歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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「石橋」 しゃっきょう

2011年09月25日 | 歌舞伎
「石橋」 しゃっきょう
所作(しょさ、踊りね)です。
有名な、お獅子が毛を振る踊り、「春興鏡獅子」(しゅんきょう かがみじし)の、原型にあたる作品です。

モチーフになっているのは中国の伝説です。中国の清涼山(せいりょうざん)という山の奥に「石橋」(しゃっきょう)という伝説の橋があるのです。
岩が削れてできた天然の橋です。幅三寸(10センチくらい)長さ3丈(9mくらい)の、雨風にさらされてつるつるの橋です。人間には渡れません。下は千尋の谷なので落ちたら死にます。
中国は大陸として非常に古く、あ、ここでは歴史の古さではなく地質学的にです。
海底から隆起した地面が膨大な時間をかけて風雨に侵食されていった、最終形態にあたる状態です。「準平原」とかいいます。
なので「削り残し」の奇妙な地形が山の中にたくさんあります。なのでこんな橋があっても全然不思議ではありません。

橋の向こう側は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)のいる、浄土です。
今までこの橋を渡った人間はいません。

修行中の僧がやって来ます。寂招(じゃくしょう)法師と言います。実在した僧です。
日本から修行に来たのですが(ここまで史実)、旅の途中に山道に迷ったのです。
来合わせたきこりの童に聞くと、ここが伝説の「石橋(しゃっきょう)」だといいます。
童は、石橋の由来やその険しい地形、外観の美しさなどについて歌いながら舞い、
「もうすぐ夕暮れになる、奇跡を見ることができれば仏の功徳があるだろう」みたいな事を言って消えます。

夢だったのです。

そこに、文殊菩薩のお使いである獅子の精が現れます。

獅子を拝んだ法師は、奇跡を見ることができた事を喜び、また修行するために山をおりて行きます。

このあと獅子の踊りになり、最後は獅子の座(台)の上に直って、終わりです。

この原型が、なぜ「鏡獅子」のような形になったかというと、歌舞伎の古い時期には、所作(踊り)は全て、女形(おんながたと読む)の役者さんのものだったからです。
なので、前半に女踊りを入れる必要があり、このような形にアレンジされました。
今も「石橋」から「鏡獅子」への過渡期にあたる「英(はなぶさ)執着獅子」という古い演目が残っています。 今の「鏡獅子」よりもゆったりした、女性的な印象の強い舞台です。

また、この作品の設定はお獅子が二匹並んで毛を振る「連獅子(れんじし)」にも受け継がれています。
「連獅子」のほうが、一応「清涼山の石橋で獅子に会う」という設定を受け継いでいるので「石橋」に近いです。
ただ、「連獅子」のほうは狂言師が出てきたり、後半出てくる僧同士のやりとりもコミカルなものになっていたりと、
「石橋」のもつ荘厳さはあまりなく、獅子の勇壮さに主眼をおいた内容になっていると思います。


=「春興鏡獅子」=
=連獅子=

=50音索引に戻る=

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