遅くなりました。今回で第2部は終了です。そしてすいませんが少し長いです。さて、敵の本当の狙いは…
シンガポール戦の翌日。
イギリスのロンドン郊外にある「ハリントン・ストレイカー映画スタジオ」。表向きは娯楽向き二流映画会社。実際は世界の裏側に名をとどろかす統合軍内の秘密組織「SHADO(シャドウ)」の本部である。
地下70メートルに作られたシャドウ司令部、ここには20人余りのスタッフがいる。地球各地の支部との交信、各海域に派遣しているスカイダイバーへの指令、月面基地「ムーン・ベース」との交信、情報収集などが主な任務である。
「おはよう、諸君。」
そう言いながら入ってきたのはシャドウ副司令官のフリーマン大佐だ。
「おはようございます。大佐、司令がお待ちです。」
スタッフからそう告げられたフリーマンは手を上げて返答し、司令官室へと向かった。
「やぁ、おはよう。すぐ終わる。」
司令官室で映画会社専務取締り兼シャドウ最高司令官エド・ストレイカー少将は書類に目を通していた。
「一ついただくよ。」
そういうと、フリーマンは備え付けの冷蔵庫から支給品の缶コーヒーを取り出した。
「私にも一本頼む。」
いつものごとく二人の会話は上司と部下というより友人同士の感がある。
フリーマンが二本取り出し司令机の上に置いた時、ストレイカーは書類をファイルにしまった。
「さてと、まずはこれを見てくれ。」
司令室の中央モニターが点灯してある施設を映し出した。
「新地球統合軍フランス支部じゃないか。これがどうかしたのか?」
別に基地の様子に変わったことは見受けられない。
「問題はこれだ。」
そういうとストレイカーがパネルを操作して映像が変わった。
「こ、これは…!!」
フリーマンは息を呑んだ。その映像はフランス基地の頭脳ともいえる最高機密コンピュータールームであったが、なんと完全に機能停止させられていた。それもメインコンピューターから部屋の隅に至るまでズタズタであった。
「一体何が!?」
「何者かの破壊工作だろう。昨日の深夜に異常が確認された。まだ極秘事項だが予定では明日には正式に関係者を含めて軍全体に発表される。」
冷静にストレイカーは述べると缶コーヒーを開栓した。
「あの機密室に入れるとは信じられん。」
「それも警報装置が作動するまで誰も気付かなかった。これはプロ以上の仕事だ。」
「コンピューターの破壊だけが目的だったのか?」
フリーマンの疑問にストレイカーは一服の煙草に火をつけてから答えた。
「修復されたプログラムなどを調べて分かったが、一部の記録が中からごっそり盗まれてたよ。それからわざと警報装置を作動させたんだ。」
「我々への挑戦と言う事か。なくなったデータは?」
ストレイカーは煙草を灰皿に置くと口を開いた。
「ファイル名“A・E・W”だ。」
聴いた瞬間、フリーマンは危うく手に持っていた缶コーヒーを落としそうになった。
「大事だぞ!!あれが世に流れたら…」
その先はストレイカーが手を出してさえぎった。
「盗まれたのは構造記録や誘導に関する内容だけだ。現在の保管位置座標のデータはすでに抜かれていたんだよ。」
それを聞き、フリーマンは少し落ち着いたようだ。
「そうか、それでそのデータは今どこに!?」
「ここさ。」
そういうとストレイカーは机の上に一つのアタッシュケースを置いた。
「この中にそのデータがある。実はこれを移送する命令が下っていてね。フランス支部が襲撃される前にここへ持ち込まれていたんだ。これを奴らはなんとしても手に入れようとするだろう。そこでこのケースを君に運んでもらいたい。」
そして再びストレイカーは煙草を咥えた。
「専用機も用意していつでも飛び立てる。」
「なるほど。目的地までひとっ飛びか。」
しかしストレイカーは首を横に振った。
「いや、それは囮だ。科学担当のレイク大佐が乗り込んで一足先に目的地へ向かう。君には潜水艦を用意してある。カーリン大尉が指揮するスカイダイバー1号だ。」
「念入りですな。」
そう言うとフリーマンは飲みかけの缶コーヒーを一気にあおった。
「任務を引き受けましょう。行き先は?」
ストレイカーはにやっと笑った。
「新地球統合軍日本支部だ。大佐、このデータは下手をすれば地球の存亡にも関わりかねん。どうかよろしく頼む。」
言いながらストレイカーは煙草を灰皿のふちでもみ消した。
一方その頃、奪還されたシンガポール基地のドックにて損傷した艦の修理作業が進められていた。
「酷くやられたわね。」
艦隊司令である早瀬未沙は第三ドック指揮所からドックに鎮座している軽巡洋艦「金剛」を見て呟き、彼女は昨日のことを思い出していた。
昨日の敵潜水戦艦との戦いは「ミズーリ」の登場で何とか勝利を得た。そして帰還してきた輝とお互いの無事を喜び合ったが、天龍艦隊の軽巡洋艦「金剛」「比叡」、駆逐艦「コロラド」「リットリオ」が中破及び大破。駆逐艦「磯風」が浸水し火災延焼。鎮火の見込み薄く総員退避、後に無傷だった「涼月(すずつき)」によって雷撃処分された。
それだけではない。艦の被害も大きかったが今回の戦闘における死傷者のことの方が未沙にとっては重大事だった。艦隊内で死者12名、重軽傷者103名にのぼった。書類上数字で冷たく表記されているが彼らは生きた人間だったことを未沙は痛感していた。艦隊が入港した昨日夕方から艦隊合同葬儀に出て未沙は誰よりも彼らの死を悼んだ。また怪我をした者達にも輝やスプルーアンス参謀長と共に見舞った。
夜遅くやっと休めることになり、司令官私室に戻るとすぐに輝が来た。
「大丈夫?今日は色々大変だったね。」
紅茶を出してもてなすと未沙と備え付けのテーブルを挟んで反対側のソファに座った輝が開口一番そう語りかけてきた。
「大丈夫よ。明日もまだ処理が残ってるわ。」
普通ならこうもいかないだろう。未沙もさすがに長く軍に携わっている為に気持ちの持ち方を心得ていた。
傍目には強靭な精神の持ち主ともいえるかもしれないが、輝から見れば抱え込みすぎやしないか心配だった。
「明日はまた大変ね。あなたも部隊の収拾とかね。」
それもあった。特に今回はあのロメル・ウォーカー少尉の墜落処理を筆頭に残務処理が残っている。お互い研修中とはいえやはりしばらく忙しいことばかりが続きそうだ。お互いにのんびりできる日はいつ来るのか分からなかった。
「未沙、本当に大丈夫かい?」
いつになくやさしい言葉をかける輝に未沙は少々訝しく思っていた。
「大丈夫よ。どうかしたの?」
「いや、別に…。ただ少しね。」
そう言うと輝は一気に紅茶を啜った。
「今日はもう部屋に戻ることにするよ。」
そう言って輝はソファから立ち上がった。
(もう少しゆっくりしていけばいいのに…。)
そう思いながらも彼は今日かなり疲れていることだろう。自身もあまり休める時間が無いことから彼も気を遣ったんだと割り切った。
部屋の入り口まで見送るため彼に続いてドアへと向かう。するとドアに手を掛けた輝は振り向き、(?)となっている未沙の唇に突然自分の唇を重ねてきた。
(えっ!?えっ!?)
少々混乱している未沙から離れるとやさしい青い瞳を見せながら輝は一言発した。
「おやすみ。」
そう言うと彼は部屋を出て行った。しばらく閉められたドアを眺めていた未沙は鏡を見るまでもなく自分の顔がどんな色をしているかを理解した。
「どれも修理に二週間はかかるそうです。」
一歩後ろに控えていたデビッド・E・スプルーアンス参謀長の声で未沙は現在へと戻った。
「「天龍」は装甲甲板に少し傷がついた程度でした。「白神」と「涼月」は無傷です。」
「にしてもマッケーン少将の東洋艦隊の方が敵機動部隊を叩いてくれましたが、自分には敵の行方が気になりますな。」
同じく控えていた第三戦隊司令官の武中淳司中佐が自分の意見を述べた。
「敵は少なくとも空母三隻が確認されていて、うち二隻取り逃がした。東洋艦隊がそれをみすみす逃したと思えんですな。」
もっともなことだ。敵の空母が二隻行方をくらましているという事実はある。どれも「天龍」並みかそれ以上のものだ。
「ともかく、今のこの基地への警戒網をおいそれと突破して接近することは難しいでしょう。それに今は敵を追うことよりも事態を収拾することが第一です。」
未沙がそう言ったとき、スプルーアンス参謀長の携帯が鳴った。
「失礼、はい参謀長だ。そうか、わかった、すぐ戻る。」
携帯をしまうと彼はすぐさま報告をした。
「早瀬司令、瀬戸基地の草鹿長官から通信が入っているそうです。至急「天龍」へお戻り下さい。それと武中中佐、あなたにも「天龍」へ来ていただきたいそうです。」
武中中佐も一緒と言う事を未沙は一瞬訝しく思ったがすぐに返した。
「分かりました。すぐに戻りましょう。」
シンガポール軍港に接舷していた「天龍」に戻った三人はすぐさま第一艦橋へと向かった。中にはすでにスタッフがそろっていたが航空隊の輝と沖野誠二少佐、第八戦隊司令官日向浅海少佐、第二十艦隊司令官正木俊介大佐も来ていた。
『全員そろったようだな。』
メインモニターに映る草鹿長官が笑みを浮かべながらそう言った。
「草鹿長官、遅れましてすいません!!」
言いながら未沙とスプルーアンス参謀長、武中中佐は敬礼した。他のメンバーも続いて敬礼する。
『うむ、みんなご苦労。早速だが、君らの報告は目を通させてもらった。なんでも現代のナチスとか。』
一同を代表して最上階級者の正木大佐が答えた。
「長官、やはりこの日が来てしまったようですな。」
その言葉に全員が驚いた。正木大佐はこのような事態を予想していたというのか。
『いい機会だ。諸君らにも話しておこう。時をさかのぼること67年前、1945年4月、第二次大戦末期のことだ。先のソ連軍の大攻勢と続くノルマンディー上陸作戦によって連合国の大反抗が始まりドイツは窮地にたたされ、当時ドイツを支配していたナチス党のアドルフ・ヒトラーは総統官邸で自殺した。』
「その四ヵ月後、日本も降伏して第二次世界大戦は終結。世界は東西に分裂した。」
補足の様な言葉を述べたのは航海長の天野純大尉だ。
『その通りだ。だが戦後になってあるうわさが連合国、特にイギリスとフランスでまことしやかにささやかれていた。大戦後にU・ボートを目撃したというものだった。』
U・ボート。それはドイツ潜水艦の総称である。
『ただのうわさでしかなかったのだがありえない話ではない。所詮は艦艇数など書類上のものだ。戦後の艦艇数調査もいくらでもカモフラージュできる。それにヒトラーは自分のための美術館を開く為に数多くの芸術作品を蒐集したり、莫大な金塊を隠し持っていたとも言われている。終戦と共に多くのものが回収されたがそのいくつかは消えた財宝となり“ヒトラーの遺産”として語り継がれてきた。』
草鹿長官が話し終えると今度は正木大佐が語りだした。
「ところが今から10年前、私は太平洋で謎の潜水艦に遭遇した。お嬢さん、あなたのお父上、早瀬提督の潜水艦にグローバル現提督と共に私も乗っておりました。その時は早瀬提督の指揮によって事なきを得ましたが、ゲリラとは違うもっと大きな謎の武装集団がこの世に存在していることは明らかでした。」
未沙は驚きの表情を見せた。
「そんなことが…。正木大佐が父の補佐官をしていたことは知っていましたが。」
すると再び草鹿長官が語りだした。
『実はそれ以前からナチスの流れをくむ影の軍隊の存在は各国の重要機密情報としても存在していた。CIA(米国中央情報局)やMI6(英国情報部)、KGB(ソ連国家保安局)をはじめ各国のあらゆる諜報組織がその謎を追っていた。だが奴らが何者で目的は何か、確実な存在の証拠はほとんど発見されなかった。』
艦橋内に沈黙が流れた。無理もない。自分たちの住む世界の裏側にそのような存在が有るなど誰も予想などしていなかったのだ。
少し間をおいて再び草鹿長官が口を開いた。
『そこで今回のこの事件をグローバル提督とも話し合った結果、今後この影の真帝国なる組織の先任部隊として「天龍」にこれを追ってもらいたい。』
一同は再び驚きの表情を浮かべ、メインモニターを見た。厳粛な表情を見せる草鹿長官は続けた。
『早瀬中佐、現時刻を持って貴官を特務部隊指揮官として任命する。なおそれに伴い戦時特例措置として貴官を少将に任命する。また「天龍」メインスタッフに一条輝、沖野誠二両航空隊長を各員一階級特進とする。これはグローバル提督からの命令である。』
今まで以上の驚きが艦橋に満ちた。中でも一番驚いていたのは未沙であった。
「私が…、少将…、ですか?」
メインモニターの草鹿長官は頷いて見せた。
『そうだ。グローバル提督は君の活躍を期待している。それに君はもうすぐ宇宙艦隊司令官となる身だ。今のうちに艦隊運営に慣れておいて損はなかろうとも言っておられた。』
そう言われ未沙はうつむいた。
(少将だなんて…。私にそんな大役が務まるかしら…、提督には悪いけれどここは辞退して、正木大佐か武中中佐に譲るべき場面かもしれない。)
その時、彼女の右肩に誰かの手が掛けられていた。顔を上げると輝が自分の横に立っていた。
「君ならできるはずだ。」
一言輝はそう言った。たった一言だが未沙の決意を促すにはそれで充分であった。
一度輝に頷いて見せた彼女は再びモニターへと顔を向け、敬礼した。その瞳は見る者に決意を感じさせた。
「草鹿長官、本日を持って本艦隊はご命令に基づき、真帝国に対する特務に就きます。」
第二部終了、次回第三部戦慄の南太平洋編へと続く
というわけで遅ればせながらですいません。長かった東洋編も終わりです。次回からは新たな艦やAチームと共に目指すはオーストラリアです。
寒くなりますので皆様お体などお気をつけてください。自分は先日より風邪気味です…。
シンガポール戦の翌日。
イギリスのロンドン郊外にある「ハリントン・ストレイカー映画スタジオ」。表向きは娯楽向き二流映画会社。実際は世界の裏側に名をとどろかす統合軍内の秘密組織「SHADO(シャドウ)」の本部である。
地下70メートルに作られたシャドウ司令部、ここには20人余りのスタッフがいる。地球各地の支部との交信、各海域に派遣しているスカイダイバーへの指令、月面基地「ムーン・ベース」との交信、情報収集などが主な任務である。
「おはよう、諸君。」
そう言いながら入ってきたのはシャドウ副司令官のフリーマン大佐だ。
「おはようございます。大佐、司令がお待ちです。」
スタッフからそう告げられたフリーマンは手を上げて返答し、司令官室へと向かった。
「やぁ、おはよう。すぐ終わる。」
司令官室で映画会社専務取締り兼シャドウ最高司令官エド・ストレイカー少将は書類に目を通していた。
「一ついただくよ。」
そういうと、フリーマンは備え付けの冷蔵庫から支給品の缶コーヒーを取り出した。
「私にも一本頼む。」
いつものごとく二人の会話は上司と部下というより友人同士の感がある。
フリーマンが二本取り出し司令机の上に置いた時、ストレイカーは書類をファイルにしまった。
「さてと、まずはこれを見てくれ。」
司令室の中央モニターが点灯してある施設を映し出した。
「新地球統合軍フランス支部じゃないか。これがどうかしたのか?」
別に基地の様子に変わったことは見受けられない。
「問題はこれだ。」
そういうとストレイカーがパネルを操作して映像が変わった。
「こ、これは…!!」
フリーマンは息を呑んだ。その映像はフランス基地の頭脳ともいえる最高機密コンピュータールームであったが、なんと完全に機能停止させられていた。それもメインコンピューターから部屋の隅に至るまでズタズタであった。
「一体何が!?」
「何者かの破壊工作だろう。昨日の深夜に異常が確認された。まだ極秘事項だが予定では明日には正式に関係者を含めて軍全体に発表される。」
冷静にストレイカーは述べると缶コーヒーを開栓した。
「あの機密室に入れるとは信じられん。」
「それも警報装置が作動するまで誰も気付かなかった。これはプロ以上の仕事だ。」
「コンピューターの破壊だけが目的だったのか?」
フリーマンの疑問にストレイカーは一服の煙草に火をつけてから答えた。
「修復されたプログラムなどを調べて分かったが、一部の記録が中からごっそり盗まれてたよ。それからわざと警報装置を作動させたんだ。」
「我々への挑戦と言う事か。なくなったデータは?」
ストレイカーは煙草を灰皿に置くと口を開いた。
「ファイル名“A・E・W”だ。」
聴いた瞬間、フリーマンは危うく手に持っていた缶コーヒーを落としそうになった。
「大事だぞ!!あれが世に流れたら…」
その先はストレイカーが手を出してさえぎった。
「盗まれたのは構造記録や誘導に関する内容だけだ。現在の保管位置座標のデータはすでに抜かれていたんだよ。」
それを聞き、フリーマンは少し落ち着いたようだ。
「そうか、それでそのデータは今どこに!?」
「ここさ。」
そういうとストレイカーは机の上に一つのアタッシュケースを置いた。
「この中にそのデータがある。実はこれを移送する命令が下っていてね。フランス支部が襲撃される前にここへ持ち込まれていたんだ。これを奴らはなんとしても手に入れようとするだろう。そこでこのケースを君に運んでもらいたい。」
そして再びストレイカーは煙草を咥えた。
「専用機も用意していつでも飛び立てる。」
「なるほど。目的地までひとっ飛びか。」
しかしストレイカーは首を横に振った。
「いや、それは囮だ。科学担当のレイク大佐が乗り込んで一足先に目的地へ向かう。君には潜水艦を用意してある。カーリン大尉が指揮するスカイダイバー1号だ。」
「念入りですな。」
そう言うとフリーマンは飲みかけの缶コーヒーを一気にあおった。
「任務を引き受けましょう。行き先は?」
ストレイカーはにやっと笑った。
「新地球統合軍日本支部だ。大佐、このデータは下手をすれば地球の存亡にも関わりかねん。どうかよろしく頼む。」
言いながらストレイカーは煙草を灰皿のふちでもみ消した。
一方その頃、奪還されたシンガポール基地のドックにて損傷した艦の修理作業が進められていた。
「酷くやられたわね。」
艦隊司令である早瀬未沙は第三ドック指揮所からドックに鎮座している軽巡洋艦「金剛」を見て呟き、彼女は昨日のことを思い出していた。
昨日の敵潜水戦艦との戦いは「ミズーリ」の登場で何とか勝利を得た。そして帰還してきた輝とお互いの無事を喜び合ったが、天龍艦隊の軽巡洋艦「金剛」「比叡」、駆逐艦「コロラド」「リットリオ」が中破及び大破。駆逐艦「磯風」が浸水し火災延焼。鎮火の見込み薄く総員退避、後に無傷だった「涼月(すずつき)」によって雷撃処分された。
それだけではない。艦の被害も大きかったが今回の戦闘における死傷者のことの方が未沙にとっては重大事だった。艦隊内で死者12名、重軽傷者103名にのぼった。書類上数字で冷たく表記されているが彼らは生きた人間だったことを未沙は痛感していた。艦隊が入港した昨日夕方から艦隊合同葬儀に出て未沙は誰よりも彼らの死を悼んだ。また怪我をした者達にも輝やスプルーアンス参謀長と共に見舞った。
夜遅くやっと休めることになり、司令官私室に戻るとすぐに輝が来た。
「大丈夫?今日は色々大変だったね。」
紅茶を出してもてなすと未沙と備え付けのテーブルを挟んで反対側のソファに座った輝が開口一番そう語りかけてきた。
「大丈夫よ。明日もまだ処理が残ってるわ。」
普通ならこうもいかないだろう。未沙もさすがに長く軍に携わっている為に気持ちの持ち方を心得ていた。
傍目には強靭な精神の持ち主ともいえるかもしれないが、輝から見れば抱え込みすぎやしないか心配だった。
「明日はまた大変ね。あなたも部隊の収拾とかね。」
それもあった。特に今回はあのロメル・ウォーカー少尉の墜落処理を筆頭に残務処理が残っている。お互い研修中とはいえやはりしばらく忙しいことばかりが続きそうだ。お互いにのんびりできる日はいつ来るのか分からなかった。
「未沙、本当に大丈夫かい?」
いつになくやさしい言葉をかける輝に未沙は少々訝しく思っていた。
「大丈夫よ。どうかしたの?」
「いや、別に…。ただ少しね。」
そう言うと輝は一気に紅茶を啜った。
「今日はもう部屋に戻ることにするよ。」
そう言って輝はソファから立ち上がった。
(もう少しゆっくりしていけばいいのに…。)
そう思いながらも彼は今日かなり疲れていることだろう。自身もあまり休める時間が無いことから彼も気を遣ったんだと割り切った。
部屋の入り口まで見送るため彼に続いてドアへと向かう。するとドアに手を掛けた輝は振り向き、(?)となっている未沙の唇に突然自分の唇を重ねてきた。
(えっ!?えっ!?)
少々混乱している未沙から離れるとやさしい青い瞳を見せながら輝は一言発した。
「おやすみ。」
そう言うと彼は部屋を出て行った。しばらく閉められたドアを眺めていた未沙は鏡を見るまでもなく自分の顔がどんな色をしているかを理解した。
「どれも修理に二週間はかかるそうです。」
一歩後ろに控えていたデビッド・E・スプルーアンス参謀長の声で未沙は現在へと戻った。
「「天龍」は装甲甲板に少し傷がついた程度でした。「白神」と「涼月」は無傷です。」
「にしてもマッケーン少将の東洋艦隊の方が敵機動部隊を叩いてくれましたが、自分には敵の行方が気になりますな。」
同じく控えていた第三戦隊司令官の武中淳司中佐が自分の意見を述べた。
「敵は少なくとも空母三隻が確認されていて、うち二隻取り逃がした。東洋艦隊がそれをみすみす逃したと思えんですな。」
もっともなことだ。敵の空母が二隻行方をくらましているという事実はある。どれも「天龍」並みかそれ以上のものだ。
「ともかく、今のこの基地への警戒網をおいそれと突破して接近することは難しいでしょう。それに今は敵を追うことよりも事態を収拾することが第一です。」
未沙がそう言ったとき、スプルーアンス参謀長の携帯が鳴った。
「失礼、はい参謀長だ。そうか、わかった、すぐ戻る。」
携帯をしまうと彼はすぐさま報告をした。
「早瀬司令、瀬戸基地の草鹿長官から通信が入っているそうです。至急「天龍」へお戻り下さい。それと武中中佐、あなたにも「天龍」へ来ていただきたいそうです。」
武中中佐も一緒と言う事を未沙は一瞬訝しく思ったがすぐに返した。
「分かりました。すぐに戻りましょう。」
シンガポール軍港に接舷していた「天龍」に戻った三人はすぐさま第一艦橋へと向かった。中にはすでにスタッフがそろっていたが航空隊の輝と沖野誠二少佐、第八戦隊司令官日向浅海少佐、第二十艦隊司令官正木俊介大佐も来ていた。
『全員そろったようだな。』
メインモニターに映る草鹿長官が笑みを浮かべながらそう言った。
「草鹿長官、遅れましてすいません!!」
言いながら未沙とスプルーアンス参謀長、武中中佐は敬礼した。他のメンバーも続いて敬礼する。
『うむ、みんなご苦労。早速だが、君らの報告は目を通させてもらった。なんでも現代のナチスとか。』
一同を代表して最上階級者の正木大佐が答えた。
「長官、やはりこの日が来てしまったようですな。」
その言葉に全員が驚いた。正木大佐はこのような事態を予想していたというのか。
『いい機会だ。諸君らにも話しておこう。時をさかのぼること67年前、1945年4月、第二次大戦末期のことだ。先のソ連軍の大攻勢と続くノルマンディー上陸作戦によって連合国の大反抗が始まりドイツは窮地にたたされ、当時ドイツを支配していたナチス党のアドルフ・ヒトラーは総統官邸で自殺した。』
「その四ヵ月後、日本も降伏して第二次世界大戦は終結。世界は東西に分裂した。」
補足の様な言葉を述べたのは航海長の天野純大尉だ。
『その通りだ。だが戦後になってあるうわさが連合国、特にイギリスとフランスでまことしやかにささやかれていた。大戦後にU・ボートを目撃したというものだった。』
U・ボート。それはドイツ潜水艦の総称である。
『ただのうわさでしかなかったのだがありえない話ではない。所詮は艦艇数など書類上のものだ。戦後の艦艇数調査もいくらでもカモフラージュできる。それにヒトラーは自分のための美術館を開く為に数多くの芸術作品を蒐集したり、莫大な金塊を隠し持っていたとも言われている。終戦と共に多くのものが回収されたがそのいくつかは消えた財宝となり“ヒトラーの遺産”として語り継がれてきた。』
草鹿長官が話し終えると今度は正木大佐が語りだした。
「ところが今から10年前、私は太平洋で謎の潜水艦に遭遇した。お嬢さん、あなたのお父上、早瀬提督の潜水艦にグローバル現提督と共に私も乗っておりました。その時は早瀬提督の指揮によって事なきを得ましたが、ゲリラとは違うもっと大きな謎の武装集団がこの世に存在していることは明らかでした。」
未沙は驚きの表情を見せた。
「そんなことが…。正木大佐が父の補佐官をしていたことは知っていましたが。」
すると再び草鹿長官が語りだした。
『実はそれ以前からナチスの流れをくむ影の軍隊の存在は各国の重要機密情報としても存在していた。CIA(米国中央情報局)やMI6(英国情報部)、KGB(ソ連国家保安局)をはじめ各国のあらゆる諜報組織がその謎を追っていた。だが奴らが何者で目的は何か、確実な存在の証拠はほとんど発見されなかった。』
艦橋内に沈黙が流れた。無理もない。自分たちの住む世界の裏側にそのような存在が有るなど誰も予想などしていなかったのだ。
少し間をおいて再び草鹿長官が口を開いた。
『そこで今回のこの事件をグローバル提督とも話し合った結果、今後この影の真帝国なる組織の先任部隊として「天龍」にこれを追ってもらいたい。』
一同は再び驚きの表情を浮かべ、メインモニターを見た。厳粛な表情を見せる草鹿長官は続けた。
『早瀬中佐、現時刻を持って貴官を特務部隊指揮官として任命する。なおそれに伴い戦時特例措置として貴官を少将に任命する。また「天龍」メインスタッフに一条輝、沖野誠二両航空隊長を各員一階級特進とする。これはグローバル提督からの命令である。』
今まで以上の驚きが艦橋に満ちた。中でも一番驚いていたのは未沙であった。
「私が…、少将…、ですか?」
メインモニターの草鹿長官は頷いて見せた。
『そうだ。グローバル提督は君の活躍を期待している。それに君はもうすぐ宇宙艦隊司令官となる身だ。今のうちに艦隊運営に慣れておいて損はなかろうとも言っておられた。』
そう言われ未沙はうつむいた。
(少将だなんて…。私にそんな大役が務まるかしら…、提督には悪いけれどここは辞退して、正木大佐か武中中佐に譲るべき場面かもしれない。)
その時、彼女の右肩に誰かの手が掛けられていた。顔を上げると輝が自分の横に立っていた。
「君ならできるはずだ。」
一言輝はそう言った。たった一言だが未沙の決意を促すにはそれで充分であった。
一度輝に頷いて見せた彼女は再びモニターへと顔を向け、敬礼した。その瞳は見る者に決意を感じさせた。
「草鹿長官、本日を持って本艦隊はご命令に基づき、真帝国に対する特務に就きます。」
第二部終了、次回第三部戦慄の南太平洋編へと続く
というわけで遅ればせながらですいません。長かった東洋編も終わりです。次回からは新たな艦やAチームと共に目指すはオーストラリアです。
寒くなりますので皆様お体などお気をつけてください。自分は先日より風邪気味です…。