田園調布の山荘

「和を以て貴しとなす」・・ 日本人の気質はこの言葉[平和愛好]に象徴されていると思われる。この観点から現代を透視したい。

151218 16年前の日記から「農水省から農衰省?へ(1999)」

2015年12月17日 21時53分59秒 | 時評
農水省は何のためにあるのだろうか?国民に食糧を安定的に供給するために、農業を産業として育成するというのが目的で、合わせて農村に安定的に生が営める環境を創造することがもう一つの目的です。だが、今の現実は?「輸出競争力を付ける」「国際競争力を付ける」ということがスローガンです。国民が納税するのはなぜか?それは国民の生活を守るためでしょう。その理念は何処に行った?16年前に「輸出競争力」のために税金を使うという方向に舵とられました。その時に私がコメントした文です。 . . . 本文を読む

151217 15年前の日記から「どんな権威もどんなライセンスも無効に

2015年12月17日 10時40分35秒 | 愛・LOVE・友 
変革の時代は、年齢が若いか歳とっているか、男か女か、学歴があるかないか、権力につながっている閨閥があるかないか、そのほかどんな権威も、どんなライセンスも、どんな特権も関係なくその人の真の力を試す。言い換えればどんな人にもやるチャンスがあり、権利がある、そして立派に結果が出せる。 . . . 本文を読む

151217はめ手と自然な手

2015年12月17日 10時10分44秒 | 愛・LOVE・友 
現在の世相をみると、偽装だとか、オレオレ詐欺だとかの直接的な犯罪の他、言葉によるまやかし、たとえば軽減税率とか、地方創生だとか、抑止力だとか、怪しい言葉で扮装したパワーが荒れ狂っています。よく考えると、これらのことはまっとうな人が考えることではなく、腹に一物、手に荷物の喩え通り、宜しくない意図を隠すためかと思われます。将棋で勝つには、形勢が有利な時でも、不利な時でも自然な手を指すことであるということだ。これは人生百般に通じることだろう。 . . . 本文を読む

151217  13年前の日記から「消費は幻想の満足」

2015年12月17日 09時10分54秒 | 平和
私たちは、今日有り余るほどのモノに埋もれて暮らしている。けれども、なぜか次から次へとモノを欲しがる。やがてゴミになるものを躍起になって生産する。文明人は、無意識の中にたえず満たされない飢えがあり、脅迫神経的な欲求不満を潜ませている。E・H・フロムは言う。「消費は結局人工的に刺激された幻想の満足であり、具体的な本当の自己から阻害された幻想の遂行である」   消費者はもしかして幻想で本当の自己を奪われる。消費はニーズから生まれるのではなく幻想から生まれる。最初に車を買った人は以降、新車が出る度に次はこんなのを買いたいという気持が育てられ、やがてカーマニアにでもなれば、ニーズよりも幻想が購買動機になっていく。有り余る物に囲まれそれでも発作的に物を買い、捨てる、この行動は現代の特徴です。買うのはほしいから買うのですが、「本当にほしいの?」と問われてみれば、はっと我に返ることもあるのではないでしょうか?私は毎週たいへんな量のゴミを出しています。その中をみれば、まだまだ使えるけれど、置き場所がないから、買ったけれど使い忘れたから、もらったけれど使いようがないから・・・などとんでもない理由に満ちあふれています。さてさて。(この項は151217) . . . 本文を読む

151217 13年前の日記から「食品の安全」

2015年12月17日 08時12分47秒 | 時評
食品の安全問題は世界中に広がっています。これはグローバルゼーションが進んできて取引が広がってきたから。グローバルゼーションとは一言で言えば世界規模でのコスト競争による市場獲得。コストを安くするためには「何でもあり」だ。規制も業者が勝手に作り政府を屈服させる。13年前に狂牛病は世界中を不安に陥れた。また遺伝子組み換え問題もささやき始められた。食品の安全のために工程が増え、却って異物の混入のリスクも増えた。安い労働者が使い捨て的に使われるために、モラルの低い労働現場になり、品質管理の手法が追いつかなくなった。このような一連の食品聴きに対して現代社会はどう向き合うのか。(2015年12月17日) . . . 本文を読む