肺がん余命宣告されてからの日々

母が肺がんになり余命を宣告された日からぼちぼちと記して行きたいと思います。

少し早い父の誕生日

2012-04-26 13:46:24 | 日記

28日は父の誕生日です。
叔母を連れて少し早い誕生日を祝いました。
行こうと思ったレストランが予約がいっぱいで取れず早くなったのです。
車で20分位の場所にあり良く母と一緒にドライブに行っていました。
その場所にあるレストランで今回の場所は初めてです。

父は母が来た事が無いと知るとあれだけウロウロとしていたのにここには来ていなかったんだと
つぶやくように言っていました。
ママも連れて来てあげたかったなぁと写真を撮っていました。
海が窓から見えてゆったりした気分になりながら三人で食事をしました。
あぁ、母が好きな感じの料理だなと思いながら、美味しいねと喜んだ顔をするだろうと思いながら
食べました。

前菜、スープ、メイン、デザートのコースでした。
美味しい料理でしたがやはり一人足りないのは淋しいです。
母が居たら沢山の笑いがあった事でしょう。

雨で行ったのは初めてでした。
いつも近所なのでその日その日の気分で天気が良ければドライブをしていました。
魚を買いに行ったり野菜を買いに行ったりしてレストランに入ったりおにぎりを持って行ったり。
本当に良く行った場所でした。
沢山の思いでがある事を思い出した一日でもありました。

分骨と納骨

2012-04-14 15:02:42 | 日記
4月6日に母の納骨が終わりました。
その前に実家に叔母と行き分骨をしました。
父は母が可愛いと喜びそうな赤い模様に蓋付きの入れ物に、叔母と私はペンダントにしました。
私達のは小さいのでお粉になった部分しか入れられませんでしたが父のは歯の部分、喉の部分など
場所を選べて大事そうに壺に入れていました。

火葬場で骨を拾う時に骨ごとに場所を教えてくれました。
皆で記憶を呼び起こしながら拾いました。
不思議と怖くもないし悲しくもないしただ愛しくだけ感じました。
大事に大事にしなくちゃとそっと触り最後に私が使っていたストーンを入れて蓋を閉じました。
写真のブレスはもう一本の物と母の名前のアルファベットを掘ったペンダントです。
叔母とお揃いです。

納骨は何ともあっけなく感じました。
赤いお花を父は用意していて墓前に飾りました。
父と母、叔母は同じお墓です。
沢山の方達と入ります。
兄も結婚していないし私の事も考えて将来の墓守が大変だと思っての事だと思います。
お墓を磨いて掃除したかったなとも思いますが沢山の人と一緒で淋しくないよと父が言いました。
今頃母は自分のお父さんとお母さんと楽しい話しをしていると思います

今年の桜をホスピスで一緒に見ようと話していたのがずっと昔の様に感じます。
今日の雨でもう桜は散ってしまったでしょう。
お正月を目指し、次は誕生日、そしてお花見と話していました。
去年の今頃は担当医が変わったばかりでした。
網膜剥離、膀胱炎、いちご舌など他にも体の不調、精神的にいっぱいいっぱいの母でした。
桜を見て楽しむなんて出来なかったと思います。
今年は父を誘って近所の名所にある桜のトンネルを歩きました。
何度も行っていたのに満開の下を歩くのは初めてでした。

49日

2012-04-10 17:45:56 | 日記

毎日が何も特別な事をしないからでしょうか?
あっという間に時が流れていきます。
先月の29日に49日が終わりました。
母の姉妹と家族とで実家に集まりました。
父はピンク系の花、私は元気になる様に黄色系、同じマンションで両親と仲の良かった方も
覚えていてくれて立派なお花を用意してくれ母の骨壷の周りは花畑のようでした。
花を見ると可愛いねぇと言っていた母は喜んでくれたでしょうか。
やっぱり皆で見る方が良いと思いますが。。。



立派に楽しく過ごしましょうと決めお料理なども用意しました。
叔母はスペアリブを兄は自然薯のトロロとお煮しめ、私は牛のタタキサラダ、のらぼう菜と筍の白だし合えを
用意しました。
そして皆でつまめる手巻き寿司です。
大きなお皿に2皿作って貰いましたが父が次の日に漬けとして食べれる位の量を残しただけで済みました。

叔母達は夜に帰りましたがそれからは父と二人で母の話しをして気が付いたら夜中になっていました。
予定では8時頃には帰るつもりでしたがアルバムを見たり母の生前の話しや闘病の事、親子の事など
お酒も入ったせいでしょうか?ずっと続きました。
夫は側のソファでずっと寝ていました。
12時頃にタクシーを呼んで帰宅しましたが次の日の私の顔はとても外を出れる状態ではない位に
目が腫れてお岩さんのようでした。

本当に母は居ないのか?良く分からないですが毎日が変わりなく過ぎて行く事は間違いないです。
そして当たり前の様に毎日を過ごしている私です。