Shirakuのモノローグ

矢坂芝楽の日々あれこれを綴ります

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もう見られないでしょう(京都 清水寺)

2018-02-28 22:40:26 | 旅日記(県外)
ものスゴい風が吹いております。
明日から3月……
春の嵐でしょうか。

昨日の続きを書きます。

さて、醍醐寺を後にしまして、時刻は昼過ぎ。
予定のある夜までまだ時間がございます。
次はどこへ向かうか考えながら地下鉄東西線の醍醐駅へと歩きました。
徒歩10分?
もっとかかった様な気がします。

その先の伏見へ行くのか、それとも市内へ戻るのか……
それをホームで決断し、市内へ戻る事にしました。
で、向かう先は電車の中で考え、現在改修工事中の「清水寺」と決めました。

清水寺へは1度行った事がございますが、改修工事中の清水寺を見る事など今後ないであろうと思い、向かったのであります。

京阪三条駅で京阪に乗り換えて清水五条で下車し、そこから歩きました。
清水寺参道の入り口に“本願寺派”による親鸞上人の墓所「大谷本廟」がございまして、ちょいと寄り道しました。

こちらにございます通称“眼鏡橋”は、江戸時代後期の安政年間に造られた石橋という事で、ひじょうに興味深かったです。



そして再び参道に戻り、坂を登っていきました。

昨年秋に霊山護国神社を訪れた時も感じたのですが、まあ外国の方の多い事。
ここはどこの国なのだと思うほどでございます。
さすがは「清水寺」。



今回訪れた目的は、改修中の清水寺を見る事です。
歴史のある建築物の大改修など、そう滅多にあるものではございません。何十年かに1度。
その姿はもう見る事はないであろうと、高いところが苦手でありながら、失神を起こす前の一瞬でカメラのシャッターを押しました。



頑張りました。

しかしながら、改修工事中とは言え、それを思わせない壮大さがありました。



この様な建物をよく造ったものでございます。
そんな事を思いながら清水寺を後にし、産寧坂を下っていきました。

その時、時刻は午後3時半。
まだ夜まで時間があります。
なので、そこから近くにある、1度行きたかった高台寺を目指したのでございます。

この続きはまた次回にしましょう。
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長く守られてきた(京都 醍醐寺)

2018-02-27 21:29:52 | 旅日記(県外)
前回の続きを書かせて頂きます。

奈良街道を、その起点であります大津の追分から南へ下っていきました。
目指した場所は世界文化遺産の「醍醐寺」です。
途中、旧街道から外れて新しい道を歩いてしまいましたが、醍醐寺の手前で再び旧街道へ戻ります。
若干ショートカットをしてしまいました。
まあ、よろしかろう。

旧街道に戻るとそこから醍醐寺の塀が続き、やがて総門が現れてそこを潜りました。

世界遺産の醍醐寺です。
多くの権力者や民衆に長く守られてきた醍醐寺です。
豊臣秀吉が“醍醐の花見”を行った醍醐寺です。





私が訪れた時は他に訪れている人も少なく、広大な敷地ながらも地味な感じがしてしまいました。
ですが、三宝院や伽藍エリアの庭園は見事で、また、京都最古の木造建築であります五重の塔も立派でございます。





静けさの中で佇む、その建築物の1つ1つに厳かさを感じました。



ちょうど昼時でしたので、伽藍エリアの一番奥にあります食事処でサクラ麺のセットを食べました。



サクラ色のにゅうめんもゆば丼もあっさりとしておりますが、わりとお腹は満たされます。

醍醐寺には山の麓にある下醍醐と、山の上にある上醍醐がございます。
私が訪れたのは下醍醐です。
機会があれば、上醍醐にも行ってみたいと思います。

さて、これで1つの目的は達成しました。
が、夜の予定までまだ時間がありまして、次はどこへ行こうかと考えながら一先ずそこから地下鉄東西線の醍醐駅へと向かいました。

その続きは次回へと。

そして……

話は変わりますが、また悲しい報せがありました。
昨年から療養中でございました“左とん平”さんがお亡くなりになられたとの事です。

とん平さんも、私にとっては思い入れのある役者さんでございます。
その事については、また改めて書きたいと思います。
心から御冥福を御祈り致します。
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奈良街道をゆく1(大津・追分~京都・醍醐寺)

2018-02-25 21:06:48 | 旅日記(県外)
この週は頭痛に悩まされておりました。
何ででしょうねえ。
まあ、精神面でも何かと苦しい事は日々ございますが、とにもかくにも乗り越えていかなければなりませんな。

まあ、そんな週末ではありましたが、土曜日の夜は京都へ行く予定でありましたもので、その事についてはまた追々書かさせて頂きますが、順番に。

なので、また連載になります。

とりあえず夜は京都へ行かなければならなかったので、どうせならと朝から向かいました。

で、じゃあ夜までどこへ行くのか?
電車に揺られながらこの日のスケジュールを組んでいきます。
色々悩んだ結果、山科駅に着いた瞬間に決断しました。

天気良し!
気温も低くない!

そろそろ旧街道歩きを再開しようと思っておったところなので、行きたかった醍醐寺へ歩いて目指そうと山科駅で下車しました。

そう、「奈良街道」です。

山科から京阪電車に乗り換え、普段なら京都方面へ向かうところ、逆に浜大津方面へ。そして追分で下車しました。

かつて中山道(東海道)を歩いた時に、追分で奈良街道との分岐点を通っております。そこまで行き、そこから奈良街道を進みました。



これまでと違い、全く馴染みのない街道でございます。
滋賀の旧街道をまだ全部制覇しておらんのに、その先へ行く事になろうとは。

山科の大塚というところへ入りますと、「皇塚」なるものがございました。



皇塚とは何なのだと後で調べましたら、京都に都を移した“桓武天皇”の陵墓ではないかと……という言い伝えです。

そして、更に南へ。

坂道がかなり辛かったのですが、それを越えると交通量の多い大通り。

ですが、ここで大きな失敗。

しっかりと旧街道の地図を確認しておけばよかったのですが、それを怠った私は旧街道へと入らず、大通りをそのまま歩いて醍醐寺に辿り着いてしまいました。





次回はもう1度間違えた小野から歩き直してみたいと思います。

とは言え、醍醐寺には来れたわけでございます。
世界文化遺産でございます。



その「醍醐寺」については次回に書かさせて頂きます。

本日はこのへんで。
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しだれ梅

2018-02-23 22:14:49 | 日記
今日は誕生日という事で、友人が盆梅をプレゼントしてくれました。

紅白しだれ梅です。



上手に育てられるか心配でなのでございますが、開花が楽しみであります。
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まだ若いのに

2018-02-22 22:13:43 | 日記
先日20日、劇団青年座の舞台俳優であります大家仁志さんがお亡くなりになられました。
大腸がんだったという事です。
53歳で、まだまだ若く、これからだというのにです。

ひこね演劇鑑賞会では2016年9月の例会、劇団青年座による「横濱短篇ホテル」に出演されておられてました。
あれからまだ1年半しか経っていません。

その作品で大家さんは、皮肉にもがんを患っている人の役でした。
何という事でしょう。本当に死んでしまうなんて。
悲しすぎます。

大家さんはその他にも、「赤シャツ」「深川安楽亭」「あおげばとうとし」という青年座の作品でひこねに来ておられます。

私が大家さんとの事で印象に残っているのは、「あおげばとうとし」の交流会でたくさん会話をさせて頂いた事でございます。



私の好きな漫画で、石渡治作の「HAPPY MAN 爆裂怒濤の桂小五郎」というのがあるのですが、それが元々“マキノノゾミ”さん脚本で劇団青年座で上演されていた作品だと知り、例会作品とは全く関係ないのに、その話にお付き合い下さりました。

そして「横濱短篇ホテル」でインタビューさせて頂いた時に話されていたのですが、マキノノゾミ脚本の作品ではマキノノゾミさんの指名で必ずキャスティングされるのだと。

例会作品以外でも大家さんのお芝居を観させて頂きました。そのどれもが記憶に残る作品でございます。

青年座の「ブンナよ木からおりてこい」。
外部出演では、キャラメルボックスの「俺たちは志士じゃない」。
日本劇団協議会の事業の1つとして上演された「ポルノグラフィティ」。

「ポルノグラフィティ」は、実際にロンドンで起こった地下鉄爆破テロを題材にした作品で、大家さんはこのお芝居で実行犯を演じられました。
前半、舞台の隅で黙々と無言でペットボトルを積み上げ、後半は淡々としながらも狂気に包まれてゆく。
特に、このお芝居での演技が私の中では忘れられません。

素晴らしい演技をたくさん観させて頂きました。
本当にありがとうございました。

そして、訃報と言えばもう一人。
昨日、報じられました「大杉漣」さんです。
レギュラー出演されているTVドラマ「相棒」を観る前でした。
驚きました。
大杉さんもまだ66歳です。

一昨年、映画「仮面ライダー1号」で地獄大使を演じておられました。

悪役から人情派、シリアスからコミカルまでどんな役でもハマる実力派俳優です。

残念でなりません。

お二人に対して、心より御冥福を御祈り致します。
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