山の天気予報

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猪熊隆之の観天望気講座112

2018-06-01 21:06:04 | 観天望気

前回に引き続き、赤城山でおこなわれた体験活動安全管理研修(山編)の観天望気講座です。今回は、登山中の気象判断について雲や風の変化から学んでいきます。

前回、500hPa面(高度約5,700m付近)の寒気が午前中に赤城山付近にまで南下し、大気が不安定になることを説明しました。つまり、雲が「やる気」を出して積乱雲に成長する可能性があるということで、落雷や強雨に警戒が必要な状況です。一方、午後になるとこの寒気が抜けていく予想になっていました。

※やる気のある雲とない雲については第77回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/d8d91a3876370b0670790c4b3b078e43 をご参照ください。

一方、雲の「やる気」は雲を見るのが一番分かりやすいです。雲は空気の気持ちを語ってくれる(つまり、空気の状態を表してくれている)からです。ということで、起床後、すぐに空を見る癖をつけておきましょう。実は、アサイチの雲や空気の状態がその日の天候を知るうえで重要になってきます。

写真1 国立赤城青少年交流の家から東の方角を見る(赤城山の南斜面)

空を見上げると、前夜の雨はあがり、青空が広がっています。空気も雨上がりの割にはカラっとしており、空気中の水蒸気量が少ない感じです。一方、山腹には積雲が早くも湧き立ってきています。これは、朝陽を浴びて南東斜面で温まった空気が上昇してできている雲です。この雲はまだ「やる気」がない状態ですが、今後、成長して「やる気」のある雲になっていくかどうかを見ていきます。

写真2 関東平野から奥秩父方面(南西側)

 雲の様子は全天を見回すことが大切です。今度は、南西側を見てみましょう。関東平野方面には積雲の連なりが見えています。ある程度、成長しているものもあり、「やる気」のある雲になりかけています。朝からこの状態は危険信号です。一方、北の方角には雲がほとんどなく、時折積雲ができますが、すぐに蒸発して消えていきます。空気が乾いている証拠です。

もうひとつ重要なのは風の変化を感じることです。朝から山麓の青少年交流の家でも北寄りの風が吹いていました。天気図で見た通りの風向です。低い雲を見てみると、ある程度のスピードで流れており、上空の風が強まっていることが分かりました。上部では風が強そうな雰囲気です。 

さて、いよいよ登山開始。登山口までは樹林帯で空があまり開けていません。登山口からは急登となり、しばらく登ると開けた尾根上に出ます。ここが鍋倉高原です(左下の緑色カコミ部分)。開けているので、北寄りの風がやや強まりましたが、リスクを感じるほどではありません。また、陽射しもあるので、防寒着を着るほどのこともありませんでした。

図1 鍋倉山の登山ルート

電子国土ホームページより https://maps.gsi.go.jp/#5/36.104611/140.084556/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1

早速、空をチェックしてみましょう(写真3)。すると、先ほど関東平野に出ていた雲は「やる気」を出して、上方へモクモクと成長しています。場所も朝とあまり変わっていません。それではなぜ、ここで雲がやる気を出しているのでしょうか?また、この雲は赤城山方面に近づいてくるのでしょうか?

写真3 やる気のある雲出現!

写真の右側(北の方角)には雲がほとんどありませんでした。つまり、乾いた空気が北から流れ込んできていることが分かります。これは谷川連峰を越えて吹き降ろした空気によるものです。それに対して関東南部では等圧線の間隔も開いており(図2)、風が弱いことが分かります。

図2 登山当日12時の予想天気図

山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/ より

つまり、北西風が埼玉県付近で急速に弱まり、そこでは後ろから強い風で押されて前は進まないため、ふんづまってしまい、空気は上昇していきます。また、風が弱いときの日中、晴れて気温が上昇すると、海風や谷風という川の下流から上流へと風が吹きます。このため、関東南部では海側からの南や南東風となり、埼玉県付近で谷川連峰や碓氷峠を越えてきた北西風とぶつかります(図4)。風と風がぶつかると、そこでは上昇気流が発生します(図5)。谷川連峰を越えてくる北寄りの風は乾いた空気ですが、関東南部にある空気は海側からの湿った空気が運ばれてくるため、水蒸気がやや多くなっています。そのため、上昇気流によって水蒸気が冷やされて雲ができ、上空に寒気が入って大気が不安定なために雲が「やる気」を出してモクモクと成長していったのです。

図4 関東地方付近の地図と、風の流れ

 

図5 風と風がぶつかり合うところで発生する上昇気流

他にも、風と風がぶつかり合うところがあります。群馬県側からの赤城おろし(北西~西北西風)と栃木県側からの谷風がぶつかり合う群馬・栃木県境付近です。ここでも雲が「やる気」を見せ始めます(写真4)。 

写真4 群馬・栃木県境で「やる気」を出す雲

赤城山上空では雲は「やる気」を出すどころか、ほとんど発生しませんでした。これは谷川連峰を越えてきた乾いた空気のためです。水蒸気が少ないので、上昇気流が発生して雲ができても、すぐに蒸発していきました。 落雷のリスクはないとして、もう一つのリスク、強風はどうでしょうか。二つ目の開けた場所(図1の右上側の緑色カコミ部分)に入っても尾根の風下斜面のため、風はさほど強まりませんでした。山頂で強まるかと思いきや、北西側にずらっと木があり、風を防いでくれています。最高の防風林ですね。これは地形図からは分かりませんでした。ということで、今日の天候リスクはほとんどない!といった最高の登山日和でした。

一方、写真3の雲は、北風が勢力を増すにつれて次第に南下し、奥多摩や丹沢付近で午後になると、雷を伴った激しい雨が降りました。

それに対して、写真4の雲は午後になると弱まっていきます。これは上層の寒気が午後になると、次第に抜けていったことと、乾いた北からの空気に覆われていったためです。

写真5 午後になると、雲は次第に「やる気」をなくしていった。めでたし、めでたし。

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

※図、写真、文章の無断転載、転用、複写は禁じる。

 

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