
「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅ てならいかがみ)という長いお芝居の一部です。
もともとは文楽の作品です。
いちおう全段解説書いたので、もくじにリンク貼っておきます。
=こちら=です
「車引(くるまびき)」という舞台は、文楽では短い「つなぎ」の場面だったものを、歌舞伎でひたすら派手にショーアップしたものなので、
ここだけ見ると筋らしい筋はありません。
というわけでここまでのお話を理解しておかないと誰が何やってるんだかわからなくて、おもしろさ半減かもしれません。
ここまでのお話
・時代
平安時代、醍醐帝のころです。左大臣と右大臣が仲が悪いのです。
・イチバン悪いやつ→「藤原時平(ふじわらの ときひら)」左大臣です。
右大臣の菅原道真(すがわらの みちざね)に謀反の罪をきせて九州太宰府に左遷させました。これが事件の発端です。
・いいひと→「菅原道真(すがわらの みちざね)」
右大臣でした。非常に人格者で、また、高名な学者でもありました。有名な書家でもあります。
書のお弟子さんもたくさんいました。これが「手習鑑(てならいかがみ)」というタイトルに関係してきます。
・梅王丸(うめおうまる)、松王丸(まつおうまる)、桜丸(さくらまる)
三つ子です。実在しないので歴史には出てきません。このお芝居全体の主人公たちです。
もともと全然身分は高くない、そのへんのお百姓さんの生まれなのですが、三つ子がめずらしく、縁起がいいということで、
道真さまの口利きでえらいヒトの牛飼い舎人(とねり)にしてもらいました。
牛飼い舎人というのは、牛車(ぎっしゃ)を引く牛の世話をし、牛が牛車を引くときはその横にいて牛を歩かせるひとです。
貴人の移動の安全を守る、大切な役目です。今で言うと専属運転手みたいなかんじです。
それがたまたま、
梅王→菅原道真(すがわらの みちざね)
松王→藤原時平(ふじわらの ときひら)
桜丸→斎世親王(ときよ しんのう)(謀反の中心人物にされた) と、
事件に関係ある人物にそれぞれ雇われてしまったために、三人も敵味方に別れて奔走することになります。
お芝居全体は、そういう流れで進みます。
で、この「車引」の場面です。
あ、その前に、語句説明をちょっとします。意味不明の単語がふたつ頻出するのです。
・「しへい」
・「しょうじょう(様)」
「しへい」は「時平」の音読みです。藤原時平のことです。
「しょうじょう」は「宰相」の誤読です。「宰相」は「大臣」を中国風に言ったときの官名です。
「さいしょう」と読むのが正しいのですが、菅原道真については「しょうじょう」と呼ぶのが定着してしまっているので、ほぼ固有名詞的にこう呼ばれます。
「菅原」のアタマの文字を取って「菅宰相=かんしょうじょう」とも言います。
音だけ聞くと意味不明ですから書いておきます。覚えて行ってください。「しへい」「しょうじょう」「かんしょうじょう」です。
で、
「車引」の登場人物を整理すると、
・いいほう
梅王
桜丸
・悪いほう
松王丸(でもこっちのほうがかっこいい)
杉王丸(前半松王の代わりに出る、引き立て役)
藤原時平(親玉)
です。
やっと舞台内容の説明になります。
まず桜丸と梅王丸(味方)が出てきて舞台上で出会い、それぞれの状況と今後の予定を語ります。
細かいことは聞き流していいです。どうせ全段読まないと完全にはわかりませんし、この幕にはあまり関係ありません。
味方の関係者がいろいろ散り散りになっているので、今後どこに行って誰の心配をするのか打ち合わせる感じです。
梅王が、時平(しへい)のやつと、松王丸をやっつけてやる!! と息巻く、ムダにイキオイのある様子が楽しい場面です。
そこに、敵の時平の牛車がやってきます。
二人は一言文句を言ってやることにします。
が、えらいヒトにそんな簡単に近づけるわけもなく、牛車を前にして杉王丸(松王の代わりに出てくる引き立て役)と言い争いになります。
そこに松王丸が登場します。とてもえらそうに出てきます。
悪役なはずですが、気にせず楽しみましょう。
舞台にいる人たち全部が一時的にストーリーの流れや自分たちの役柄を無視してそろって掛け声を出して、
松王のかっこいい登場を引き立てます。
ようするに座頭格の役者さんが出るから派手な演出になっているのです。
三人が争います。
争いますが、三つ子らしく動きがそろっていないといけないので息のあった動きが要求されます。
結果、あまり「争ってる」風には見えません。「ケンカしてるのね」とアタマの隅で理解しながらてきとうに動きを楽しむところです。
ケンカしてるうちに後ろに止まっていた牛車が壊れて、時平が登場します。
時平は、青公家(あおくげ)と呼ばれる、帝の座をねらうような大物悪役です。
最近は安っぽい悪役で出す演出もあるのですが、本来は悪役の中で最高ランクの役どころです。
時平が、ラスボスらしい恐ろしげな様子で見得をきります。
松王丸、梅王と桜丸も見得をきります。
歌舞伎らしく、決着は付きません。そのままみんなで「ひっぱりの見栄」で幕になります。
三人の主人公たち、梅王丸、松王丸、桜丸がキレイに並び、それぞれのキャラクターのイメージがよくわかる場面なので見ていて楽しいです。
逆言えば、それだけの幕です。
歌舞伎的な役柄の分担で言うと、
梅王→荒事
松王→実悪
桜丸→二枚目の和事 となります。
ようするに、ただの「ショー」ですので気楽に見て下さい。
といいつつ上に書いた設定を理解してないと何がなんだか分からないのがちょっとめんどくさいところです。
あと、お芝居を見るにはもはや関係ないことなんですが、
すでに定着している「桜丸→和事」ですが、もともとの演出は違ったんじゃないかとワタクシは思います。
じゃあ何だったかというと、おそらく「色奴」です。
この少し前の段、「加茂堤」で、桜丸夫婦が、若い斎世親王と道真の娘、刈屋姫との密会を手引きするシーンがあるのですが、
ここの夫婦のやりとりや立ち回りでの浄瑠璃の文句を読むと、使われているフレーズが「色奴」のそれなのです。
こういう線の細い、おとなしそうな演出になったのは、とはいえけっこう昔だと思うので、
これはまあ、このまま見て差し支えないのですが、通しでいろいろな場面を見ると少し違和感をおぼえることもあります。
まあ、桜丸はキレイなほうがお芝居をショーアップしやすかった、ということだと思います。
=「菅原」=のもくじに
=50音索引に戻る=
もともとは文楽の作品です。
いちおう全段解説書いたので、もくじにリンク貼っておきます。
=こちら=です
「車引(くるまびき)」という舞台は、文楽では短い「つなぎ」の場面だったものを、歌舞伎でひたすら派手にショーアップしたものなので、
ここだけ見ると筋らしい筋はありません。
というわけでここまでのお話を理解しておかないと誰が何やってるんだかわからなくて、おもしろさ半減かもしれません。
ここまでのお話
・時代
平安時代、醍醐帝のころです。左大臣と右大臣が仲が悪いのです。
・イチバン悪いやつ→「藤原時平(ふじわらの ときひら)」左大臣です。
右大臣の菅原道真(すがわらの みちざね)に謀反の罪をきせて九州太宰府に左遷させました。これが事件の発端です。
・いいひと→「菅原道真(すがわらの みちざね)」
右大臣でした。非常に人格者で、また、高名な学者でもありました。有名な書家でもあります。
書のお弟子さんもたくさんいました。これが「手習鑑(てならいかがみ)」というタイトルに関係してきます。
・梅王丸(うめおうまる)、松王丸(まつおうまる)、桜丸(さくらまる)
三つ子です。実在しないので歴史には出てきません。このお芝居全体の主人公たちです。
もともと全然身分は高くない、そのへんのお百姓さんの生まれなのですが、三つ子がめずらしく、縁起がいいということで、
道真さまの口利きでえらいヒトの牛飼い舎人(とねり)にしてもらいました。
牛飼い舎人というのは、牛車(ぎっしゃ)を引く牛の世話をし、牛が牛車を引くときはその横にいて牛を歩かせるひとです。
貴人の移動の安全を守る、大切な役目です。今で言うと専属運転手みたいなかんじです。
それがたまたま、
梅王→菅原道真(すがわらの みちざね)
松王→藤原時平(ふじわらの ときひら)
桜丸→斎世親王(ときよ しんのう)(謀反の中心人物にされた) と、
事件に関係ある人物にそれぞれ雇われてしまったために、三人も敵味方に別れて奔走することになります。
お芝居全体は、そういう流れで進みます。
で、この「車引」の場面です。
あ、その前に、語句説明をちょっとします。意味不明の単語がふたつ頻出するのです。
・「しへい」
・「しょうじょう(様)」
「しへい」は「時平」の音読みです。藤原時平のことです。
「しょうじょう」は「宰相」の誤読です。「宰相」は「大臣」を中国風に言ったときの官名です。
「さいしょう」と読むのが正しいのですが、菅原道真については「しょうじょう」と呼ぶのが定着してしまっているので、ほぼ固有名詞的にこう呼ばれます。
「菅原」のアタマの文字を取って「菅宰相=かんしょうじょう」とも言います。
音だけ聞くと意味不明ですから書いておきます。覚えて行ってください。「しへい」「しょうじょう」「かんしょうじょう」です。
で、
「車引」の登場人物を整理すると、
・いいほう
梅王
桜丸
・悪いほう
松王丸(でもこっちのほうがかっこいい)
杉王丸(前半松王の代わりに出る、引き立て役)
藤原時平(親玉)
です。
やっと舞台内容の説明になります。
まず桜丸と梅王丸(味方)が出てきて舞台上で出会い、それぞれの状況と今後の予定を語ります。
細かいことは聞き流していいです。どうせ全段読まないと完全にはわかりませんし、この幕にはあまり関係ありません。
味方の関係者がいろいろ散り散りになっているので、今後どこに行って誰の心配をするのか打ち合わせる感じです。
梅王が、時平(しへい)のやつと、松王丸をやっつけてやる!! と息巻く、ムダにイキオイのある様子が楽しい場面です。
そこに、敵の時平の牛車がやってきます。
二人は一言文句を言ってやることにします。
が、えらいヒトにそんな簡単に近づけるわけもなく、牛車を前にして杉王丸(松王の代わりに出てくる引き立て役)と言い争いになります。
そこに松王丸が登場します。とてもえらそうに出てきます。
悪役なはずですが、気にせず楽しみましょう。
舞台にいる人たち全部が一時的にストーリーの流れや自分たちの役柄を無視してそろって掛け声を出して、
松王のかっこいい登場を引き立てます。
ようするに座頭格の役者さんが出るから派手な演出になっているのです。
三人が争います。
争いますが、三つ子らしく動きがそろっていないといけないので息のあった動きが要求されます。
結果、あまり「争ってる」風には見えません。「ケンカしてるのね」とアタマの隅で理解しながらてきとうに動きを楽しむところです。
ケンカしてるうちに後ろに止まっていた牛車が壊れて、時平が登場します。
時平は、青公家(あおくげ)と呼ばれる、帝の座をねらうような大物悪役です。
最近は安っぽい悪役で出す演出もあるのですが、本来は悪役の中で最高ランクの役どころです。
時平が、ラスボスらしい恐ろしげな様子で見得をきります。
松王丸、梅王と桜丸も見得をきります。
歌舞伎らしく、決着は付きません。そのままみんなで「ひっぱりの見栄」で幕になります。
三人の主人公たち、梅王丸、松王丸、桜丸がキレイに並び、それぞれのキャラクターのイメージがよくわかる場面なので見ていて楽しいです。
逆言えば、それだけの幕です。
歌舞伎的な役柄の分担で言うと、
梅王→荒事
松王→実悪
桜丸→二枚目の和事 となります。
ようするに、ただの「ショー」ですので気楽に見て下さい。
といいつつ上に書いた設定を理解してないと何がなんだか分からないのがちょっとめんどくさいところです。
あと、お芝居を見るにはもはや関係ないことなんですが、
すでに定着している「桜丸→和事」ですが、もともとの演出は違ったんじゃないかとワタクシは思います。
じゃあ何だったかというと、おそらく「色奴」です。
この少し前の段、「加茂堤」で、桜丸夫婦が、若い斎世親王と道真の娘、刈屋姫との密会を手引きするシーンがあるのですが、
ここの夫婦のやりとりや立ち回りでの浄瑠璃の文句を読むと、使われているフレーズが「色奴」のそれなのです。
こういう線の細い、おとなしそうな演出になったのは、とはいえけっこう昔だと思うので、
これはまあ、このまま見て差し支えないのですが、通しでいろいろな場面を見ると少し違和感をおぼえることもあります。
まあ、桜丸はキレイなほうがお芝居をショーアップしやすかった、ということだと思います。
=「菅原」=のもくじに
=50音索引に戻る=
初めての演目を見る時はとても重宝しております。筋書きより楽しいですし、突っ込みどころやスルーする所が分かるので助かります。
さてこの項の「丞相」の解説ですが、菅原伝授手習鑑の段にはそのままになっていますので、もしかしたら勘違いかもと思うのですが、
「丞相」と「宰相」は違います。
「丞相」は大臣の漢名で「菅丞相」は菅原右大臣道真を指します。
「しょうじょう」は「じょうしょう」の読み間違いです。
かたや「宰相」(さいしょう)は日本古代の官制の参議を指します。源氏物語などで出てくる宰相中将なんかはこれです。
イメージでいうと丞相は総理大臣(道真は右大臣だから副総理、左大臣の時平が総理)
宰相は省庁のトップではないけど閣議に参加する○○担当大臣みたいな感じでしょうか…
但し省庁のトップ(卿)は平安時代は名誉職で閣議には出ません。一条大蔵卿みたいな阿呆でも務まるワケです。
うわぁあああ気づかなかったです。なぜ宰相になっているのだろう。
ほかの段は丞相にしていると思うので、間違いに気づくの遅れました申し訳ありません。
訂正します。
他の段もチェックしときます。
どうもありがとうございました。