陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「オフディ・スキャンダル」(三)

2011-01-04 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


後ろ向いて確認しなくても犯人はわかる。
だって、この部屋にはあたしとあいつしかいない。その指は、あたしの繊細な喉を、いつもやさしく、しかし少々うっとおしく、撫でてくれる指先だったから。

「レーコ、なんのつもり?」
「ん。べつに」

あたしのぶっきらぼうな問いかけに、いつもの抑揚のない声がかえってくる。
あたしたちの会話はいつもこれで足りていた。モールス信号みたいに、微妙な頷き具合でこいつの気分がわかってしまうのだからふしぎなものだ。

レーコはあたしの右手がつかんでいたリモコンを指を一本ずつ剥がすようにして奪いとった。
まるでそのてのひらごと持ち去られたみたいで、触れられた手が顔といっしょに火照っていて、あたしはもうひとつの手で感触を忘れないようにこっそり撫でた。

「あんたさぁ、締切ヤバいんじゃないの?」
「編集に電話したら、三日遅れるって」

うそこけ。むりやり三日延ばしたんだろ。つーか、サボるの今決めただろ。

「テレビ観んの、キライじゃなかったっけ?」
「コロナが観てるから、観る」
「…あ、そ」

そう。実際にレーコが放送中のテレビ番組を観ること自体すごく珍しかった。
この世の中には見たくないものが多すぎる、が口ぐせのこいつがワイドショーにかじりつくなんてめったにない。アニメか映画のDVDか録画だめしたドキュメンタリー番組ぐらいしか、テレビは必要ないらしい。こいつがテレビを観ない理由はもちろん、番組にお呼びのかからないあたしがつくってるようなもんだったけど。

あたしの左肩に顔を乗せて、レーコはあたしと同じものに視線を送った。

「女優の雨音(あまね)しずく。結婚して引退してたけど、またドラマに挑戦するんだってね」
「そ。元アイドルだけどさ、演技力は買われたんだわ。だから、再スタート」

雨音しずくは、この夏からはじまる昼の連ドラに出演する予定だ。
夫の遺した巨額の借金を背負って老舗の旅館を切り盛りする若女将の役どころらしいが、なんてハマり役なんだろ。このスキャンダルだって実はドラマのタイアップ企画じゃないかと思えてしまうぐらい。

「ふぅん…」

風船のしぼむような頼りない頷き声。眼鏡を光らせたレーコは、しばし考えふけっていた。
眼鏡の中央を指でおしあげる。考えごとするときの癖だ。そんなときはレンズのせいか、大きく映る瞳に生き生きとした光りが宿っていて、そんな表情のレーコがけっこう好きだったりする。

ふふっ、と篭ったような含み笑いが、ふだんめったに不用意には開かない固い蕾みの唇からこぼれた。
また、はじまった。こいつが笑うときは、口もとに切り込みがあって下唇がずれた木偶人形みたいに、薄気味悪く笑う。
ヤバい。マジヤバい。たいがいこんな笑いかたのときはネタが浮かんだ時だ。しかも、けっこうタチの悪い笑み方だ。ロボットみたいに喜怒哀楽の表情にそれぞれ隔てがないから、ちょっとした声のトーンとか視線とかで、こいつの考えそうなことがつぶさに読めるようになってきた。

だから、たまに編集者から電話がかかってきたときも、レーコの表情を読めばどう対応したらいいかわかる。
編集者もあたしを気難しい漫画家センセイの翻訳者だと思って頼りにしてるのか、たまに仕事場からとんずらしたレーコの行方をたずねて、あたしのケータイに連絡が来ることがある。正直、いいメーワクなんだけど。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」






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