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歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「加賀見山旧錦絵」 かがみやま こきょうのにしきえ

2008年09月01日 | 歌舞伎
お家騒動が題材のお芝居です。

登場人物がすべて女性で華やかなのと、
主人公の「お初(おはつ)」という女の子の庶民的なキャラクターが堅苦しい雰囲気をやわらげてくれるので、
楽しくごらんいただけます。人気演目です。

セリフだけだとわかりにくいかもしれない点を一応整理します。

・お姫様はまだ若いのに出家しようとしている(婚約者が死んだので)。
・お姫様のお付きのお女中の中では、岩藤(いわふじ)が一番えらい、尾上(おのえ)はそうでもない。
・お姫様は尾上さんがお気に入りなので岩藤はムカムカです。で、何かというと尾上さんを苛めます。
・尾上さんは町人の出身で、親が金にモノを言わせてお女中になったのです。じつは身分が低いし武芸ができないので、苛めやすいのです。
・お初ちゃんは尾上さんのお付きの(腰元)です。御殿での身分は低いですが、武家の娘なので武芸ができます。
・キーになるアイテムが2個あります。「蘭奢待」(らんじゃたい)という高級香木と、お家の家宝、「旭の尊像」です。
・キーアイテムが2個あるのでどっちが大事なのか混乱しそうになりますが、
「蘭奢待」は尾上を陥れるアイテムで、「旭の尊像」はサブストーリーのお家騒動用のアイテムだと覚えておくと
わかりやすいと思います。。

というわけで、サイドストーリーとして「お家騒動」が展開するのですが、現行上演あまり説明されずに雰囲気だけで流されます。
細かいことを理解する必要はありません。岩藤がただのイヤな奴ではなく、反社会的悪人である、ことが伝わればいいのだと思います。

あと、「お女中」という単語について説明しておきます。
今の感覚で「女中」というと、ハウスキーパー的な作業を連想しますが、
江戸時代の「御殿女中」「奥女中」というのは、奥御殿にいて奥様やお姫様のお相手をする(家事労働はしない)優雅な女性たちです。
平安王朝期の「女房」にあたる立場です。
彼女たちの身の回りの世話をしたのが、「腰元」です。まさに「腰のあたりにいつもいて、細かい用を足す」仕事です。
西洋のお城の用語で言うと、「侍女」にあたるのが「お女中」、「メイドさん」にあたるのが「腰元」です。
なので「腰元」のほうが身分は低く、「お女中」はとても身分が高いです。


というわけで、

・試合の場です。

本来、冒頭に「花見の場」というのがあります。
歌舞伎で定番の、上のの新清水寺の境内などでの花いっぱいの美しい場面です。
なぜか今は御殿の大広間での話になってしまっている以下の展開は、もともとはお花見の場面でのできごとです。

御殿のお座敷です。お姫様の前に奥女中がずらりと並んでいます。豪華で華やかです。
上で書いたお姫様が出家したがっている事情を、みんなでセリフで説明します。

一度は結婚しようと思った相手に誠を尽くすお姫様の態度を、尾上(おのえ)さんは褒めますが、
岩藤(いわふじ)は「男を知らずにおわるなんてもったいない」と下世話なかんじで留めます。
若いんだし、いろんな男といろんな楽しみがあるのにという感じでけっこうロコツです。
セリフを全部聞き取れないかもですが、お下品なこと言っているんだなという雰囲気がわかればだいじょうぶです。

というわけで、岩藤の尾上さんへの苛めがはじまります。
奥女中は女とはいえ武士のはしくれ、武芸ができてアタリマエです。
尾上どの、お手並みを見せていただこうかいのう、みたいなかんじです。

町人出身なので武芸ができない尾上を、練習試合に見せかけてバシバシ叩いて苛めて恥をかかせようという考えです。
まあムスメを奥女中にまでしようってんなら親も武芸くらい仕込んどけという気もしますが、
とにかく困る尾上さん。

そこに、尾上さまのお付きの腰元である「お初(おはつ)」ちゃんが登場します。
貧乏だけど武士の娘なのでお初ちゃんは強いです。
「尾上様に教わった」と言ってイジワルな岩藤の家来を試合でやっつけて、さらに岩藤もやっつけて尾上さまを助けるのです。

このへんの設定は、江戸中期以降、成り上がる一部町人階級の、自分たちの地位向上の喜びとともに、
でも捨てきれない「お侍」へのあこがれ、みたいな感情が見え隠れすると思います。やっぱりお侍は強いよねみたいなかんじです。

この場面は、男のお侍の殺陣と違い、
ちゃんと女の動きで、しかも本格的な殺陣に見えなければなりませんから難しいと思います。
尾上さんが、やりすぎのお初を叱るフリして暗に褒めるところが楽しいです。

今はあまりやらない演出なのですが、
本来、「お初」ちゃんと「お姫様」は、2役変わるのです。同じ人が演じます。
むしろ、この2役をひとりがやるからこのお芝居は意味があったのだと思います。


尾上の部屋の場面になり、お初ちゃんと尾上とのなごやかなやりとりがチラっとあって、

有名な御殿での「草履打ち(ぞうりうち)」の場になります。

尾上さんは「蘭奢待」(らんじゃたい)という高級品の香木をお姫様から預かって保管しています。
それをワルモノの岩藤がお兄さんの「剣沢弾正(けんざわ だんじょう)」と一緒に盗み出して、
尾上さんに罪をに着せるのです。

尾上さんの草履がどこにあったとか、いろいろと証拠を言うセリフがありますが、途中でわからなくなるかもしれません。
まあ、
尾上さんが悪いことにされて、岩藤に草履でぶたれる。
ここだけわかれば問題ありません。

ところで、岩藤は怖い顔なので、立役から出るのです。 しかも座頭(ざがしら)格の人気役者さんがやることになっています。
で、尾上さんはもちろん、立女形の役です。
ふだんはラブラブの夫婦や恋人をやっているお二人です。
江戸時代は色々オープンな時代ですから、この「立役」と「立女形」の「カップル」は、私生活でもなんとなく「カップル認定」されています。
そういう「カップル」の、一方が一方を草履でぶって苛めるのです。 ぶちゃけSMショーです。いいぞもっとやれです。

もともとはそういう倒錯したアヤシイ美しさを楽しむのが、わりと正しい鑑賞スタンスなのですが、
最近はあまりそういう前近代の闇の中の美学は楽しめそうにないので普通に見ていいと思います。
尾上さんかわいそう、いいヒトなのに、ってかんじでだいじょうぶです。
もちろん、いいぞもっと苛めろーと思ってご覧になってもオッケーです。

江戸時代ですと、この場面のパロディ錦絵で、岩藤の持っている草履が「張り型」の形になっているものがあります。
ロコツすぎですが、そういう場面だったのです。

あとはまあ、くやしさのあまり尾上さまは自害します。
心配してそばにいようとするお初を、キツい事言って遠ざける尾上さまです。
ここの、尾上さまが悔しさに耐えながらしょんぼりしている場面も大切な見せ場です。
今は、文楽版の「加賀見山」が一部移入されていて、ここに浄瑠璃(語り)を使って心情を語るようになっていますが、
もともとはこれは江戸歌舞伎ですし、現行上演の台本は「鶴屋南北(つるやなんぼく)」が書いたものですので、
本来は浄瑠璃はないのです。セリフだけで持たせていました。
浄瑠璃が入ると重厚さは出ますが、昔の人は「ここに浄瑠璃を入れるなんて」と怒っていたようです。

さて、がんばって尾上さまを元気づけようとするお初ちゃんですが、尾上さまはスルーする上に、お初ちゃんに急にお使いを言いつけます。
こんな夜遅くにですか。

すご~くイヤな予感はするのですが、尾上の命令には逆らえないので、お初ちゃんはしぶしぶ屋敷の外にお使いに行きます。

この、お使いの途中が、いわゆる「鳥啼き(とりなき)」の場面です。
何度もカラスが鳴くので、お初ちゃんは不吉な予感がしてどんどん不安になり、
怒られても、クビになってもいいからやっぱり戻ろう、と、戻ることにするのです。

というこの場面に、
全くなんの脈絡もなく、金キラの衣装の荒事風のお兄さんが2人出てきて争います。
わけわからないですが、あれです。「お家狂言もの」の「お約束」なのです。合理的説明はあきらめてください。

だいたい、敵側の奴(やっこ)さん(家来でね)が、何か大事なものを盗み出して、味方側の奴さんがそれを追いかけて止めようとしているとか、
ようするに何かを取り合っています。

昔はお芝居自体がもっと長くて、説明的なシーンやセリフも多かったのでこんなに唐突ではなかったですし、
しかも彼らが出るのは完全に「お約束」だったので、まったく違和感なく受け入れられたはずですが、
今はここはちょっとついて行きにくいかもしれません。心の準備をしてご覧ください。。

今回は、敵方の奴(やっこ)さんが盗んだ欄奢待(らんじゃたい)を、味方の奴さんが取り返す、という設定です。

ここにお初がからんで暗闇での「だんまり」になります。
これもお約束です。
「だんまり」というのは、暗闇で、手探りで、複数の登場人物がお互いどこに誰がいるのかわからない状態で
お互いを探り合う、という、歌舞伎の定番の演出です。
舞台面は、とくに証明に変化もなく、明るいままなのですが、「真っ暗で相手の顔が見えない状態」だと想像しながらご覧ください。

で、「だんまり」は、その演出自体を楽しむ場面ですので、
ここでも「蘭麝待」はけっきょくどこにいったの?などはあまり気にしなくてだいじょうぶです。

というわけで巻き込まれて戻るのが遅くなってしまいました。

戻ってみれば、尾上さまはもう死んでしまっています。
驚き、 悲しむお初ちゃんです。
岩藤への仕返しを決意します。


・奥庭(おくにわ)の場

御殿の、いちばん奥にある庭です。
昔の武家屋敷は広かったのでいちばん奥のいちばん立派な庭には限られた人しか入れませんでした。
そこにお初ちゃんがしのびこみます。

さあ仕返しのシーンです。
隠れているお初ちゃんに気づいた岩藤が「犬かと思った」というセリフが非常に感じが悪くて有名です。

お初ちゃんが岩藤に斬りかかります。
ラスボスとの戦いです。どっちも武芸に堪能ですから、女同士だからって侮って見ていてはいけません。

ていうか「女の動きで、かつ迫力ある立ち回り」というのは難しいのです。
そのへんの工夫や動きのきれいさなどもご覧ください。

斬りあっている間に、岩藤が持っていた傘の中から盗まれたはずの家宝の「旭の尊像」が出てきます。
現行上演、あまりこの尊像についてふれないので、唐突な感じがしますが、
尾上さんを苛めながら岩藤は陰でお家の乗っ取りをたくらんでいた。そのためにこの尊像を盗んで隠していた。それがバレた。ということです。
細かい内容を正確に理解する必要はありません。

いろいろ立ち回りがあって、お初ちゃんが勝ちます。岩藤は死にます。お初ちゃんがんばりました。

ところで、
「敵討ち」というのはじつは、ちゃんと諸事情を説明した上で、
お殿様から正式な「敵討御免状(かたきうち ごめんじょう)」をもらわないとできない、 かなりオフィシャルな行為なのです。
お侍といえども、好き勝手に仕返しをしていいわけではありません。しかもお初ちゃんは正式にはお侍ですらありません。
なので、お初ちゃんがやったのはただの殺人、犯罪なのです。

というわけでお初ちゃんは責任を取って自害しようとするのですが、
お姫様のお付きの美声年、「庵崎求女(いおりざき もとめ)」という人が都合よく出てきます。

「求女(もとめ)」という名前は歌舞伎にありとよく出てきます。美少年、美青年の名前の定番です。
男の名前です念のため。

この人はお姫様のおそば付きですからやり手なのです。執事です。

求女さんは死んだ岩藤がお家転覆をたくらむ悪人だったことを知り、お殿様にいろいろ口添えしたり、あれこれ手続きしてくれたりして
最後は悪いやつも一掃されて全部丸くおさまります。

お初は「二代目尾上」としてお女中にしてもらい、このままお屋敷に仕えることになります。
お家騒動もおさまったしめでたしめでたしです。

という展開を最後のほうでほぼセリフだけでイッキにやるのであまりに展開が速く、
いくらなんでも事務処理が早すぎだろうという気になりますが、
ここは本当は後にもう何場かあって、お初ちゃんが故郷の加賀藩(かがはん、石川県)に行ったりとかの場面があるのを
全部カットしてここにムリクリつっこんでいるので(全部出すとみんなが寝るから)、仕方がないのです。

タイトルの「加賀見山旧錦絵(かがみやま こきょうの にしきえ)」というタイトルは、
もともとこの、今はカットされている終盤の場面から付けられているのです。

お話は以上です。

この「求女(もとめ)」さんは、ていねいに出すと序盤の「お花見」の場面でも出てきます。
ここで、腰元のひとりと恋仲になっているのを悪人の岩藤に見つけられて、腰元が責められているのと尾上が助けます。
そのせいで尾上がいじめられる、という段取りになっており、
この場面があると、求女さんの立場が多少わかりやすくなります。

「加賀見山」自体が江戸時代も何度も上演されて、そのたびに少しづつ内容が違うわけですが、
岩藤が求女さんを口説くような内容のものもあります。怖い。

というかそもそもこれは、「女版」「仮名手本忠臣蔵(かなでほん ちゅうしんぐら)」というコンセプトで書かれております。
自害する尾上さんが「浅野内匠守」で、お初ちゃんが「大石内蔵助」のイメージです。
となると、岩藤に口説かれる求女さんは「顔世御前」ということになります。倒錯!!

しかし、
世の中には妙な「書き換え狂言」があって、
「男・加賀見山」なんてのもあるのです。
さすがに大芝居にはかからず、 江戸末期や明治期の小さい芝居小屋でやっていました。

登場人物の名前を男性名に変えて、○○尾上之介、とか××初之進、とかが活躍した内容らしいです、
そうすると求女さんは女になって、男になった岩藤に口説かれるわけです。倒錯。
しかしちょっと面白そうなので見てみたい気もします。

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