歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「心謎解色糸」 こころのなぞ とけていろいと -1

2015年09月12日 | 歌舞伎
江戸後半期の代表作者、「東海道四谷怪談」で有名な「鶴屋南北(つるや なんぼく)」の
代表作のひとつです。

出るとしたら通し上演になると思います。
ここは1幕目を書きます。もっとも有名な茶屋での場面はここです。

4つのお話が交差しながら進みます。
・「お祭り佐七(おまつりさしち)」という町人のイケメンと。「お糸(おいと)」という芸者の筋
・「糸屋」という大きなお店(おたな)の一人娘の「お房(おふさ)」の婿取りをめぐる陰謀やゴタゴタの筋
・とある大名家のお家騒動で濡れ衣を着せられた「本庄綱五郎(ほんじょう つなごろう)」というイケメン武士の筋

この3つが交錯しながら進み、これに過去の話、
・「本庄綱五郎」には婚約者がいたが、その娘が家来だった男と恋仲になってお屋敷のお金を盗んで逃げて行方不明
というのがジワジワと絡んでいきます。

この過去バナの部分はセリフだけで説明されるので、これがこのお芝居をわかりにくくしていると思います。
随時説明しながら書きます。

悪人たちがこの3つのお話をつなげています。南北らしいわかりやすい悪人たちです。
・「山角 五平太(やまずみ ごへいた)」、お侍です。ライバルを蹴落とすためとお金のために悪だくみをします。
・「左五兵衛(さごべえ)」、「糸屋」の番頭です。「糸屋」のの乗っ取りをたくらんでいます。
・「百川 東林(ももかわ とうりん)」医者です。金欲しさに二人に協力します。
という3人です。


では展開に沿って説明書きます。

深川八幡の場

八幡神社の境内です。
こういういろいろな人が集まる場所に一度登場人物を集め、人物紹介と状況説明をするという演出は
わりと歌舞伎には多いです。
なので実際は短い部分ですが少し詳しく書きます。

舞台で見るとかなり展開が早く、セリフも多いのでついて行きにくいかと思いますが、
初演当時の客は役者さんを見ればだいたいの役柄と今後やりそうなことは想像できたのです。
なので、職業などの具体的な設定と、誰と誰が味方かくらいがわかればよかったのです。

「ああ、幸四郎がこの役ね。今回はこういう設定で三津五郎のこの役とこう絡むんだね。そう来たか。楽しみ」
みたいな感じです。


季節は正月早々です。初春に上演された作品なのでそういう季節感がところどころに出ています。
八幡神社にお参りに来た人々と、
参道沿いの茶屋で遊ぶためにやって来た人々とで、今日もにぎわっています。

山の手と下町との火消したちの間でいざこざがあったのですが、このたび仲直りしました。
これから関係者が集まって深川の茶屋で仲直りに派手な宴会をやります。
人気者の芸者、「お糸(おいと)」ちゃんももちろんやってきます。

お糸ちゃん目当てに悪人のお侍、「山角五平太(やまずみ ごへいた)」と、糸屋の番頭の「左五兵衛(さごべえ)」、
取り巻きの医者の「東林(とうりん)」も来ています。悪人3人組です。

「五平太」と「左五兵衛」、ふたりともお糸ちゃんが好きなのですが、
侍の「五平太」のほうが今回あきらめて、「左五兵衛」に協力すると言い出します。

ここに一緒にいるのが、相撲取りの「ずん切(ずんぎり)」と商人の「金六(きんろく)」です。
このふたりは悪人ではなく、仕事でここにいるだけです。

「ずん切」はまだ前相撲のいわゆる「取的(とりてき)」です。
相撲取りとしての商品価値はないですが、もちろん一般人よりはずいぶん強いです。
人柄がいいのでしょう。こうやってお座敷に呼ばれて座を盛り上げる係としてかわいがられているようです。
まさに「男芸者」の役割です。
「ずん切」は大きくお話には絡まないのですが、江戸の華である相撲取りを配することで、舞台が華やぎます。
気のいい男です。

「金六」は質屋さんの手代(てだい、店員)です。
当時の質屋は今のような小口金融ではなく、今の銀行に近い固い商売でした。
ここには頼まれてお金を貸しに来ています。

もうひとり、あとで「義助(ぎすけ)」という男が出てきます。
芸者置屋の人で。お糸ちゃんの付き人、兼、監視役みたいなかんじです。
五平太たちと一緒にちょろちょろしますが、悪人というほどではありません。


お糸ちゃんが出てきます。かわいいけれど気が強くてワガママな様子が描かれます。
東林や五平太が、左五兵衛は「糸屋(いとや)」の番頭でお金持ちだから身請けされればいい暮らしができるぞと勧めますが、
お糸ちゃんは耳を貸しません。

ここに「鳥追い」の女の子が出てきます。「おきみ」ちゃんと言います。まだ子供です。

「鳥追い(とりおい)」というのは流しの女芸人の一種ですが、
ふだんは「女太夫(おんなたゆう」と呼ばれてふつうに門付芸をしている人たちです。
「鳥追い」と呼ばれて正月を祝う唄をうたうのは正月限定の風俗です。
ここでも「寿祝う初春に 七福神の宝船」 と歌っています。
というわけで、これはお正月気分を盛り上げる描写でもあります。

流しの「女太夫(おんなたゆう)」は、当時のいわゆる「」の仲間ですが、
お話と関係がないのでここでは「」についての詳細は割愛します。
物乞いで暮らすひとたちという理解で大丈夫です。

まだ小さいのに唄って物乞いをする様子に同情してみんなお金をあげるのですが、
おきみちゃんは「金(かね)をおくれ」と言います。

すでにお金はもらったのに何を言っているのだとお思いかもですが、
おきみちゃんがもらったのは「銭(ぜに)」です。一文銭をいくつかです。
ほしいのは「金(かね)」です。小判のことです。
同じ「貨幣」でも区別があったのです。
一両は6000から7000文くらいですから(変動相場)、そうそう手に入るものではありません。
一応リンク貼っておきます。 ※「江戸の貨幣価値」

おきみちゃんの親方にあたるのばあさんがすごく意地悪なので、逃げたいのですが、
ばあさんにまとまったお金を渡さないと自由になれないのでお金がほしいのです。

同情したお糸ちゃんはおきみちゃんに一両やります。
一両では足りませんので隠して持っているように言い、持っているお守りの袋に入れてやろうとします。
中のお守りには字が書いてあります。地名と名前と生年月日。
あれ
この女の子と数字が合わない。ていうかこの名前は

とか考えていたら、その意地悪なのばあさんがやってきておきみちゃんを連れて行きます。
ここの意地悪っぷりがリアルですごいです。こういうところが鶴屋南北です。

おきみちゃんの心配をするお糸ちゃんに、
左五兵衛たちがそのエネルギーと愛情をこっちに向けてほしいとツッコミを入れますが、
お糸ちゃんはワガママ全開ではねつけます。

さて、主人公のひとりである「お祭り佐七(おまつり さしち)」が登場します。
若手の鳶(とび)のもの、火消人足です。
火消人足は江戸では人気者なのですが、この佐七は気っぷのいい性格でイケメンなので超人気者です。
初演は若いころの三代目菊五郎なので、さぞかっこよかったろうと思います。

荷物を持って後ろに付いているのは「九郎兵衛(くろべえ)」です。これも主役の一人です。
「九郎兵衛」は「お糸」ちゃんの兄なのです。
今は真面目そうに荷物を持っていますが、もとは「半時九郎兵衛(はんとき くろべえ)」という遊び人です。

「半時」は約1時間です。なぜ「半時」というアダ名なのかよくわからないのですが、
半時で全財産をスるような乱暴な賭け事をするとか、半時あれば女性を口説いて最後までやっちゃうとか、
どうでロクな意味ではないのは間違いありません。たぶん後者です。

今回の火消人足同志のケンカは、佐七のところの親分の「風の神喜左衛門(かぜのかみ きざえもん)」が仲裁しました。
佐七はその「喜左衛門」の名代(みょうだい、代理です)で、仲直りの宴会に出るためにやってきました。
九郎兵衛に持たせているのは大きな「蒸篭(せいろう)」です。蒸し器です。「鳥飼」と書いてあります。
「鳥飼」は当時人気があったまんじゅう屋さんです。
宴会への差し入れなのでしょう。

さて、舞台上にはお糸ちゃんと絡んでいた悪役の「左五兵衛」や「五平太」もまだいるわけですが、
九郎兵衛が出した風呂敷を見て、お侍の「五平太」が怒りだします。この間盗まれた風呂敷なのです。
意外なところに持ち主がいてあわてる九郎兵衛ですが、「拾った」と言い張り、
逆に五平太に「言いがかりをつけるな」とケンカを売ります。

初演の九郎兵衛は「鼻高幸四郎」と呼ばれた五代目松本幸四郎です。
彫りの深い顔立ちの苦みばしったイケメン悪役で一世を風靡しました。
出てきてしばらくは頬かむりをして地味っぽくしていた九郎兵衛が、このへんでだんだん悪っぽい本領を発揮しはじめます。

刀と天秤棒で危険なケンカを始めるふたりを、佐七がかっこよく止めます。
というか佐七の制止を聞かずにケンカを続行すると今度は佐七が怒って暴れるので
危険なことこの上ありません。

事態が収拾したので、みんなで境内の茶屋街にある茶屋に向かいます。セリフで「松本」と言っているのがそれです。
実在した当時の人気店だと思いますが未確認です。
お糸ちゃんと九郎兵衛が残ります。

九郎兵衛がお糸ちゃんにお金を借りようとします。
最近はいちおう真面目に番小屋の番人をしているのですが、
よその奥さんと浮気したのがバレて慰謝料がいるのです。困った男です。
お糸ちゃんもお金はないので、仕方なく簪(かんざし)を抜いて渡します。

ここでさっきの鳥追いの「おきみ」ちゃんが持っていたお守りの話になります。
まったく同じものをお糸ちゃんも持っているのです。そしてあの生年月日と名前は九郎兵衛のものでした。
なぜ「おきみ」ちゃんがあのお守りを持っているのか聞こうと思ったお糸ちゃんですが、
茶屋の中居さんがお糸ちゃんを呼びに来て、強引に連れて行ってしまいます。

お糸ちゃん退場。九郎兵衛が残ります。
風呂敷盗んだのがバレるところだったヤバかったとかの悪そうな独り言を言います。

まだまだこの場面続きます。
お武家様のりっぱなご一行が出てきます。
どこかの藩の大名なのですが、そのへんはセリフにはなく、「赤城の家」とだけ言っています。
お殿様はまだ子供で、守役のお侍と乳母が付き添っています。
3人目の主人公の「本庄綱五郎(ほんじょう つなごろう)」がここで出てきます。
お殿様のおそば役です。まじめそうなイケメンです。

お殿様は子供ですが、すでに結婚相手が決まっていて近いうちにご婚礼の儀があります。
形だけ結婚しておくかんじです。
式のときに家宝の「小倉の色紙(おぐらのしきし)」を飾ります。
色紙を持って氏神さまである八幡さまにお参りに来たのです。

「小倉の色紙」というのは「藤原定家(ふじわらの ていか)」が書いた「小倉百人一首」の百枚の色紙、
その中の1枚という設定です。

お参りのあとで、このご一行も茶屋の「松本」でひと休みすることになっています。
鳶のものが宴会しているところにお殿様のご休憩がブッキングです。波乱の予感しかないです。

ここで「松本につかわす目録(もくろく)はどこだ」というセリフがあります。
「目録」には、あまりない使い方ですが「進物として送るお金」という意味があるので、
ここではその意味だろうと思います。つまり「茶屋に払う利用料は誰が持ってるんだ」ということです。
これを綱五郎が持っています。

様子を影でうかがっていたのが九郎兵衛です。
お付きの中間(ちゅうげん、雑用や警備のお侍です)から刀を盗みとり、
自分が中間のフリをして綱五郎に声をかけ、
「五平太さまに言われて目録(つまりお金)を受け取りに来ました」と言います。
証拠として例のぬすんだ風呂敷を見せます。うまい使い方だ。

だまされた風に目録(つまりお金)を渡そうとした綱五郎ですが、直後に九郎兵衛の腕をつかみます。
九郎兵衛は股引(ももひき)をはいていたのですが、
武家屋敷の下働きの「中間(ちゅうげん)」は絶対にナマ足なのです。ニセものだろお前!!
バレたー!! 綱五郎かっこいい!!

九郎兵衛は腕をふりはなして逃げるのですが、
このとき腕の刺青(いれずみ)が見えます。綱五郎が読みます。
「小糸命」こいと いのち
「小糸」というのは女性の名前ですから、好きな女の名前を彫ったものです。
この彫り物が後々への伏線になります。

とりあえず逃げ去る九郎兵衛です。

この幕終わりです。長かった。


次の幕です。
松本の場

人気の高級茶屋、松本のお座敷です。
鳶の者達が大宴会をしています。

若いものたちが座興に相撲をとっているのを佐七が楽しそうに見ています。
前の幕にもいた相撲取りの「ずん切」が、若いもの3人を同時に相手にして見事に投げ飛ばしてみせます。

感心した佐七は、「ずん切」に着ていた半纏(はんてん)と革の羽織を脱いであげてしまいます。
着るものがなくなった佐七、あまりお金もないので古着を買うか、誰かのを借りるかという話をします。
こういう後先考えないきっぷのいいところが、鳶(とび)のものの最高のかっこよさなのです。

茶屋のおかみさんが寒いだろうと夜具を持ってきてくれます。
袖のついた、今で言う「かいまきふとん」です。

そうこうしていると、お糸ちゃんがやってきます。
五平太や左五兵衛もやってきてお糸ちゃんを口説きながらケンカをはじめます。
大規模な宴会なので、けっこう色々なひとが勝手に出入りします。

左五兵衛はお糸ちゃんを身うけしたくてずっと口説いているわけですが、
お糸ちゃんは相手にしません。
遊女ですと遊女屋にお金さえ払えば遊女に選択肢はないのですが、芸者だと本人の同意がいるのです。

ところでお糸ちゃんは、人気芸者で相応に稼いではいるのですが、
お酒を飲んではひとに気前よく物や祝儀をあげてしまうのが大好きなので
じつはお金が全然ないどころか借金まみれです。
身うけを承知しないなら借金を返せと周囲から責められます。
それでも強がるお糸ちゃんですが、
借金のカタにと言われて着物や簪(かんざし)など、お金になりそうなものを身ぐるみはがされてしまい、
肌襦袢(はだじゅばん)いちまいにされてしまいます。

今の感覚ですと肌襦袢も着物も形状が同じなので見ていてもそこまで違和感がないのですが、
ようするに下着一枚です。洋服だとスリップ1枚です。公衆の面前でひどい!!
それでもがんばって強がるお糸ちゃんです。

さっきから横で見ていて心配していたのが佐七です。
しかしお金があるわけではないので助けることはできないし、と困っていたのですが、
ついに見かねて、自分がかぶっていたかいまき布団を脱いでお糸ちゃんにかけてあげます。

よろこぶお糸ちゃん。
じつは前から佐七が気になっていたと言い出します。

ところでお糸ちゃんに布団を貸してしまったので佐七が裸、というか半裸です。
松本のおかみさんは、お糸ちゃんを強引に口説いていじめるやりかたにイライラしていたので
「一緒に布団に入ってしまえばいい」とけしかけます。
かいまき布団ですから、一応着物の形状をしてはいますが、「布団」には違いありません。
半裸の男女がひとつのお布団に!!

というわけで、このお芝居の中で一番有名なシーンになります。

現行上演だと布団もかなり薄手で、大きめのドテラのような感じで、
役者さんが着ているものも「肌襦袢いちまい」といいつつ、そこまで下着感はないので、
いうほどインパクトはないのですが、
本来のコンセプトは、何度も言いますが、
「半裸の男女がひとつのお布団に!! 」
これです。
エロいのです。
「口を吸う」と台本にも指定があるのでかなり濃厚です。

そして、最初は左五兵衛たちへのイヤガラセのためにお糸ちゃんとイチャイチャしていた佐七なのですが、
だんだん本気になって行き、
正式におつきあいをする約束をします。
おかみさんが盃を持ってきて「固めの盃」を酌み交わします。

ここで「また開帳はかなわない、聖天(しょうでん)の煮こごり」と言うのが有名なセリフとされています。
もはや誰にも意味がわからないので、いまさらありがたがらなくてもいいような気もしますが、
一応意味を書くと、

「聖天」というのは仏様の一種で「聖歓喜天(せいかんぎてん)」ともいいます。
かなりインドの神様の原型を受け継いでおり、頭は象さんです。ガネーシャ的な。
これが男女一対で抱き合っている形の像なのです。なので自分たちの姿を「聖天」と言っているのです。
けっこうな秘仏らしく、ふだんはあまり見ることができません。
「煮こごり」ですが、
これを祀って祈るのに特別な方法があり、鍋に油を入れて煮て、その油を像にかけるのです。
場合によっては鍋に入れて煮るそうです。

この先は資料がないのですが、
おそらく当時、どこかのお寺の「聖天」が開帳になり、この儀式が行われて評判になったのだと思います。
聖天を鍋で煮る様子から「煮こごり」と言われたのでしょう。
めったにご開帳はしませんから「また開帳はかなわない、聖天の煮こごり(の儀式)」と言ったのだと思います。
ここでは像に油をかける様子が、だきあったまま盃に酒を注がれるようすに似ているという意味でしょう。

話は戻って、
おかみさんが煽りに煽って、ついに布団を敷き、ふたりを寝かせてまわりに屏風を立て回してしまいます。
ここでも「はい、閉帳閉帳」と言います。

ふたりは屏風の中で真っ最中ということになります。

お糸ちゃんをいじめていた連中はもうがっかりです。
こうやって恋人ができてしまった以上、円満に身うけするのはほぼ不可能です。

ところでこいつらは、細かいことでお糸ちゃんをだまそうとしていました。
金持ちの町人の左五兵衛がお糸ちゃんを身うけして、侍の五平太が協力すると言っていたのはウソで
やはり五平太がお糸ちゃんを身うけしようとしていました。
五平太は絶対に女に好かれないタイプなので、左五兵衛をダミーにしてお糸ちゃんをだまそうとしたのですが、
結局どっちも嫌われていたので意味がなかったのです。ムダな努力でした。

そんなこんなでヤケになった五平太です。
とにかく金に物を言わせてお糸ちゃんと芸者置屋との契約を切ってしまい、
あとは強引にお糸ちゃんを口説こうというやぶれかぶれな作戦に出ることにします。

まず、現金が必要です。
ずっと3人と一緒にいたのが「神原屋(かんばらや)」という質屋の手代の「金六」です。
左五兵衛に言われてお金を持ってきています。渡します。二百両。

もちろん大金なので担保が必要です。
五平太が担保を出します。
「小倉の色紙(おぐらのしきし)」という貴重なものだぞと説明します。
待て
さっきのお殿様の一行が「小倉の色紙をもって参拝」とか言ってなかったか?

そうです。赤城家の家宝の「小倉の色紙」は盗まれているのです。
けっこう衝撃の展開のはずですが、歌舞伎ではあまりに定番なのでいちいち説明もなく、
客も「あ、やっぱり盗まれてたんだな」というかんじです。

さてここからは南北が得意とする展開なのですが、
こういう高価すぎるものを質に取るときは、質札とは別に契約内容に間違いないと書いた証文が必要です。
五平太は証文を書いて持ってきたのですが、印形(いんぎょう、ハンコ)を忘れました。
後でハンコを押して渡すと言って、また紙入れにしまいます。

この証文が、落としたり盗まれたりで人手に渡って話がどんどんややこしくなるのが南北の得意の展開です。
証文や質札や密書など3枚くらいがあっちこっちに行ったり来たりします。
このお芝居もキーアイテムになる紙が3枚ほど出てきます。

というわけで、この証文もそのうち盗まれるのですが、
金六が受け取ってしまうと盗まれる場面が作りにくいので、一度証文の存在を見せた上で、
五平太がそのまま持っているという設定にしてあるのです。

ここでチラっと次の幕に関係する話をしますが、現行上演カットかもしれません。

左五兵衛もお糸ちゃんが好きだったがあきらめた。
左五兵衛は勤めている「糸屋」を乗っ取って、ひとり娘を嫁にするつもりだ。
そのために、悪者仲間の医者の東林(とうりん)が持っている毒を使うのだ。
というかんじです。

それはそれとして今は他の悪だくみが大事です。
五平太はさっきの「赤城の家」で、まあまあの地位にいるお侍です。
お殿様の「光若(みつわか)」さまがまだ子供なので、どうにか「光若」さまの後見役になって権力をふるいたいのです。
しかし光若さまにはすでに後見役として「石塚弥惣兵衛(いしづか やそべえ)」というひとが付いています。
この弥惣兵衛を失脚させたいのです。
左五兵衛も手伝う手はずです。

さらにそれはそれとして、相談の間もずっと横には、さっきのままに屏風の仕切りが。
中ではずっと佐七とお糸ちゃんが真っ最中ということです。ああ悔しい。
悔しいので、お殿様が貸し切りのはずのこの座敷で何やってるんだと難癖を付けて引きずり出すことにします。

ところが
屏風の中にいたのは、佐七たちではなく、
さっきのかっこいいお侍の「本庄綱五郎(ほんじょう つなごろう)」です。あれ。
何をするんだと怒る綱五郎。あわてる一同。

とかやっていたら休憩していた光若さまのご一行が出てきます。そろそろ出発です。綱五郎も準備しないと。

ここに、一度退場した左五兵衛がやってきます。ちょっと改まった服です。
左五兵衛が番頭をしている「糸屋」は、名前の通り布や糸を扱う店です。
赤城の家は今回の婚礼のために、例の色紙の表装を「糸屋」に依頼しています。
なので準備のために色紙を拝見したい、と左五兵衛は言います。

色紙を保管しているのは、お守役の「石塚 弥惣兵衛」です。年配の落ち着いたお侍です。
もちろん色紙はありません。
五平太たちはわかっていてわざと殿様の前で色紙を出せと言い。弥惣兵衛を陥れようとしています。

困った弥惣兵衛、切羽詰まって切腹しようとします。
色紙の箱の中には色紙の替りに死んでお詫びするという弥惣兵衛の遺書が入っています。

これを、となりの障子の隙間から佐七が聞いてヤキモキしています。佐七に気付いた弥惣兵衛が
「や、息子」と言います。
が、綱五郎がさえぎります。
佐七と弥惣兵衛は親子なのですが、佐七は勘当されているのでひみつにしなければなりません。
このへんの事情はあとで出てきます。

さて、綱五郎が「色紙をなくしたのは自分だ」と言い出します。
もちろんウソですが、殿様にとって自分はただのおそば役、弥惣兵衛はお守役、つまり後見人。
しかも、色紙を盗んだのやたぶん言えないけど五平太ですが、
そんなやつが殿様のそばをウロウロしている。
いま弥惣兵衛に死なれるわけには行かないので綱五郎が腹を切ろうとします。
殿様が止めます。

殿様はまだ子供ですがなかなかりっぱな子です。
家の宝は物ではなく家来である。物のために家来を殺すなどありえないと言います。

弥惣兵衛はしばらく謹慎、
綱五郎は一時的に浪人になって色紙を探すことになります。

浪人するので綱五郎が刀をお殿様に渡し、しかし弥惣兵衛が自分の刀を代わりにあげるという場面があり、
お殿様たちは綱五郎を残して退場します。

佐七とお糸ちゃんが出てきます。
父親を助けてもらったお礼を言います。

また、さっき屏風の中でエッチしていたとき、
周囲の悪だくみに気づいてふたりを逃がしてくれたのも綱五郎でした。
ふたりが本当に好き合うようになったと知った綱五郎は、父親の刀にかけて、父親になり変わってふたりの結婚を許します。
二人は色紙を探す手伝いをする約束をするのでした。


笹薮(ささやぶ)の場

ここでは「殺し場」と「世話だんまり」というふたつの歌舞伎の定番の見せ場が楽しめます。
「殺し場」はその名の通り誰かを殺す場面です。
「だんまり」は暗闇の中での手探りの立ち回りです。だいたい大事なものを奪い合います。
何が誰の手に渡るかのドキドキ感を楽しみます。

にぎやかな深川の茶屋からうってかわって、帰り道のさびしい場所です。
竹林です。1月なので雪がけっこう降っています。
1月の東京はまず雪はふりませんが、旧暦の1月半ばはいまの2月の末なので春先なのです。ふつうに降ります。

九郎兵衛がアヤシイ感じで立っています。何かたくらんでいる風です。
おそらく、あとで出てくる五平太から金を奪おうとしていたのだと思います。

そこに最初の幕で出てきたの子供の「おきみ」ちゃんが出てきます。
親がわりのお六さんがあまりにいじめるので外をウロウロしていて迷子になってしまったのです。

送ってやろうと思った九郎兵衛ですが、
おきみちゃんが持っているお守りの感触に気付きます。
そう。お糸ちゃんがお守り袋に入れてやった一両です。
嫌がるおきみちゃんからお守りを奪おうとした九郎兵衛は、おきみちゃんを殺してしまいます。
殺してから金がたった一両なのに気づいて後悔した九郎兵衛ですが、仕方ないので死体を隠して逃げます。

次にやってくるのは五平太です。義助も一緒です。
義助は最後の場面で佐七に殴られたのです。怒っています。
五平太も、お糸ちゃんを取られたので怒っています。
この道を佐七が通るはずなので、斬りつけようと思っているのです。

それはそうとお糸ちゃんの身うけをしないといけません。
五平太は義助に百五十両渡します。残りの五十両は身うけがうまくいってから渡すと言います。
義助は手続きをしに芸者屋さんに戻っていきます。

ここでおきみちゃんを探しに来た例のいじわるばあさんに絡まれる場面があるのですが、いまはカットかもしれません。

さて、佐七の半纏を着た男がやってきます。来た!!
雪が降っているので傘をかぶっていて顔が見えません。
そう、これは
さっき、佐七から半纏をもらった、相撲取りの「ずん切」なのです。
知らずに斬りつける五平太と、ずん切とでもみあいになり、双方退場します。

キレイな女の人が出てきます。
セリフで「こちの人の九郎兵衛どのは」と言うので、九郎兵衛の奥さんだとわかります。
「おとき」さんと言います。
セリフで「二人にとってなければならない金」みたいなことを言います。
なにか訳アリでまとまったお金がいるんだなという伏線です。

五平太が戻って来ます。
さっきのさわぎで五十両が入った財布を落としたのです。雪が積もっているので見つけにくいです。

おときさんを見つけて、持っていた提灯を奪いとって財布を探す五平太。
「金を落とした」と聞いたおときさんは提灯を奪い返して自分が財布を探し始めます。
キレイですがなかなか気の強い女性です。
ここで提灯が消え、舞台上の照明に変化はありませんが、暗闇だという設定になります。
街灯がない時代はわずかな光源が消えれば真っ暗闇です。

以降、前述した「だんまり」になります。
途中から九郎兵衛も参加して3人でいろいろな動きがあり、
最後はおときさんが財布を見つけます。

1幕目おわりです。

2、3幕目は=こちら=です。
4、5幕目は=こちら=です。

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2 コメント

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コメントありがとうございます。 (ひろせがわ)
2015-09-22 20:42:39
アサノタクミノカミさま
いつも見てくださってありがとうございます。
どうやって調べるかですが、
基本的に、原典を可能な限り読むようにしています。
初演時の脚本や、当時の今は出ないお芝居、役者さんの日記、当時の小説やそれ以前の古典作品なども読みます。
今だに知らないことだらけですががんばります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
返信する
Unknown (アサノタクミノカミ)
2015-09-22 12:29:52
いつもありがとうございます

行くときには読んでます
どうやって調べるんですか?
返信する

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