8日目は、イスタンブールの世界遺産の終日観光でした。
モスクが余りに多いので、ガイドブックと照らし合わせて、写真と寺院の名を特定しました。
『ブルーモスク』 ・・・ (クラブツーリズムのガイドブックより引用)
トルコ帝国が栄華を誇った17世紀初めにアフメット1世によって建てられたイスラム寺院。
巨大なドームの周囲に建つ6本のミナレット(尖塔)が印象的。ドーム内部にはイズニックという町で
つくられた青い花柄のタイルがびっしりと飾られ、その美しさゆえに「ブルー・モスク」と呼ばれている。
8日目は、イスタンブールの世界遺産の終日観光でした。
モスクが余りに多いので、ガイドブックと照らし合わせて、写真と寺院の名を特定しました。
『ブルーモスク』 ・・・ (クラブツーリズムのガイドブックより引用)
トルコ帝国が栄華を誇った17世紀初めにアフメット1世によって建てられたイスラム寺院。
巨大なドームの周囲に建つ6本のミナレット(尖塔)が印象的。ドーム内部にはイズニックという町で
つくられた青い花柄のタイルがびっしりと飾られ、その美しさゆえに「ブルー・モスク」と呼ばれている。
トロイ遺跡観光後、ダーダネルス海峡をフェリーでヨーロッパ大陸側に渡り、イスタンブールに向いました。
トロイから近い港町チャナッカレから、対岸のエジェアバトに向け出航。約40分の航海です。
カモメを引き連れて船は進む
操舵室も出入り自由で、操縦桿にも触れさせてくれました。日本船では考えられない融通無碍でフレンドリーな船長。
7日目、いよいよ伝説で有名な「トロイの木馬」の見物です。
トルコの代名詞のような「トロイの木馬」は、1975年に造られたレプリカで、実物をみると“とろい感じ”でした。
ホメロスの叙事詩「イーリアス」に記されているトロイ戦争は、史実として学説ではまだ確立されていないそうです。
でも、これだけ有名になってしまうと、今更真実ではなかったと言われても、夢が醒めてしまいますね!
ギリシャ神話『トロイ戦争』 ・・・ (クラブツーリズムのガイドブックより引用)
昔々、ヘラ・アテネ・アフロディテという3人の美しい女神がいた。ある日「世界で一番美しい女神」を競って争いとなった。
そこで若いトロイの王子に判断を仰ぐことに。3人の女神は王子に賄賂を示す。ヘラは「支配権と富」を、
アテネは「戦いの勝利と知恵」を、アフロディテは「この世で一番美しい女」を与える約束をした。
王子はアフロディテが一番美しいと判定を下す。しかし「この世で一番美しい女」というのはギリシャの都市国家
スパルタの王妃ヘレネであった。王子は王妃を巧みに誘惑して王宮から連れ出した。
これを発端にギリシャ軍とトロイ軍の戦争は始まり、両者譲らず10年もの歳月が流れた。
ギリシャ軍は最後の手段として巨大な木馬をつくり、その中にたくさんの兵士を隠れさせる。
負けたふりをして巧みに木馬をトロイ城内に引き入れさせ、夜寝静まった頃、一気に攻め入り落城した。
こうしてトロイ戦争はギリシャ軍の勝利で終った。
(6時30分撮影) (7時30分撮影)
前夜泊ったアイワルクのホテル前から、日の出を撮る。6時半から三脚を立てて狙ったのですが、バス出発が
迫って来たので、部屋に戻り仕度して外に出たら陽はもう上っていました。チャンスを逃がして地団駄踏みました。
トロイ遺跡入場口を入ると、すぐに巨大なトロイの木馬が現れる。
2階内部 手を振る中国人観光客
トロイは、紀元前3000年頃から9回も造り直されてきた都市です。
(左)木馬が引き込まれたと言われる通路 (右)ローマ時代の野外劇場
ローカル列車体験の後、エフェソス郊外の山頂にある「聖母マリアの家」を訪れました。
近くの港に豪華クルーズ船が入港した時は、参拝者が大挙押し掛けて賑うそうです。
「聖母マリアの最後の場所は謎に包まれていたが、18世紀末にドイツ人修道女アンナ・カテリーナが天啓を受け、
聖職者たちの手によって発見された。家の外には3つの聖なる泉があり、願い事が叶うといわれている。
お土産やさんの隣りに郵便局があり、ここで投函すると聖母マリアの家の消印が押される。」
・・・(クラブツーリズムのガイドブックより引用)・・・
兵隊さんが駐在しているのは、イスラム教信者とのイザコザを警戒してとのことです。
神社の願掛け札のように、願い事を書いた紙が結び付られています。世界共通の習慣なのですね!
6日目は、パムッカレからエーゲ海最大の遺跡が残るエフェソスへ向かいました。
途中、ローカル列車に40分間の体験乗車して、地元の人々の生活を観察(?)しました。
AYDINと云う町から乗車するのですが、発車まで時間があったので街中を散歩しました。
AYDIN駅
ローカル列車にしては、車内は綺麗でした。地元民の向いの席に、物怖じしない家内が早速座りました。
検札の車掌さん 車内売りの大きなドーナツ型のパン、1個約30円です。
2駅目のCAMLIK駅で下車。運賃3.25TL(約200円) 中々格好良い電車でした。
コンヤの「メブラーナ博物館」見学後、カッパドキア・トロイの木馬に並ぶトルコ観光の目玉の一つ“パムッカレ”に移動しました。
パムッカレは「綿の城」の意味で、かって綿の産地であったことに由来する。トルコ有数の温泉地で、
段々に連なる真っ白な石灰棚に溜った温泉水の池が刻々と変化する空の色を映し、美しい奇観を楽しめる。
近くには、ベルガモン王国やローマの時代に繁栄した古代都市ヒエラポリスがある。石灰棚とヒエラポリスは
世界遺産に登録されおり、トルコを代表する観光地のひとつとなっている。・・・(クラブツーリズムのガイドブックより引用)
ヒエラポリス
石灰棚
裸足にならないと入れません。
どこでもお盛んな某国遠征隊
あまり人の行かない奥の石灰棚
観光写真は一休みして、今日の朝刊に出ていたトイレ洗浄の記事(下記)に関連して、トルコのトイレのお話を。
トルコのトイレで、面白い洗浄ボタンを見付けたので、カメラに収めてきました。
日本メーカーの水洗トイレは、先端技術で世界を驚かせましたが、
単純な洗浄ボタンでは、トルコの方が使い易くて優れています。
朝日新聞 12月7日付け朝刊より
トルコでは、洗浄ボタンの“大”用と“小”用が一目で判るようになっています。この他にも色々なデザインのものがあります。
日本のメーカーには無い発想で感心しました。
5日目は、前夜宿泊したコンヤ市内にある「メブラーナ博物館」を見学して、世界遺産“パムッカレ”に向います。
「コンヤは、11~13世紀セルジューク・トルコの首都でした。全盛期には政治・文化・芸術の中心として栄えました。
古都コンヤには今でもその頃の遺跡やモザイク・レリーフなどが残り、美しいイスラム芸術を堪能できます。
イスラム神秘主義教団「メブラーナ教」の発祥の地です。
メブラーナ博物館は、旋舞教団として有名なメブラーナ教の始祖メブラーナが祀られ、現在は博物館として
一般公開されています。セルジューク期の芸術品、メブラーナをはじめとした聖者たちの棺などが展示され、
扉や館内の華麗な装飾も見どころのひとつです。」 ・・・(クラブツーリズムのガイドブックから引用)
メブラーナ博物館
青緑のタイルで飾られた霊廟の塔が目を引きます
補修中
(左)コンヤからパムッカレに向う高速道路で、引っくり返っているトラック。
(右)前々日のアンカラでも、雨の中トラックに追突した乗用車。
大都市では車の渋滞が激しいので、事故がしばしば見られました。
4日目は、いよいよトルコ観光の目玉“カッパドキア”です。この日も、朝から快晴でした。
今回のツアーでは移動中や夜中に雨が降っても、不思議に観光中は晴れていました。強力な晴れ男(私)のお陰です!?
カッパドキアとは首都アンカラを中心とする中央アナトリアの地方名称です。南北50Kmに小さな村や見所が点在しています。
太古の昔、火山の噴火によって堆積した溶岩や火山灰が、長い年月の間に侵食され出来た奇岩群は圧巻。
そして岩の間で密やかにキリスト教の文化が育まれた地でもあります。・・・(クラブツーリズムのガイドブックより引用)
やはり、カッパドキアは最も見応えのある観光地でした。
お見せしたい写真はまだまだ沢山あるのですが、全部載せることは出来ませんので、10枚だけに留めました。
洞窟ホテルの部屋の前から、朝(AM6:23)の風景
朝早くから観光用の気球が飛び立つ(AM8:10)
ギョレメ野外博物館にて
3人姉妹の岩
らくだ岩
きのこ岩
らくだに2人乗って、直径5m位を一回りで、5TL(約300円)です。
3日目の観光は、古代ヒッタイト帝国時代の遺跡が残る「世界遺産ハットゥシャシュ」に行きました。
通常のトルコツアーでは、前日のサフランボルと此処には行きませんので、余り知られていません。
この日の観光客は、我々のグループ以外には見掛ませんでした。
ハットゥシャシュは、紀元前18世紀頃、古代ヒッタイト帝国の首都であったところ。
都は城壁に囲まれ初期に建設された下市と、紀元前14世紀頃に建設された上市とにわかれている。
(クラブツーリズムのガイドブックより引用)
観光後は、今回のツアーのハイライト“奇岩に並ぶカッパドキア”へ。
途中、ガイドのシナンさんの知り合いで洞窟家屋に住む民家を訪問して、住居の内部を見せて貰いました。
この夜は、カッパドキアでも数少ないデラックスクラスの洞窟ホテルに宿泊しました。
ホテルの様子は、別項にて各地のホテルと纏めて紹介します。
ライオン門
キング門
ガイドさんの懇切丁寧な説明も、右から左で何も覚えていません。
洞窟住居の居間
民族衣装を着る希望者を募ったところが、誰も手を挙げないのに、わが家内が出しゃばって着せて貰いました。
孫の“目立ちたりがや:アオくん”は、バーバの血を引いたのかも!
カッパドキアのホテル夜景
2日目は、イスタンブールから空路でトルコの首都アンカラに飛びました。
7:10発の飛行機なので、4時に起床して空港に行きましたが、約2時間遅れで離陸しました。
日本人はこんなに遅れたら、カリカリして係員に詰め寄るところですが、こちらの人は泰然自若としています。
せっかちな性分の私としても、見習らわねばと教えられました。
アンカラから、トルコの小京都と謂われる“サフランボル”にバスで向いました。
「かって香料のサフランの花が群生していたことから名付けられたサフランボルは、黒海から50km内陸
に入った険しい山々の谷間にある。17世紀から19世紀のオスマン帝国時代に隊商都市として繁栄。
木と土壁で造られたトルコ独特の家屋は今も数多く残り、人々が暮らしている。この街並みが1994年、
“サフランボル市街”として世界遺産に登録された。」・・・・(クラブツーリズムのガイドブックより引用)
現地ガイドのシナンさんが描いてくれた今回のルート図 長方形内の都市で泊りました。
シナンさんは、日本語ペラペラで内外の歴史や事情にも詳しい博覧強記の人でした。
シートピッチ100cmのバスは、足を思い切り伸ばしても短足の私には余裕十分でした。
見晴らしの良い丘にある世界遺産記念レリーフと、認定書(レプリカ?)
丘から街の眺望 右の写真の建物は昔の隊商宿
サフランは高くて、2gで500円位していました。
木造家屋の博物館
(左)モスク (右)は共同浴場
3年振りの海外旅行に行って来ました。 行き先は、以前から行きたいと思っていたトルコです。
「【TK直行便】いたれりつくせり“たっぷり”トルコ世界遺産大周遊10日間」と言うK旅行社のツアーに参加しました。
このツアーの謳い文句は、①6つの世界遺産巡り②座席間隔100CMのゆとりバス③全都市DXホテル 等々です。
バス定員30名限定で28名が参加しました。皆さん旅慣れた中高年者で、世界中を旅行して最後に残ったのがトルコと云った感じです。
緯度はイスタンブールが青森と同じ位なので、ちょっと厚着を用意したのですが、あちらも異常気象とのことで意外に暖かくて失敗しました。
見所が沢山あって、写真もデジ一眼で約1300枚、コンデジで約800枚も撮ってしまいました。
これから毎日少しずつアップして行きますので、飽きずにご覧になってください。
成田空港14:25発トルコ航空0051便 “翼と月”(離陸約2時間後の機上から)
機内食 早速トルコの赤ワインを呑みました。意外と美味しい!
約12Hのフライトでイスタンブール到着 空港で両替(1TL≒62円) 成田空港では約76円で23%も高かった。
両替するのは、イスタンブール到着してからが絶対お得です。 (注)TL:トルコリラ
先日、来週から行くトルコ旅行の諸書類が旅行会社から送られて来ました。
その中に、ウォーキングシューズの宣伝パンフレットがありました。
昨日、御茶ノ水に用事があったので、そのついでに神田のミズノ本店に寄って見ました。
意志が弱いものですから、店員から勧められると断り切れずに、予定より高いものを買ってしまいました。
液晶テレビのエコポイントで交換したギフトカードを使ったので、つい気が大きくなってしまいました。
(ギフトカード使用は家内には内緒!)
履き馴らすため歩いて、本日解禁のボジョレヌーヴォーを買いにスーパーに行きましたが、履き心地はグーでした。
(決してミズノの回し者ではありません。念の為)
上手い宣伝文に釣られてしまいました。
圧力分布測定システムによる私の分布図。右足が強く、左足は踵に圧が掛り過ぎています。
スキーで、左回転の場合内傾し過ぎていると指摘されるのは、これが関係しているかも?
ベトナム製は日本製より8千円も安いのですが、履き比べると日本製の方がシッカリしているので、日本製にしました。
インソール(2520円)も勧められて、買わされてしまいました。
昨夜のBShi “グレートサミッツ”は「ヨーロッパアルプス山ろく紀行」でした。
モンブランの麓の街“シャモニー”と、マッターホルンの麓の街“ツエルマット”の紹介でした。
私はシャモニーには2回、ツエルマットには4回行っています。(自慢のようで嫌味に聞こえますが!)
ここでは2000年7月に訪れたシャモニーを、古い記録で恐縮ですが、紹介します。
以下の文は、私のH.P.からの転載です。
7月14日はパリ祭です。フランス領でこの日を迎えられるように、日程を組みました。
しかし、「シャモニーは今日も雨だった。」と云いたくなるほど、雨に祟られて、
パリ祭のメイン・イベントのフリークライミング競技会が中止になってしまいました。
折角、4月にスキーに来た時にロケハンして、モンブランの眺望が良く、宿泊代も安いホテルを予約したのに、
お目当てのモンブランが眺められたのは,帰る朝のトイレで座っていた一瞬の間だけでした。
晴れたのは半日だけで、このチャンスを見逃さずにエギュー・デュ・ミディに登れたのは、ラッキーでした。
シャモニーほど圧倒的な迫力で4,000m級の針峰群と氷河が、間近に迫っている所はありません。
天気には恵まれませんでしたが、私の大好きな街の一つです。
BShiの番組でも紹介された「花の小屋」です。
シャモニーの街を挟んで、エギュー・デュ・ミディとは反対側の山の中腹にあり、絶好のモンブラン展望台です。
朝日に輝く“エギュー・デュ・ミディ” (ホテルの部屋から)
エギュー・デュ・ミディ行きのロープウエイ
エギュー・デュ・ミディ山頂からのモンブラン
バレーブランシュ氷河末端
(登山電車終点のモンタンヴェール駅付近から)