肺がん余命宣告されてからの日々

母が肺がんになり余命を宣告された日からぼちぼちと記して行きたいと思います。

今日の出来事②

2012-01-27 21:50:45 | ホスピス

今日の母は朝、熱が37.5度ありました。血圧は126位と68位で酸素も94で健康な数字です。
でも汗をてもかくのでお風呂にさっと入れて貰ったそうです。
その方がぐっすり眠れるかもとの配慮もありました。
残念ながら寝る事は出来ませんでしたが夕方には36.4度に下がっていました。

一昨日は兄が休みだったので母に会いに行ったようです。
兄は介護の仕事をしています。
母の周りにある機械を見たり叔母も一緒にいたそうですが泣いてばかりいる姿を見て後で父に
臨終じゃないんだから泣いてる姿を見せるのは良く無いと言っていたそうです。
そして顔に産毛が沢山あるから剃ってあげてとも言っていた様で以前の兄からは想像出来ない言葉です。
たまたま次の日に私が剃刀を持って行ったので綺麗に出来ましたが兄もそんな事まで意識が行くのだと父と
二人で感心していました。
兄はぶっきらぼうで話し下手で無口な人です。
話しても怒った様な、頼んでもまず一言文句を言ってから始めます。
仕事場では違うのでしょうがでも母の事を心配しているのだなと感じます。
父のご飯を毎日欠かさず時間を掛けて何品も作り仕事に行きます。
夜勤もあります。大変だと思います。
私はいったい何が出来ているのでしょか。
今の私は役に立っていません。たまに時間が会う時に車に父や叔母を載せているだけです。
自分の家に帰れば家族と過ごします。
楽しい会話もします。
でも母と父はずっと戦って苦しんでいます。
その時に私は友達と会ったりも食事に行ったりもしています。
やましい。私ってどこまで本当に母の事を考えているんだろうと思います。
大好きなのに自分の事も優先している事になんて薄情なんだろうと嫌にもなります。

私は母が居なくなった時にどうしているのでしょう。
以外に普通に過ごせているのかもしれません。
哀しんでいる自分に酔っているのかもしれません。
私の母に対する愛情は本当はどれくらいの物なのでしょうか。
でも大好きです。とても大事です。それに偽りはありません。
でも私の気持ちと行動にはギャップがあります。
嫌な自分に向き合うのはきついですね。
とても愛情深かった母の子供とは思えないと感じて気持ち悪くなります。

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4 コメント

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わかります。 (こあさ)
2012-01-27 22:45:05
yonさん
こんばんは。ずっと応援していました。
私の母の時を思い出しました。
もう20数年前です。
私も看取ったのですが、怖さなのか笑っているときもありました。現実が直視できないのか、したくないのか、今思い出しても興奮状態でした。
それから20数年時が解決するとかいうけど悲しみは薄れません。わすれません。
でもそれでいいと思っています。
それが母だからです。
そして笑って食べて寝て家族と楽しく生きていますよ。

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存在 (由美)
2012-01-28 10:04:20
yonさん、ご家族の皆さんにとって大切な人ですよ。ご両親、お兄様、旦那さん、子供さん、ご親族の皆さん、そして友人達。
yonさんと出会えた全ての人には、意味のある存在です。

そして私自身もこうしてyonさんと出会えてどれだけ救われているか分かりません。

感情の波は、時として暗く深い哀しみや、無力な気持ちを増幅させるものです。
裏腹に活力や前向きな気持ちにもなります。

今も頑張り続けてるお母様、ご家族の皆さんの力を借りて支えてあげて下さい。
私も同じです。

母には、まだ今までの感謝を言えていません。
産んでくれて育ててくれたお礼も言えてません。
いつか言わないといけない日が来る事から逃げているのかもしれませんね。
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ありがとうございます。 (こあさ様)
2012-01-29 20:12:30
ずっと応援して頂いて本当に母も喜んでいると思います。
やはり悲しさからは薄れないのですね。
でも家族が居てくれる事で救われるのでしょうね。
ただもう少し先の話であって欲しかったです。
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由美様 (yon)
2012-01-29 20:31:36
温かい言葉をありがとうございます。
自分の感情の起伏についていけず家族にあったたり泣いたり振り回してばかりです。
私が家族に支えられているんだなと感じます。
治療も無い母に対して見守る事しか出来ずにいるだけです。
多分、父が一番辛いと思います。
これから先の事は考えたくないです。
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