Shirakuのモノローグ

矢坂芝楽の日々あれこれを綴ります

記憶は曖昧

2018-01-31 22:25:35 | 日記
人の記憶というものはわりと曖昧だという事を知りました。

先日、京都の下鴨神社へ行きまして、その後、上御霊神社まで歩いたのですが、その時にちょっぴり懐かしく感じる鞍馬口通りを歩きました。

30年近く前、2年ほどばかりでしたがこの近くで暮らしておりまして、鞍馬口通りはほぼ毎日通っていた様な気がします。

ですが……

鴨川を渡った出雲路橋西詰の交差点の風景ははっきりと覚えておりましたが、そこから先は殆ど記憶に残っていませんでした。



住んでいたアパートには風呂がなく、銭湯を利用しておりましたが、アパートから一番近かったのが鞍馬湯でした。
鞍馬湯は今でも営業しておりましたが、その店構えも記憶に残っているものとは若干違いました。



人の記憶とは、そんなものなのでしょうか。

上御霊神社に行った後は、アパートがあった付近を歩きながら烏丸通りに出て、地下鉄の烏丸北大路駅を目指しました。



まあ、当然の事ながら大谷大学は変わらず建っておるわけでございますが、微かに記憶に残っているその周辺にあったマクドナルドやミスタードーナツは違う店舗へと変わっておりました。



懐かしさというより、色んな意味で寂しさを感じながら地下鉄からJRを乗り継ぎ、再び雪国へと戻ってきたのでございます。



その雪国ですが、この2日間の良い天気で積もっていた雪もかなり解けました。
今日などは、帰宅途中で久しぶりに綺麗な夕陽を見ました。



そして本日は皆既月食。



写真は、まだ赤くなって欠ける前の満月です。
ちと小さいですが。

戦国時代の始まり(京都 上御霊神社)

2018-01-30 22:02:55 | 旅日記(県外)
先程、TVで放映されておりました「必殺仕事人Ⅴ 激闘編」を観ておりました。
ひじょうにスリリングな展開で、クライマックスでは、“これぞ必殺!”と言える演技と演出でした。
やはり観るなら、この様な「必殺仕事人」が観たいですね。

さて、話は変わりますが……
と、毎度変わらぬ書き出しですが、昨日の続きを書かさせて頂きます。

下鴨神社を後にしまして次に目指したのが、鞍馬口通りのすぐ南に位置する「上御霊神社」でした。
正式には「御霊神社」と言いまして、戦乱の世の切っ掛けとなる“応仁の乱”発端の場所であります。

下鴨神社からそれほど遠くもない事から、雪のない地で長靴ではありましたが歩いて向かいました。

歩きづらくても何のそのでございます。

鴨川を渡り、鞍馬口通りを烏丸通りに向かって数百メートルほど歩いて左に折れると、あったあった「上御霊神社」。



鳥居の横には、“応仁の乱勃発地”と書かれた石碑もございます。



鳥居と門を潜って社内に入りますと、その右側にも石碑があり、説明書もございます。



パラパラと訪れる人もございました。

社殿の前には狛犬が凛々しく座っております。



応仁の乱は、元々その火種はあれやこれやとございましたが、結局その発端となったのが、この地で行われた“御霊合戦”。

室町幕府のナンバー2である管領職を務める家の1つ“畠山家”の家督争いから起こったのが“御霊合戦”でございます。
それが幕府や他の大名家も巻き込み、やがて京の町を焼き尽くす合戦に発展し、全国にも飛び火していって戦乱の世になっていったというわけでございますね。

戦国時代の始まりです。

歴史とは全く関係ありませんが、30年近く前にこの近くに2年ほど暮らしておりました。
鞍馬口通りは、ほぼ毎日のように通っておりましたが……

実は……

上御霊神社を訪れたのは初めてでございました。

鞍馬口通りは、ほぼ毎日のように通っていたにも関わらず、上御霊神社があった事も、応仁の乱との関わりを知ったのも最近でございます。

私はいったい何をしておったのか。

と思いながらその後、ちょっぴり懐かしい場所を歩きました。

それについては次回にさせて頂きましょう。

最も古い部類(京都 下鴨神社)

2018-01-29 22:55:05 | 旅日記(県外)
今日の日中は晴れ間も見えて平均的に穏やかな1日でした。
まだ朝にはガッツリと積もっておったアパートの階段の雪も、すっかり溶けておりました。
が、冷え込みは変わらず、鑑賞会の幹事会からの帰り、溶けた雪が凍っておりまして路面はツルツルでした。

さて、話は変わりますが、先日の土曜日は京都へ行っておりました事はその日に書かせて頂きました。
その第1目的は下鴨神社で、今日はその続きを。

出町柳駅で電車を下車し、高野川と鴨川の間にある参道を真っ直ぐ歩いて行くと、そこに下鴨神社がございます。



正式名称は「加茂御祖神社」と言いまして、世界文化遺産にも登録されております。
創建が第10代崇神天皇の頃と言いますから紀元前まで遡り、京都では最も古い寺社の部類に入るとWikipediaに書かれています。

京都の町中にありながら、回りを“糺の森”と呼ばれる森林に囲まれ、静かであり厳かな雰囲気に包まれておりました。



“糺の森”は、今ではかなり面積が縮小されています。

楼門は朱塗りで美しく、そこを潜ると社殿の前に昇殿が“ドン”と構えて建っております。





今回も世界遺産を堪能させて頂きました。

30年近く前、京都に2年ほど暮らしておりましたが、下鴨神社を訪れたのは初めてでございました。



あの頃、思いつかなかった事、出来なかった事を、今こうして廻り辿っております。

この歳になって……

あの頃からなれば、もっともっと多くのものが見れただろうに……

そんな事を考えながら下鴨神社を後にし、そこから次の目的地である上御霊神社を目指したのでありました。

では、その続きはまた後日にでも。

盛り上げていきたいですね

2018-01-28 22:47:23 | 日記
本日は雪も少し収まり、穏やかな天候でした。

相変わらず気温は低く、寒さに変わりありませんが。

で、今日は甲賀市へお芝居を観に行っておりました。

先頃、甲賀市で立ち上がりました“演劇集団deer deep”の第1回プロデュース公演で、「君の夢の中で逢おう」という演目でございます。



フレッシュさを感じまして、このように同じ滋賀でお芝居作りをする団体が増えていく事はひじょうに喜ばしい事でございます。

共に滋賀における演劇を盛り上げていきたいですね。

彦根に帰ってから、一緒に行ったすずまるのメンバーと居酒屋で1杯呑みながら、感想を話しながらもすずまるの今年の活動についても話しておりました。

すずまる自体の活動で予定している事もございますが、公演としての予定はまだ決まっておりません。
まあ10周年の年でもありますから、何かはやる……としか今は言えません。

準備が整えば、皆様にお伝えする事が出来ると思います。

すずまるも負けじと頑張らねば。

雪国装備のままで

2018-01-27 22:04:24 | 日記
今日も彦根は雪。
朝から時折晴れ間を見せながらも、降ったり止んだり。

こんな休日は旅を諦めて風呂に入るべしと、午前中は歩いて極楽湯へと行き、ゆったりと風呂に浸かっておりました。

ですが……

ですが……

どうしても旅をしたいという衝動を抑え切れず、昼過ぎに極楽湯を後にし、歩いて彦根駅へと行きました。

向かう先は京都。
予め現地の天気を確認しており、雪の心配はない。

元々予定ではなかったので、こちとら長靴を履いて防寒装備バッチリ装束でございましたが、そんな事は構いません。
そのままの姿で電車に乗りました。

京都には行きたい場所が2ヶ所ございました。
1つは、先日某TV番組で紹介されていた「下鴨神社」。
もう1つは、応仁の乱発端の場所である「上御霊神社」。

その2ヶ所、それほど距離も離れていないので、今回はその両方が目的地でございます。
が、どちらを先に行くのか……
それが問題だ……
どちらを先にするかによって下車する駅が違います。

それを考えながら電車に揺られておりますと、風呂上がりという事もあってついつい寝てしまい、気が付けば山科駅。
そこで瞬時に判断。

先ずは下鴨神社だと、慌てて山科駅で下車し、そこで京阪に乗り替えて京阪出町柳駅まで行きました。



出町柳は福井小浜から続く鯖街道の出発点であり、終着点であります。



旧街道歩き旅をしております私としましては、いつか小浜からこの地まで歩いて辿り着きたいと改めて思いました。

で……

防寒装備バリバリでやって来た私でありますが、京都は雪も積もっておらず、まあまあ良い天気でございました。

どこかの山国からやって来た姿ではありましたが、そこから下鴨神社へと目指したのでございます。



では、この続きはまた後日に。