陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

氷上の美姫、華麗なる舞台

2010-11-10 | フィギュアスケート・スポーツ
若手が育つことは嬉しい。だが、何年も前からその名を轟かせ、数度も世界の表彰台に立ち、そして怪我での不振に喘ぎながらもみごとに復活を遂げた選手の、活躍はまぶしい。

安藤美姫選手は、ほんらい、その胸に燦然と輝くオリンピックの金メダルが似合う選手だった。
ジュニアグランプリファイナルで華々しい優勝を飾った14歳にして当女子では誰にも成し遂げえなかった四回転ジャンプに成功。日本女子の技術力を格段に押し上げた。だが、金メダルに輝いた荒川静香選手ともに出場した2006年トリノ五輪では残念な結果に。その翌年の世界選手権では優勝するも、以後、故障に悩まされた。一時は銀盤を去る決意まで固めていたという。

だが、その彼女が2010年のバンクーバー五輪出場にめざして奇跡の復活を遂げたのが、昨年のロステレコム杯、NHK杯での立て続けの連勝。GPファイナルでは日本女子で最初に五輪への切符を入手。バンクーバーでは惜しくも五位入賞とメダルにはあと一歩及ばなかったものの、SPのモーツァルトの「レクイエム」(氷上の舞踏会、アジアの女王対決(後))では荘厳なステージを演じ、フリーでは妖艶なクレオパトラ(氷上の踊り子、バンクーバーで大躍進)を熱演しきった。

安藤選手は、開催前にこう語っている。「自分に挑戦しつづけたい。もう一皮むけた演技をみせたい」
シーズンオフにはバラエティ番組に顔見せしたものの、マスコミの加熱ぶりから逃れるかのように、練習の本拠地をラトビアに移し、堪能な英語を操り、ロシア語も解して国際人としての素養を高めた。モロゾフコーチとのコミュニケーションも良好で、自分の意見を振り付けに反映させることが彼女のステップアップにつながっているようだ。

安藤選手はつねに高いところに目標を置く選手だった。トリノ五輪でのあくまで四回転にこだわった滑りも、悪い結果に出てしまった。そして、今回も彼女は誰も果たしえない挑戦の場にしたのだ。持ち前のストイックさが災いしたのではないか、と思われたのがSPだった。

曲は「ブロークンソロー」ほか。
脇に透かしがある黒い衣装と白い靴という、シンプルな色あいだが目立ついでたちで登場。右肩に熊の爪のような飾りがあり、ひょっっとしたら昨年痛めた肩のテーピングを隠すためだったかと危ぶむ。黒い手袋をしていたが、のちに分かったところによれば、この日、右手に痺れを感じていたという。だが怪我をおしてまで無理を通そうとするのが安藤選手の意地だった。

最初の三回転・三回転の連続ジャンプを鮮やかに決めたときから拍手が沸き起こった。
後半の曲調がどことなく昨年のクレオパトラと似ていなくもないが、気迫のこもった表情で演ずる舞台には魅了された。細かいステップ、激しい動き、小粋に腰に手を当てるポーズ。アクションスターのように、片足を蹴りあげての威嚇。ポニーテールにした髪の揺れによって、スピンの回転の切れの良さをより感じさせてくれる。会心のできばえだと思われたのに、評価は56.11点で三位。最初の連続ジャンプで回転不足をとられてしまったのが尾を引いたものらしい。苦悩を深めるような表情も、いささか悪くアピール材料となってしまったのではないかとも思われる。

だが、この三位に終わったという結果が翌日には奏功することになる。
強気の勝負に出た安藤選手のもくろみが成功し、残り二人の表彰台圏内だった日本人に動揺を与えてしまうのだから。

フリーでも黒い衣装で登場。曲はエドヴァルド・グリーグの「ピアノ協奏曲 イ短調」
まるでぼろぼろになりながら地獄の底を歩み、そこから果敢に這い上がってきた彼女の人生を色づけたかのような漆黒だった。みずからをダーククイーンと位置づけているのか。だが、氷上を滑る靴は、まっさらな白さが目に眩しい。
最初の連続ジャンプで驚くべき高さをみせて、度肝を抜く。湧き上がった拍手を背中に受けながら、女王は演技に弾みをつけた。情感をこめたつなぎの諸要素で引き込んでおいてから、圧巻だったのはその後半だった。後半はじめの連続ジャンプ成功。お次のトリプルルッツには高さがあった。お得意のサルコウも盤石。四本目トリプルループも危なげなし。そして極めつけはラストの三連続ジャンプ。すべて成功させた。加点率が一割増になるという後半、しかも演技時間が四分半と長い後半で、五回連続のジャンプを決めたのだ。一歩間違えば、演技時間のオーバーという危険も孕んでいる、命がけの勝負だった。
だが、安藤選手はみごとにやりおおせた。これは女子では史上初の快挙だ。ただ優勝するだけでは終わらせない。勝つなら、徹底したこだわりの演技で圧倒させてみせる。そんな安藤美姫選手の心意気が溢れたステージだった。

すばらしいのは、そのジャンプだけではない。後ろ手に組んだまま回転し、その回転がしだいに斜めに傾いていくという絶妙に美しいスピンも魅せた。全く乱れのない完璧な動き。驚くべきは二つめのジャンプ、ダブルアクセル・トリプルトゥーループを狙っていた場面で、最初のジャンプの回転数の足りなさを嗅ぎ取ってすぐさま後を二回転に抑えたことだ。このバランス感覚もベテランならではの所業といえるだろう。

この完璧な演技で高得点が引き出せないわけがない。
フリーでの116.10点を足して総合172.21点で首位に躍り出た。このスコアは、後続の鈴木選手にも長洲選手にも及ばなかった数字だった。この点数だけを単純に比較すれば、188点越えをしたにもかかわらずメダル獲得できずじまいだったバンクーバー五輪よりも低い。けれど、なにより誰もなし得ないことに挑みそれに成功したという彼女の心意気こそは、なお高く評価されていい。

次に安藤美姫選手の華麗な舞がみられるのは、鈴木選手とおなじロシア杯。
今季のGPファイナルはもちろんのこと、四年後のソチ五輪出場もみえてきた22歳の女王の挑戦はまだまだ終わらない。中国杯の表彰台を独占したのはいずれもオリンピック経験のある二十代ばかり。シニアデヴューしたばかりの十代に負けていられない。そんなオーラが感じられる試合だった。


【参照】
テレビ朝日フィギュアスケートGPシリーズ世界一決定戦2010公式サイト

【フィギュアスケートGPシリーズスケジュール】
【過去のフィギュアスケート記事一覧】

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