゃあ、三人でお祝いをしましょう」
「なにを祝うのですか」
「決まってるでしょう、私達の未来によ」
「未来に?」
「そう、特にあなたのこれからに乾杯!」
春子はビールを美味しそうに、一気に飲み干した。
かおりは、ゆっくりだが真顔で飲んでいる。
30分程すると、寺井はもう顔が大分赤くなってきた。
「修さんは、この中で一番弱そうね」
「春子さんに敵うわけはないけど、かおりさんも結構強そうだね」
「顔にはあまりでないんですけど」
「かおりちゃんは私より飲めるようになるわ、あなたはこれから大人の世界に入って、どんどん変っていくから」
「そうかしら、まだ味がいいとか、分からないけど」
「これから、どういう仕事をしていきたいの?」
寺井は彼女の将来に興味を覚えた。
「本当は学校に通って、資格をいろいろ取りたいんです」
かおりは寺井を、初めてまっすぐ見て話した。
「修さん、お願いよ、かおりちゃんを応援してあげてね」
「それは僕に出来る限り、力になるよ」
「でも、今は時間がないんです」
「ねえ、思い切って東京へ行っちゃいなさいよ」
「だって家の事とか、弟もいるでしょ、無理よ」
「大丈夫よ、いざとなったら私が面倒をみるし叔父も頼れるから、周りにも親戚はいるでしょ、何とかなるわよ」
「でも・・」
かおりは迷った瞳で寺井の顔を見た。
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再会 49

2008-06-23 20:04:48 | 残雪
翌日、春子は寺井を自分の住まいに連れていった。
周りは、嫁にいった農家の様なところで、今の時代に田園風景は懐かしい。
中に入ると、若い娘が昼食の用意をしていた。
「かおりちゃんご苦労様、お婆ちゃん大丈夫?」
「はい、いつもの薬を貰いにいっただけだから」
叔父だといって寺井は紹介されたが、かおりを目の前にして、その美貌に驚かされた。色が白く、足の線がとても綺麗で、澄んだ瞳がここの空気を伝えている。
「新潟美人でしょう」
春子が、からかう視線をおくってきた。
「本当に綺麗だね」
寺井は他に言葉が出ず、見とれていたが、かおりは何も感じていないのか、ひとなつっこい笑顔を向けてくる。
「僕が叔父さんだって、信じているのかな」
かおりが犬の散歩に出かけている間に、春子に聞いてみた。
「あのこはね、あのまんまの、まだ娘なのよ」
「ボーイフレンドはいるんだろう」
「いないみたいよ、見たことも聞いたこともないから」
「そうなの」
「家が複雑で、母親は一緒に住んでいなくて、あのこが家事からなんでもやっているのよ」
「仕事には出ていないの?」
「本人は働きたいんだけど、周りの世話が忙しくてね」
「それじゃあ、恋愛する暇もないね」
「これからでしょう、そっちは」
かおりが戻ってきて、二人にコーヒーを入れてくれた。
「かおりさん、コーヒーもだけど、料理はとても美味しかったですよ」
寺井は素直に礼を述べた。
「そうですか、有難うございます」
かおりが恥ずかしそうに微笑んだ。透けるような白い皮膚に赤みが差し、輝いてみえる。
「かおりちゃん、叔父さんは東京の人だから、将来就職を考えているのだったら、頼んであげるわよ」
「ええ・・でも私、行けるかわからないから」
「大丈夫よ、きっと、だから諦めないでね」
「はい、その時はよろしくお願いします」

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再会 48

2008-06-14 06:36:56 | 残雪
「孫が何人かいてね、時々遊びにくるの、家庭が複雑だったらしく、よく分からないけど、はたちになったばかりの女の子がよく来るの、可愛いわよ」
話が進んでいくうちに、寺井はすぐに酔ってきたが、春子は相変わらず平気な顔をしている。
「僕には眩しすぎるよ」
「私が、どこがなの」
「本当に、いい女性になった」
「あなたの、せいでしょう?」
「僕は役に立っていない」
「そういう問題じゃないでしょう、あなたのせいなの」
「酔ってきたの?」
「酔ってなんかないわよ、あなたはどうせ飲めないんだから」
こうしていると、1年以上会わなかったのが嘘のようで、いま月岡にいるのも夢物語ではないかと思えてきた。
飲んでいる春子の声を聞いていると安心して、寺井はまた眠くなってきた。
気がつくと、布団にちゃんと寝かされ、春子は静かに座ってお茶を飲んでいる。
「重かったわ、手伝って貰ってやっとよ」
「全然分からなかったよ、どの位寝てた?」
「1時間位かな、疲れてたのね」
「いや、気持ち良くなって、こんなのひさし振りだから」
「私、お風呂に入ってくる」
「家の方は大丈夫なの」
「孫が来ているわ」
そう言うと 美人の湯 に行ってしまったが、今夜は帰らないつもりなのか、寺井は計りかねていた。以前の彼女にも思え、体型が変り別の女性にも見える。
しばらくして、旅館の浴衣に着替えた春子が、艶やかな肌を桜色に染めて戻ってきた。
「修さん、入らないの?」
「今はいい、酔いが戻りそうで」
「そう・・本当によく来てくれました」
「迷ったのだけれど」
「どうして」
「若いひとの迷惑になりたくなかったから」
「そんなことないでしょう、そんなこと」
春子は一直線に向かってきた。いつもそうだったが、変わらなかった。
寺井は、新しい女性を相手にしている様な、別な高まりを覚えた。
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再会 47

2008-06-11 18:39:42 | 残雪
楽しい想いで目を明けてみると、春子が着物姿で待っている。
「着替えたんだ」
「これ、前に着たときの着物と似ているでしょう、あの女将さんがくれたのよ」
水原駅で、あじさいの様な着物姿で待っていた、あれよりも淡い色彩だが、よく似合っている。
「夏っぽくていいね、着物もいまの方が似合うよ、別人みたいだ」
「そう、少しは大人になった?」
「本当に売れっ子になれるよ」
「そう、やってみようかな・・・冗談よ」
料理はすでに用意されていて、寺井が起きたところでお酒を注文した。
「こんなに目立つんだから、色々な話があるだろう」
「どこかの御曹司との見合いとか、親戚の息子の嫁にどうかとか、10回はきてたわよ」
「そんなに・・一度も会おうとは思わなかったの」
「だって、断れなくなりそうで、皆、知り合いばかりの町だから」
「一緒に住んでいるお婆さんは幾つになってるの」
「丁度80才ね、でもとても元気で、耳もはっきり聞こえているわ」
「じゃあ、まだ面倒をみなくていいんだ」
「こっちがみて貰っているのよ、料理は全部作ってくれるし、あの味は私にはできないわ」
「新しい生活は恵まれているね」
「今回は二泊なんでしょう」
「仕事の都合でそうなんだ、でも、契約社員だからな」
「延ばせるの?」
「得意先に派遣されているので、代わりを頼めば何とかなるよ、あと二日くらい」
「そう、無理しないで」
「大丈夫、いまは気軽な立場だから」
寺井は、仕事はどうでもよかった。前の会社を辞めた事は妻には言わず、多少の退職金も入り、それは寺井自身が管理しているので、職を失っても男一人すぐに困らない、と構えていた。
「一度、私の住んでいる所にも招待するから」
「お婆ちゃんの家に?」
「そうよ、大丈夫よ、私の親戚にしておくから、その方が都合がいいの」
「誰も来ないの?」
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再会 46

2008-06-08 16:18:18 | 残雪
「2年はね、短くても2年はこちらで頑張ろうと、それが一時的にでも戻ったら気持ちが揺らいでしまいそうで」
「そうなったら帰ってくればいいんだよ、僕に相談してくれればいつでも手伝うよ」
「自分で何とかしたかったの、だから月岡のお婆ちゃんと一緒に住んでくれないかと言われた時、落ち着けるかなと思ったものだから」
「五頭温泉にいた頃は、あのままだと芸者になってしまうのかと、ちょっと心配だったよ」
「あそこの女将さんはね、そうしたかったのよ、いまはなり手が減ってきてるって気にしていたから、だから踊りなんかはできなくてもいいから出てくれないか、と毎日の様に頼まれていたわ」
「本物の芸者さんにはなりたくない?」
「宣伝の写真に載ったり、ヘルプでお酌に出たりしたものだから、あの娘を連れて来い、ってよくお声が掛かっていたそうよ」
「じゃあ、ここに来れて良かったんだ」
「そう、それもあったし、私は・・・」
「どうしたの」
春子は病気の事を、まだ寺井には一言も話していない。その後、定期健診で再発の兆候は表れていないが、不安はこれからも続いていく。
「ううん、酔客の相手なんて、私うまくできそうもないから、いまの仕事が向いているの」
よほど喋ってしまおうかと声が出かかったが、堪えてしまった。
「この位が一番旅館らしいね」
「20室もないんだけど、お風呂も落ち着いて入れるから、行ってくれば、きょうは空いているわ」
「仕事は大丈夫なの、夕方は忙しいでしょう」
「きょうは休みを貰ったの、待っていたのよ」
寺井はまだ誰もいない風呂に一人浸かっていると、東京の生活はもう終わり、第二の人生を始めた様な錯覚に捉われた。
部屋に戻ってみると、夕食の支度をしてきます、とメモが置いてあった。
寺井は安心感もあって居眠りをしたが、夢半分の中で懐かしさを嗅いだ気がした。


 
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再会 45

2008-06-06 20:42:33 | 残雪
昔ながらの三階建てなので、勿論エレベーターはない。
春子に伴われ、二階に上がり和室八畳の部屋に通された。
「小さいけど、落ち着いているでしょう」
「いいね、ほっとするものを感じるよ」
「周りの人達も家庭的で、とても働きやすいわ」
「君も随分変ったね」
「私、そう・・どこが?」
「豊かになったよ」
「豊かに、なの」
「ゆとり、というのかな、以前は外見も細くみえて、鋭いところがあったけど、いまは全体に丸みが出て、とてもいいよ」
「毎日温泉に入っているし、ここの空気が合うのね、体重は変らないんだけど、太って見える?」
「いや、女らしく、色っぽくなったよ・・いいひとでもできたのかな」
「さあ、どうでしょう」
そう言ってきらきら光る瞳を向けてきた時、寺井は、ああこれだった、と安堵した。
「五頭温泉は静かな森の佇まいだったけど、ここは賑やかだね」
「あそこと比べたらね、温泉は美人の湯だから、いい女性が大勢いるわよ」
「君みたいなひとはいないよ」
「どうして分かるの」
寺井の正面に立ち、真っ直ぐ見つめられると、感触がよみがえり、あの頃の激しい感情が湧き上がって、思い切り抱きしめたくなった。
しかし春子は遠い顔をして、荷物を置くとお茶を入れている。
「修さん、痩せたわね」
「独身時代に戻ったようだよ」
「何があったの」
「いまは、一人で暮らしているんだ」
「別れたの?」
「別居したんだ」
「そう・・・どこに住んでいるの」
「三鷹の方」
「調布に植物公園があったわね、桜や薔薇が綺麗だったでしょうね、春に行ったことはなかったから、あなたと」
懐かしそうに寄ってきた。
「一度戻ってくればいいのに」
「東京ねえ、思い出すと気持ちがいっぺんに行ってしまいそうで」
「無理に抑えることないじゃないか」
春子がしっとりとしてきた。

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再会 44

2008-06-03 20:50:16 | 残雪
少し遠回りするが、新発田城を見たくなったからだ。
春子と眺めた雪の城は風情があったが、あやめ城ともよばれている様に、初夏に向かう今の姿は美しい。
2004年に復元工事が完成されたそうで、隙間なく積まれている石垣が、よけい見た目のよさを演出している。
寺井は春子に会う楽しさと共に、不安も増していた。きっと、もっと綺麗になっているだろう。あの魅惑的な容姿は月岡温泉でも目立つ筈で、多くの男が目をつけ、気に入った相手が表れているかもしれない。そんな時期に中年の冴えない自分が会いに行っても、彼女は白けるだけだろう。
でも、そうなるのが一番良いと以前から考えていたのだから、会って懐かしく思うだけで本望なのだ、と納得する事にした。
新発田駅に戻り、タクシーで20分もすると月岡温泉に着いた。
大正時代に石油を掘ったところ温泉が出たのが始まりで、硫黄分が多く、お肌つるつるの美人の湯、がうたい文句になっている。おみやげ一番は月岡饅頭との事。
温泉街は平坦な所が多いが、背景には春子が住んでいた五頭連邦が控え、新潟の奥座敷は旅情を誘う。
その中程に、これから泊まりに行く、彼女の働いている旅館が大正時代の趣で建っていた。
木の温もりを感じさせる静かな玄関を入ると、受付の女性が一人で待っていた。
「お待ちしてました、いらっしゃいませ」
春子だった。
「知っていたの?」
「私は予約の受付管理から、何でもやっているの」
「随分地味な格好をしてるね」
白いブラウスに紺のスカートをはいている。
「受付ですから」
目の前の彼女は、以前よりふくよかな落ち着きを見せていた。会った頃は着痩せする方で、肩や腕など少女っぽさがあったが、いまは全体にふっくらしている。少しの間でも年月を感じさせた。
「お荷物、お持ちします」
「受付はいいの?」
「後は頼んだから、いいの」


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