急ぐとき用の3分あらすじは=こちら=になります。
狂言ベースの、いわゆる「松羽目もの(まつばめもの)」というジャンルのお芝居です。
能や狂言をもとにした歌舞伎作品を「松羽目もの」といいます。
能舞台を模したシンプルな板張りの舞台の上で演じるのですが、
能で必ず舞台の後ろにある松を、背景に大きく描きます。
なので「羽目板に松」ということで「松羽目もの」と呼ばれるのです。
この作品は内容も単純でわかりやすく、動きもおもしろいです。
お殿様(大名)とその家来、太郎冠者(たろうかじゃ)と次郎冠者(じろうかじゃ)とが出て来ます。
「冠者(かじゃ)」というのは、いろいろな身分を指すことばなのですが、
ここでは、「元服して髪を頭の上で結い、冠(帽子)をかぶった男」を指します。
つまり成人男性一般です。「太郎さん」程度の軽い呼び名です。
お殿様の名前は何でもいいのですが、このお芝居では「曽根松兵衛(そね まつべえ)」です。覚えなくていいです。
セリフで大名が「(私は)このあたりの者なり」と言います。狂言の定番の出だしです。
これは、「このへんに住んでいる者」という意味ではなく、「このあたりを領地として治めて暮らしている」という意味です。
チナミに狂言の世界観は鎌倉末期から室町くらいですので、この「大名」というのは江戸の大名でも戦国大名でもなく、
当時非常にたくさんいた「地方豪族」のひとりと思えばいいと思います。
ここの「松兵衛さん」は、そんなに規模の大きい領地を持ってはいないようです。
「山ひとつ越えたところ」に所用ででかける設定ですので、あまり街の中には住んでいません。
社会的ステイタスとしては、大きめの村を持っている程度かもしれません。
ところで、
お殿様のふたりの家来、太郎冠者と次郎冠者は、お殿様が用事で留守をするたびに、家にある酒を飲んでしまうのです。許さん!!
チナミに当時、江戸初期くらいまで、酒というのは売買するものではなく、秋にお米が取れたらそのお米で家ごとに仕込み、
それを保存して1年かけて飲むものでした。飲みきったら秋までお酒は手に入りません。
限りある資源です。
日常的に飲むものでもなく、特別な席で供されるものでもありました。
というようにお酒は大事なものだったので、勝手に飲まれて大名も困っていたのです。
というわけで、またも出かけることになった大名、一計を案じ、まず、太郎冠者を呼び出します。
太郎冠者をうまくだまかした大名は、次郎冠者が最近「棒術」をやっていることを聞き出します。
これは、今のイメージでいう「召使が趣味で武道をやっている」のとはちょっと違うのだと思います。
当時の「大名」は、ふだんは農業をやって生計を立て、何かあったら戦をして領地を奪ったり守ったりします。
これがエスカレートして戦国時代に突入するわけです(ざっくり)。
太郎冠者や次郎冠者も、あまりアテにはされていないかもしれませんが、戦闘要員ではあるのです。
そういう設定の中での、「武道の練習をしている」という話です。
次郎冠者を呼び出した大名は棒術を見せてくれと頼みます。固辞する次郎冠者ですが、大名が自分の舞を見せるというので、次郎冠者も承諾します。
舞と、笛や鼓などの音曲(おんぎょく)は、武術と共に武士の教養です。
この部分は、じつはお侍社会らしい文化レベルの高い会話です。
次郎冠者は棒を持って棒術の動きをはじめますが、すかさず大名が、太郎冠者と示し合わせて次郎冠者の両手を棒に縛ってしまいます。
あわてる次郎冠者。
さらにどさくさに紛れて太郎冠者を後ろ手に縛ってしまう大名。
そのまま「よう留守せい」と言ってでかけてしまう大名。
驚くふたりですが、「酒を飲まれるのがイヤなんだな」と気付きます。
意地になったふたり、両手を縛られたまま、ふたりでいろいろ協力して樽から杯に酒を取り、汲みかわします。
思いもかけないような動きでうまいこと酒を飲む、この部分が見せ場です。
このあと、酔っていい気分になったふたりが踊ります。次郎冠者は「汐汲(しおくみ)」という踊りを舞いますよ。
これは、須磨で昔やっていた塩田の作業が題材です。
・海草に何度も海の塩水をかけては乾かして、多量の塩分を含ませます。
・この海草を焼きます。
・灰を水に溶かして、漉します。
・この漉した水は非常に濃度の濃い食塩水ですので、これを瓶に入れて焼くと、固形の塩が取れます。
海の水を最初から煮詰めるよりも全然効率がいいのです。
取れた塩は「藻塩(もしお)」と呼ばれます。今も大きいスーパーに行くと「藻塩」が売っていますよ。ミネラルが豊富で非常にいい塩です。
という工法の中で、村の娘たちが天秤棒と桶で海の水を運ぶ様子と、海草を焼いた煙が海にたなびく様子が、
風情のある眺めとして平安時代からすっと歌に詠まれてきました。覚えておくとなんかあったときに便利です。
というわけで、「汐汲」という踊りは、その汐汲み娘の松風ちゃんと、須磨に流されてきた貴族である在原行平(ありわらの ゆきひら)との恋を描いた作品です。
能の「松風」が原型です。
両手を棒に縛られた次郎冠者が、棒を汐汲みの天秤棒に見立てて踊るところが2番目の見せ場です。
動きとしては合っているのに、しっとりした風情のあるはずの踊りが笑える動きになっているところが楽しいのです。
そうこうするうちに大名が帰ってきて、酒を飲まれたことに気付いて怒りますが、体ごと棒を振り回す次郎冠者に攻撃されて逃げまわります。
おわりです。
内容だけ追うなら非常に単純でわかりやすいです。
狂言由来ですし、見た目のおもしろさを楽しめばいいのですが、一応当時の生活感にもちょっと言及してみました。
雰囲気が伝わるといいなと思います。
ところでこのお芝居は、ただ「笑える小作品」として見ることもできますが、じつは動きが非常に難しいのです。
ただバタバタこっけいに、またはアクロバティックに動くだけなら何とかなるのでしょうが、
「見て美しい」ように動かなくてはならないので難しいのです。後半の踊り部分はとくにです。
手元に写真がないのですが、七代目三津五郎(たしか)が上半身裸になって動いているときの筋肉の動きを説明している写真を見たことがあります。
それくらい、細かい部分まで神経を使う動きなのです。
ということを少し意識してご覧になると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。
=50音索引に戻る=
狂言ベースの、いわゆる「松羽目もの(まつばめもの)」というジャンルのお芝居です。
能や狂言をもとにした歌舞伎作品を「松羽目もの」といいます。
能舞台を模したシンプルな板張りの舞台の上で演じるのですが、
能で必ず舞台の後ろにある松を、背景に大きく描きます。
なので「羽目板に松」ということで「松羽目もの」と呼ばれるのです。
この作品は内容も単純でわかりやすく、動きもおもしろいです。
お殿様(大名)とその家来、太郎冠者(たろうかじゃ)と次郎冠者(じろうかじゃ)とが出て来ます。
「冠者(かじゃ)」というのは、いろいろな身分を指すことばなのですが、
ここでは、「元服して髪を頭の上で結い、冠(帽子)をかぶった男」を指します。
つまり成人男性一般です。「太郎さん」程度の軽い呼び名です。
お殿様の名前は何でもいいのですが、このお芝居では「曽根松兵衛(そね まつべえ)」です。覚えなくていいです。
セリフで大名が「(私は)このあたりの者なり」と言います。狂言の定番の出だしです。
これは、「このへんに住んでいる者」という意味ではなく、「このあたりを領地として治めて暮らしている」という意味です。
チナミに狂言の世界観は鎌倉末期から室町くらいですので、この「大名」というのは江戸の大名でも戦国大名でもなく、
当時非常にたくさんいた「地方豪族」のひとりと思えばいいと思います。
ここの「松兵衛さん」は、そんなに規模の大きい領地を持ってはいないようです。
「山ひとつ越えたところ」に所用ででかける設定ですので、あまり街の中には住んでいません。
社会的ステイタスとしては、大きめの村を持っている程度かもしれません。
ところで、
お殿様のふたりの家来、太郎冠者と次郎冠者は、お殿様が用事で留守をするたびに、家にある酒を飲んでしまうのです。許さん!!
チナミに当時、江戸初期くらいまで、酒というのは売買するものではなく、秋にお米が取れたらそのお米で家ごとに仕込み、
それを保存して1年かけて飲むものでした。飲みきったら秋までお酒は手に入りません。
限りある資源です。
日常的に飲むものでもなく、特別な席で供されるものでもありました。
というようにお酒は大事なものだったので、勝手に飲まれて大名も困っていたのです。
というわけで、またも出かけることになった大名、一計を案じ、まず、太郎冠者を呼び出します。
太郎冠者をうまくだまかした大名は、次郎冠者が最近「棒術」をやっていることを聞き出します。
これは、今のイメージでいう「召使が趣味で武道をやっている」のとはちょっと違うのだと思います。
当時の「大名」は、ふだんは農業をやって生計を立て、何かあったら戦をして領地を奪ったり守ったりします。
これがエスカレートして戦国時代に突入するわけです(ざっくり)。
太郎冠者や次郎冠者も、あまりアテにはされていないかもしれませんが、戦闘要員ではあるのです。
そういう設定の中での、「武道の練習をしている」という話です。
次郎冠者を呼び出した大名は棒術を見せてくれと頼みます。固辞する次郎冠者ですが、大名が自分の舞を見せるというので、次郎冠者も承諾します。
舞と、笛や鼓などの音曲(おんぎょく)は、武術と共に武士の教養です。
この部分は、じつはお侍社会らしい文化レベルの高い会話です。
次郎冠者は棒を持って棒術の動きをはじめますが、すかさず大名が、太郎冠者と示し合わせて次郎冠者の両手を棒に縛ってしまいます。
あわてる次郎冠者。
さらにどさくさに紛れて太郎冠者を後ろ手に縛ってしまう大名。
そのまま「よう留守せい」と言ってでかけてしまう大名。
驚くふたりですが、「酒を飲まれるのがイヤなんだな」と気付きます。
意地になったふたり、両手を縛られたまま、ふたりでいろいろ協力して樽から杯に酒を取り、汲みかわします。
思いもかけないような動きでうまいこと酒を飲む、この部分が見せ場です。
このあと、酔っていい気分になったふたりが踊ります。次郎冠者は「汐汲(しおくみ)」という踊りを舞いますよ。
これは、須磨で昔やっていた塩田の作業が題材です。
・海草に何度も海の塩水をかけては乾かして、多量の塩分を含ませます。
・この海草を焼きます。
・灰を水に溶かして、漉します。
・この漉した水は非常に濃度の濃い食塩水ですので、これを瓶に入れて焼くと、固形の塩が取れます。
海の水を最初から煮詰めるよりも全然効率がいいのです。
取れた塩は「藻塩(もしお)」と呼ばれます。今も大きいスーパーに行くと「藻塩」が売っていますよ。ミネラルが豊富で非常にいい塩です。
という工法の中で、村の娘たちが天秤棒と桶で海の水を運ぶ様子と、海草を焼いた煙が海にたなびく様子が、
風情のある眺めとして平安時代からすっと歌に詠まれてきました。覚えておくとなんかあったときに便利です。
というわけで、「汐汲」という踊りは、その汐汲み娘の松風ちゃんと、須磨に流されてきた貴族である在原行平(ありわらの ゆきひら)との恋を描いた作品です。
能の「松風」が原型です。
両手を棒に縛られた次郎冠者が、棒を汐汲みの天秤棒に見立てて踊るところが2番目の見せ場です。
動きとしては合っているのに、しっとりした風情のあるはずの踊りが笑える動きになっているところが楽しいのです。
そうこうするうちに大名が帰ってきて、酒を飲まれたことに気付いて怒りますが、体ごと棒を振り回す次郎冠者に攻撃されて逃げまわります。
おわりです。
内容だけ追うなら非常に単純でわかりやすいです。
狂言由来ですし、見た目のおもしろさを楽しめばいいのですが、一応当時の生活感にもちょっと言及してみました。
雰囲気が伝わるといいなと思います。
ところでこのお芝居は、ただ「笑える小作品」として見ることもできますが、じつは動きが非常に難しいのです。
ただバタバタこっけいに、またはアクロバティックに動くだけなら何とかなるのでしょうが、
「見て美しい」ように動かなくてはならないので難しいのです。後半の踊り部分はとくにです。
手元に写真がないのですが、七代目三津五郎(たしか)が上半身裸になって動いているときの筋肉の動きを説明している写真を見たことがあります。
それくらい、細かい部分まで神経を使う動きなのです。
ということを少し意識してご覧になると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。
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