歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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「鎌倉三代記」 かまくら さんだいき

2011年09月19日 | 歌舞伎
「鎌三」(かまさん)の通称で親しまれております。
現行上演、七段目の「絹川村閑居の場(きぬがわむら かんきょのば)」しか出ません。
「鎌三」といえば、この「絹川村」の場を指すと思っていいです。

たぶん、セリフほとんど聞き取れないと思うので、詳しく書きます。


鎌倉時代末期、当時の将軍である「源頼家(みなもとの よりいえ)」と、時の執権「北条時政(ほうじょう ときまさ)」との
京、鎌倉に分かれての勢力争いが舞台です。

じつは、じっさいの設定モチーフは、「大阪夏の陣」なのですが、
今出る部分に限って言えば、そのへんまったく気にせずにご覧になってさしつかえありません。
いちおう、詳細を下に書きます。

主人公は、「三浦之助義村(みうらのすけ よしむら)」というお侍です。
どこが姓か名前かわかりにくいのですが、以降「三浦之助」と表記します。これも詳細は下に書きます。
三浦之助は、京方(きょうがた)、源頼家に味方する家来です。非常な忠臣で、強い上に、なかなかの色男です。
恋人がいます。
恋人は、敵方の大将、北条時政の一人娘の、「時姫(ときひめ)」さまです。
…よりによって…。

この場合困るのは、三浦之助ではなくて北条時政のほうです。
しかも時姫は父親の制止を振り切って三浦之助の実家に行って、病気の義母の看病をしています。
京方はその気になれば時姫を人質にできちゃうのですが、
それは卑怯なので、とりあえずその気はないのです。
が、時政は気が気ではありませんよ。

以上が前提になる設定です。


絹川村閑居(きぬがわむら かんきょ)の場

閑居(かんきょ)というのは、別荘とか隠居用の家とかの意味です。
ここは三浦之助の実家です。病気の母親がひとりで暮らしています。

現行上演、時姫が手ぬぐいで姉さんかぶりをして、行灯を持って出てくるところから始まります。
そのあとかいがいしく病気の母親の世話をしてみせて、
「真っ赤な振袖のお姫さまの世話女房ぶり」というミスマッチを見せるのですが、
本当はこの前に、時姫がお付きの侍女たちとともに、近所のおばさんに教わりながら不器用に米をといだり味噌をすったりする場面があります。
「そんな(下手な)すりこ木の持ちようで、よく殿御が抱けるものだ」となどの下ネタ満歳の楽しいシーンです。

ここがあると、時姫がこの家でいかにがんばっているのか、お姫さまがこの貧しい家にいることがいかに不自然なことなのか、非常によく伝わるので、
出したほうがいい場面だと思います。
このお芝居は、とくに前半動きが少なく、伝わりにくい部分が多いので、出だしに華やかな場面があるのもいいと思います。

出ない場面の話は置いておいて、

三浦之助の母が上手の障子の中で咳き込み、お薬でも煎じようと、時姫は退場します。
残った腰元ふたり。
彼女らはどうにか時姫を連れ帰れと父親の北条時政から命令を受けています。困っています。
いっそ、三浦之助の母を殺して無理やり時姫を連れ帰ろうと決めて、母親の部屋に行こうとします。
と、そこに、
安っぽい男が声をかけます。

安達 籐三郎(あだち とうざぶろう)という名の、北条時政の使いです。最近お侍になったので、装備が安物です。
時姫のことは俺がまかされているから、と言って侍女たちを追い返し、本人も奥に引っ込みます。

今はこの部分も、というか侍女自体が出ないかもしれません。

「三浦之助義村(みうらのすけ よしむら)」が登場します。真っ赤な鎧の美しい若武者です。
とはいえ、浄瑠璃の文句によると身の丈六尺(180cm)超の骨太の、時姫の細腕では支えきれないような大男ですので、
実際の設定は、ただの優男ではありません。

三浦之助は、すでに戦で傷を負っていて息も絶え絶えです。
この、「もう力が出ない」かんじと、武者という役柄の持つ「力強さ」とを、両立させなくてはならないのが
この役の難しさだと思います。

家の戸口で気を失った三浦之助を時姫が見つけて、母親のための気付けの薬「獨参湯(どくじんとう)」を飲ませて介抱します。
しかし、嫁として自分の母の看病をしてくれている時姫に、冷たい三浦之助。
時姫は敵の娘なので信用していないのです。

母親が、三浦之助が戻ったのに気付きます。
が、病気の自分を心配してやってきた息子を喜ぶどころか、戦場を抜け出してきた弱い心を叱ります。
自分の息子はそんな腰抜けではない。ここにいるはずがない。そんなのは息子じゃないから、私は会わない。
この障子の内側は、母の城郭、一歩も入れぬ。と言い放つ母親です。

死ぬ前に息子にひと目会いたくない母親はいません。己を捨てて息子に武士の心得を説く母。
涙する息子。母の言葉にしたがってそのまま戦場に戻ろうとします。

あわててとめるのは時姫です。ちょっと待って!! 私はおいてけぼりー?

ふたりは、まだエッチしていません。短い夏のひと晩を一緒に過ごしたい時姫。
戦が終わって戻ってきたら、となだめる三浦之助ですが、
じつは、三浦之助は隠していますが、かなりの重傷です。しかも戦局は絶望的です。
時姫も三浦之助がこのまま討ち死にするつもりなのに気付いています。なので必死なのです。

一応、なぜ時姫が気づいたのかセリフで言っていますので書くと、
兜を結んだ紐は、普通は後でほどきやすいように結び目の先、緒(お)が長く垂れています。なにげにジャマです。
これをギリギリまで短く切ってあるのは、もう、戦の後陣屋に戻って兜を取るつもりがないからです。
また、兜に香を強く焚き染めてあります。これは昔からある、死臭を隠すための凄惨かつ優雅な風習です。

これっきり会えないのに、優しい言葉のひとつもかけてくれないなんてと嘆く時姫。
しかし、三浦之助は、北条の娘である時姫をまだ信用していません。

そうこうするうちに、また障子の内側で母親の咳。
母親はかなり重体で、今晩もあやういのです。
今晩ここにとどまるか、悩む三浦之助。
せめての親孝行に、薬を暖めようと、時姫とともに奥に入ります。

また出てくる、さっきの腰元ふたり。
やはりさっきの「安達籐三郎」とかいう安い侍は信用できないので、自力で三浦之助の母を殺して時姫を拉致ろうとしてやってきました。
そこに、庭の井戸の中から声をかける、これはちょっとえらそうな侍。
「富田六郎(とんだの ろくろう)」という、北条の腹心です。
北条も、安達籐三郎がやっぱり頼りないと思ったので、お目付け役に派遣しました。
六郎は、北条の陣地からこの井戸まで地下道を掘ってやってきたのです。

そこにやってきた、近所のおばさん。
おくるさんと言います。
ていねいに出すとこの人は最初の場面でも遊びにきていて、
いかにも田舎のおばさんというかんじで時姫に家事のてほどきをしています。

このひとが、自分はじつは安達籐三郎の妻だと名乗ります。けっこう前から三浦之介の母を監視するためにここに入り込んでいたのです。
自分が手引きをするから、と3人を連れて奥に引っ込みます。

その籐三郎が、時姫を追い回して登場します。
籐三郎は、時姫はどうせ殺すしかない娘だからいらない。連れ帰ったらヨメにしていいと北条に言われているのです。
三浦之介はどうせもう死にます。いくら男は下半身が大事だと言っても、首のない男を抱いて寝て何になる、と
ミモフタもないことを言って時姫を口説く藤三郎です。
証拠にと、藤三郎は北条時政にもらった刀を見せますが、怒った時姫は懐剣を抜いて斬り付けます。
藤三郎はあわてて時政の刀を置いて逃げて行きます。

父親の冷たい仕打ちにショックを受ける時姫。
殺されるのは覚悟の上だけど、あんな安い男に自分をくれてやるなんて!!
そんな目にあうくらいなら、父の刀で、父に殺されたと思って、三浦の妻として死ぬ覚悟を決め、刀を抜く時姫。

見ていた三浦之助が、時姫をとめます。
やっと、時姫の気持ちを信じたのです。

ならば、自分のために、父親の北条を殺す気はないか、という三浦之助。
…あんたがいちばんひどいよ!!

このまま北条の城に帰れ。今晩にも自分は戦で死ぬだろう。自分の死を確認したら夫の敵として父を討てという三浦之介。
父親を殺せば親不孝の罪を着ることになりますが、そのまま自害すれば、不孝にはならない。と三浦之介は言います。
当時の日本の道徳観はかなり厳格なのですが、どこかに逃げ道がある仕様になっています。

悩みますが、ついに、死んでいく夫のためにと父を殺す決心をする時姫です。

さっきの、近所のおばさんの「おくる」さんがこれを聞いています。「北条さまにに言い付ける」と言って駆け出します。
が、三浦之助に取り押さえられます。
動けないおくるさんは、隠れていた味方の富田六郎に声をかけます。
富田六郎が出てきて、勇んで井戸の抜け道に入ろうとします。が、
下から出てきた槍に刺されて、死んでしまいます。えー!!

槍を突き上げたのは、あの安い侍、安達籐三郎です。
急にりっぱな衣装で出てくるので一瞬誰だかわかりませんが、さっきの三枚目の悪役のあのヒトです。
じつは彼は三浦之介の味方だったのです。
しかも!!
ここまで全く出てきていない設定なのですが、彼は、三浦と並ぶ源頼家の重臣で知将として名高い、
佐々木高綱(ささき たかつな) なのです。
他人になりすまして北条をだまして敵方の家来になりました。

今回の、籐三郎やおくるの動きはすべて、時姫を取り戻しに来た北条の家来たちを一網打尽にするための計略だったのです。

ところで、佐々木高綱は、「近江源氏先陣館(おうみげんじ せんじんやかた)」という別のお芝居に出てくるひとです。
自分のニセ首を北条方に討ち取らせ、自分の息子をニセ首の前で自害させて北条をだます、というエピソードで有名です。
今回のは、そのお芝居のエピソードを受けて、さらに自分が別のニセモノのふりをして北条の城に入り込んで北条をだました、という設定になっています。続編的なつくりなのです。
おくるさんは、前のお芝居で高綱のニセ首になったお百姓さん、籐三さんの奥さんです。
夫はニセ首になるのを晴れがましいことだ、と喜んで死んでいきました。
夫のその心を受けて、自分も高綱のために働いているのです。

そんな計略があって、まだこの先北条に勝つ希望があるのなら、三浦之助も討ち死にを思いとどまって欲しい時姫なのですが、
三浦之助は、見た目よりも、じつは重傷なのです。
鎧の前を開けると、下はいくつもの矢傷で着物は真っ赤です。立っているのもやっとです。

そこまでひどいとは気付かなかったと泣く時姫。
こうなったら、父を撃ちます。がんばります。
と、気合を見せるために槍を取って突き出す、その槍を、そばの障子の中からつかむ腕があります。
三浦之助の母親です。
そのまま、自分の腹に、槍を突き刺す母親。
えー!!
ここは、見ていても何が起きたかわかりにくい部分ですが、こういう流れです。

自分が生きていては息子の迷いになるから先に死ぬ。時姫にはほんとうに感謝していた。
こうして、形の上では三浦之助の母親を討ち取った形になった。もう北条への義理は済んだ。
がんばって父親の北条時政を討ち取ってくれ。
そんなことを言います。

もうすぐみんな死ぬことになるでしょう。母が先に行って若い二人を待ち、あの世で祝言しましょうといい、3人で名残を惜しみます。
このへんはセリフが多くて長いですが、それぞれに思い入れを持って必死に生き、死ぬひとたちの言葉です。
がんばってついていってください。

いよいよ、三浦之助は高綱とともに出陣です。遠くで陣太鼓や鉦の音も聞こえます。行かなくては!!
勇む三浦之助、励ます高綱。
ここで歌舞伎だと、意識を失いかける三浦之助を、高綱が弓で叩いて気合を入れる動きがあります。
嘆く時姫。

そろって見得で、幕です。


・絶対出ませんが、前後に何があったか、さくっと書きます。

といっても、全九段のうちの半分は、今出る部分とはまったく関係のない筋です。
松田左近朝光(まつださこん ともみつ)という色男のお侍と、腰元の朝路(あさじ)ちゃんとの恋物語です。
さすがに割愛します。
浄瑠璃の定番の展開上、カップルでの「道行」や、御殿での色模様などの場面が必須です。
三浦之助と時姫とでは、設定上それができないので、別のカップルの筋をムリに挿入したのだと思います。

じゃあ、前後の本筋です。

時の将軍「源頼家(みなもとの よりいえ)」は政治の実権を失い、わずかに残る腹心の部下たちとともに京の坂本の城にこもって北条の大軍とにらみあっています。

一応、この「三浦之助義村」が使者に立って一時的な和睦がなります。

城で部下の武将たちが、事態を打開しようとあれこれ策をめぐらすのですが、
敵と内通しているっぽい大場外記影義(おおばのがいき かげよし)のジャマと、頼家の優柔不断のせいで全て不調に終わります。

腹心の武将のひとり、和田兵衛秀盛(わだびょうえ、ひでもり)は、明るい未来が見えない執行部が嫌になり、侍そのものをやめてしまいます。
もともと駕篭かきだった設定なので(後藤又兵衛のイメージ)、りっぱなお屋敷の中で汚い駕篭かきルックで、もと家来たち(今後はお客)と仲良く酒盛りです。
北条からスカウトが来ますが、一蹴して使者を斬り殺します。

頼家の奥方、宇治の方(うじのかた)が、世継である公暁丸(きんさとまる)を抱いてきて、和田兵衛に託します。
和田兵衛は赤子をフトコロに抱いて戦い、北条の包囲網を突破します。

琵琶湖対岸の渡し守は、じつは追いはぎです。そこに集まる謎の浪人、手負いの美女、赤子が入った箱。
渡し守は、実は味方の「小坂部九郎(こさかべ くろう)」(または鷲尾三郎(わしお さぶろう))、
美女は和田兵衛の妻、牧の方、
謎の浪人は対馬の大名の「対馬冠者義廣(つしまのかじゃ よしひろ)」(または「本間四郎広次(ほんましろう ひろつぐ)」)とわかります。
小坂部夫婦の子供が身替りになって公暁丸は助かります。

和田兵衛も登場し、和田兵衛は公暁丸を対馬冠者に託し、琉球に逃がします。

気の弱いお百姓の「籐三郎」は、京の武将の「佐々木高綱」に似ているので、本人が化けて隠れているのかと疑われて、北条の屋敷に連行されます。
いろいろあってなんとか疑いは晴れ、籐三郎は、今後高綱の身替りにならないようにと、顔に入墨をされます。
籐三郎は北条時政に取り入って侍にしてもらい、敵方の三浦之助の家にいる時姫の奪還に向かいます。
もちろん、この藤三郎がじつは本物の佐々木高綱なのです。


ここに絹川村の段が入ります。


北条の城です。
ついに京方は負けて三浦之助は死んだという知らせが入ります。でもやはり父親は殺せない時姫。
時姫の手引で佐々木高綱が北条を狙いますが、失敗します。北条の武運強し!!

しかし、あきらめない高綱。
源の嫡子の公暁丸(きんさとまる)は無事に逃がして琉球にいます。再起を誓って自分も琉球に逃げていくのでした。

というのが浄瑠璃版のラストで、
歌舞伎だと、高綱が出家して終わるようです。ワタクシは見たことないです。

・最近は通し上演はもちろん、以前は人気作だったこの「絹川村」の場面もあまり出ません。
丸本もの(まるほんもの、文楽由来の作品)の時代物の典型なのですが、昨今のライト志向な客層の好みに合わないのだろうと思います。
浄瑠璃が聞き取れないと、たしかにつらいと思います。
あと、通しで出ることは絶対になく、前後の展開がわからず、
登場人物のキャラクターもこの幕だけだとイメージしづらいです。

いろいろハードルが高い作品なのですが、
やはり、丸本もの(文楽由来作品)ならではの重厚さ、登場人物の格調の高い雰囲気などはすばらしく、
歌舞伎の魅力のひとつの典型を担っている作品です。
なんとかがんばって味わっていただきたい舞台でもあります。


・「三浦之助義村」の名前についてです。
「三浦之助」というのが名前っぽいですが、こっちが名字になります。
正確には名字は「三浦」です。これは所有する土地(名田)の地名もあらわします。伊豆の三浦地方の大名なのです。
「之助」は、名ではなく、官職名です。
「三浦」という土地を管理する官職の中の、「守」の次にえらい「助」であるという意味です。
「義村」が名前です。
あまり名前っぽくないですが、おじいさんは「義明」、お父さんは「義澄(よしずみ)」です。その流れです。

「助(介、佑)」などが、官職名から名前に変化していった事情は、こちらにまとめました。
=名前と官職の関係=

三浦大助紅梅?(みうらおおすけ こうばいたづな)」というお芝居がありますが、
このタイトルになっている「三浦大助義明(みうらのおおすけ よしあき)」というのが、平安末期の有名な伊豆地方の豪族です。
尊敬の意味を込めて「大」を付けて「大助」と呼ばれました。
この「三浦之助義村」は、三浦大助の孫に当たります。息子は「義澄」です。
親子三代、平家物語にも名前が出て来ます。



・さいごにこの作品の設定と、「大阪夏の陣」の関係を書きます。

この作品の実際のモチーフは「大阪夏の陣」です。
しかし江戸時代は、家康を少しでも連想させる内容の作品は禁止でしたから、そのままのカタチでは出せなかったのです。
この作品も、最初に上方で文楽として上演されたときに、一度上演禁止になっています。

というわけで、設定が偶然よく似ている頼家と北条との対立と戦いを、「隠れ蓑」として利用したのです。
登場する武将たちも、もちろん徳川、豊臣の家臣たちがモチーフですし、作品自体も通しで出すと、
かなり「大阪夏の陣」を連想させる内容になっています。
が、
今はもう、あまり裏読みせず、その役名のかっこいい武将たちを、そのまま楽しめばいいと思います。
これは、鎌倉時代のほうの実在の武将たちも充分魅力的だったわけですし。
頭の片隅に「源頼家=豊臣秀頼」「北条時政=徳川家康」だけ意識しておけばいいと思います。
一応対比表を書きます。

京方(豊臣方)
・源頼家→豊臣秀頼
・宇治の方→淀君
・佐々木高綱→真田幸村
・三浦之介義村→木村重成
・和田兵衛秀盛→後藤又兵衛


鎌倉方(家康方)
・北条時政→徳川家康
・時姫→千姫
・富田六郎→本多忠朝
・安達籐三郎→安藤長三郎

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1 コメント

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これから (ゆーまー)
2014-04-04 08:56:44
これから観に行きます。長く少し難解な演目ですが、話の流れについて行けますように…。

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