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神に生かされた人生!

日々の生活の中に出来事や、アフリエリトを紹介します。

どうして日本は強大な軍事力を持つ中国を恐れない? その理由を「プーチン大帝」が教えてくれた 「日本は眠れる超大国だ」【海上自衛隊】

2016-12-19 06:36:15 | キリスト教

どうして日本は強大な軍事力を持つ中国を恐れない? その理由を「プーチン大帝」が教えてくれた 「日本は眠れる超大国だ」【海上自衛隊】


安倍首相のDNA

2016-12-18 06:27:46 | キリスト教

安倍首相の父型の祖父は岸元総理大臣、戦前満州国をつくったと言って居る人で第一級戦犯で、刑務所に3年は入っていた。他の第1級戦犯になった東条英機元首相は死刑となった。そして、戦後内閣総理大臣となる。き

母方の祖父は安倍勘、東大法学部卒業ご衆議院議員になる平和主義者

岸信介は第二次世界大戦で、東条英機とともに満州国をつくったが、終戦間際、東条をうらぎって、日本が負けることがわかって、方針をかえ、生きの残ること為の策を講じる。

山口にもどった、岸信介は、少しの期間ではあったが、安倍勘との交流をもつ。

そして、安倍晋三のお父さんとお母さんの結婚のきっかけを作る。

ちなみに、叔父さんは佐藤栄作元首相

ノーベル平和賞をとっている。

今回のプーチンとの平和条約をむすぶ、会談では、北方領土もそうだが、もし、アメリカが日本から軍隊をひいたら、日本は多分,中国にねらわれる。

その為、中国をけん制するため、ロシアとの防衛協力をする。

アメリカは日本に対して、もし、防衛のためにアメリカ軍を要請するなら、お金をはらいなさいといっている。

もし、お金をはらえなければ、いままでのように、日本を守ってもらえなくなる。

少し前までは、ソ連と中国が同じ仲間で、共産圏だった。

今は、ソ連が崩壊して、民主主義になったロシアなのだが、たぶんそれを見抜いたうえでの、今回のプーチン来日だったのかな。

 

 

 

 

 

 


プーチン大統領をおもてなしする長門市

2016-12-18 05:21:04 | キリスト教

「来日プーチン」を籠絡する長門市の潜在能力

プーチン大統領
(c)www.kremlin.ru/Wikimedia Commons

 12月15日に来日するロシアのプーチン大統領。首脳会談の場となる山口県長門市はすでに大騒ぎだ。人口わずか3万余の小さな海辺の田舎町はたった1日のイベントのために、あらたにロシア語の看板やらパンフレットを製作。さらには焼き鳥が土地の名産ということで「ロシア風やきとり」なるメニューを作ったり、地鶏を炒めて「ピロシキ」に仕立てたり、さらには地元和牛で「ビーフストロガノフ」だって。もう何をやりたいんだかわからないけど、とにかく「お、も、て、な、し」にいろいろと知恵を絞っている。

長門市観光コンベンション協会HPより

 けど、もちろんのことプーチンは焼き鳥を食って、温泉につかるために来るのではない。長門市は重要な首脳会談、外交交渉の場なのである。それなのに、ここにきて「成果なし」の空気が、日本の政界、官界に漂い始めている。詳しくは前回記事「プーチンがロシア最大の石油会社〈ロスネフチ〉の株を日本に渡さなかったワケ」にその理由の一端が書いてあるのでお読みいただくとして、もし「成果なし」なら、どうしたらいいのだろう

 そこはもう、プーチン大統領閣下には存分に日本を堪能していただいて、気分よくお帰りいただくしかないけど、焼き鳥や和牛ビーフストロガノフで満足させられるかどうかはあやしい。となるとプーチンの嗜好を勝手に忖度してみる必要があるだろう。

 KGBの職員として東ドイツのドレスデンに赴任していたプーチンだが、90年にソ連に戻るとすぐに故郷レニングラード(今のサンクトペテルブルク)の中心部から車で1時間半ほどのところ、フィンランドとの国境に近い「カレリア地峡」に別荘を構えた。数年後、ここは火事で焼け落ちてしまうのだが、同じ場所に同じ家を建てたくらいだから、よっぽどのお気に入りだったのだろう。最新刊『プーチンの世界――「皇帝」になった工作員』にはこんな一節がある。

《(プーチンの)友人7人も近くに別荘を建設した。96年晩秋、彼らは別荘組合〈オーゼロ〉(湖の意)を正式に登記し、周囲にフェンスを張り巡らして一帯をゲーテッド・コミュニティに変えた。伝えられるところでは、彼らは車に相乗りしてサンクトペテルブルクから別荘まで移動するほど仲が良かったという。》

 

『プーチンの世界』フィオナ・ヒル[著]/クリフォード・G・ガディ[著]/濱野 大道[訳]/千葉 敏生[訳]

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 となると、この「カレリア地峡」を詳しく知る必要があるようだが、結論から言えば、自然豊かな保養地である。湖があり川があり、みんなここで釣りやハイキングを楽しむというから、これを長門市に当て嵌めてみよう。

 川――会談場所となる山口屈指の名門旅館「大谷山荘」の裏には清冽な音信川(おとずれがわ)が流れる。なんでも叶わぬ恋に身を焦がした遊女がその思いを手紙にしたため、そっと川に流したことから、この名がついたらしい。「せめて2島だけでも……」と安倍首相がしたためるかどうかは分からない。

 魚――プーチンは釣り好きらしいが、ここの釣りはともかく、魚はめっぽう旨い。地元仙崎漁港は「仙崎トロあじ」「仙崎だるま鯛」「仙崎ぶといか」と、日本海の荒波で育った身の引き締まったブランド魚(いか)を生み出す名漁港だ。

 で、他には……長門市民に聞いてみたところ、

「瓦そばは旨いよ。瓦の上に茶そばを乗っけて焼くんよ。海苔、錦糸卵、もみじおろしを乗っけてな。あとはなァ……」で、言葉が詰まる。「あ、そうじゃ、来年、星野リゾートが着工するんで」――といってもで先の話じゃねェ。あとは?

「うーん、俵山温泉の“猿まんじゅう”に、種無しで使いやすい柚子“ゆずきち”かァ」――だそうで。ちなみにプーチンはカレリア地峡の別荘ではこんな風に過ごしていたという。彼がまだ中央政界に登場する前のことだ。

《彼らは1990年代のモスクワの政治家たちが犯す数々の過ちを遠巻きに眺めていた。しかし誰一人として、それを変える力を持ち合わせてはいなかった。その夏、〈オーゼロ〉のテラスやサウナでウォッカを飲みながら、彼らがこんな会話を交わしたことは想像に難くない。「オレたちのような人間が舵取りをすれば、この国はどれだけ良くなることか。あいつらは国民を破滅や崩壊の淵に追いやっていることに気づいていないのか?」(同書より)》

 プーチンにこれだけ胸襟を開かせれば、それだけで成功といえるだろう。きれいな川、旨い魚、猿まんじゅう、瓦そば……。一度は訪ねてみたい、山口県長門市。ちなみに言うと、当日は警備上の都合で市内公衆浴場が閉鎖となるのでご注意を……。


日本とロシア

2016-12-18 03:19:17 | キリスト教

先日プーチン大統領が日本を訪問した。

訪問する前にシリアで、サダト大統領を応援していた、プーチン大統領の政府軍がアレッポをISからとりもどしたとの報道が入った。

その為、プーチン大統領は、1時間半おくれて、会談にのぞんだ。

難民問題、シリア問題、イギリスのEU離脱問題など、世界情勢はゆらゆらゆれながら、先行きがみえないなか、動いている。

日本は以前、帝國ロシアの軍隊に勝っている。

バルチック艦隊をやっつけた。

そんな経緯があって、第二次世界大戦の時、ロシアが不可侵条約をやぶって、終戦のどさくさに、参戦して、北方領土をとってしまう。

当時の大統領はレーニンだったが、これは、以前、日本がロシアを負かしたおかえしのようだ。

その後、ロシアはフルッショフが大統領になる。

プーチン大統領は子供の頃から青年期にかけて、共産党員として教育をうけている。

米ソ対決があったころは共産党員としてアメリカとの冷戦でスパイ活動もしていたらしい。

安倍首相はノーベル平和章を頂いた、佐藤首相のおいにあたる。

おぼっちゃまとして育った。

アメリカ留学をしている。私の従妹が鎌倉にいるが、お兄さんがアメリカ留学して、英語の学校に行った時、下級生に安倍晋三さんがいたとはなしていた。

安倍首相の故郷は山口県で、明治時代は長洲藩で、吉田松陰が将来日本をになう、多くの人材を育てた。

その中には伊藤博文もいた。

長洲藩は、南北朝に別れた時の南の天皇を大切に保護していたらしい。

明治維新の時、北朝の天皇だった、明治天皇を南朝の天皇にすりかえてしまった。

明治天皇の明治維新以前の顔と以後の顔がちがうのがはっきりわかる。

私も赤ちゃんの時、山口に祖父母がいて、兄と会いにいっている写真がある。

最初にあった、祖父母の印象はたぶん、脳細胞のどこかに保存されていると思う。

シベリヤで重労働をしいられた、多くの日本人は僅かな食料で、寒さの中、日本に帰

る日を夢見て、働いた。

その中には戦後有名になった人が多くいる。

作曲家の吉田正さん、歌手の三波春夫さん、私がホームヘルパ―をしていた時

シベリア送りになった人をお世話したことがあった。

その人は、床屋さんで、ロシア人の兵隊さんの頭をかってあげたそうだ。

御褒美にタバコとかもらったといっていた。

戦後、日本にかえって、理髪業界のコンクールなどを審査する人になった。

フッション業界で、ちょうちょのデザインで有名なひとと同じマンションに暮らして、お友達だったそうだ。

私の祖父の従妹の家族は満州で満州鉄道の重役をしていて、ご主人が病気になって、

日本が戦争で負ける前に、日本にもどったようで、ひさんな目な目にはあわなかっ

た。しかし、多くの民間の日本人は、日本にかえるまで、大変多くの犠牲者を出し

た。赤ちゃんが泣くと、中国人にみつかるので、ころしてしまったり、両親をなくし

た子供は食料にありつけなくて、日本に帰るため、船をまっている収容所で、死んで

しまった。

お母さんたちは子供が不憫で,中国人にあずけて、日本に帰った。それが、中国残留

孤児だ。

お父さんは、みんなシベリヤに連れていかれて、残ったのは、女、子供と老人だけに

なった。

シベリアで、強制労働で、おおきな公会堂を作ったようだが、その建物は大きな地震

がきても倒れなかったそうだ。いまでも、70年前の建物だが、現役らしい。

どんな酷い環境でも、日本人の兵隊さんは、世界一の建物をつくろうとがんばったそ

うだ。

そういう多くの日本人の犠牲の上に私達戦後の繁栄があったのは本当だと思う。

シベリヤからやっと、日本に帰った多くの兵隊さんは、共産党の教育をうけているため、就職ができなくて、困ったといっていた。

国として、シベリヤからもどったことを誰にも話してはだめといわれたらしい。

なので、シベリヤから命からがらに日本にもどった、多くの方々は、補償ももらえず、大変な苦労をした。

年金として、もらえるようになったのは、10年まえくらいからだと思う。

もう、80歳くらいになってしまった人がいて、もらえずに、なくなった人も大勢い

ると思う。

まだ、シベリヤの地には、無縁仏の方々が大勢いるようだ。

プーチン大統領がきて、これから平和条約を結ぶ方向に行く約束をした。

今のロシアは貧富の差が激しく、仕事がなくて、アルコール中毒の人がおおいようだ。

安倍首相とプーチン大統領の関わりが、少しでも先行きの見えない世界の状況に小さ

い光となってほしいと考える。

安倍首相のいっていた,未来志向でウイウイ関係をたもてっていってほしいもので

す。

人は多くの計画がある。

しかし、主の御心だけがかたくたつ。(聖書)