吉宗&ぶーくん

フレンチブルドックの吉宗くんとその家来のぶーくんの日記

1周忌

2022年12月09日 | 家族のこと
一年経ったんですね。

去年の深夜2時に病院から連絡があって病院に行ったんですよね。

この一年はおじじに振り回された一年でした。
物忘れ外来だとか区役所への登録だとかバタバタした一年で、今月はおじじの
眼瞼下垂手術で結構たいへんでした!

そして、


おばばのお参りに行ってきました。

8日が命日ですが、8日は行けないので7日に行ってきましたが
すっごいいい天気でした。

めっちゃ青々してますが


紅葉もしてました。

最期の2年は何も食べられなかったから、今は向こうで美味しいものをたべながら吉宗と遊んでいるといいな。
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納骨をしてきました。

2022年01月27日 | 家族のこと
本日、無事に納骨をしてきました。

本当のひと段落です。
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びっくりな訪問者

2020年09月12日 | 家族のこと
誕生日にお祝いのお言葉を頂きありがとうございました。
年をとるのはちょっと痛いけど、声をかけて頂けるのはやっぱりうれしいですね。
とはいえ、何かをしたとかはないんですが・・・(旦那とサイゼでご飯食べたくらいですw)




さて




昨日のことなのですが、
昨日は旦那がお休みでした。
そんな休日に二軒はす向かいの(私道をはさんで向かい合わせに建ってます)
おばちゃんが梨をもってやってきたのだそうだ。
それが


「せめて仏さんの顔だけも見に来ました」


?????
じじも旦那も何が起こっているのか理解できずしばしフリーズしたらしい。




「よかったらお供えしてください」と、梨を渡されさらに


??????




おじじは「仏さんではないですが、どうぞ」
と、寝ているおばばのところに案内したそうなのですが
おばさんは何かを早口で言って帰っていたそうです。


頂いた梨はおいしいのでそれはうれしいですが、
まあまあ失礼な感じだよな~とか思っちゃいました。


一日に二回ヘルパーさんと一回看護師さん、月曜は移動風呂に、火曜日は先生がきてます。
おじじは家の前でよく日曜じゃないけど日曜大工(今はDIYっていうんでしょうか)してるのに、
近所ではおばばが死んだということになってるんでしょうかね・・・


でも、いきなり仏さんの顔を見に来たって・・・
だったら香典とか持ってきてくれればいいのにね?


もしかすると、たんに状況を確認したかったのかしらね?
やっぱり失礼だわ・・・


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あっちこっち痛いw

2019年12月22日 | 家族のこと
北海道から帰って約2週間になろうとしてますが
今頃???って、感じで腰やら足やらが痛い・・・?
帰ってきてバタバタしてるところに成田山に行ったりしたので痛んでる場合じゃなかったのか、単にお年頃で後から痛い系なのかww
膝の裏側の曲がるところがハンパなく痛いんですよね。
正座をする機会が多かったからだろうか???
背中や肩も痛くて、眼精疲労も重なってとにかく眠くなる。
仕事が終わるとバタンキューでウトウトなんですが
丁度、成田山のお薬屋さんで買っていたものが!!

ヤツメウナギの油
実は数年前にも飲んでいたのですが、自分には合ったようでめちゃくちゃ効きました!
改善したので飲むのをやめたのですが(あと、パッケージがキモいw)
せっかくなので成田山の一粒丸を買おうと歴史のありそうなお店に入ったらヤツメウナギがめっちゃ並んでる!
買っておいてよかった~w
今朝から飲み始めました。


ちなみに、成田山といえばこの薬だそうです


旦那とおじじはお腹が弱いのでお土産にしましたw
ちなみに、二宮尊徳も使っていたとか

無理せず(無理ができないお年頃w)疲れたらぼんやりしながら日常に戻ろうと思います・・・
ありがたいことに、
おばばはいつでも退院OKとなってますが、来月の7日まで包括センターさんで見てくれるとのことで、のんびりと正月をすごせそうです。
帰ってきてから3度ほどおばばの所に行きましたが、今はインフルが流行っているとのことで面会はできませんでした。
予防ということなのかわかりませんが、鼻からのチューブでタミフルを入れているとのことでした。

私の方はこれでひと段落ついているのですが!!
姉が!!
実父のことでまだバタバタしていると思うのですが、なんと一昨日の夜に義父が無くなったとのこと。
姉の義父は9月に実父が食道癌と判明してワタワタしていた時に脳梗塞で倒れられたのでした。
前回も今回もほぼ同時期で姉の体が心配ですよね。
甥っ子、姪っ子も帰ったと思ったらまた戻らないといけないという
姉が言ってましたが「まさしく師走だわ」って感じです。
がんばれ!姉~!!

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父がなくなりました9

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月10日

怒涛の1週間でしたが
大先生のおかげで、納骨も済ませることができて本当に良かった。

3時の飛行機だったので、
車を返却することも考え12時には家を出ないといけない

この日も、午前中にご近所さんが弔問に来てくださっていろいろと話を聞かせていただきました。

前の日にスニッカーズを購入して空港へ
パーキングエリアを見つけるとそこで、スニッカーズを食べながら運転w
この風景を目に焼き付けながらゆっくりと車を走らせます。

お昼を食べていないので空港で
あんぱんとメロンパンを食べるw
北海道って書いてあるだけで、うまい気がするww

せっかくなので
500円で利用できるラウンジへ

ゆったりとしたスペース
ホットコーヒー、紅茶、緑茶などが飲み放題でした。

この一週間、眠ることができず
ずっと頭がぼわ~となっていて、なにかを考えるのは難しい
家に帰ってきてやっと眠れた感じです

これから、いろいろと考えることがあるんだろうな~

それでも、ずいぶんと思い出話をすることができてよかったな~とも思います。
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父が亡くなりました8

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月9日

庭に鳥箱があってそこに鳥の餌とひまわりの種を、父が毎朝入れていたとのことでわたしが家にきてからやっておりました。
お坊さんは9時からということで8時20分くらいに鳥に餌をあげて、外から家に入ったとたんヒヤっとしてトイレに行きたくなって速攻トイレへ

ふうぅと一息ついてトイレからでてきたら玄関に二人の人影が!!

「ぎゃあああああ」と、悲鳴をあげてよくよく見ると、住職さんと大先生が玄関に立ってましたw

住職さんはやはり忙しく、大先生がお経をあげてくださるとのこと。
そして、住職さんはこれから檀家廻りをするので大先生を送ってきてくださったとのことでした。

ちなみに、住職さんはわたしの一つ上の先輩にあたり
中学生の時は生徒会長をやっていてイケメンでモテてましたw
高校は京都へ行ったのでそれ以降は知りませんでしたが
大先生が京都大谷を出た後大学は札幌だと言ってました

9時だと聞いていたので布団も上げていなかったので
いそいで布団を押し入れに押し込みました・・・
もちろん姉はまだ到着していないし、母はちょっと熱があったのでベッドで横になりながらお経を唱えるという形になりまして、
いわゆる、大先生と二人でさしとなりましたw

お経本をわたされまして、中をみると棒線がちょんちょんと文字の横にあり、
伸ばし方発音の仕方を表現してるようでしたので、大先生の声を参考に一緒によみあげるのですが、ちょいちょい大先生のアドリブ?がはいり言葉の長さがちがっていてオタオタするっw
お経と途中で姉も合流
私が苦戦しつつお経を読んでいると・・姉が笑っている・・・

いやいやいやいや・・わたしも、結構可笑しくなってきて笑いたいのをこらえているのに、姉さんがニヤニヤするからわたしまでニヤる・・・

なんとか無事に焼香もすませて、大先生の説法も終わり
私がお寺まで送って行きました。

かえってから、姉が笑っていた理由を聞くと

わたしがお経を読みながら大先生のアドリブについていけず
「ちがうっ」「あっ、まちがった」「わかんねー」とか言っていたのだそうな・・
自分では全然気づいて無かったOTZ


10時からは保健師さんがきて、介護認定用の質問をしたあと、町でつかえる福祉などの説明をうけました。

その後は町の謎の風習を母から聞く
香典の中から町の福祉課に寄付をするというのだ!しかも、広報に名前と金額がのるので、安すぎると近所から少ないと陰口をいわれるとのこと

帯広に住んでる姉も川崎の私もそんな風習はきいたことなくて驚きましたが、風習があるならしかたがないですよね・・
二人で福祉課へ行って寄付をしてきました。
どうやら、福祉事業は町の税金だけでは運営は難しく寄付金が無いと難しいらしい

この後は、処分をする遺品が多すぎるため帯広にあるゴミ処理場へ姉の車とわたしの車二台で乗せられるだけ乗せて持って行こうと言うことでしたが、わたしは車に乗るときは甘いものを食べてからじゃないとぼんやりするするので、スーパーへあんぱんを買いに行ったら!!
これーーーーーーーーーー!!

ようかんちぎり!

中はクリームが挟まっていて
上にチョコならぬようかんがかかってますw

あまりのなつかしさに、即購入w

そして、ゴミの話になって
母が急に、鑑識の人が父がつかった浣腸の容器まで写真に撮っていたという話を始め、それを聞いた姉が「それだ!!」と急に声を上げた。

ずっと父の死因の原因がわからなかった。
検死をしたときも、出血性ショックが原因なのはわかったが、どうして出血したのかはわからなかったのだ。

父は二日前までは元気で、自転車でスーパーに行っている姿を弔問してくださった町の方も見ていた。
ただ、この日の夜に自分で浣腸をしたようだった。
父は痔の持病があり、姉曰く痔に浣腸があたって傷をつけることがあり、その場合だとサラサラの血が大量に出血することがあるとのこと。
現に患者さんで大量出血したため病院に来た人がいたそうだ。

父は自分で失敗したことには気づいたのだろうが、そのうち止まるとおもったのかもしれない。だから、とくに騒ぐことなく、ただじっと椅子に座っていたのかもしれない。

母が父が何度もトイレに行く姿をみていたし、父の顔が白っぽくなっている気がしたが、父も入院をしていたので日焼けがとれたくらいにしか思わなかったらしい。

父がめまいをして転んだというのは、その時点でかなりの出血をしていて貧血をおこしていたかのうせいもある。

トイレにたくさんの血が飛び散っていて母が掃除をしたと言っていた。

痔の場合、血が飛び散ることがあるのだそうだ。

貧血で頭も朦朧として、出血にたいしておかしいと感じる感覚もなくなっていたのではないか、だから台所で座り込んだまま出血死をしたのかもしれない。

姉の推測であるが、かなり真実に近いような気がする。

姉曰く、食道癌はかなり苦しい、だからよかったのかもしれない。

ていうか・・・
おっちょこちょいだった父らしい最後だったのかも知れないし、
急死すぎて家族も驚いたけど、一番驚いたのは父かもしれない。

なんとなく、死因に納得のいく理由もついて母と姉と私はすこしだけどほっとした。

姉とふたりで捨てるものを手分けして車にのせてごみ処理場へ出発
家からだと60キロくらいの場所なので、飴とかを準備して出発
姉の車を追いかけていくため、パーキングエリアで休み休みというわけにいかず必死についていくが・・・

ねむい・・・

気を付けないとと、おもっていると一瞬記憶が飛ぶ・・・

気づくとまたもや反対車線に飛び出てました・・
(みなさん、ちゃんと休憩はしようね)

ごみ処理場の中に入ったのが初めてでちょっと迫力でした。

そのあとは遅いお昼をとるために
柳月が経営しているパーラーへ
ペペロンチーノと
三方六のパフェ!!

うま~w

遅くなったら道路が真っ黒になるため姉とはここで別れて帰宅


しかし、
午後4時になるといい感じに暗い・・・
しかも、5時になるとほぼ暗闇でびくびくしながら帰宅しました。

登記については、上司に聞いてみようということでラインをしたら電話をしてくださって、いろいろと教えてもらえました。


毎日がやることが多く
そして、気づくことも多く
初めて知ることも多かった

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父が亡くなりました

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月8日

前の日に見つけた固定資産税をセブンイレブンで支払ってから、ちょっと小腹がすいたので母の分と私の分のおにぎりを買おうと思ったら!!
甘納豆の赤飯!!

そう!そうなのよ!!
甘納豆が入っていたのよ!!

あまりのなつかしさに、
不幸があったのに赤飯を買ってしまいました

しかも、ウマーーーーーーーーーー!!

父の遺品整理をしていると魚釣りの道具がいろいろでてきたので
魚釣り仲間さんに連絡すると、すぐに取りに来てくれました!
使ってもらえるならそれに超したことはないですもんね!!

そして、このあとどうすればいいのかわからないのでお坊さんに連絡!

すると、初七日が9日になるのでそこで一度お経を上げて、
納骨はすんでいるので次は1月3日の始めの月命日にお経をあげる。
その後は8月のお盆でいいですよとのこと。
(母の調子が良くないので、ほんとうにいろいろといい方法を提案してくださってありがたい・・・)

本当に、右も左もわからないので大先生には本当に感謝しかないです

そうこうすると、昼過ぎに姉が”海鮮丼”を買ってきてくれましたが・・・
私は生ものが嫌いっっw
なので、姉のどんぶりに入っている魚卵とわたしの生ものを交換してもらったので
魚卵丼になりましたw

書類と通帳について姉に報告
あと、お坊さんにきいたスケジュールも姉に伝え
初七日にあたる9日は朝の9時にお経をあげてもらうことになったことを報告。

実は、9日は母の介護保険認定のため保健師さんが10時にくるとのことなので

この日は姉も早くに帰宅しました。

ご近所さんも弔問に来ていただいたりとやはり一日はあっという間でした。
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父が亡くなりました6

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月7日

旦那が帰る日で、空港まで送っていかないといけない。
ただ、母を一人にしておくのはよくない気がして、姉に来てもらいました。

空港に行く途中の山道ではキタキツネを発見して、旦那に北海道を満喫してもらえたかと思いますw
この日もとてもいい天気で、日が当たっていると暑いくらいでしたが、外はマイナスですw
のどかな道を進んで、空港に着いてから
せっかくなので一緒にご飯をたべました 

空港のレストランのハンバーグ定食
ウマウマでしたw

4時にはすっかり暗くなってしまうので、急いで帰ります。
(なんせ、街灯もないしガードレールもないので暗くなると真っ暗闇になってしまいます)

空港からの帰り道は、ひたすらまっすぐだし、広大な畑や牧草地帯のため、景色に変化が無い。
さらに、信号もないので、ものすごい睡魔に襲われる!!

大きな声を出してみても、ラジオの音量を上げても眠いモノは眠い!!

気をつけないと・・・って、思っていたのですが

フッっと、一瞬意識が飛んで気付くと反対車線に出てしまってました!

さすがに、背筋が凍るというか一瞬にして頭が覚醒!

しかし、またしばらくすると頭がぼんやりし始めたのでパーキングエリアに
軽く運動をしてから、スタート!
(実は、4日からほとんど眠れなくてずっと寝不足が続いてました)

家に着くと姉が父の遺品の整理をしていたので、私も合流

姉が書類やら本などの紙もの
私が衣類系を整理

売れるもの
寄付できるもの
捨てるモノ
に分けていったのですが

まぁあるわあるわ!
服の量が半端ない
服もシャツも靴下もおろしてないものも大量にありました。
45Lの袋に15袋ほど・・・

通帳などが見つからないと言っていたのですが
タンスの中から出てきたときには

「出ました~」とかつい言ってしまって、姉と二人で爆笑でしたw(父さんごめんw)
しかも、通帳と判子とカードと”暗証番号が書かれた紙”がセットになって袋に入ってましたっw
(泥棒さんに新設設計w)

燃えないゴミ系が5袋燃えるゴミ系が3袋と結構な数・・・

いろいろな書類系も出てきたので、一旦全部まとめて置いておいて私があとで確認することに。

姉も連日遅くなっているので、この日は早めに帰宅
(前の日の夜は、帰宅途中の信号で居眠りをしたらしく、気付くと信号の前に一台だけとりのこされていたとのこと・・・)

姉が帰宅してから出てきた書類をチェック

登記簿も出てきて、そうだ!登記もしないといけないのか!!と、気付く
さらに固定資産税の支払い用紙もでてきて12月25日が支払い期限とのこと!
おおお!みつけておいてよかった!!

いる書類といらない書類を分けてこの日の作業は終了





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父が亡くなりました5

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月6日
ビニール袋にゴム手袋をもって海へ!

はじめは十勝太にしようと思ったら、なんとなく行き方がうろ覚えだったので、カーナビで設定できる昆布刈石海岸へ

しばらくはこんな景色を走っていきます



あああ、そうそう
十勝の海!ちなみに太平洋です

砂をいただいて帰宅。

姉が来ていたので、買い物ついでに三人でご飯を食べることに(母は外出拒否w)
私は親子丼ですが、
旦那はせっかくだからとぶた丼でした。

食事をいただいたお店の前のマンホール


町の鳥が鶴なので、きっとこの子たちは鶴だと思うw

お経をいただいた後、
大先生と墓地へ

大先生はリンの場所もちょっと見えずらいレベルなのですが、
母が体調が悪くて墓への案内ができそうもなかったのですが
大先生が「わたしが道案内しますよ」と言ってくださいましたが
姉、旦那、私がこころのなかで「マジか?」といったことは秘密でw

しかし、大先生!まじで墓地への案内及び、我が家の墓の場所もばっちりとナビしてくださいました!!

墓の中に、朝とってきた砂を入れてならしたところで
大先生が骨を砂の上に置いていきます。(骨壺とかじゃなくて、そのまま入れるのね!)
そこで、姉が
「昆布刈石って、お父さんがよく釣りに行っていたところだよね?」

そこでわたしも「そうだ!良く行っていたよね」とうと、
姉が「よく連れて行ってもらったよね、好きな海の砂でよかったね」
と、二人で感慨深くしていたら
大先生が「おおお、それはなによりの供養ですよ」と旦那以外はしんみりとしてしまいましたw

そういえば、納骨が骨をそのまま墓の中にいれていたのですが、
前日にたしかに骨が土にかえるのは20年くらいだと言っていて、てっきり骨壺に入っていると思っていたので、土に還らないんじゃないかと思ってましたが、確かにあのようなかたちだといつかはちゃんと土にかえっていくんだな~と思いました。

家に帰ると、母がストーブの前で倒れていて、慌てて介抱開始・・・
(薬をちゃんと飲まないのよね~)
薬を飲ませて、しばらく寝ていたらしっかりと顔色もよくなりました。

その日は、町内の方が続々とお焼香に来てくださいまして、
一日がおわりました。

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父が亡くなりました4

2019年12月11日 | 家族のこと
2019年12月5日
朝、目が覚めると母の様子がおかしい
実際、退院してすぐのことだから、体調を崩してもおかしくない状況。

姉が母の体調チェックをしていると、体温が39度オーバー
母をそのままお別れ会に参列させるのは無理があるのと、治療も必要ということで
姉が母を連れて病院へ行くことに

お別れ会は義兄を中心に行うことに。
ただ、簡易的にお別れ会という形をとったので、ここではお坊さんを呼ばずに火葬場へ
義兄の車についていく形で出発

父とのお別れをして、焼却炉へ入っていくのを見送ったあと、
焼けるまでの間、待合室で食事をする

少し山にあるので、雪は解けてません。

お弁当はとても美味しかった

タイミングが悪いというか
私は、焼きあがる前に旦那を空港まで迎えに行かないといけないのでここで一旦離脱。

義兄と姪、甥にお願いすることになりました。
考えてみると、娘二人とも骨を拾ってあげていないですが、
可愛がっていた孫3人に拾ってもらえたからいいのかな・・・

空港まではちょっと山道になるため
ちょいちょい、アイスバーンになってました。

途中、きつねまで出てきたり・・・

空港まで旦那を迎えに行くと、義兄からLINEが
「お骨を葬儀社に持って行ったから受け取って家に戻って」とのこと
旦那の運転で帯広市内に向かいます。

旦那が「この車って、直進制動とか悪くね?事故車じゃねえの?」
私は、ブレることはあまり気にしないんですが・・・
旦那は7日に帰る、わたしは10日に帰る・・・
心の中で
『あんたは、7日に帰るからいいけどわたしは10日まで乗らなきゃいけないのに、今、それ言う?デリカシー0じゃね?』と、悪態ついてました・・・言葉に出すのが嫌でもあった(わたしもそんな気がしたから・・・)

お骨と、祭壇に飾った花や果物を積み込んで自宅へ

自宅に戻ると、母も病院で点滴をしてもらったとのことで、少し顔色もよくなってました。

私たちが到着するまで、
姉がお坊さんにお経をいただこうということで連絡を取っていたのですが、なかなか連絡がつかなかったとのこと。
到着後、もう一度電話したら、住職さんは(息子さん)さすがに師走ということであっちこっち走り回っているそうで、大先生(前住職)が電話にでて20分後に迎えに来てくださいとのこと。
旦那と二人で迎えに行くと、大先生が待っていてくれましたが視力がほとんど無いということでした。

たしかに、足元がおぼつかず心配してましたが、うまく歩いているのがすごいな~と思った次第。
車のなかでいろいろとお話をしていただいた中で、お寺さんと我が家は遠縁にあたるとのことで、本来なら葬式をお寺でやらず、お経だけというのは失礼にあたるようなのですが、遠縁とういことでお経をあげてくださるとのことでした。

大先生は母の状況もわかってくださっているため、通常の作法である
七日、七日、七日・・・を四十九日までやり、春まで月命日にお経をあげて雪が解けたら納骨ということらしいのですが、明日(6日)に納骨を済ませましょう。雪が降る前にやっておいたほうがいいと教えてくれました。
先に納骨をすることで本来の作法の手順を踏まなくてもいいですよとのことでした。

そこで母が、墓の中に砂利を買ってきて入れたいと話をしたら
大先生が「墓の中に砂利などを入れる必要はない」と、言ってましたが、母がかたくなに砂を入れたいといっていて、姉が朝、帯広から買ってくると伝えると
大先生が「売っている石は人工的にくだかれ、モノによってはコーティングしてることもあるので、それを使うことはあまりよくない。もし、入れたいなら海の砂などを入れるほうがいい」と説明してくださったので、私と旦那で朝とってくることにしました。

その夜は、遺骨のある部屋に旦那と私が布団を並べて寝たのですが、私の左隣に旦那、右は押入れでした。
深夜、寝ていると右側に何かが無理やり私と押入れの間に入ってくる(グイグイと押される感じ)感覚があり、こりゃ目を開けちゃいけん気がして、ぎゅっと目をつむっているとしばらくするとスッと感覚がなくなりました。


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