「吃又(どもまた)」という通称で有名です。
「吃又」は「「吃り又平(どもり またべい)」の略です。
主人公の「浮世又平(うきよ またべい)」が、吃音、どもりなのでこの通称があります。
歌舞伎なので放送禁止用語をガンガン使っても平気です。
時代は足利時代ですが、時代設定はあまり気にしなくていいです。江戸風俗です。
・「土佐将監」閑居(とさのしょうげん かんきょ)の場
「閑居」というのは隠居所とか別荘とかみたいな意味です。
京都のはずれ、伏見の山の中が舞台です。
「土佐将監(とさの しょうげん)」というえらい絵描きがここに住んでいます。
「土佐将監」はいろいろあって時の天皇を怒らせて謹慎して、伏見のこの別荘に引きこもっているのですが、
天皇を怒らせた事情のたりは今出ないので気にしなくていいです。
現行上演、地元のお百姓さんが大勢、ぞろぞろと将監のお屋敷の庭先にやってくるところから始まります。
村に虎が出て、暴れたあげく、このお屋敷の裏の竹やぶに逃げ込んだのです。なので虎狩りをさせてほしいというのです。
日本に虎がいるはずがないのに。土佐将監と奥方は不思議に思います。
とか言っていたら後ろの竹藪から巨大な虎が顔を出します。まじか。怖がってさわぐ村人たち。
しかし、土佐将監はあわてません。
じつは、これは前の段で、通しで読んだときの本来の主人公である「狩野四郎二郎(かのう しろじろう)」が描いた虎なのです。
「狩野」も「土佐」も、室町から江戸期にかけての有名な絵の流派です。
二大画派なので仲悪そうな気がしますがこのお芝居では仲良く協力しあっています。
さて、細かい事情はここでは関係ないのですが、四郎二郎は悪人に捕まって縛られていたのですが、自分の血で足の指で虎を描きます。
その虎が絵から抜け出ます。そいつに縄を食いちぎらせて脱出したのです。
土佐将監はそこまでの事情は知らないのですが、「四朗二郎の描いた虎が抜け出たものだ」と言い当てます。
名人が描いた絵なので、実体はないとはいえ簡単には消えず、この村まで移動してきて田畑を荒らしたのです。
そこに将監のお弟子の「修理之助(しゅりのすけ)」という若者が出てきます。まだ元服前の前髪姿の美少年です。
修理之助くんが、「自分が、あの虎を描き消したい」と言います。
「描き消す」という意味がちょっとわかりにくいのですが、空中に絵を描いて虎と戦わせて消すというようなかんじです。
修理之助くんは将監の許可を得て空中に絵を描き、見事虎を消します。
村人たちは喜び、安心して帰っていきます。
一応言うと、ここで虎を倒すものとして、「龍」を描いているらしいです。
というか龍の絵を描くと動きがごちゃごちゃするので、空中に大きく「龍」の字を書いているらしいです。
最後に左上に点を打つ動きがあります。これは「画竜点睛」の意味で、描いた龍に目を入れているのです。
これによって見えない龍は命を持ち、虎をやっつけるのです。
感心した将監は修理之助くんに「土佐」の名字を名乗ることを許し、さらに愛用の筆を与えます。
名字をもらうというのは、弟子として一人前になることでもあり、その名前で作品を発表できるということでもあります。やった!!
修理之助くんは喜んでお礼を言い、筆を受け取って奥の間に引っ込みます。将監の奥方さまが横で祝福します。
現行上演ではこの奥さまはあまりお話に絡まず、印象が薄いのですが、やはり、品のいい奥方が横に控えているだけで、将監の存在感にぐっと重みが出ると思います。
そこに、もう一人の弟子である「浮世又平(うきよ またべい)」が、奥さんのおとくさんと一緒にやって来ますよ。
この「又平」がこのお話の主人公です。
又平は結婚していることもあって、住み込みの弟子ではなく、外弟子です。今日も師匠のところにご機嫌伺いに来たのです。
ところで、又平にはある癖があります。タイトル通りですが、吃音なのです。お芝居だと直球で「吃り(どもり)」と言います。
奥さんのおとくさんは、又平と正反対でおしゃべりです。でこぼこ夫婦です。二人分しゃべります。
将監の前でも、どもってしまってしゃべれない又平のかわりにしゃべりまくります。
とはいえ、おとくさんはもちろんおしゃべりな人ではあるのですが、又平をフォローしようと必死なのです。ただ出しゃばっているわけではありません。
そういう雰囲気をここで感じ取っていただくと、後半部分をよりお楽しみいただけるかと思います。
そんなこんなで又平は、師匠の将監にまだあまり認めてもらっていません。
なので「画家」としては生活できておらず、「大津絵(おおつえ)」と呼ばれる、おみやげ用の絵を描いて生活しています。
「大津絵」については、=「大津絵道成寺(おおつえどうじょうじ)」=に一応書いたのですが、大津の宿場で東海道を通る旅行客向けに売られる、おみやげ用の絵です。
独特の濃い、力強い雰囲気があるのですが、芸術品ではありません。「おみやげ用」です。
画家になれなくて、イラストや漫画を描いているようなイメージでしょうか。
浄瑠璃(語り)で
「村のはずれで大津絵を描いて、妻が売って、夫が描いて、その日暮らしで、でも一生懸命絵を描いて、師匠思いの真面目な男で」
みたいなことをいろいろ言っています。そんな男です。
師匠の将監も、内心はまじめでいっしょうけんめいな又平をかわいがっています。
又平は、修理之助くんが将監の「土佐」の名字をもらったと聞きます。
修理之助くんは又平より年下な上に弟弟子です。修理之助くんが名字をもらったなら自分も名字が欲しいとお願いします(直接言うのはおとくさん)が、
もちろん断られます。
絵描きとして何の実績もない弟子に土佐の名字はやれません。
そんな話をしていると、イキナリ派手な装束のお兄さんが出て来ます。
これは「狩野 雅楽之介(かのう うたのすけ)」という人なのですが、出番はここだけなので名前は覚えなくて大丈夫です。
雅楽之介は、さっきの虎を描いた狩野派の「狩野四郎二郎(かのう しろじろう)」さんの家来です。
四郎二郎さんの主君の娘の「銀杏の前(いちょうの まえ)」というかたが悪者に捕まってしまったのです。
いま悪者は、都のはずれの館に立てこもっています。助けに行くために援軍が欲しいのです。
みたいな事を言って、雅楽之介は自分もまた主君の四郎二郎を探しに行くために退場します。
これは「ご注進」という、歌舞伎の中の決まった役柄です。
金糸四天(きんしよてん)と呼ばれる華やかな衣装と、三味線のリズミカルな伴奏に乗った(ノリ地といいます)、独特のテンポで、派手にいろいろ動きながらセリフを言うのが特徴です。
若い華やかな役者さんに振られる、いわゆる「もうけ役」です。
唐突に出るのでびっくりするかもしれませんが、歌舞伎のお約束のひとつですので、気楽に見てください。
セリフ聞き取れないと思いますが、「お姫様が悪者に捕まった。多助がほしい」だけ覚えて行けば大丈夫です。
お話に戻ります。
お姫様がピンチです。助けに行かなくては!!
将監は先ほど土佐の名字を与えた修理之助くんに、援軍を呼ぶ使者の役を命じます。
驚く又平。兄弟子の自分をさしおいてこんな子供に!!
あわてて「自分が使者に行きたい」と直訴しますが、却下されます。
どもりである又平が、ちゃんと援軍のおねがいの口上が言えるわけがないのです。もっともです。
諦めきれない又平は、出発しようとする修理之助くんを押し留めて直接交渉を狙いますが拒否されます。将監にもしかられます。
この場面で、まだ前髪の少年なので優しげに見える修理之助くんが、又平をどかせるために刀に手をかけて形よく決まる、そのきっぱりした動きがとてもいいかんじです。
なおも師匠の将監に食い下がる又平です。どうしても一人前の絵描きになりたいのです。
縁先の階段に座り込んでがんばります。
あまり無礼にゴリ押しすると斬るぞ、と怒る将監ですが、
名字がいただけないなら、いっそ死にたい。いっそ死にたい。と、又平は泣きます。
将監は困り果てます。でもだからって又平の言うことをきいて名字をやるわけにはいきません。
無視して修理之助くんは出発します。修理之助くん退場。
将監は、そもそも武功を立てても土佐の名字はやれないと諭します。絵で実績を残さないとだめです。
そして又平を振り切って奥の部屋に入ってしまいます。
ここで「おまえのようなカタワものに土佐の名字はやれない」みたいな言い方を将監はします。
言い方はひどいですが、将監が言いたいのは「頑張ったから、兄弟子だから、一生懸命お願いしているから」そんな理由では名前はもらえない。そういう甘い考え方をしているうちは一人前にはなれない、ということだと思います。
そして又平を納得させる(当時としては)最も簡単な理由として「カタワ」という言葉を使ったのだと思います。
又平の甘さは、本人が自力で気付いて乗り越えないと意味がないので、ちゃんと説明する必要はないのです。
なので差別用語が連発されますが、決して無意味に又平をいじめているのではないのです。むしろ「急な高望みをせずに、まず地道に努力しなさい」と言っているのだと思います。
とはいえ、やはり当時は、何らかの障害がある人が嫌な思い、悔しい思いをする機会は今よりずっと多かったでしょう。
又平の気持ちに、身近なそういう人たちの気持ちを重ねて、見る側が感情移入できるような計算も、作者は当然していただろうと思います。
庭に取り残された又平夫婦。奥さんのおとくもなげきます。
このままでは絶対に土佐の名字は貰えそうにありません。
絶望した又平は、もう死んでしまおうと思います。あとはもうりっぱに死ぬしかないと、おとくさんも同意します。
短絡的と思うかもしれませんが、お芝居で見ていると又平夫婦の悲しみが伝わって来るので納得できる展開です。
最後に絵を残そう。紙がないけど、庭に石の手水鉢(ちょうずばち)があります。大きい四角い石です。これに自画像を描こう。
いっしょうけんめい描く又平です。
いよいよ腹を切ろうとして、準備を手伝っていたおとくさんが気付きます。
手水鉢の後ろ側に描いた絵が、一念岩をも通すの例え通り、鉢の表に抜けて浮き出ているのです。
チナミに、このシーンの「表に抜けた絵」は、当然仕掛けを使ってうまいこと表現しているのですが、
かなりの確率で、線が細すぎてニ、三階席から見えません。お話の流れから状況を想像して付いて行ってください。
驚くおとくさん、驚く又平。
そして、こういうすごい奇跡を起こしたということは「実績」になります。これなら絶対土佐の名字ももらえます。絵描きとしての将来は明るいです。
大喜びする又平夫婦。
ここは、わりとコミカルな場面ですが、ただ笑って軽く見てしまうのでなく、
最後の最後でがんばった甲斐あって人生逆転した瞬間ですから、実際に腰が抜けてワタワタすると思います。そういうリアリティーも合わせて感じていただけるとより楽しいと思います。
師匠の将監も一部始終を部屋の中で見ていました。
あらめて又平に土佐の名字を許し、新しい名前も与え「土佐又平光起 とさの またべえ みつおき」とします。
又平は、例の捕まっている「銀杏の前」さまの救出に向かうことになります。
又平はボロボロの着物姿なので、新しいお侍の服と二本の刀もいただきます。やった!!
勇んで着替える又平です。おとくさんがてきぱき手伝って着せ付けます。
ところでそういえば、又平が吃音なのはもとのままです。お姫様にも状況を説明しなければなりませんし、戦うときも名乗らなくてはなりません。
どうすんだと心配する将監ですが、
又平は不思議なことに、「大頭舞(おおがしらまい)」の拍子でしゃべると全くどもらないのです。
というわけで、出発前に又平は、おとくさんの打つ鼓(つづみ)に合わせてひと差し唄って踊ってみせます。
「大頭舞」というのは「曲舞(くせまい)」「幸若舞(こうわかまい)」とも言われます。中世末期から近世初期にかけての芸能です。
「舞」とついていますが実際はほとんど動かず、鼓などの音に合わせて比較的長いストーリーを語ります。「語り芸」です。
文体は七五調で拍子が付いていますから、「大頭舞」が得意であれば同じ抑揚でしゃべればどもらない、というのは説得力があります。
というわけで、おとくさんはなかなかハードルが高い役です。もちろん役柄としても難しい役ですが、そのうえ鼓を打てないといけません。
なくなった芝翫さんのおとくは絶品でした。鼓もかっこよかったです。
そんなこんなで、喜びあいながら花道を下がる又平夫婦です。
終わりです。
この後、又平は救出した銀杏の前自分の家にかくまい、又平が描いた大津絵が抜け出して実体化して敵を惑わす。みたいな場面があって
上の巻が終わります。
ここは歌舞伎では出ません。
本題である「傾城反魂香(はんごんこう)」の元になっているのは中、下の巻のエピソードです。
土佐将監の娘が遊女(傾城)になっているのですが、いろいろあって、幽霊となって元の恋人の狩野四郎二郎に会いに来るという内容です。
といっても別に怪談ぽい作品ではないです。悲運の遊女の愛情の深さを描いたかんじです。
「反魂香(はんごんこう)」というのは、中国にある伝説のお香です。これを燻くと、煙の中に死んだひとが現れると言われています。
近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)の作品ですが、何度か改作されており、しかも上中下三段の、上巻の一部分であるこの場面しか今は上演されません。
とはいえ、やはり近松らしいかっこいいセリフもたくさん残っていますから、それも楽しめます。
=50音索引に戻る=
「吃又」は「「吃り又平(どもり またべい)」の略です。
主人公の「浮世又平(うきよ またべい)」が、吃音、どもりなのでこの通称があります。
歌舞伎なので放送禁止用語をガンガン使っても平気です。
時代は足利時代ですが、時代設定はあまり気にしなくていいです。江戸風俗です。
・「土佐将監」閑居(とさのしょうげん かんきょ)の場
「閑居」というのは隠居所とか別荘とかみたいな意味です。
京都のはずれ、伏見の山の中が舞台です。
「土佐将監(とさの しょうげん)」というえらい絵描きがここに住んでいます。
「土佐将監」はいろいろあって時の天皇を怒らせて謹慎して、伏見のこの別荘に引きこもっているのですが、
天皇を怒らせた事情のたりは今出ないので気にしなくていいです。
現行上演、地元のお百姓さんが大勢、ぞろぞろと将監のお屋敷の庭先にやってくるところから始まります。
村に虎が出て、暴れたあげく、このお屋敷の裏の竹やぶに逃げ込んだのです。なので虎狩りをさせてほしいというのです。
日本に虎がいるはずがないのに。土佐将監と奥方は不思議に思います。
とか言っていたら後ろの竹藪から巨大な虎が顔を出します。まじか。怖がってさわぐ村人たち。
しかし、土佐将監はあわてません。
じつは、これは前の段で、通しで読んだときの本来の主人公である「狩野四郎二郎(かのう しろじろう)」が描いた虎なのです。
「狩野」も「土佐」も、室町から江戸期にかけての有名な絵の流派です。
二大画派なので仲悪そうな気がしますがこのお芝居では仲良く協力しあっています。
さて、細かい事情はここでは関係ないのですが、四郎二郎は悪人に捕まって縛られていたのですが、自分の血で足の指で虎を描きます。
その虎が絵から抜け出ます。そいつに縄を食いちぎらせて脱出したのです。
土佐将監はそこまでの事情は知らないのですが、「四朗二郎の描いた虎が抜け出たものだ」と言い当てます。
名人が描いた絵なので、実体はないとはいえ簡単には消えず、この村まで移動してきて田畑を荒らしたのです。
そこに将監のお弟子の「修理之助(しゅりのすけ)」という若者が出てきます。まだ元服前の前髪姿の美少年です。
修理之助くんが、「自分が、あの虎を描き消したい」と言います。
「描き消す」という意味がちょっとわかりにくいのですが、空中に絵を描いて虎と戦わせて消すというようなかんじです。
修理之助くんは将監の許可を得て空中に絵を描き、見事虎を消します。
村人たちは喜び、安心して帰っていきます。
一応言うと、ここで虎を倒すものとして、「龍」を描いているらしいです。
というか龍の絵を描くと動きがごちゃごちゃするので、空中に大きく「龍」の字を書いているらしいです。
最後に左上に点を打つ動きがあります。これは「画竜点睛」の意味で、描いた龍に目を入れているのです。
これによって見えない龍は命を持ち、虎をやっつけるのです。
感心した将監は修理之助くんに「土佐」の名字を名乗ることを許し、さらに愛用の筆を与えます。
名字をもらうというのは、弟子として一人前になることでもあり、その名前で作品を発表できるということでもあります。やった!!
修理之助くんは喜んでお礼を言い、筆を受け取って奥の間に引っ込みます。将監の奥方さまが横で祝福します。
現行上演ではこの奥さまはあまりお話に絡まず、印象が薄いのですが、やはり、品のいい奥方が横に控えているだけで、将監の存在感にぐっと重みが出ると思います。
そこに、もう一人の弟子である「浮世又平(うきよ またべい)」が、奥さんのおとくさんと一緒にやって来ますよ。
この「又平」がこのお話の主人公です。
又平は結婚していることもあって、住み込みの弟子ではなく、外弟子です。今日も師匠のところにご機嫌伺いに来たのです。
ところで、又平にはある癖があります。タイトル通りですが、吃音なのです。お芝居だと直球で「吃り(どもり)」と言います。
奥さんのおとくさんは、又平と正反対でおしゃべりです。でこぼこ夫婦です。二人分しゃべります。
将監の前でも、どもってしまってしゃべれない又平のかわりにしゃべりまくります。
とはいえ、おとくさんはもちろんおしゃべりな人ではあるのですが、又平をフォローしようと必死なのです。ただ出しゃばっているわけではありません。
そういう雰囲気をここで感じ取っていただくと、後半部分をよりお楽しみいただけるかと思います。
そんなこんなで又平は、師匠の将監にまだあまり認めてもらっていません。
なので「画家」としては生活できておらず、「大津絵(おおつえ)」と呼ばれる、おみやげ用の絵を描いて生活しています。
「大津絵」については、=「大津絵道成寺(おおつえどうじょうじ)」=に一応書いたのですが、大津の宿場で東海道を通る旅行客向けに売られる、おみやげ用の絵です。
独特の濃い、力強い雰囲気があるのですが、芸術品ではありません。「おみやげ用」です。
画家になれなくて、イラストや漫画を描いているようなイメージでしょうか。
浄瑠璃(語り)で
「村のはずれで大津絵を描いて、妻が売って、夫が描いて、その日暮らしで、でも一生懸命絵を描いて、師匠思いの真面目な男で」
みたいなことをいろいろ言っています。そんな男です。
師匠の将監も、内心はまじめでいっしょうけんめいな又平をかわいがっています。
又平は、修理之助くんが将監の「土佐」の名字をもらったと聞きます。
修理之助くんは又平より年下な上に弟弟子です。修理之助くんが名字をもらったなら自分も名字が欲しいとお願いします(直接言うのはおとくさん)が、
もちろん断られます。
絵描きとして何の実績もない弟子に土佐の名字はやれません。
そんな話をしていると、イキナリ派手な装束のお兄さんが出て来ます。
これは「狩野 雅楽之介(かのう うたのすけ)」という人なのですが、出番はここだけなので名前は覚えなくて大丈夫です。
雅楽之介は、さっきの虎を描いた狩野派の「狩野四郎二郎(かのう しろじろう)」さんの家来です。
四郎二郎さんの主君の娘の「銀杏の前(いちょうの まえ)」というかたが悪者に捕まってしまったのです。
いま悪者は、都のはずれの館に立てこもっています。助けに行くために援軍が欲しいのです。
みたいな事を言って、雅楽之介は自分もまた主君の四郎二郎を探しに行くために退場します。
これは「ご注進」という、歌舞伎の中の決まった役柄です。
金糸四天(きんしよてん)と呼ばれる華やかな衣装と、三味線のリズミカルな伴奏に乗った(ノリ地といいます)、独特のテンポで、派手にいろいろ動きながらセリフを言うのが特徴です。
若い華やかな役者さんに振られる、いわゆる「もうけ役」です。
唐突に出るのでびっくりするかもしれませんが、歌舞伎のお約束のひとつですので、気楽に見てください。
セリフ聞き取れないと思いますが、「お姫様が悪者に捕まった。多助がほしい」だけ覚えて行けば大丈夫です。
お話に戻ります。
お姫様がピンチです。助けに行かなくては!!
将監は先ほど土佐の名字を与えた修理之助くんに、援軍を呼ぶ使者の役を命じます。
驚く又平。兄弟子の自分をさしおいてこんな子供に!!
あわてて「自分が使者に行きたい」と直訴しますが、却下されます。
どもりである又平が、ちゃんと援軍のおねがいの口上が言えるわけがないのです。もっともです。
諦めきれない又平は、出発しようとする修理之助くんを押し留めて直接交渉を狙いますが拒否されます。将監にもしかられます。
この場面で、まだ前髪の少年なので優しげに見える修理之助くんが、又平をどかせるために刀に手をかけて形よく決まる、そのきっぱりした動きがとてもいいかんじです。
なおも師匠の将監に食い下がる又平です。どうしても一人前の絵描きになりたいのです。
縁先の階段に座り込んでがんばります。
あまり無礼にゴリ押しすると斬るぞ、と怒る将監ですが、
名字がいただけないなら、いっそ死にたい。いっそ死にたい。と、又平は泣きます。
将監は困り果てます。でもだからって又平の言うことをきいて名字をやるわけにはいきません。
無視して修理之助くんは出発します。修理之助くん退場。
将監は、そもそも武功を立てても土佐の名字はやれないと諭します。絵で実績を残さないとだめです。
そして又平を振り切って奥の部屋に入ってしまいます。
ここで「おまえのようなカタワものに土佐の名字はやれない」みたいな言い方を将監はします。
言い方はひどいですが、将監が言いたいのは「頑張ったから、兄弟子だから、一生懸命お願いしているから」そんな理由では名前はもらえない。そういう甘い考え方をしているうちは一人前にはなれない、ということだと思います。
そして又平を納得させる(当時としては)最も簡単な理由として「カタワ」という言葉を使ったのだと思います。
又平の甘さは、本人が自力で気付いて乗り越えないと意味がないので、ちゃんと説明する必要はないのです。
なので差別用語が連発されますが、決して無意味に又平をいじめているのではないのです。むしろ「急な高望みをせずに、まず地道に努力しなさい」と言っているのだと思います。
とはいえ、やはり当時は、何らかの障害がある人が嫌な思い、悔しい思いをする機会は今よりずっと多かったでしょう。
又平の気持ちに、身近なそういう人たちの気持ちを重ねて、見る側が感情移入できるような計算も、作者は当然していただろうと思います。
庭に取り残された又平夫婦。奥さんのおとくもなげきます。
このままでは絶対に土佐の名字は貰えそうにありません。
絶望した又平は、もう死んでしまおうと思います。あとはもうりっぱに死ぬしかないと、おとくさんも同意します。
短絡的と思うかもしれませんが、お芝居で見ていると又平夫婦の悲しみが伝わって来るので納得できる展開です。
最後に絵を残そう。紙がないけど、庭に石の手水鉢(ちょうずばち)があります。大きい四角い石です。これに自画像を描こう。
いっしょうけんめい描く又平です。
いよいよ腹を切ろうとして、準備を手伝っていたおとくさんが気付きます。
手水鉢の後ろ側に描いた絵が、一念岩をも通すの例え通り、鉢の表に抜けて浮き出ているのです。
チナミに、このシーンの「表に抜けた絵」は、当然仕掛けを使ってうまいこと表現しているのですが、
かなりの確率で、線が細すぎてニ、三階席から見えません。お話の流れから状況を想像して付いて行ってください。
驚くおとくさん、驚く又平。
そして、こういうすごい奇跡を起こしたということは「実績」になります。これなら絶対土佐の名字ももらえます。絵描きとしての将来は明るいです。
大喜びする又平夫婦。
ここは、わりとコミカルな場面ですが、ただ笑って軽く見てしまうのでなく、
最後の最後でがんばった甲斐あって人生逆転した瞬間ですから、実際に腰が抜けてワタワタすると思います。そういうリアリティーも合わせて感じていただけるとより楽しいと思います。
師匠の将監も一部始終を部屋の中で見ていました。
あらめて又平に土佐の名字を許し、新しい名前も与え「土佐又平光起 とさの またべえ みつおき」とします。
又平は、例の捕まっている「銀杏の前」さまの救出に向かうことになります。
又平はボロボロの着物姿なので、新しいお侍の服と二本の刀もいただきます。やった!!
勇んで着替える又平です。おとくさんがてきぱき手伝って着せ付けます。
ところでそういえば、又平が吃音なのはもとのままです。お姫様にも状況を説明しなければなりませんし、戦うときも名乗らなくてはなりません。
どうすんだと心配する将監ですが、
又平は不思議なことに、「大頭舞(おおがしらまい)」の拍子でしゃべると全くどもらないのです。
というわけで、出発前に又平は、おとくさんの打つ鼓(つづみ)に合わせてひと差し唄って踊ってみせます。
「大頭舞」というのは「曲舞(くせまい)」「幸若舞(こうわかまい)」とも言われます。中世末期から近世初期にかけての芸能です。
「舞」とついていますが実際はほとんど動かず、鼓などの音に合わせて比較的長いストーリーを語ります。「語り芸」です。
文体は七五調で拍子が付いていますから、「大頭舞」が得意であれば同じ抑揚でしゃべればどもらない、というのは説得力があります。
というわけで、おとくさんはなかなかハードルが高い役です。もちろん役柄としても難しい役ですが、そのうえ鼓を打てないといけません。
なくなった芝翫さんのおとくは絶品でした。鼓もかっこよかったです。
そんなこんなで、喜びあいながら花道を下がる又平夫婦です。
終わりです。
この後、又平は救出した銀杏の前自分の家にかくまい、又平が描いた大津絵が抜け出して実体化して敵を惑わす。みたいな場面があって
上の巻が終わります。
ここは歌舞伎では出ません。
本題である「傾城反魂香(はんごんこう)」の元になっているのは中、下の巻のエピソードです。
土佐将監の娘が遊女(傾城)になっているのですが、いろいろあって、幽霊となって元の恋人の狩野四郎二郎に会いに来るという内容です。
といっても別に怪談ぽい作品ではないです。悲運の遊女の愛情の深さを描いたかんじです。
「反魂香(はんごんこう)」というのは、中国にある伝説のお香です。これを燻くと、煙の中に死んだひとが現れると言われています。
近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)の作品ですが、何度か改作されており、しかも上中下三段の、上巻の一部分であるこの場面しか今は上演されません。
とはいえ、やはり近松らしいかっこいいセリフもたくさん残っていますから、それも楽しめます。
=50音索引に戻る=
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