歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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もう意味わからないとは言わせない。「勧進帳」全訳1

2013年02月17日 | 歌舞伎
もう意味わからないとは言わせない。「勧進帳」全訳1

まず、最低限必要な説明を書きます。
詳しくは=「勧進帳」解説=をご覧ください。

・基本設定は、源平の戦の直後です。
平家制圧に多大な貢献をした源義経(みなもとの よしつね)は、政権掌握の野心を疑われて兄の頼朝に命を狙われます。
義経は、武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)をはじめとする家来たちとともに山伏(やまぶし)に化けて、奥州平泉(おうしゅう ひらいずみ)に逃げようとしています。

・「山伏(やまぶし)」、と「修験僧(しゅげんそう)」は、どちらも同じものです。作品内でも混在して使われます。
修験道という仏教の一派の僧です。過酷な苦行を行うことで知られ、また、山野を修行として歩きまわります。
真言(サンスクリット語の発音のままのお経の文句)を唱えながら苦行し、祈る姿が異様だったのもあって、修験僧はなんらかの神力を持つと信じられており、当時社会的に尊敬されていました。

・以上のことから、山伏は各地の関所はフリーパス、また、川の渡し場の渡し賃も無料なのが通例でした。

・舞台のセットは「松羽目(まつばめ)」と呼ばれる、能舞台を模したものです。
壁まで一面杉板張りのシンプルなもので、後ろの杉板に大きく松の木の絵が描かれていますが、
これはお芝居の背景ではなく、あくまで能舞台を模した儀式的なものです。
後ろには長唄や鳴り物の太夫さんがずらっと並びます。
お芝居の説明になる背景やセットはまったくありません。

では訳です。
富樫とその家来たちが舞台に入ってきます。場面は安宅の関です。

富樫: かやうに候ふ者は、加賀の国の住人、富樫の左衛門(とがしの さえもん)にて候。
>このように、ここ(みなさまの前)におりますものである(私)は、加賀の国の住人、富樫の左衛門でございます。

さても 頼朝(よりとも)、義経(よしつね)、おん仲不和(おんなか ふわ)とならせ給ふにより、
判官殿主従(ほうがんどの しゅうじゅう)、作り山伏となり下向(げこう)ある由(よし)
鎌倉殿、きこしめし及ばれ、

>さてもまあ、「源頼朝(みなもとの よりとも)」と「源義経(みなもとの よしつね)」のおん間柄が不和とおなりあそばしていることから、
(頼朝に殺されるのではないかと身の危険を感じた)判官殿(義経さま)とその家来たちが、にせの山伏となって京を離れて地方に行こうとしているという事情を、
鎌倉殿(鎌倉にいる将軍=頼朝さま)がお聞きおよびあそばして、

国々へ、かく新関(しんせき)を立てられ、厳しく詮議(せんぎ)せよとの、厳命によって、
それがし、この関をうけたまわる。

>あちこちの国に、このように新しく関所をお立てになり、旅人を厳しく知り調べよとの(頼朝の)厳しい命令にしたがって、
わたくしが、この(安宅の)関の責任者の任務をうけたまわるのである。

かたがた、さよう、心得てよかろう。
>(番卒の面々に向かって)みなさんも、そのように(今の状況を)心得て行動するのがいいだろう。

番卒: 仰せのごとくこのほども、あやしき山伏を捕らえ、喬木(きょうぼく)にかけ、
並べおきましてござりまする。

>おっしゃった言葉のとおり、最近も、怪しい山伏を捕らえて(首を切り)、さらし首用の台に乗せて、(首を)並べて置きましてございます。

ずいぶん、ものに心得、我々お後に従い、
もし山伏と見るならば、御前(ごぜん)へ引きすえ申すべし。

>たいへん(この仕事を)重大なことと心得て、我々は関守の富樫さまの後に(指示に)従って、
もしもやってきたものが山伏だと思ったならば、それを捕らえて富樫さまの御前に引きすえ申しあげることでしょう。

修験者(しゅげんざ)たるもの来たりなば、即座に縄かけ討ち取るよう、
いずれも警護、いたしてござる。

>修験僧(山伏と同じもの)であるものが来ることがあれば、すぐさま縄をかけて首を討って取るように、
番卒たちは全員が関所の警護をしております。

富樫: いしくも、おのおの、申されたり。
>たいそうりっぱに(頼もしく)、みなさん決意を言ったことです。
※ 「いし」は今は「おいしい」という単語のみが残る古語です。よい、りっぱな、というような意味になります。

なおも山伏来たりなば、はかりごとを持って虜(とりこ)となし、
鎌倉殿の御心(みこころ)を、安んじ申すべし。

>なおこの先も山伏がやって来たならば、計略を使って捕まえ、鎌倉殿(頼朝さま)を安心させ申しあげましょう。

かたがたきっと、番頭つかまつれ。
>みなさんもしっかりと、番をし申しあげよ。

番卒: かしこまって候。
>承知いたしてございます。

富樫と番卒たちはそのまま舞台上に残りますが、動きません。
舞台上の視点は花道に移ります。義経一行の登場です。

 ※能の「安宅」だと、以下のセリフが入ります。

「唄: さて御供の人々には、伊勢の三郎、駿河の次郎、片岡、増尾、常陸坊。
 弁慶は、先達(せんだつ)の姿となりて、主従以上十二人」


このほうがわかりやすいですが、歌舞伎は下の唄のインパクトを取ったようです。
ガラっと場面の雰囲気が変わります。


唄: 旅の衣は、篠懸(すずかけ)の、旅の衣は篠懸の、
露けき袖や、しおるらん


「篠懸(すずかけ)」というのは、修験僧(山伏)が上着のように着ている、あの短い衣です。

>旅装用の衣はそれ専用のものが本来あるのだが、今回は逃避行なので変装のために、山伏の着る篠懸の衣が旅の衣だ。
その篠懸の衣は、もともと山中に多い篠(しの)の露を避けるために着るものなのだが、まさにこのように山中を歩くので、篠懸の衣の袖は露に濡れている。
そしてこのような不本意な逃避行の悲しさで流す涙によって、露にも負けないくらい袖がひどくぬれてしおれていることだよ。

時しも頃は 如月(きさらぎ)の、如月の十日の夜(よ)。
月の都を立ち出でて。

>その時はまさに、2月の、2月の、10日の夜だった。
義経一行は月に照らされた都をそっと出発して(陸奥にむかった)。

※旧暦2月10日ですから、今の3月下旬くらいです。義経一行は都を出てまず逢坂山を越え、琵琶湖を北上して加賀の国(石川県)の海津の浦に着きます。
「義経記」では出発は2月2日になっています。新月のころですので真っ暗だったと思います。
「勧進帳」では2月10日です。10日の月は日没前に上って夜半に沈みます。十五夜の月ほど明るくはありません。
深夜、月があるうちに都を出発すれば月明かりで逢坂山を越えてしまえます。
義経一行がいないことに都の人間が気づいても、そのころには月が沈んでいるので追いかけにくいです。
そういうこともイメージして「十日の夜」なのだろうなと思います。
「月の都」も絵的に美しいです。


唄: これやこの 行くも帰るも別れては、
知るも知らぬも 逢坂の 山隠す
霞(かすみ)ぞ 春はゆかしける(恨めしき)。


※「これやこの 行くも帰るも別れては、
知るも知らぬも 逢坂の関」
というのが百人一首にも載っている古歌です。この歌をもとにした歌詞です。
歌の訳は
これがまあ、この(よく知られている)
この関所を通って京からよその国に行く人も、京に帰るひともここで別れては、
また、お互い知っているひとも知らないひともこの関所でまた出会う、(何故なら京に続く道は逢坂山を越えるここしかなく、この関所も絶対通ることになるから)、
そのいろいろなひとが行きかう逢坂の関であることだよ。
みたいなかんじです。
義経一行も、やはり逢坂山を越えて京を脱出します。
関所はかなり昔に廃止されてもうありません。
状況としては、一行は逢坂山を越えて船に乗って琵琶湖を渡っているところです。

さて、
本歌では「逢坂の関」になりますが、ここでは「逢坂の山を隠す」と続きます。


>「これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも」の古歌で有名な逢坂山、昨晩越えてきたその逢坂山を振り返って見るが、山はもう見えない。霞が逢坂山を隠す風情はすばらしいものだが、
琵琶湖を渡って北国に来てしまった今、都の春の霞が懐かしく、もう一度見たい思いがすることだよ。

(能だと最後が「恨めしき」です。これだと

>振り返ってみようとする逢坂山を、春の霞が隠している。懐かしい逢坂山をもう一度見たいのに霞が恨めしいことだ。
となります)。


波路はるかに行く船の 海津の浦に着きにけり。
>こうして義経一行は琵琶湖を渡り、波路を遠く渡っていく船の櫂(かい)ではないが、同じ音の「海津(かいづ)」の浦についたのであった。

ここまでの歌詞いっぱいで弁慶以下、義経の家来たちが花道にずらりと並びます。

義経: いかに、弁慶、
道々も申すとおり、かく行く先々に関所あっては
しょせん、陸奥(みちのく)へは思いもよらず。

>なあ、どうであろうか弁慶。ここまでの道中でも話していたとおり、このように行く先々に関所があっては、
しょせん、どのようにがんばっても陸奥まで到達することは考えもできないほど難しそうだ。

名もなきものの手にかからんよりはと、覚悟はとくより極めたれども、
おのおのの言葉、もだし難く、弁慶が言葉に従い、
かく強力(ごうりき)と姿を変えたり。
面々(めんめん)計ろう旨(はかろうむね)ありや。

>源氏の大将として戦を指揮し、今は判官という官職まで持つ自分であるから、
ムリに逃げようと戦って、どこの誰ともわからない、名もないような兵卒に殺されるのは不本意である。
なので潔く自害する覚悟はとっくに極めているのだが、
なんとか陸奥まで逃げて身の安全を確保し、時節を待とう、というお前たち家来の言葉も無視するにしのびず、
弁慶の言葉にしたがって、このように強力(ごうりき、荷物もちの雇い人)に変装した。
この先の行動について、みんなはそれぞれ何か考えていることはあるだろうか。

四天: さんぞうろう、
帯せし太刀は何のため いつの世にかは血を塗らん。

>それでございます。我々が腰に帯びている太刀は何のためにあるのか(戦って人を斬るためである)。いつ、どんな時代に戦ってこの刀を血まみれにすればいいのか。もちろん今です。

君おん大事(きみ おんだいじ)は今このとき。
心のほぞを固め、関所の番卒斬りたおし、関をやぶって通るべし。

>我々の主君(義経)にとって危機なのは、まさに今このときです。
心の中心(へそ)を固め、何があっても気持ちがブレないようにしっかりと保って、
関所の番人たちを斬り倒し、関所を破って強行突破しましょう。

多年の武恩(ぶおん)は今日ただいま。いでや、関所を、
踏みやぶらん。

>今までの長年の(源平の戦での数々の勝ち戦という)武士として受けた恩を返すのは今日、いまです。
さあ、関所を、踏み破りましょう。

弁慶: やあれ しばらく おん待ち候へ。
>おおい、しばらくの間、お待ちください。

これは由々しき(ゆゆしき)、おん大事にて候。
この関ひとつ 踏み破って越えたりとも
また行く先々の新関に、かかる沙汰のあるときは、
求めて事を破るの道理。
たやすく陸奥(みちのく)へは参りがたし。

>この問題はほんとうに重大な、主君の危機であります。
今この関をひとつ踏み破って無理に越えたとしても、行く先々にもある新関に、またこのような(山伏を捕らえろという)命令があるとしたら、
山伏が関所を踏み破って通ったという事件はむしろ警戒を強めるだけで、自分から求めてものごとを破綻させるという理屈です。
そのやりかたでは、たやすく陸奥に行き着くことはできないでしょう。

それゆえにこそ、 袈裟(けさ)、兜巾(ときん)をのけられ、笈(おい)を、おん肩にまいらせて、
君(きみ)を強力(ごうりき)と仕立て候。

>それだからこそ、主君(義経さま)は山伏の扮装である袈裟(けさ)や兜巾(ときん、山伏がかぶる独特な形の帽子)をおはずしになって、我々は笈(おい、荷物を入れる箱)を主君のおん肩に乗せ申しあげて、
主君を強力に見えるように仕立てたのです。

とにもかくにも それがしに、おんまかせあって、おんいたわしくは候へども、
おん笠を深々と召され、いかにも草臥れたる体(てい)にもてなし、
我々より後に引き下がって、おん通り候はば
なかなか人は思いもより申すまじ。

>とにもかくにも、わたくしにおまかせいただいて、重い荷物を持たせたこのような状態はいたわしく思い申し上げるのですが、
お持ちの笠を顔が隠れるように深くかぶって、いかにも疲れ果ててしまった様子に取りつくろって、
我々より後ろに下がって、離れて関をお通りなさるなら、
かえって関所の人は、それが判官さまだとは思いもよらないでありましょう。

はるか後より、おん入りあろうずるにて候。
>我々とは関係がないかのように、はるか後の方で関所にお入りになるのがよろしいでしょう。

義経: 弁慶、よきにはからい候へ。
かたがた、違背(いはい)すべからず。

>この問題ついては弁慶にまかせるので、何かアクシデントがあっても弁慶がよいように計らってください。
みなさん、弁慶のやることに逆らわないように。

四天: かしこまって候。
>承知いたしました。

弁慶: さらば、いずれも、おん通り候へ。
>では、みなさん、関所をお通りください。

四天: 心得申して候。
>心得てございます。

唄: いざ通らんと旅衣 関のこなたに さしかかる。
>さあ通ろうと、旅装の一行は関所のこちら側の入り口にさしかかる。

ここまでの作戦会議は、一行が花道にずらっと並んだ状態で行われます。
2階、3階席からはほとんど見えませんが、とくに動きはありません。
声を聞いて雰囲気を楽しんでください。のびあがっても見えませんのでゆったり座ってご覧ください。
ここで一行は動き、本舞台に移動します。


弁慶: 如何に(いかに)。
これなる山伏の おん関をまかり通り候。


「いかに」は、「いかにある(いかがおすごしですか)」的な挨拶が元の意味ですが、単なる呼びかけとして使われます。「どうなんだ」的な意味を含むこともあります。訳しにくい単語ではあると思います。前後関係から適宜訳します(悩みながら)。

>よろしいしょうか。
ここにいる山伏が、こちらの関所を通らせていただきますよ。

動かなかった関守の富樫たちが動き出します。
今の舞台で言うとスポットライトが当たった状態だと思えばいいです。


番卒: なに、山伏の、この関へ、
かかりしとな。

>なんだと、山伏が、この関所に、通りかかったというのか。

富樫: 何と、山伏のおん通りあると申すか。
心得てある。

>なんだと、山伏がお通りになるというのか。
みなさん、対応については心得ているだろうか(もちろん心得ているな)。

富樫: のうのう客僧(きゃくそう)たち、これは関にて候。
>もしもし旅の僧たち、これは関所でございます。

弁慶: うけたまわり候。
これは南都東大寺(なんと とうだいじ)建立(こんりゅう)のため、国々へ客僧をつかわされ、
北陸道(ほくろくどう)は、この客僧、うけたまわって、まかり通り候。

>承知いたしました。
この一行は、(その主催者が)南都(奈良)の東大寺の建立のために国々に旅の僧を派遣なさい、寄付集めをしています。
北陸道方面はこの旅僧であるわたくしが命令を受けて赴き、この関所を通らせていただくのです。

富樫: 近頃(ちかごろ)殊勝(しゅしょう)には候へども、この新関は、山伏たるものに限り、固く、通路なりがたし。

「近頃」は、詳しくいうと「近頃の嘆かわしいこの風潮にあって、めずらしいほど」のようなニュアンスです。
「殊勝」は今の意味とは少し違い、りっぱな、すばらしい、のような意味合いです。


>最近にはめずらしく、りっぱなことではございますが、この新関は山伏であるものに限って、絶対に通ることはできないのです。

弁慶: 心得ぬ事どもかな。して、その所為(しょい)は。
>腑に落ちない事ですね。そして、その理由はなんですか。

富樫: さん候(ぞうろう)。
>そこでございます。

頼朝、義経、おん仲不和とならせ給ふにより、判官殿主従(ほうがんどの しゅうじゅう)奥秀衡(おく ひでひら)を頼み、下向(げこう)なる由(よし)、鎌倉殿、聞こし召しわけられ、
厳しく詮議せよとの厳命によって、それがし、この関をうけたまわる。

>頼朝と義経のお仲が悪くおなりになっているために、判官殿(義経さま)とその家来が、陸奥(むつ)の藤原秀衡(ふじわらの ひでひら)を頼って都から陸奥に赴くという事情を鎌倉殿(頼朝さま)がお聞きになって判断なさり、
義経さまを厳しく捜査しろという頼朝さまの厳命によって(いくつも新関が作られ)、
わたくしがこの関所を受け持っているのです。

番卒: 山伏を詮議(せんぎ)せよとの事にて、我々、番頭(ばんとう)つかまつる。
>山伏を取り調べろという命令で、我々も番をしているのです。

ことに、見れば、大勢の山伏たち、
一人(いちにん)も通すこと、
まかりならぬ。

>とりわけて、見れば大勢の山伏たちではないか。
一人たりとも通すことはできないぞ。

弁慶: 委細、うけたまわり候。それは、作り山伏をこそ留めよとの、仰せなるべし。
真(まこと)の山伏を留めよとの、仰せにては、候まじ。

>細かい事情は承知いたしました。
それは、ニセの山伏のみを拘束しろという命令でありましょう。
本物の山伏(は義経さまではないのだから)を拘束しろという命令ではございますまい。

番卒: いや、昨日も山伏、三人まで斬ったる上は、
たとえ真の山伏たりとも、容赦はならぬ。
たって通らば、一命(いちめい)にも及ぶべし。

>いいや、昨日も山伏を3人も斬った以上は、例外は認められない。
たとえ本物の山伏であっても許すことはできない。
無理に通るなら、ひとつしかないその命にも、害が及びかねないぞ。

弁慶: さて、その斬ったる山伏首は、判官殿か。
>それで、その斬ってしまったという山伏の首は判官殿(義経さま)なのか。
違うなら本物の山伏の首を斬ったことになるぞ、わかっているのか。

富樫: ああら、むづかしや。問答無用。
一人(いちにん)も通すこと まかりならぬ。

>ああもう面倒だ。問答無用だ。
一人たりとも通すことは許可できない。

※なぜか今セリフで「ああら、むずかしの 問答無用」と言うかたが多いのですが、
「むづかしや」です。「むづかし」の意味は、面倒な、うっとうしい、腹立たしい、です。
「むづかしや」と「問答無用」で2つの文です。
「難しい問答は無用だ」ではありません。
十五代目羽左衛門のレコードのセリフそっくりに富樫のセリフを言ってくれる菊之介くんですら、なぜかここだけは「むずかしの問答」です。なぜ!?
新歌舞伎座ではしっかりしていただきたいです…。


弁慶: 言語道断。
かかる不祥(ぶしょう)の、あるべきや。

>言語道断だ。
このようなひどい災難があるだろうか。

この上は力およばず。
さらば最期(さいご)の勤めをなし、尋常(じんじょう)に誅(ちゅう)せられうずるにて候。
かたがた、近う、わたり候へ。

>この上は自分の力ではどうしようもない。
あきらめてりっぱに成敗されることにしましょう。
みなさん、わたくしのそばにいらしてください。

「せられうずる」は、「す(サ変動詞)+られ(受身助動詞)+むずる(意思、推量の助動詞)(む・とする→むずる→うずる)」です。分解しにくい箇所なので一応書いておきます。

四天: 心得て候。
>わかりました。

弁慶: いでいで、最後の勤めをなさん。
>さあ、さあ、最後の、仏への勤めである祈りをしよう。

ここで弁慶と一行は、真言密教の様式にのっとったものものしい祈りをします。
最初の解説にも書いたように、山伏の祈りには具体的な効力があると信じられていたので、
本当に力のある山伏を怒らせて、さらに殺してしまったときの仏罰は、やはり恐ろしいものであったのです。
弁慶たちの祈りの迫力が、その恐怖心をかきたてます。
以下、真言密教の祈りの文句っぽい唄になります。


唄: それ、山伏といっぱ、役の優婆塞(えんの うばそく)の行義(ぎょうぎ)を受け、
即心即仏(そくじんそくぶつ)の 本体を ここにて打ち止め給わんこと、
明王(みょうおう)の照覧(しょうらん)はかり難う。
熊野権現(ゆやごんげん)の 御罰(おばつ)当たらんこと、たちどころに、おいて、疑いあるべからず。
ロ奄阿毘羅吽欠(おんあびらうんけん)と
数珠さらさらと押しもんだり。

>それつまり山伏といえば(どういうものかというと)、
伝説の修験道の祖である「役の優婆塞(えんの うばそく)」の修行のやりかたを受け継ぎ、
この心がすなわち仏であるというこの体を、この場にて打ち殺しておしまいになることは、
修験道の信仰する不動明王がそれをご覧になっていることは、それは人知を超えた力であり、
殺したものたちに、熊野三山の神であり、不動明王の化身でもある熊野権現のによる罰が当たるであろうことは、
たちまちそうなるであろう。疑いはあるまい。
胎蔵界大日如来に帰依し、信じる我々である。と、唱えながら
数珠をじゃらじゃらと押しもんで祈った。

ロ奄(おん)の文字が、「帰依」という意味です。サンスクリット語の漢字表記です。これを「真言」といいます。
阿毘羅吽欠(あびらうんけん)は、 一文字一文字の意味は取れず、
まとめて「胎蔵界大日如来」という意味らしいです。
なので、全体で「胎蔵界にいる大日如来を信じ、その教えに従う(結果としてその強い加護を受ける)」という意味になります。
五字明(ごじみょう)とも呼び、真言密教の代表的な真言のひとつです。


=全セリフ=

=全訳2=につづく。
=全訳3=

=50音索引に戻る=



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3 コメント

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感動しました (歌舞伎万歳)
2013-02-20 22:27:17
別のものを調べてここに辿り着きました。
台詞はなんとなくわかるからいいやで済ませてきた勧進帳、やはりしっかり理解している方が楽しめますね。
訳にもまして途中の解説が素晴らしかったです。
ありがとうございます。
勧進帳 (由美子)
2014-05-07 21:35:09
こんにちは。先日2日目の歌舞伎座「勧進帳」を観てきました。
海老蔵の弁慶と菊之助の富樫です。
若い二人が素晴らしい勧進帳を演じてくれました!
こちらのブログの全台詞をプリントアウトして勉強して行きました。
菊之助君は、ちゃんと「ああら、むずかしや。問答無用。」と言ってましたよ!
菊之助君もこのブログで勉強してたりして(笑)!
お蔭様で、もう何度も観ている勧進帳ですが、やっと全台詞が聞き取れたと思います。
これからも歌舞伎を観に行く度に、前もって勉強させて頂きます。
大好きな歌舞伎が何倍も楽しくなります。
ありがとうございました。

追伸 もちろん、「毛抜」と「魚屋宗五郎」も勉強していきましたよ!
こちらは台詞はわかり易くて翻訳はいりませんが、予備知識があると
何倍も面白くなりますね!

コメントありがとうございます。 (ひろせがわ)
2014-05-13 17:10:23
由美子さま
コメントありがとうございます。
おおお!! 「むづかしや」になっていたのですか!!
今回見に行けていないのですが、
すっごく感動です。
ここにも書いていたのですが、歌舞伎座内のアンケートに書いたりと、苦節十数年。ジミに言い続けた甲斐がありました。
本当にうれしいです。
自分が書いたせいではなく、菊之助さんが自分でお気づきになったのかもですが、
とにかく感動です。
教えてくださってありがとうございますー。
今後見に行くのが本当にたのしみです。

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