陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(七)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

「加東さんが話したくないのならいいの。あたし、どうせ知ってるもの。妹さんのことなんでしょう?」

景がさっと顔色を変えたのを楽しむように、築山は流し目を送った。

「私と久保くんが大学の先輩後輩だったってこと忘れていない? それに、あたし、彼女のこと知ってるのよ。久保琹さん、よね。会ってお話したことはないし、久保さんに紹介されたわけでもないけれど、よく知ってるわ。だってね、私の姪っ子が彼女と同期だったんですもの」

景が思わず目を見はった。
自分がかたくなに口を閉ざせば守っておけると信じたものは、まったくの無駄な行いだったのだ。では、この次にすべきことはなんだろう。琹さんの貞節なる生活を脅かされないためにすべきことは、この人にお願いしてそれを言いふらさずにしてもらうことだろうか。しかし、そのためにどんな条件を持ち出されてくるのだか分かったものではない。

「姪御さんて、たしか、リリアン女学園を今年卒業されたとかいう…」
「そう、もとリリアン女学園新聞部のエース、築山三奈子。あのコの情報網にかかれば、神秘のベールに包まれたリリアン女学園の内情なんて筒抜けも同然よ。明治大正から続く神聖なスール制度の裏で、多くの少女たちがどれだけ涙を流してきたか、とかね。東海ドラマ並の愛憎劇だってもりだくさん」

築山は指を組み、怪しげにくすくす笑いを浮かべた。
その笑顔は明らかに他人のゴシップを楽しんでいるような、野次馬根性丸出しの顔つきだった。

「ねぇ、加東さんは知りたくはない? あの久保さんの妹さんに何があったのか。どうしてあんな綺麗な子が修道院になんか行かなくちゃいけないのかしらね。あたし、もったいないと思うわ。この世のなかには醜いものがたくさんあるのに、あんな美しい子が逃げていってしまうなんてもう終わりよ。そんなの、あたしが許さない」

そういえば、この人はあの琹さんが大学に来た日に、なぜか仕事を休んでいた。
いつも仕事をばりばりとこなすキャリアウーマン然とした築山みりんが、あんな大切な催しのある日に有給をとるなんて考えにくい。他のスタッフはすべて出揃っていたというのに。今から思えば、妹の過去を知るこの人物と顔合わせさせたくないために、久保がわざとそう仕向けたのではないだろうか。

「ねぇ、そう思わない? 彼女みたいな人はね、あんな干涸びた老女しかいない修道女になんかいるべきではないのよ。その美貌をつかってもっと多くの人を楽しませるべきだわ。彼女にはその天賦の美しさがあるのに、どうしてあんな喪服みたいな礼服で覆われなくてはいけないの。念仏みたいに無味乾燥なお祈りを唱えて生きていかなくちゃならないの。そう思うでしょう?」

久保伊織と築山みりんの目指すところは、ふしぎなことにうまく一致している。
どちらも十代半ばで世間から背を向けてしまった久保琹の先行きを憂い、なるべく早い社会復帰を願っているのだ。だが、そのニュアンスはかなり異なろう。伊織は兄として純粋に妹を愛するがゆえに、現実に引き戻してやりたいと願っているが、築山はいい年をした女が美少女を好色のまなざしで眺めるような、一種の気持ちわるさがあるのだ。それは自分がやがて老い衰えていく運命を悟り、かつて手にした若さや華やかさへの絶えざる羨望であろうか。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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