陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(二十九)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

見送りにきたレーコが無表情で突っ立っていた。
そういや、こいつ、何かあたしに用事があったんじゃなかったっけ。ドアノブから手を離して、しばらく無言で見つめあっていた。いま、レーコはあたしのどんなこころを読みとっているんだろうか。

重苦しい沈黙が流れたあと、停滞した空気の壁を裂くように、言葉を出したのはレーコのほうだった。まるでヤクザが刀を渡すかのように、ぶっきらぼうに水平にしたままの傘を片手で突き出していた。

「その傘もってて。たぶん、今の貴女に必要だから」

今度のあたしは、さしだされた好意をすなおに受け取った。
けれど、ありがとう、とは言わなかった。ぎこちなく頷いて、開いた傘にそそくさと顔を潜らせた。その柄には「くるすがわひめこ」の文字はない。もちろん、こいつが愛読者からもらった傘をあたしに又貸しするとなったら、一発殴っていたところだ。

展開する時にぱりっと小気味良い音が響くその傘は、よれよれの折り畳み傘とは違い、手元に添えたときの心もとない感じがしない。
親骨が少ないために、露先のあいだをつなぐカバーのラインが美しいカーブを描いている、その白い傘は、まるで頭上に百合の花が咲いたようだった。特注のデザインなのだろう。そう思わせたのは、カバーの内側には、見覚えのある顔がめいっぱいに描かれていたからだ。スポットライトを浴びながら笑顔を輝かせている女が。

そのオンナはあきらかに、あたしの顔だった。
そして、その端っこには、こんな文字が書かれてあった

──『太陽は雨の役目を果たしちゃくれない。雨はいつも悲しむ君の頬をそっと撫でる』

──その言葉をこのあたしが知らないはずがない。忘れるはずがない。自称世紀の歌姫コロナさまがソロデビューして、はじめてオリコンチャート入りを獲得したシングル曲「ミス・レイン・レイン」のサビのフレーズだった。一時期雨の日に聴いてほしい曲としてリクエストナンバーワンにも輝いた誇るべきあたしのベストソング。

「傘はやっぱ使い捨てのじゃだめだ」
「あんたって、水たまりの多い道をわざと人に歩ませるようなタイプでしょ。描いてる漫画に底意地の悪さがみえてるわ。ほんっとヤなやつ」
「ご愛読ありがとうございます。レーコ先生の前回・今回・次回作に乞うご期待ください」
「…ふん。時間があったら、また読んどいてやるわ」

眼鏡の露先を指先で押し上げて覗くと、レーコは薄い笑みを滲ませていた。さらに、レンズの奥で、ちらといわくありげな流し目になる。

「そういや、来年また連載作がアニメ化するかもしれなくてね。主演声優募集中なんだけど」
「そら残念、あたしは歌手が本業だしね」
「アテレコは、縦のざあっとした帯が画面に走った合図で喋ればいいし、ひとりで収録もできる。恥ずかしくて、踏切が下りた絶望の瞬間だけ歌ってた子なら絶対にできる。雨が降ったあいだだけ、あなたは素敵に歌える。どしゃぶりで、カンカンうるさい場こそ、コロナは最高の歌手になれる。どうかな?」
「…ま、考えとくわ。ギャラ次第だけど」
「ついでに、私のコミックスも資料として読ませられる。感想が聞きたい」
「けっきょく、あんたの狙いはソレかいっ」

ぺし、と頭をはたきたくなったけど。漫画家レーコの脳みそは商売道具。かるく頬をむに、とつねるぐらいにしておいた。こんなにお仕置きをしてやっているのに、こいつときたら、あたしのからだに赤痣ひとつつけるようなことをしでかさない。今度逢ったら抱きしめて、そのうちおでこにキスぐらいならしてやってもいい。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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