陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(六)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

こうなったら腹をくくってやれ。
景は肩にかけた鞄をやおら掛けなおすと、真正面に向き直った。

「私にお話があるんですね。よろしければ場所を変えていただけませんか」

築山はかすかに微笑んでいた。待ってましたと言わんばかりである。
大人らしい余裕の笑顔といったところか。身長差が三十センチ近くも開いた二人はまるで大人と子どものようだが、ものに動じないふてぶてしさがよけいに、景との落ち着きの差になって表れていた。

「いいわ。私もそのつもりだったの。いらっしゃい、こっちよ」

築山はおもむろに景の手首を握ると、そのまま歩き出した。
導かれるままに、スタッフが出入りする裏口の扉を抜け、雨除けのない通路を伝い、広い中庭を後にして、二人が辿り着いたのは生協の食堂が入った建物のすぐそばにあるテラスだった。

春分の日が近いせいか、午後五時を過ぎてもまだ空にはしらじらとした明るさが残っている。
窮屈でかびくさい本の集積場から、解放された広場に出ると、まるで手足がのびのびと広がっていくようなゆったりした気持ちになる。同じ職場にあって、側を通るたびごとに、陰険な気配を嗅ぎ取らざるを得なかったこの人と、いまこんな場所で、のんびりと流れる春、黄昏どきの雲を目で追っているなんて、なんだかふしぎな心持ちであった。

青空喫茶とでもいうべき、ガーデンテラスにはウッドチェアとテーブルのセットがしつらえてあり、テーブルの中央にはヨットの帆のように鮮やかな翠と白のストライプが入ったパラソルが畳まれている。二人はいま、いちばん奥のテーブルセットに向かい合って腰かけている。恋人のように向かい合ったわけではない。テーブルに四つだけの椅子に、先に築山が腰を下ろし、景がひとつ空けて座ったからだった。景は自分の愛用の鞄を築山からは遠い椅子の上に預けた。ほんとうは間に挟みたかったのだが。

二人のあいだにあるものは、甘いミルクがたっぷりのエスプレッソアイスコーヒー二杯、そして微妙に気まずい重ったるい空気だった。いつもは歯切れのいい築山は、用件をなかなか切り出さない。景はそうこうしているうちに、間が持たなくてさかんに喉を潤していたコーヒーがすでになくなりかけているのに気づいた。

「…ねぇ、あの日、紙芝居の日のことね、久保くんと何をひそひそ話していたの?」
「築山さんには関係ありません」
「あの人に口止めされているのね?」
「申し訳ないですが、それも教えられません」

景はかたくなに口を結んだ。
久保主任に妹であるあの琹さんのことを隠しとおしてくれと直接頼まれたわけではない。だが、久保のあの人払いを望んだ様子からあまり大っぴらに吹聴しないほうがいい秘匿事項に思えたのだ。あの志村早記にだって訊ねられそうになったが、なんとかごまかしてきたのだから。久保主任のためというよりも、むしろ、あの琹さんのためなのだ。彼女は穢れ多いこの世俗との関係を断ち切り、なるべくこころ静かにむべ穏やかに暮らしたいと願っている。その彼女の安穏とした日々を壊すような真似はしたくない。景は自分がかたく重く口を閉ざすことで、あの清らかな琹さんの日々が守られると信じて疑わなかった。そのためなら、周囲の人にどんなに辛く当たられようと、理不尽に冷遇されようと構わない。おそらく、あの琹さんはリリアン女学園時代にそれ以上の苦心をされたに違いないのだから。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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