とんでもない事件が起きた。渋谷区幡ヶ谷の歯科医院。兄が妹を殺し、切り刻むと言う、なんともやるせない猟奇事件。
昨日の続きの小説はお預け。NHKの不祥事も気になる。が、同じ渋谷区の放送センターに程近い場所で起きたこの事件。私には放置できない。ということで、急遽小説に書かせていただく。
関心は、二十歳という女子短大生。じつは私の娘と同年の死の意味するものだ。
真相はどうなのか。もちろん闇の中。今となって事情をすべて知るのは、加害者の三浪の予備校生だけ。
被害者は、舞台の役者を目指していた。実際舞台に立ってもいる。女優の卵から雛へと育っている。
それが、私の娘とイメージが重なる。
そう、私の娘も役者志望。劇団に入って、日々練習をしているようだ。発声練習。エチュード。舞踊。パントマイム。そんな毎日を送りながら、夢を持っている。
役者になろうと言う女は、気性も荒い、というか気が強い。
で、想像力と偏見で、こんな小説を書く事に。
舞台は、兄妹の住む家。他の家族は、東北に帰省して留守。父親はまだ東京にいるが、会合があって留守。
居間では、兄がソファーに横になってテレビを見ている。そこへパジャマ姿の妹が入ってくる。
「ねえ、ゆう君、何してんのよ? だらしないかっこうして」
「ああ、何も」
「シャワー浴びて、ちょっと出かけるからね。夜中に打ち合わせがあるから」
妹は、劇団に入ってから、夜中も盛んに出歩く。きわめて行動的。世界も広がり、芸能界や演劇界にも知人が増えている。
一方の兄は、予備校と自宅の間が主な行動空間。知人は少なく、むろん世界も狭い。同年輩の仲間はみんな大学に入り、一人取り残された焦燥感の中で毎日が過ぎていく。
妹は華々しい舞台へ、兄はニートに限りなく近い予備校生。差はどんどん開いていく。
「わかったよ」
「それにしても、ゆう君、来年、大丈夫なの?」
「何が?」
「受験よ」
「ああ、なんとかなるだろう」
「情けないわね、こんな時間にぼーっとして」
「ボーっとしてない。テレビを見てんだよ」
「勉強、してないんでしょう。バッグの中、エッチなDVD入れてたでしょう。あんなもの見てるようじゃね」
「なんだと。見たのか」
「見えるわよ、廊下に置いてんだもの。部屋でひとりでいやらしいことしてんでしょう」
兄は、むっとして、手元にあったテレビのリモコンを、妹に向かって投げつけた。リモコンは、妹の額を直撃した。
「きゃあーッ、痛い、何すんのよ」
妹は額を押さえた。女優にとって、顔は命だ。妹の頭に血が上った。
「人の顔に何すんの」
妹は、寝そべったままの兄を足で蹴飛ばした。
兄も逆上した。
「おまえこそ、何すんだ」
起き上がり、妹の顔にパンチを食らわせた。
「何よ、最低。女に暴力を振るうなんて、男のクズだわ。あんたは夢ももてないゴキブリ男よ。三年も浪人して、何よ。今年だってちっとも勉強してない。おとこのカスよ」
「なんだと、もういっぺん言ってみろ」
「ええ、言ってやるわ。わたしには女優になる大きな夢があるけど、あんたには何もない。虫けらほども夢のない、空っぽの脳みそのカス男」
「よくも、そんなことを」
「早く受験をあきらめて、就職すればいいのよ。これ以上親のすねをかじるなんて、私が男なら恥ずかしくてできないわ。そうよ、うちの劇団には、親の仕送りなんてとっくに止まった貧乏な暮らしの男の子がいっぱいいるけど、みんな夢がいっぱいよ。だから、目が輝いているは。ゆう君のように死んだ魚のような目をしていないわ。夢のない人間なんて、生きている資格がないのよ」
女優らしく、舞台のセリフのようにはっきりと言う。
そうなのだ。夢は歯科医になること。
親の望みであり、子どもの頃からそうなる運命のように思っていた。いや、思い込んでいた。
議員の子どもは議員へ。役者の子どもは役者へ。世の中は世襲が当たり前。
が、それでは夢があるといえるのか。
自分の運命を自分で切り拓けない自分のもどかしさ。
一方の妹は、自由気ままに生きている。
舞台という世界で自分を表現しようとしている。
うらやましい。一方で憎い。その憎しみが膨張していく。膨張はどんどん際限ない。その挙句……。
兄の脳みそは爆発してしまった。
そのあとの行動は、彼の記憶からも消滅している。身体が勝手に動き、気がついた時には妹に馬乗りになった自分の姿があった。そのとき、妹は目と口を半ば見開き、すでに呼吸を止めていた。
それからしばらく時間が経過する。で、途方もない事態になったことに気づく。
明日は、予備校の合宿に出かけなければならない。その前になんとか、目の前のモノを処分せねば。そう、遺体を消すこと。遺体を消せば、行為も消える。
ということで、あとは世間の知れるところになったしだいである。
むろんこれは仮説。フィクション。虚構。
そうなのだ、事件そのものも、虚構なのかも知れない。
少なくとも、関係する親族は願っている。
そして、現実とのあまりにも大きなギャップ。
何が起きたのか、仮に彼の証言があったにせよ、闇の中。
それを人が裁くことになる。闇の中の出来事を、人が裁くのである。
そして、被告も、家族も、悲しみと苦しみの中で、針の筵に座ったまま、命が終わるまで人生を送らなければならないのである。
昨日の続きの小説はお預け。NHKの不祥事も気になる。が、同じ渋谷区の放送センターに程近い場所で起きたこの事件。私には放置できない。ということで、急遽小説に書かせていただく。
関心は、二十歳という女子短大生。じつは私の娘と同年の死の意味するものだ。
真相はどうなのか。もちろん闇の中。今となって事情をすべて知るのは、加害者の三浪の予備校生だけ。
被害者は、舞台の役者を目指していた。実際舞台に立ってもいる。女優の卵から雛へと育っている。
それが、私の娘とイメージが重なる。
そう、私の娘も役者志望。劇団に入って、日々練習をしているようだ。発声練習。エチュード。舞踊。パントマイム。そんな毎日を送りながら、夢を持っている。
役者になろうと言う女は、気性も荒い、というか気が強い。
で、想像力と偏見で、こんな小説を書く事に。
舞台は、兄妹の住む家。他の家族は、東北に帰省して留守。父親はまだ東京にいるが、会合があって留守。
居間では、兄がソファーに横になってテレビを見ている。そこへパジャマ姿の妹が入ってくる。
「ねえ、ゆう君、何してんのよ? だらしないかっこうして」
「ああ、何も」
「シャワー浴びて、ちょっと出かけるからね。夜中に打ち合わせがあるから」
妹は、劇団に入ってから、夜中も盛んに出歩く。きわめて行動的。世界も広がり、芸能界や演劇界にも知人が増えている。
一方の兄は、予備校と自宅の間が主な行動空間。知人は少なく、むろん世界も狭い。同年輩の仲間はみんな大学に入り、一人取り残された焦燥感の中で毎日が過ぎていく。
妹は華々しい舞台へ、兄はニートに限りなく近い予備校生。差はどんどん開いていく。
「わかったよ」
「それにしても、ゆう君、来年、大丈夫なの?」
「何が?」
「受験よ」
「ああ、なんとかなるだろう」
「情けないわね、こんな時間にぼーっとして」
「ボーっとしてない。テレビを見てんだよ」
「勉強、してないんでしょう。バッグの中、エッチなDVD入れてたでしょう。あんなもの見てるようじゃね」
「なんだと。見たのか」
「見えるわよ、廊下に置いてんだもの。部屋でひとりでいやらしいことしてんでしょう」
兄は、むっとして、手元にあったテレビのリモコンを、妹に向かって投げつけた。リモコンは、妹の額を直撃した。
「きゃあーッ、痛い、何すんのよ」
妹は額を押さえた。女優にとって、顔は命だ。妹の頭に血が上った。
「人の顔に何すんの」
妹は、寝そべったままの兄を足で蹴飛ばした。
兄も逆上した。
「おまえこそ、何すんだ」
起き上がり、妹の顔にパンチを食らわせた。
「何よ、最低。女に暴力を振るうなんて、男のクズだわ。あんたは夢ももてないゴキブリ男よ。三年も浪人して、何よ。今年だってちっとも勉強してない。おとこのカスよ」
「なんだと、もういっぺん言ってみろ」
「ええ、言ってやるわ。わたしには女優になる大きな夢があるけど、あんたには何もない。虫けらほども夢のない、空っぽの脳みそのカス男」
「よくも、そんなことを」
「早く受験をあきらめて、就職すればいいのよ。これ以上親のすねをかじるなんて、私が男なら恥ずかしくてできないわ。そうよ、うちの劇団には、親の仕送りなんてとっくに止まった貧乏な暮らしの男の子がいっぱいいるけど、みんな夢がいっぱいよ。だから、目が輝いているは。ゆう君のように死んだ魚のような目をしていないわ。夢のない人間なんて、生きている資格がないのよ」
女優らしく、舞台のセリフのようにはっきりと言う。
そうなのだ。夢は歯科医になること。
親の望みであり、子どもの頃からそうなる運命のように思っていた。いや、思い込んでいた。
議員の子どもは議員へ。役者の子どもは役者へ。世の中は世襲が当たり前。
が、それでは夢があるといえるのか。
自分の運命を自分で切り拓けない自分のもどかしさ。
一方の妹は、自由気ままに生きている。
舞台という世界で自分を表現しようとしている。
うらやましい。一方で憎い。その憎しみが膨張していく。膨張はどんどん際限ない。その挙句……。
兄の脳みそは爆発してしまった。
そのあとの行動は、彼の記憶からも消滅している。身体が勝手に動き、気がついた時には妹に馬乗りになった自分の姿があった。そのとき、妹は目と口を半ば見開き、すでに呼吸を止めていた。
それからしばらく時間が経過する。で、途方もない事態になったことに気づく。
明日は、予備校の合宿に出かけなければならない。その前になんとか、目の前のモノを処分せねば。そう、遺体を消すこと。遺体を消せば、行為も消える。
ということで、あとは世間の知れるところになったしだいである。
むろんこれは仮説。フィクション。虚構。
そうなのだ、事件そのものも、虚構なのかも知れない。
少なくとも、関係する親族は願っている。
そして、現実とのあまりにも大きなギャップ。
何が起きたのか、仮に彼の証言があったにせよ、闇の中。
それを人が裁くことになる。闇の中の出来事を、人が裁くのである。
そして、被告も、家族も、悲しみと苦しみの中で、針の筵に座ったまま、命が終わるまで人生を送らなければならないのである。