歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「吉例寿曾我」きちれい ことぶきの そが

2011年07月10日 | 歌舞伎
「曾我もの」です。
鎌倉初期にあった史実、曾我兄弟の仇討ちをモチーフとした一連の作品群を総称して、「曾我もの」と呼びます。
曾我兄弟は江戸のヒーローだったので「曾我もの」もたくさん作られました。
「曽我もの」については、べつに項目立てました。
=「曽我もの」解説=
こちらです。お時間があったらどうぞ。

今回の「吉例寿曽我(きちれい ことぶきの そが)」というお芝居は、
敵の工藤祐経(くどう すけつね)との有名な「対面」の場面も「仇討ち」の場面もなく、
じつはあまり「曾我もの」っぽさはありません。

「石段の場」
現行上演はじめから出るのかよくわかりませんが、いちおうはじめから書きます。
まず、奴さんがふたり、アヤシゲな密書を奪い合っています。コミカルなかんじのやりとりです。
ええ方の奴さんが密書を奪って逃げていきます。

さて、強そうな金キラの衣装のお兄さんがふたり出てきますよ。
白塗りのほうが忠義に厚い正義の味方で、茶色いほうが反乱派です。
ちょっとかっこよく会話します。
まあ大したこと言ってません。お互いの立場を主張していると思ってください。

さっきの手紙は反乱派の親玉が仲間にあてた密書です。
白いほうがそれを持っているので茶色いほうが奪おうとして争いになります。
舞台いっぱいに造られた巨大な石の階段を使っての立ち回りが派手で楽しいです。
争いながらふたり退場。

それだけです。

とくにストーリーはありません。後の展開ともあまり関係ありません。
そもそもこの二人は両方とも工藤の家来です(現行上演だと変わっているかもしれません)。
工藤の家のお家騒動、という設定ですのでまったく曽我兄弟とは関係ない部分です。

チナミにこういう場面は、もともとは、いわゆる「お家騒動もの」の歌舞伎作品には必ず付いてくる「お約束」の部分だったのです。
若手の売り出し中の役者さんの見せ場でもあります。
昔のお客さんは「お家狂言もの」を通しでみるとき、絶対どこかでこの場面があるのを知っていて、
「今か今か」と待っていて、華やかで動きのある立ち回りを見て喜んだのです。
今上演されるお芝居だと「加賀見山旧錦絵」に、こういう場面があります。


「大磯廓外の場」おおいそ くるわそとの ば

先の二人に曾我兄弟、敵の工藤祐経(くどう すけつね)なんかも加わって、敵味方入り乱れて暗闇での探りあいになります。
こういう探りあいを「だんまり」といいます。
実際には証明のライトがこうこうと照っていますが、
「夜で、月が隠れて提灯の火も消えて真っ暗で何も見えない」という設定です。
この「何も見えない」が現代人には実感としてわからないので、「だんまり」の雰囲気がイマイチ理解されない気がしますが、
がんばって想像してください。手探りだけで、誰が誰かもわからない世界です。

さて、この「だんまり」も本来、時代物の歌舞伎、とくにお家騒動ものには定番の場面です。
だいたい、盗まれたお家の重宝とか、刀の折紙(おりかみ、鑑定書ですね)とか、落とした密書とか、落とした百両とか、
源平ものだと源氏の白旗とか、
そういうものを手探りで探しながら、敵と味方がいりみだれて動きます。
それぞれ演じるキャラクターに応じたいろんなポーズを決めたりします。
これもまあ、これというストーリーがあるわけではありません。
一座の役者さんが、それぞれにふさわしい役柄の扮装で動いて、決めポーズを見せてくれる、
まあ、ファンサービスのショーです。

=「だんまり」の解説=

というわけで、今回のこの「吉例」は「曾我もの」というより、
お家騒動ものの歌舞伎で昔定番だった、いかにも歌舞伎らしい「お遊び」場面を
(キレイな遊女とかっこいいお兄さんとの会話のシーンも含めて)、
「おお、歌舞伎っぽいなあ」と思いながら楽しむ、というかんじの出し物だと思います。

「意味わかんない」とか「お話はどこにあるの」とか聞かないように。
そんなものはありません。

さて、「曾我の仇討ち」自体はたいへん古くからある江戸歌舞伎の作品群ですが、
現行上演のこれは明治時代のものです。
河竹黙阿弥が明治時代の通し上演時に書き下ろしたものが直接の原型です。
通しで出すと、曽我兄弟の家来の鬼王の一家が貧乏所帯で兄弟を養う苦労を描いた場面もあり、ここも定番ではあるのですが、
金に困った妹が盗みをして、「だってお金ないんだし!! 他にどうしろと!! 」と開き直るという、やたらとナマナマしい展開になっています。
あまり出ません。
今出る部分はよくも悪くも「形式どおり」「お約束どおり」です。雛形ってかんじです。


=「曽我もの」解説=

=50音索引に戻る=


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