歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

だんまり

2009年10月20日 | 歌舞伎
「だんまり」と呼ばれる演目はいくつかあるのですが、
ここはそのなかでもわりと典型的な、「宮島のだんまり」 について書きます。
「だんまり」はどれも同じようなものなので、だいたいどの作品についてもこれでおわかりいただけるかと思います。

とりあえず「だんまり」について説明します。

そもそもストーリーというほどのものはありません。
役者さんがたくさん出てきて、豪華な衣装で、途中で衣装が変わったりしながら、うろうろ動く、という舞台です(おおざっぱすぎ)。

・設定は「暗闇で手探り」です。昔の暗闇ですから本気で何も見えません、手探りだけの世界です。
・登場人物は敵味方に別れています。敵に動きを気取られないように無言で動くのです。だから「だんまり」です。
・だいたい、旗とか手紙とか家宝の香炉とかの大事そうなものをその暗闇で奪い合います。
・豪華な衣装は、舞台となるお話、例えば源平合戦、とかの定番のキャラクターのものなので、昔はお客さんは衣装を見てだいたいどんな役なのか理解できたのです。

というかんじです。

基本的に人気役者たちをずらりと並べての舞台でした。
役者さんたちがそれぞれのイメージにふさわしい役柄の衣装を着て、ゆったりとした踊りのように、色々な動きや見栄をしてみせる、ファンサービスのための舞台なのです。

昔は長いお芝居の一場面として「だんまりの場面」として挿入されていたものです。設定も役柄も毎回違いました。
今は「だんまり」だけそサービス舞台として独立して演じることが多いです。
なので、できるだけ豪華な背景セットを使います。
ここで取り上げる「宮島のだんまり」は、安芸の宮島が舞台ですから豪華なことこの上ありません。

だいたいの流れを書きます。どの「だんまり」も、流れはおなじです。

多くの場合、浅黄幕(浅黄色の幕が舞台全面を隠している)が張られた状態ではじまります。
ここで、幕はそのままで、「大薩摩(おおざつま)」が語られます。

「大薩摩節」は、もともとは「浄瑠璃(じょうるり、文楽用の語り芸)」の一派です。
低い音でメリハリの効いた抑揚での勇壮な語り口が特徴ですが、江戸時代に廃れてしまい、今は「大薩摩節」で語るお芝居というのはありません。
この「だんまり」で使われるように、情景描写のためなどに部分的に使われる演出技法が残っています。

・まず、舞台の上手のはじっこからに三味線の大夫さんのお弟子さんが出てきて、幕の前、舞台の右はじに一尺ほどの高さの木の台を置きます。

・本(唄の本)を持った大薩摩の太夫さんがあらわれます。

・三味線の太夫さんが出てきて、さっきの木の台に片足を乗せて三味線を構えます。
もともと三味線は座って弾くものなので、この台がないと立った状態では弾けないのです。

・「大薩摩(おおざつま)」が始まります。
ここまでけっこう時間がかかり、しかもその間無音です。お芝居は始まってすらいません。
これをしんぼう強く待つ、「間」が緊張感があっていいのです。かっこいいー。

「だんまり」の大薩摩の文句は、非常に多くの修辞句や修辞法を用いた重厚な文体で、舞台となる場所がどれほどりっぱで美しいかを描写します。
聞き取れないと思いますが雰囲気を楽しんでください。

途中に三味線の早弾きのソロが入ります。かっこいいです。山場で拍手をするのがお約束なのですが、山場っぽい部分がけっこう多いので、慣れないうちは拍手のしどころに迷うかもしれません。てきとうで大丈夫です。

・演奏が終わり、大夫さんたちは引っ込みます。

・浅黄幕は横に引くのでなく、上から下に切って落とされます。一瞬で目の前に豪華な舞台セットが現れます。目が覚める思いです。

・だいたい、きれいな景色のなかに傾城(けいせい、遊女です)や、りっぱな武将などがいてセリフを言います。
もともと「だんまり」がお芝居の一部だった名残です。
敵がこんなやつで、味方がこんなで、今こういう状態で、これこれに困っていてー、みたいな状況説明ですが、
何言ってるかはわからなくてもさしつかえありません。

・だんだん登場人物が増えていって、敵味方に別れて争います。なにがなんだかわからなくても気にせず見て下さい。

・月が雲に隠れるか、提灯が消えるかして暗闇になります。
と言っても舞台面の明るさは変わりません。「ああここから暗闇なんだな」と思って見て下さい。

・途中で何人かの衣装が「引き抜き」や「ぶっかえり」で変わったりしますが、これも「おおすげえ」と見ておけば充分です。

・だいたい主人公が最後にひとり残り、盗賊などの派手な衣装にぶっかえって、華やかに花道を引っ込んで終わりです。

「宮島のだんまり」の場合は、「傾城ささなみ大夫」が、実ハ「盗賊の袈裟太郎(けさ たろう)」だった、という設定ですので、
役者さんは女性である遊女の衣装から、荒事の象徴のような男らしい盗賊の衣装と髪型に変化します。
しかし下半身は遊女の衣装のままです。遊女が「おいらん道中」のときに履くエレガントな高下駄も履いたままです。

この状態で役者さんは、足はおいらん道中の特徴的な内股の歩みをし、上半身は盗賊らしく力強く動きながらの、「傾城飛び六法(けいせい とびろっぽう)」という特殊なムーブで花道を引っ込みます。
歌舞伎役者の持つ両性具有のあぶなっかしさの象徴のような舞台です。

というかんじで、「だんまり」の種類によっていろいろ見どころは変わりますので、その都度てきとうに楽しんでください。
あまり深く考える必要はありません。

舞台の華やかさを楽しむだけのものです。なだいたいの約束事がわかっていれば、余裕を持ってお楽しみいただけるかと思います。


もともと、江戸の三座+上方の四座の間で年に一度、大規模な役者さんのトレードがあったのです。
これは旧暦十月までに完了し、そのあと、旧暦十一月に「顔見世興行(かおみせこうぎょう)」として新メンバーのお披露目興行がありました。
「だんまり」はそのとき用の演目です。オールスター勢揃いです。

とはいえ上にも書きましたように今のように独立してポンと出したのではなく、あくまでお芝居の一部分として、どこかの場面に「だんまりの趣向を取り入れる」という形で出しました。

基本、ファンサービス舞台ですので細かいことは気にせずにご覧下さい。

ほかに「世話だんまり」というのがありますが、これは完全に演出技法の一種で、独立して舞台に乗せることはありませんので、ここでは割愛します。
・暗闇で大切なものを取り合う
・ここで奪い合ったアイテムが、お芝居の後半に大きな役割を持つ
という意味では「だんまり」も「世話だんまり」も同じです。

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