武弘・Takehiroの部屋

日一日の命
人生は 欲して成らず 成りて欲せず(ゲーテ)

明治17年・秩父革命(6)

2024年07月07日 03時26分46秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第4場[10月下旬のある晩、上吉田村にある日下の家。 藤吉がそっと忍び込んでくると、母のミツと妹のハルが驚いた表情で迎える。]

ミツ 「藤吉・・・大丈夫なの?」

藤吉 「うん、何とかやっている。二人とも元気だった?」

ミツ 「こちらは大丈夫だけど、お前のことが心配で夜もおちおち眠れなかったよ」

ハル 「兄さんったら何の連絡もないし、言(こと)付けでも良いからしてくれれば安心するのに」

藤吉 「ごめん、なにせ追われる身だからね。もっぱら群馬や長野に潜伏していたんだ。 ところで、加藤さんから面倒を見てもらってる?」

ミツ 「ええ、それはとても。当座のお金も貸してくれたのよ」

藤吉 「それは良かった」

ハル 「母さんも私も働きに出るわ。加藤さんに早くお返しをしないと」

藤吉 「うん、あの人は“高利貸し”じゃないから助かるね。僕が何もして上げられなくて、ごめん」

ミツ 「何を言ってるの、とにかくお前が無事で安心したわ」

ハル 「兄さんは心配しないで、二人で何とかするから。それより、このまま逃げとおすわけ? 遠い所へ行ってしまうこともあるの?」

藤吉 「うん、逃げとおすさ。でも近いうちに大変なことが起きる。われわれや農民が一斉に決起するのだ。そうなったら、貧乏人も破産人も助かる世の中が必ず来る。いや、そうしなければならない」

ミツ 「そんな世の中が来るかしら・・・私には考えられない」

藤吉 「いや、そのために僕らはいま、全力を尽くして活動しているのだ。詳しいことを言っている暇はないが、もう少し待っててよ。 僕はもう行かなければならない、いろいろやることがあってね。とにかく、母さんとハルに会えただけで嬉しかった。元気でいてよ」

ハル 「ええ、でも今度は言付けでいいから、何か知らせて」

藤吉 「うん、分かった。密偵がウロウロしてるから、感づかれないうちに引き上げないと。なにせ僕は“お尋ね者”だからね(笑)。 それじゃ・・・」

ミツ 「ああ、ちょっと待って。ここに、松本カヨさんからの便りがあるの」

藤吉 「えっ?(ミツが手紙を藤吉に手渡す) ありがとう」

ハル 「兄さんも元気でね」

ミツ 「達者でいてよ、また来てちょうだい」

藤吉 「うん」(手を振って家から出て行く)

 

第5場[10月下旬、石間村の加藤織平の家。 加藤の他に、田代栄助、井上伝蔵、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作のいる所へ、菊池貫平と井出為吉が入ってくる。]

菊池 「初めまして、長野県は北相木村の菊池貫平と井出為吉です。お見知りおきのほどを」

加藤 「おお、これはご苦労さま。さあさ、お座り下さい」(加藤の勧めで、菊池と井出が座敷の中央に座る)

田代 「お二人が来られるのをお待ちしていました。 さて、時間も切迫していますので、遠慮なくざっくばらんにお話しをしていきたい。まず、今回のわれわれの決起について、お二人は賛同の上こちらに来られたということですな」

菊池 「萩原さんや日下君の話しを聞いていますので、基本的に賛同ということでこちらに来ました」

田代 「それは有り難い。では、秩父困民党の基本方針を説明しましょう。 今のところ、決行予定日は11月1日、攻撃目標は郡役所、警察署などですが、日頃から農民達を搾取している極悪非道な高利貸し、大地主どもを徹底的に叩きのめし、証書類を全て焼き捨てるのが第一の目的です」

井出 「ちょっと待って下さい。それでは、苦しんでいる農民の単なる“一揆”ということですか?」

田代 「先ずはそういうことですが、それだけでは終らない。当然、次の目標として、埼玉県庁への攻撃などを考えている。 また、長野県や群馬県、山梨県などの同志達と共に戦っていこうと思っている」

井出 「それは分かりますが、もっと大きな政治目標や方針といったものはないのですか? 例えば、国会の即時開会や選挙の実施、それが容れられなかったら自治政権の樹立といったものが」

田代 「そういった所まではまだ考えていない。戦いが進むに従って、いろいろな要求を掲げていくことになるでしょう」

井出 「どうも納得できませんね。 明確な政治目標、はっきりとした大義名分がないと、私などは戦う気がしません」

坂本 「ちょっと待って下さい。とにかく、農民達は怒っているんですよ、何かしなければとエネルギーを爆発させようとしているのです。それを汲み取って方向付けをしていくのが、われわれの任務ではないですか」

井出 「その方向付けというのが、はっきりしていない。爆発すれば済むという問題ではない。日本をどうするか、明確な政治目標が立っていなければ単なる一揆、“烏合の衆”の反乱に終ってしまいますよ」

落合 「烏合の衆とは何だ! 失礼じゃないか。君は農民の苦しみが分かっていないのか!」

菊池 「まあまあ、そう怒らないで。井出君は譬(たと)えとして言ったのだろうが、言い過ぎだったら謝ります。 彼は明確な戦略目標が必要だと言っているのです。皆さんの話しでは私もその点が希薄だと思うが、ただ、戦いというは“理屈”だけで進むものではない。戦っていく中から、おのずと目標が明確になっていく場合もある。それは、戦いながら考えていけば良いことです。あとは、われわれが早めに方向付けをしていくことが肝心だと思うのです」

高岸 「そのとおりです。井出さんは理想論を述べたようだが、どんな理想も現実と懸け離れていれば実現することはできない。実際の戦いの中から、理想を求めていきましょう」

加藤 「うむ、そのとおりだ。戦いがどんな展開をしていくか、それはまだ分からない。明確な政治目標といったものは、情勢が推移する中で考えていこう」

井上 「同感ですね、戦いのいろいろな段階で柔軟に考えていくのが良いでしょう。 それより、今の話しを聞いていると、菊池さんも井出さんも、今度の蜂起について非常に深く考えておられるようだ。だからこの際、一緒にやっていただけるのであれば、菊池さんに“参謀長”をお願いしてはどうだろうか」

田代 「それは素晴らしい考えだ、私も賛成だ」

加藤 「私も大賛成だ。 菊池さん、どうか参謀長になっていただきたい。われわれ秩父の者が考えも及ばないことを、あなた方は知っておられるようだ。参謀長になってもらえれば、われわれにとって大変な力となる。ぜひ、お願いします」

高岸 「私からも、ぜひお願いします」

坂本 「お願いします」

菊池 (暫くの間)「分かりました、お引き受けしましょう」

井上 「良かった、これで総理、副総理、参謀長の骨格が決まった。 井出さん、あなたも参謀長を補佐する立場でどうですか?」

井出 「いえ、私はもっと“実務的”なものが似合っていると思います。軍用金調達係りみたいなものが」

田代 「ほう、理論的な人とお見受けしたが・・・」

菊池 「いや、彼はこの若さで北相木村の戸長をやっていましたからね。実務も理論も何でも“こなせる”のですよ」(皆、井出を見ながら感心したような表情)

落合 「井出さん、先ほどは怒鳴ったりして申し訳なかったです。われわれにぜひ協力して下さい」

井出 「ええ、私の方こそ、つい失礼なことを言ってしまいました。謝ります」

加藤 「よし、これで長野県と埼玉県が一体になったぞ。あとは、全力をあげて決起するだけだ」

 

第6場[10月下旬、小鹿野町にある川本平三の家。 川本の他に、岩上慎次、村岡耕造、林善作、山中常太郎、安藤貞一の自警団のメンバー。]

川本 「きょう集まってもらったのは、農民達の不穏な動静について情報交換をしたかったからだ。何か目立った動きでもあるだろうか」

岩上 「それが、これといった動きはないようだね。ひところ盛んだった山林集会も行なわれず、一見して静かな佇(たたず)まいになっている」

林 「農民達はいま“イモ掘り”や畑の整地に忙しくて、夕方遅くまで働いているよ」

村岡 「うむ、もうすぐ麦の種まきだからな。11月に入ったらそれで“大わらわ”だ」

川本 「暴動を起こすような気配はないのかな」

山中 「ああ、僕の所には、借金の返済据え置きや40年の年賦払いにしてくれなどと、とんでもないことを陳情しに来ているが、以前のように暴れたり刃物を突き付けるような奴はいなくなった。もう諦めたのだろうか」

安藤 「なにか不気味だな、このまま終るとは思えないが」

村岡 (安藤に向って)「君の所はこの前、強盗に入られて金品などを奪われただろう。お父さんもお母さんも相当な“ショック”だったな」

安藤 「うん、しかし、命まで奪われなくて良かったよ。100円取られたけどね」

林 「大金じゃないか。それは単なる強盗ではない、きっと武装グループの資金集めのはずだ」

岩上 「俺もそう思う。石間(いさま)にいる加藤の仲間達が怪しいと、警察では見ているようだ」

川本 「あいつは怪しい。“バクチ打ち”で昔から好きなことばかりやっている。 子分から妙に慕われているらしく、仁侠の士を気取っていると聞いた。ああいう奴は、義侠心を出して貧乏人を助けたがるんだ。金払いがいいらしいぞ」

村岡 「ふん、しょせんバクチ打ちじゃないか。真面目に働こうという人間ではない」

山中 「秩父にはそういう奴が多すぎる。ちょっと金が溜まると、すぐにバクチや遊びに使ってしまう。景気が良いと“きんきらきん”に着飾って、やれ花火だ、芝居だ、相撲見物だと言って金を使い果たしてしまうのだ。 そういう奴は金が無くなると、すぐに借金をしに来る。挙げ句の果てに返済を延期してくれとか、年賦払いにしてくれなどと泣きついてくる。全くどうしようもない連中なんだ」

林 「ハッハッハッハッハ、金貸しをやっていると良く分かるな。しかし、本当にどうしようもない連中だ。借りたものを返すのは当り前だからな」

安藤 (山中に向って)「ところで、君の親父さんはその後、ケガの方は良くなったのか?」

山中 「うん、だいぶ治ってきたが、数カ所斬られて深手(ふかで)もあるので、完全に治るのはまだまだ先のことだ。当分は床の中だよ。君のご両親はケガが無くて良かったね」

安藤 「うん、その点は」

岩上 「われわれも、いつ襲われるか分かったものではない。十分に警戒をして連絡を取り合おう」

村岡 「何かあれば、警察ともすぐに連絡できる態勢は取ってある」

林 「不気味なほど静かになっているが、油断はできない」

川本 「うむ、われわれは秩父の住民の生命と財産を守っていかなければならない、そのための自警団だ。 万一、暴動が起きるようであれば全力をあげて戦っていこう」


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