Shirakuのモノローグ

矢坂芝楽の日々あれこれを綴ります

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悪くないが……(東京 高円寺)

2018-06-02 22:15:05 | 旅日記(県外)
さて、まだ少し東京での話が続きます。

2日目、観劇を終えまして、その夜は東京在住の友人宅において5人で食事をしました。
前日はその友人宅に泊めて頂きましたが、この日はホテルを予約しておりましたもので、食事を終えると私はホテルへと向かったのであります。

予約していたのは友人宅から近い大井町の……そう、いつものアワーズイン阪急。
お風呂の王様でひとっ風呂浴びてから休みました。

で、翌日。
この日も午後から高円寺で観劇の予定でした。
午前中は友人宅に泊まったメンバーとは別行動をし、チェックアウト時間までホテルでのんびりした後で高円寺に向かったのであります。

待ち合わせの時間より早く高円寺に着いたもので、少し高円寺をブラブラしました。

駅からほど近い場所に氷川神社がございまして、先ずはそこでお参り。



その後は再び駅の方へ戻り、そこから人の賑わう商店街を歩きました。



純情商店街名付けられた商店街……
どういう意味があるのかは分かりませんが、何となくその名に惹かれてしまい、てくてくとわりと奥まで歩いていきました。

初めて高円寺を訪れましたが飲食店も多く、首都圏から少し離れているのに人が賑わっている事に驚きました。

高円寺は、明治までは商店も少ない農村だったらしいのですが、関東大震災の後に行き場を無くした人が多く移り住み、戦後は闇市などが開かれて発展していったと知りました。

待ち合わせの時間が近づきましたので、純情商店街をそのまま駅の方へと戻りましたが、商店街は駅の横からアーケードとなって私が歩いた反対側まで続いております。



ブラブラ歩きながら不動産屋さんでアパートの家賃を見ておりますと、品川あたりではワンルームでも最低7万円はするところ、4万から5万円台の物件が多くありました。

商店も多く人の賑わいもあり、首都圏までは中央線ですぐに行ける。そして劇場がある。
「この年齢での就職先があれば東京に移り住むのも悪くないな」なんて考えたりもしました。

少年時代から憧れ続けた花の都大東京……

が……

やはりネックになるのは仕事。
この年齢で人並みに暮らせるだけの給料をもらえる仕事があるかどうか。

と考え、悶々としながら高円寺駅で仲間を待っておった次第でありました。

話は変わりますが、今日は第6回運営サークル会議。
午後2時からでしたので午前中はお誘いの為に走り回っておりました。
結果は出せませんでしたが。

そして午後から会議を行い、その後も夜の部の為に一人事務所に残っておりました。
結局夜の部は誰も来ず午後8時で帰りました。

何度経験しても夜の事務所に一人ってホントに寂しいものですね。
これまで一緒に動いていた人がいて、夜でも一緒に事務所に来て、その人が「これやって。あれやって」というのを面倒臭そうに「ん? ん……」と、ホント面倒臭そうにしていた事を思い出しました。

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東海道をゆく3(品川宿~川崎宿)

2018-05-27 21:28:58 | 旅日記(県外)
良い天気が続いております。

金曜日から東京へ行っておりまして、本日先程帰ってきたところであります。

今回の目的は観劇でありましたが、当然それだけで終わらさないのが私でございます。
という事で、初日の金曜日は旧東海道を歩いてきました。

今年の3月に日本橋から品川宿の北品川まで歩き、品川宿の北品川から新馬場までは昨年の6月に既に歩いておるものですから、今回は新馬場からスタート致しました。
時刻は午前11時20分。



品川橋に差しかかると、昨年歩いた時に訪れた荏原神社が橋の向こうに見えました。



歩いておりますと、街道沿いには、まあとにかく寺が多く、全て寄っていたのではきりがない。そこで、ピンポイントで限定して寄ってきました。

東京六地蔵の1つであります品川寺。



平蔵地蔵という名の由来となった悲しき物語が伝わる海雲寺。



岩倉具視公のお墓がある海晏寺。が、岩倉具視公のお墓を見つける事は出来ませんでした。



別名涙橋と呼ばれる浜川橋に差しかかりますと、その近くには黒船来航の折りに土佐藩が警備を行った浜川砲台があったようで、坂本龍馬も警備の任に就いていたという事です。



そして、いよいよ品川宿を後にしようとするその場所は、江戸時代に罪人の処刑を行った鈴ヶ森の刑場跡。



この地で多くの罪人が串刺しや火炙りによって処刑されたのだと思うと、何となく切ない思いを感じました。

さて、そこから旧街道は第1京浜沿いになりまして、川崎の手前である六郷までひたすら歩く事になりました。
この間は、日陰のない炎天下の中で、ちとキツかったです。

で、源頼朝公に所縁のある六郷神社を過ぎて多摩川を渡りますと神奈川県に入りまして、旧宿場町の川崎宿です。



そして、人の賑わう駅前を通る旧街道を歩き、今回のゴールとしていた京急川崎駅に辿り着きました。
時刻は午後3時10分。

次はいつになるか分かりませんが、川崎宿から神奈川宿を目指す事になります。
そろそろ東海道を首都圏から西へ向かうのは限界かも知れません。
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またまたデカイ!(京都 知恩院)

2018-04-30 21:59:27 | 旅日記(県外)
先日、京都の六地蔵から伏見まで歩きまして、その事は書かせて頂きましたが、今日はその番外編です。

帰る為に京阪中書島駅で電車に乗ったのですが、時刻はまだ午後3時。
距離もそれほど歩いておりませんでしたので、このまま帰るには若干物足りなく感じておりました。
そこで、予定にはなかったのですが急遽四条で下車しまして、知恩院へ向かう事に。

知恩院は八坂神社の横、円山公園を抜けて行くのですが、八坂神社も円山公園も何度か訪れておりながら知恩院へはまだ訪れておりませんでした。



国内の寺院最大級と言われる三門は何度も目にしていながら、その門を初めて潜りました。



いやあ、さすがにデカイ!
そのデカさに圧倒されてしまいました。



平安時代末期、浄土宗の開祖である法然上人がこの地に庵を結び、ここを拠点に浄土宗を広めていったという事なのですが、江戸時代初期に浄土宗であった江戸幕府初代将軍徳川家康が、二条城と共に京での拠点とする為、大伽藍を作ったという事です。

墓所の門の屋根瓦には葵の紋が見えます。



本堂は改修中で、残念ながら見れませんでした。が、大方丈と小方丈は中を見る事が出来ました。
これまで見た寺院の方丈と違い、どちらかと言えば、お城の御殿の様な作りであります。



狩野派によって書かれた襖絵の数々も、そりゃあもう見事でございます。

とにかく規格外の寺で、今回もまた、歴史的な建築物を堪能させて頂きました。



この国が残す歴史の遺産を、この先、あとどれだけ見る事が出来るでしょうか。



改めて、もっともっと見たいと思いました。
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大坂街道をゆく1(六地蔵~伏見)

2018-04-28 23:15:25 | 旅日記(県外)
今日からGWですね。
その第1日目。
今日は予定が何も入っていなかったので京都へと行きました。
旧街道を歩く旅、京都編でございます。

前回京都では、旧奈良街道を小野から六地蔵まで歩いております。
で、六地蔵からは、そのまま宇治へと向かう奈良街道と大阪へと向かう大坂街道……京街道とも言いますが、2つに別れます。
で、私が選択したのは伏見を通っていく大坂街道でした。

JR六地蔵駅から旧街道へと入り、先ず立ち寄ったのが、その地名の由来でもある六地蔵があります大善寺。



で、そこから旧街道である雰囲気を残す道を歩いてゆくと、やがて環状線に合流します。



そして観月橋を過ぎますと、再び古い町並みを残す道に入っていきます。

六地蔵から伏見まではそれほど距離はなかったのですが、伏見に入りますと、やはり興味深いものが多くございます。

で、先ず訪れたのが「月桂冠大倉記念館」。



伏見と言えば“お酒”ですよね。
月桂冠大倉記念館では、昔から伝わる酒造を、展示させている道具と共に説明されておりました。



こちらを訪れるのは初めてで、ひじょうに興味深く拝見させて頂きました。

その後は、久しぶりに「寺田屋」を訪れました。



寺田屋を訪れるのは3度目になりますが、何となく訪れる人が多くなっている様に感じました。
以前訪れた時には、警備員もいなかった様に思います。

まあ、今年度の大河ドラマ「西郷どん」でも、寺田屋は必ず出てくると思いますよ。

そして中書島駅まで歩いたところで今回は終了。
この先をいつ歩くのかは分かりませんが、いよいよ大阪が見えてきました。

先へ進めば進むほど、ホントワクワクしてきます。
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平家物語(京都嵐山 祇王寺)

2018-04-17 23:13:15 | 旅日記(県外)
昨日の続きです。

大覚寺で拝観券を買う際に「祇王寺」との共通券もありましたもので、そちらを選択しました。
祇王寺までは少し歩かねばならなかったのですが、平家物語に登場する“祇王”所縁の寺となれば行かないわけにはいきますまい。

“祇王”とは、平清盛の寵愛を受けた白拍子で、清盛が愛情を向ける対象が変わると、さっさと追い出されたという可哀想な女性であります。
松山ケンイチさん主演の大河ドラマ「平清盛」にも登場しておりました。
そして祇王は、滋賀県の篠原出身と言われておりまして、篠原にも「祇王寺」がございます。こちらはまだ行った事がございません。

で、大覚寺を後にしまして、のどかな町の中を抜けていきました。
途中、うどん屋さんで昼食を摂りまして、更に先へ進むと、徐々に観光客らしき人たちが増えてきました。



やはり嵐山です。

やがて目的地である祇王寺に着きますと、もう完全に観光地でした。



しかしながら、こちらも見事な新緑で、小さな寺ではありましたが、庭園は緑に染まっておりました。





今となっては賑やかな観光地ではありますが、平安時代の末期にこの山奥で、1度は権力者の寵愛を受けた女性が母と妹の3人で過ごしていたとは、ちと淋しいですね。

寺の中には小さな墓地もございまして、そこに祇王姉妹と母の墓もありました。
その横には、何故か清盛の供養塔も建てられております。



さて、その後は嵐山公園の中を通りまして大堰川まで出ますと馴染みの景色。



観光客に混じりながら……って、私も観光客ですね。
嵯峨嵐山駅まで歩きまして帰路についたわけでございます。

嵐山は何度行ったか覚えておりませんが、それでもまだまだ行っていない場所が多くございます。
今回も時間の都合で興味を惹く場所を幾つもスルーしております。

また行きたいと思います。
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