歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「心謎解色糸」 こころのなぞ とけていろいと -3

2015年09月22日 | 歌舞伎
4幕目と5幕目はこちらです。これで最後です。
1幕目は=こちら=です。
2幕目と3幕目は=こちら=です。

4幕目

安納屋(あのや)店先

イキナリ「安納屋(あのや)」という知らないお店が舞台になります。
1幕目でチラっとセリフ名前は出ているのですが、誰も聞いてないと思います。
「糸屋」の後見人のような立場にいるのが、この「安納屋(あのや)」の主人です。

先代の時代に「糸屋」で働いており、信頼も厚かったのですが、
実家も商売をしていたので「糸屋」の暖簾分けは受けずにこの「安納屋」を継ぎました。
死んだ「糸屋」のご主人の兄貴分みたいなかんじだったようです。
商売は、今で言うと雑貨屋さんです。あまりお金持ちではありません。

前の幕でスリを捕まえていた「杢助(もくすけ)」がこの家にいます。
ここの使用人ではなく、信濃(しなの、いまの長野)から炭を売りに来た商人です。
この安納屋とも取引があるのでしょう。江戸滞在中はここに泊まって雑用などもしています。
当時の田舎のひとなのであまりものを知らず、たまに丁稚の岩松にからかわれたりしますが
真面目で気のいい人です。

店に(というか家に)お産用の籠(かご)があります。
人がまるまる入る巨大なカゴです。入るとちょうど座ったような体勢になり、お産がしやすいのだと思います。
近所の家でお産があるので貸すことになりました。
一か所穴があいていたので紙を貼って直すことになり、
杢助が貼りはじめます。

主人の十兵衛(じゅうべえ)はここのところ眼の調子が悪く、眼があまりよく見えません。
江戸は眼病が多い街だったようです。室内ですっと火を燃やしていたのだからムリもないかもです。

さて、芸者の「お糸」ちゃんがここにいます。
1幕目で悪役のお侍の「五平太(ごへいた)」がお糸ちゃんを身うけしようとして
金に物を言わせて強引に芸者置屋とお糸ちゃんとの契約を解除しました。
でもお糸ちゃんは五平太のところに行くのを承知しません。お糸ちゃんは宙ぶらりんです。

安納屋は五平太の知り合いというか、五平太の主君の「赤城家」のお屋敷に出入りしている商人なので、
とりあえずここでお糸ちゃんをあずかっています。
このへんの事情はべつにわからなくても「あれ、こんなところにいる」でもいいのですが、
まあわかったほうが見やすいかと思います。

どうしても「五平太」の家に行くのは嫌だと言いはるお糸ちゃんですが、十兵衛(じゅうべえ)が
「五平太になびくフリをして色紙のありかを聞き出せ」と知恵を付けます。
最後はちゃんと恋人の左七と結婚できるんだよねとかわいいかんじで何度も何度も念を押しながら、
お糸ちゃんはその作戦に乗ります。

これがうまく行けば、色紙紛失(ふんじつ)の責任を取って浪人している「本庄綱五郎(ほんじょう つなごろう)」さまも
またりっぱなお侍に戻れますし、
左七とお糸ちゃんは綱五郎さまに恩があるので、これでお役にたてるというものです。

さて、ここで急に、お糸ちゃんが
数年前に赤城のお屋敷でおきた事件の話をしはじめます。
なぜそんな話を知っているのかと不審に思いながら十兵衛は詳しい事情を話します。

綱五郎さまには婚約者がいました。お屋敷で腰元をしていた「小糸(こいと)」ちゃんと言います。
これが「糸屋」の長女です。
「お糸」ちゃんと名前が似ていますが偶然です。
当時、綱五郎は江戸を離れていたのでふたりは面識はありません。周囲がセッティングしました。
しかし小糸ちゃんは他に男を作って妊娠してしまい、妊娠を隠し切れないと判断して
その男と駆け落ちしてしまいました。しかもお屋敷のお金を持ち逃げしました。百五十両。
今は行方不明です。

綱五郎さまにとっては「結婚相手を寝取られた」状態です。
こういう場合、お侍は名誉を守るために「女敵討ち(めがたきうち)」という名目で
相手を殺す必要がありました。浮気した女も殺します。

綱五郎さまも、相手が完全に行方不明ということもあって積極的に探してはいませんが、
見つけたら討ち取る気持ちでいます。

あと、小糸ちゃんは妊娠していたわけですが、生まれた子供は捨てたらしいです。
むごたらしい話です。
というような話をします。
話を聞いて複雑な表情のお糸ちゃん。

お糸ちゃんがなぜこの事件を知っていて、ここまで気にするかというと、
この駆け落ちした「十右衛門」という男が、今の「半時九郎兵衛」なのです。
つまりお糸ちゃんの兄ちゃんなのです。

本庄綱五郎さまは九郎兵衛に会ったら「女敵討ち」で斬る。これはまあしかたないのですが、
恋人の「左七(さしち)」は、今は町人ですが以前は武士。
綱五郎とは立場的にもとても近い上に恩があるので、一緒に九郎兵衛を斬ることになるでしょう。
恋人が兄を斬る。
この事態に気付いたのでお糸ちゃんはとてもショックを受けたのです。

というかんじで、この部分はずっとセリフだけの説明で長いのですが、
お糸ちゃんの今後の行動にとってとても重要な部分です。


ところで話はかわりますが、
杢助は前幕で拾った紙入れからいらなさそうな紙を取り出して、それをペタペタ貼って籠を修理しています。
セリフで「ほぐ」と言っているのが、「反故(ほぐ)」、書き損じのいらない紙のことです。
待って。その紙入れは、スリが悪者の「五平太」から盗んで捨てたやつですよ。

つまり
五平太が書いた「小倉の色紙を質入れして二百両借りた」という証文が
この籠にペタペタ貼られているのです。
杢助と、おかみさんの「おらい」さんは字が読めず、主人の十兵衛は目がよく見えないので誰も気付きません。
客だけがヤキモキしています。

今の劇場規模だとこんな小さな文字は誰にも読めませんが、
当時の劇場サイズならば少なくとも土間と桟敷の客は読めたでしょう。
後ろの席の客は、だいたいがお芝居を見慣れている層なので流れで何が起きているのか想像できたのだと思います。

さて五平太がやってきます。相変わらず感じ悪い男です。
お糸ちゃんに会いにきました。
左七や綱五郎の悪口を言ったりします。
五平太のところに行く決心をしたはずのお糸ちゃんですが、やっぱり心底嫌そうです。

ここでふと横に干してある産籠を見た五平太は、
自分が書いたヤバい証文がそこに貼ってあるのに気付きます。なぜここに!!

証文がここにあるとは言えない五平太は、この籠がほしいと言い出します。
籠は大きすぎるので、あとで家来が取りに来ることになり、
五平太は一度帰ります。

しかしお侍に差し上げるなら「反故」で修理するのは失礼だろうということで、
みんなで証文をはがして白い紙に貼り替えます。昔のノリですから完全に乾く前ならはがせます。

剥がした「反故」は、破れたのもありますが証文はキレイにはがれたので、
あとで使おうと思ってそのへんに置きます。
破れたのはくずかごに捨てました。

というかんじで、五平太は一生懸命に籠を買ったり、破れた「反故」が入ったくずかごを買い取ったりしますが
証文は手に入らない、という楽しいくだりがあります。
五平太は退場します。

「義助(ぎすけ)」がやってきます。1幕目にも出ていたひとです。
お糸ちゃんがいた芸者置屋の従業員で、今は五平太にたのまれてお糸ちゃんの番をしています。
主に恋人の左七に会わせないように監視しています。

ここで、1幕目の最後のほうで殺されたかわいそうなの女の子、「おきみ」ちゃんの話になります。
死体が見つかってさわぎになっています。
お糸ちゃんがあげた一両がなくなっていました。このお金のために殺されたのでしょう。
自分のせいだと思ってショックを受けるお糸ちゃん。

お守り袋が落ちていたので義助がお糸ちゃんのところに持ってきました。
お糸ちゃんも同じお守りを持っているのですが、このお守りの本来の持ち主は、間違いなく兄の九郎兵衛です。
つまりこの子は九郎兵衛の子供でお糸ちゃんの姪なのです。
ということもあって誰にも言えないけどさらにショックが大きいお糸ちゃんです。

ここに、左七がやって来ます。
すっとジャマされてお糸ちゃんに会えなかったのですが、やっと今日は会えました。
もう強引に連れて逃げようとお糸ちゃんの手を取る左七ですが、
お糸ちゃんは振り払います。

ここから、いわゆる「縁切り」場面になります。
「縁切り」というのは、
好き会っているはずの主人公と遊女(または芸者)なのに、なにかの理由で遊女が一方的にお別れを言う場面の総称です。
主人公のショックは想像するに余りあります。

遊女のほうが何か目的が会って演技で「縁切り」をするパターンが多く、
縁切りしながらも相手への思いが透けて見えるような演出が多いのですが、
ここではお糸ちゃんは、「左七は自分の兄を殺さなければならない」という事実にかなりショックを受けており、
もう生きてはいられないと思いつめています。
詳しくは次の幕のところで書きます。

なので、左七に完璧に嫌われ、かつ怒らせるために必要以上に残酷な「縁切り」をします。
というわけで、ここは歌舞伎に数ある「縁切り場」の中でも屈指の「ひどさ」だと思います。
ここまで言う!? というかんじです。

五平太のところに行く覚悟を決めているわりに五平太の前では演技をし切れていないお糸ちゃんが
左七には迫真の演技で「縁切り」する不自然さも、そういう理由からです。

怒り狂って飛び出す左七。

すっきり左七と切れたお糸ちゃんは、籠に乗って五平太の待つ別荘に行くことになります。

とかやってきたら今度は「左五兵衛(さごへえ)」がやってきます。
忘れてるかもなので一応紹介しとくと、「糸屋」の番頭で「糸屋」の乗っ取りをたくらんでいるあの悪人です。

「糸屋」のひとり娘のお房ちゃんが死んだだけでも大騒ぎなのに、
翌朝見てみたら早桶(はやおけ、昔の棺桶)のふたは開いていて死体はどこにもありません。
探して歩いていてここにもやって来ましたが、ここにもいません。

とか話していたら、医者の「東林(とうりん)」もやってきます。
東林はお糸ちゃんが具合が悪いと言ったので五平太が呼んでいたのですが、
ちょうどいいところに左五兵衛がいたので、毒薬の代金の話を始めます。

周囲に人がいるのですが、三十両ほしいのにまだ五両しかもらっていない東林は夢中で話を続け、
ついつい左五兵衛も「殺せたけど生き返らなかったじゃないか」とか言い返してしまい、
それを十兵衛が聞いています。

ここにお糸ちゃんを迎えに来た駕籠がやってくるので、会話は一度中断されてみんなでお糸ちゃんを見送ります。
向こうに生活用品は全部そろっているのでとくに用意もせずに行くのですが、
櫛くらいはないと困るだろうと、十兵衛の妻の「おらい」さんが自分の櫛を渡そうとします。
櫛畳紙(くしたとう)、まあ、櫛ケースですが、それに入れて渡そうとするのですが、
さっき駕籠から剥がした例の証文が、ここに入っています。

ぽいと捨てたのを、左五兵衛が拾って何気なく読み上げます。
「自分の持ち物の「小倉の色紙」を、二百両のカタに質入れしたよ。神原屋左五郎どのへ。山角五平太」(意訳)
言い逃れできない内容です。

十兵衛が後ろからそれを取り上げます。
取られてから証文の内容に気付く左五兵衛。もう遅いです。証拠は保全された。

ついでに左五兵衛と東林も毒がどうこう言っていてあやしいので、みんなでこのふたりを取り押さえます。

この場面おわりです。


深川から洲崎にむかう橋のたもとの場面になります。
左七が先回りしてお糸ちゃんの駕籠を待っています。
東林と義助が付き添っていますが、左七が包丁をふりまわすので逃げていきます。

駕籠から出てくるお糸ちゃんを左七がめった切りにします。
ここも「殺し場」ですので、凄惨に殺す見せ場になります。

切られながらお糸ちゃんが一生懸命手紙を渡します。
ひと息ついた左七が手紙を見ます。「書き置き」、つまり遺書です。
ではお糸ちゃんは死ぬのを覚悟していたのか。なぜ!?
驚く左七ですが、お糸ちゃんは死んでしまいます。

この幕おわりです。
次が最後です。


小石川長屋 喜左衛門内(きざえもん うち)の場

文京区小石川は今は高級住宅街ですが、当時「小石川」というと今の春日のへんです。地下鉄丸ノ内線から外が見えるあたりです。
文京区の氷川通り沿いから神田神保町までは海抜ゼロメートル地域で、今も下町の風情が残ります。
チナミに春日通りを越えて本郷台地のふもとにあたる辺に、樋口一葉が貧乏暮しをしていた借家がありました。今も井戸が残ります。
そういう一帯です。

というわけで下町風情にあふれる小石川の裏長屋です。
「風の神喜左衛門(かぜのかみ きざえもん)」は火消しの親方です。左七の親分にあたります。

「今日は息子の実の親の命日」と言って火消しの若い者を集めて念仏を上げ、
そばと酒をふるまっています。
みんなお礼を言って帰ります。

同じ長屋に「九郎兵衛」夫婦と、新参の浪人者が住んでいます。
浪人ものはつまり、「本庄綱五郎」です。江戸は狭いな!!

左七がやってきます。何の念仏だと聞く左七を喜左衛門は叱ります。
「息子」というのは左七のことです。養子にしたようなものなので「息子」と言ったのです。
今日は「石塚弥惣兵衛(いしづか やそべえ)」さまの奥様、つまり左七の実の母親の命日なのです。
五平太の悪だくみでまだ謹慎中の弥惣兵衛さま。
なのにお前はフラフラ出歩くばかりで、と叱る喜左衛門ですが、
途中であきらめて長屋のひとたちにそばを配りに出ていきます。

反省した左七。どのみちお糸ちゃんを殺してしまったので生きてはいられません。
喜左衛門にひと目会って死ぬつもりでいます。

そこに前幕でお糸ちゃんのめんどうを見ていた「安納屋の十兵衛」がやってきます。
目がよく見えないのにたいへんなことです。
左七がどうやらお糸ちゃんを殺したらしいと感付いている十兵衛ですが、
十兵衛は、小倉の色紙のありかがわかる例の証文を手に入れたので持ってきました。
お金があれば色紙を請け出してお屋敷に届けられます。
死ぬ前に実の親のためにやることあるだろうと叱る十兵衛です。

これを、鳶人足のひとりが聞いていて訴人しようとするのですが
どうにか引き止めて畳の下に閉じ込めます。


同じ長屋、本庄綱五郎内(ほんじょう つなごろう うち)

おぼつかない手つきでお米を計っている綱五郎です。
まだ長屋ぐらしになれません。

さて、部屋の戸棚の中には
花嫁衣装のままのお房ちゃんが隠れています。

せっかく百両借りたけど、色紙を請け出すには二百両いる。困ったなあとか会話をし、
そのあと布団をしいて枕を2個並べたり、一緒にお米を研いだりします。楽しそうです。

長屋の裏には長唄の稽古所があり、いま「鷺娘(さぎむすめ)」のお稽古をしています。
「鷺娘」は娘の狂おしい恋を唄う内容で、しかも真っ白い衣装で踊ります。
白無垢の花嫁衣装のお房ちゃんにぴったりな内容です。

さてここから最後の見せ場になります。
表に家主の「権兵衛(ごんべえ)」がいて中をのぞいているのですが、
お房ちゃんを幽霊と勘違いしてびびります。

そこに九郎兵衛が通りかかり、綱五郎とお房を見て墓場での出来事を思い出します。
あああのときの二人だと気付きます。

外が騒がしいので綱五郎はあわててお房ちゃんを戸棚に隠します。

外では、九郎兵衛の妻の「おとき」さんが出てきます。
この「おとき」さんがつまり、綱五郎の婚約者だったのに他の男と駆け落ちした、お房ちゃんの姉です。
一応言うとお房ちゃんと同じ役者さんが早変わりで出てきます。
姉妹なのでそっくりだという設定なわけですが、性格は真逆です。

初演のお房ちゃん、兼、おときさんは、七代目岩井半四郎。
「大太夫」と呼ばれ、老年までそのあでやかさを失わなかったた絶世の女形(おんながた)です。
さぞ美しかったろうと思います。

まず、おときさんが、さっきの喜左衛門が配ったそばを持ってきたというのを口実に
部屋に上がり込みます。
定番の「着物がほころびているから縫ってあげましょう」から始まっていろいろ色仕掛けをします。
戸棚の中でお房ちゃんが嫉妬してガタガタ暴れるのがおもしろいです。
さらにおときさんは間違えたフリをして行灯(あんどん)の明かりを消します。

ただ、この色仕掛けの途中に腕のいれずみを見られてしまいます。
「十右衛門命」。
これが後半への伏線になります。

明かりをつけると、いつの間にか九郎兵衛が入って来ています。
おときさんと綱五郎は、布団の上に座っています。枕は2個並んでいます。
俺の女房と浮気しただろうと決めつけて綱五郎をユスリ始める九郎兵衛。
おときさんも「やりました」としゃあしゃあと言い出します。
いわゆる「美人局(つつもたせ)」というやつです。

ところで、枕が2個並んでいてそれはお房ちゃんの分なのですが、
お房ちゃんがいるのがバレるのは非常にまずいのです。金持ちの娘を百両目当てに盗んだ状態です。
さらに九郎兵衛は、墓場で引きちぎったお房ちゃんの片方の袖を持っていて見せます。

絶体絶命のように見える綱五郎ですが、
あわてずさわがず、あっさりと「間男つかまつった」と認めます。
なぜなら町人の世界では間男についてはお金で解決できるからです。
百両と言われて驚きますが、お房ちゃんにもらった百両を出します。

さて、間男の話と慰謝料の話が終わってチャラになったことを確認した上で
綱五郎は次の話を始めます。

そもそも、間男は九郎兵衛です。
おときさんは最初は綱五郎の婚約者だったのを、九郎兵衛(十右衛門)が連れて逃げたのです。
腕に彫ってある名前の刺青が証拠です。
前幕のところで説明したように、お侍の世界では「女敵(めがたき)は浮気した女もろとも斬って捨てていい存在です。
さあ斬るぞ。

あわてるふたり。
逃げようとしますが、いいタイミングで安納屋の十兵衛が入ってきて取り押さえます。
十兵衛は目が悪いのにすごく動くのでたいへんそうです。
ていうか細かいものが見えないだけでけっこう見えているようです。
観念するふたり。

十兵衛と綱五郎がそれぞれふたりを取り押さえ、いまにも殺しそうな動きから、
十兵衛は火鉢の火箸で、綱五郎は小刀で、それぞれの腕にある名前の刺青(いれずみ)を消します。
これはこれですっごく痛そうではあります。

名前には「小糸命」「十右衛門命」というように「命」の字が彫ってあるので、
これを消すことが「命を取る」ことになるという理屈です。

寛大な処置に勘当する九郎兵衛とおとき。
というか、ふたりはけっこう前から逃げたことを悪いと思っていて、
持って逃げたお金をいつか返そうとコツコツためていました。
働いたのではなく悪いことをしてためたのですが、そこは突っ込まないでください。
九郎兵衛が一応セリフで細かい内訳を言っていますが、聞き流していいです。
ようするに、綱五郎の百両と合わせて二百両になりました。

こういう、悪人だったはずの人が急に善人になって主人公側の力強い味方になるパターンを「もどり」と言います。
途中で改心するパターンと、最初からじつは味方で、悪人のふりをしていたパターンとがあります。
悪役らしい荒々しいかっこよさと、味方をかっこよくサポートする兄貴分的なかっこよさと、
両方おいしいとこ取りするための仕組みです。

というわけで、安納屋十兵衛が質入れの証文を見つけて持ってきていますから、
この証文とお金を質屋に持っていけば間違いなく色紙は手にはいります。
勇んで出て行く綱五郎。

おときさんは中にいるお房ちゃんは実の妹なので、戸棚の中身が気になります。
しかしお房ちゃんは「ここにはいない」ことになっているので
戸棚を開けてはいけません。
というかお房ちゃんとおときさんと2役なので開けられません。

さてここに左七がやってきます。
さらに、お房ちゃんの婿になるはずだった「神原屋左五郎(かんばらや さごろう)」もやってきます。
まっすぐ戸棚に向かう左五郎。ちょ、なんで知ってるの、そこにはお房ちゃんが。
あせるみんなですが、
神原屋左五郎は、お房ちゃんとの縁談を破談にしに来たのでした。

「三行半(みくだりはん)」、つまり離縁状だと言って投げつけたのは、見覚えのある紙入れです。
=3幕目=の墓場で死体を生き返らせる場面で、悪人が紙入れを落としたのをこの神原左五郎が拾ったやつです。
中身は、まず盗まれた「糸屋」の「ゆずり状」。権利書です。
そしてお房ちゃんを毒殺したり生き返らせたりする薬の取引の証文です。
これで糸屋の番頭の「左五兵衛(さごべえ)」が全部悪いということがはっきりしました。

さて、「お家騒動で家宝が盗まれ、その家宝は何か事情で質屋に預けられる」というのは
もう当時のお芝居の定番展開なのですが、
この場合、質屋さんはだいたい「悪役」と相場が決まっていました。
そこをひねった展開にして自分は質屋だが色紙は悪人には渡さない、という神原屋左五郎。
自分の店に質入れされていた「小倉の色紙」を渡します。

本当は綱五郎に渡そうと思って持ってきたのですが、綱五郎は入れ違いで二百両持って質屋に向かったのです。
まあ色紙が味方サイドの手に入ってよかったです。

ここで「自分はまだ青二才だが江戸っ子(だから曲ったことはしない)」みたいなセリフを言うのは、
神原屋左五郎のセリフというよりは、当時20歳だった売出し中の「七代目市川團十郎」のセリフです。

前半でも書きましたが、この神原屋左五郎というのは
「まだ20歳と若いがそこそこ実力もあり、すでに「團十郎」の名も継いでいる。
しかし役者としてのランクはまだ立役の4枚目。
当時人気絶頂の三代目三津五郎や五代目幸四郎と同格には扱えないが、そこそこの役は振らないと」
というビミョウな初演時の状況を踏まえてご覧にならないと、かなり中途半端に感じる役だろうと思います。

お話としてはこれで解決なのですが、ここから少し長いです。
現行上演では全部出さないと思いますが一応書きます。
ストリー上必要な部分というよりも、最後に役者さん全員の見せ場を作るための場面だと思います。

まず、左七がイキナリ死のうとします。
問題がほとんど解決して、浪人している綱五郎ももとの武士に戻れそうなので、もう思い残すことはないのです。
お糸ちゃんを殺してしまったときにお糸ちゃんから渡された「書置(かきおき)、遺書です」を、
兄の九郎兵衛に渡します。

お糸ちゃんは死ぬ覚悟をしていて、左七に殺されるためにわざと左七を怒らせたのです。
理由は2つあって、

・兄の九郎兵衛が綱五郎の婚約者と駆け落ちした以上、いつかは九郎兵衛は綱五郎に殺される。
左七もそれを手伝うに違いない。
自分が兄のかわりに殺されるので兄夫婦を助けてほしい。

・の「おきみ」ちゃんが殺されたのは、自分が一両あげて持たせておいたから。自分のせいだ。
しかも持っていたお守りを見たら「おきみ」ちゃんは兄の九郎兵衛の娘だ。
かわいい姪っ子を自分が殺したようなものだ。

みたいなかんじです。
驚き悲しむ一同。
しかし左七を死なせるわけには行かないのでみんなで阻止します。

途中で、表で聞いていた大家さんが左七を捕まえようとするのをみんなで押さえつけたりとかの動きがあります。

さて、このかわいそうなの娘の「おきみ」ちゃんを殺したのは誰かという話になり、
そう、殺したのは九郎兵衛です。知らなかったとはいえ実の娘を殺すとは!!

悲しむ九郎兵衛と泣きながら九郎兵衛をなじるおときさんの場面や、
左七が九郎兵衛にあやまる場面、
神原屋左五郎が、色紙は渡すけど代金はもらうぞと主張する場面などがあります。
左七はもとは「石塚弥惣兵衛(いしづか やそべえ)」さまの息子ですから、綱五郎との縁もあるのでお侍に戻るのだと思います。
まあ要するに、こんなかんじでそれぞれの見せ場があります。

さて、綱五郎を追いかけて色紙を渡すことになり、
やはり妹に会いたいおときさんが戸棚を開けてみると、お房ちゃんがいません。
裏に住んでいる九郎兵衛の家(長屋なので壁続き)から、壁に穴をあけて盗まれています。いつのまに!!

一瞬、九郎兵衛が疑われますが、
実際はお房ちゃんを盗んで行ったのは、糸屋の番頭の、悪人の「左五兵衛(さごべえ)」です。
色紙を届けがてら左五兵衛を探すことにする九郎兵衛。飛び出していきます。

この場面おわりです。


街中です。最後のおまけの立ち回り場面です。

つづら(服とか入れる大きい箱)を背負った「左五兵衛」と、悪い侍の「五平太」がいます。
つづらの中にはお房ちゃんが入っています。袖がはみ出ています。

綱五郎がこの二人と戦っています。

ここに九郎兵衛もやってきます。

闘いながら、幕です。

おわりです。


1幕目は=こちら=です。
2幕目と3幕目は=こちら=です。

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