矢嶋武弘の部屋

日一日の命
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絞首刑は残虐な刑罰である

2015年07月03日 09時48分47秒 | 社会・事件・事故

<以下の文を復刻します。>

死刑制度に賛成か反対かは別にして、私は「絞首刑」は残虐な刑罰方法だと思う。もちろん、目の前で絞首刑を見たことはないが、写真で人間がロープなどに首を吊るされているのを見ると、残虐だな~と思うのである。あまり良い感じはしない。
 これを残虐と見るかどうかは各人によって違うだろうが、憲法第36条には「公務員による拷問 及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」という規定がある。残虐な刑罰は絶対に禁じるというのだ。憲法は、国の最高法規である。法治国家の国民としては、真面目に考える必要があるだろう。
 
そこで、もし死刑制度が存続するのであれば、刑罰の方法・手段を再検討しても良いと思う。日本の場合は絞首刑しかないが、人を死に至らしめる方法は幾らでもある。残虐でない方法も幾つかあるだろう。私はその道の専門家ではないが、例えば毒性のある薬とかガスなど色々あるはずだ。
 死刑になったソクラテスは、毒杯を仰いで死んだ。ところが、イエス・キリストは十字架に張り付けにされ、手足を釘で打ち付けられ、たしか槍で脇腹を刺されて死んだと思う。どう見ても、ソクラテスの死に方の方が“尊厳死”に近く、イエス・キリストの方は残酷極まりない死に方だ。これには誰も異論がないだろう。
 こうして考えると、憲法で残虐な刑罰を禁じているのだから、残虐でない死刑執行方法を考えるべきだ。現代では「のこぎり挽き」とか「車裂き」のような残酷な執行方法はない。また、ギロチンによる処刑もない。昔に比べれば、死刑のやり方もずいぶん穏やかになってきた。
 
これは、根底に「生命の尊厳」という思いがあるからだろう。現代になるほど、命の尊さが認識されてきたのだ。
 「死刑囚」を処刑する場合も、その辺を考えなければならない。いくら憎い極悪人であっても、命を捨てるのだ。彼らが命を落とせば、被害者の遺族もだいたい納得するだろう。よほどの“サディスト”でない限り、死刑囚が処刑されればそれで済むはずだ。
 したがって、あとは残虐でない方法を考えるべきで、絞首刑などは人に不快の念を与えるから良くない。こういう刑罰があるから、死刑廃止論が余計に高まってくるのだ。もちろん、私は死刑制度が良いなどと言っているのではない。それは別に議論すべきことで、現代は「生命の尊厳」を第一に考えるべきである。これは死刑囚についても当てはまることだ。被害者にも加害者にも、人権というものがある。もっとも、死刑囚が絞首刑を望めば話は別だが、そういう人は少ないだろう。
 ソクラテスは凶悪犯ではなかったが、尊厳死、あるいは安楽死に近い形で処刑された。イエス・キリストとは極めて対照的である。自分がもし死刑囚になったら、当然、ソクラテスのような死に方をしたい。
 死刑制度の是非に関わらず、絞首刑という残虐な刑罰方法を見直す時期に来ているのではないか。 (2011年10月15日)


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