武弘・Takehiroの部屋

われ反省す 故に われ在り

“鑑識の神様”・岩田政義さん

2024年06月28日 13時42分16秒 | 社会・事件・事故

<2010年7月31日に書いた以下の記事を復刻します。>

何十年も前の古い日記を読んでいたら、昔、警視庁の記者クラブにいた頃、岩田政義さんという鑑識課の人の所へよく伺っていたことを思い出した。岩田さんは“鑑識の神様”と言われた人で、その道の大変なベテランである。
もう40年以上も前のことだが、私が警視庁記者クラブに配属され捜査1課・3課を担当した時、事件捜査のことなど全く分からなかった。先輩らにいろいろ聞きながら仕事を始めたが、そのうち「鑑識」というのが非常に重要なものだと知るようになった。今では科学捜査の観点からその重要性が多くの人に知られているが、当時、テレビ局の若造である私はほとんど関心を持っていなかった。
しかし、ようやくその重要性が分かって、ある日、思い切って鑑識課を訪れることにした。その頃、テレビ記者が警視庁内をうろつくことなどあまりなかったので、私が「○○テレビです。どうぞ宜しく」と言って名刺を差し出すと、鑑識課の人たちはやや怪訝(けげん)そうな顔付でこちらを見ていたように思う。

私は鑑識のことなど何も分からないので、基本的なことから教えてもらうしかない。その時、鑑識課の課長だったか管理官だったか忘れたが、岩田政義さんが私の相手になってくれた。彼は新米記者に対して、事件現場の資料などを示しながらいろいろ解説してくれたと思うが、中には目を背けたくなるような凄惨な写真もあり、鑑識の仕事って大変なんだなあ~と痛感したものである。
事件はまさに「現場」にあるのだ。そして、現場の物証は“宝物”なのである。鑑識の人たちは事件現場を隈なく探し、物証を手に入れる。よく聞く言葉だが「ブツ(物)からモノ(物)を聞け」とも言う。物から犯人が分かってくるのだ。その辺のことをいろいろ聞いていると、自分が刑事にでもなったような気分になってくる。
また、物証だけでなく、「死体の状況」は他殺か自殺か、あるいは事故死かといった重要な決め手になる。よく出てくる言葉だが「生活反応」というのがある。生きている体(生体)に起きる現象だが、皮下出血とか化膿、呼吸の跡などで、これらは死んでいる体(死体)には発生しない。呼吸の跡とは、例えば焼死体の気管部分に煤(すす)がある場合などだ。 また、実によく出てくる例が、一酸化炭素中毒で人が死ぬ場合、死体に鮮やかな紅色の死斑(しはん)が現われるのだ。

こうしたことが分かってくると、捜査官から説明を受けてもすぐにピ~ンと来る。
もう一つ「ためらい傷」というのがある。これは自殺者に多く見られる現象で、例えば手首などを切って自殺する場合、どうしても躊躇(ちゅうちょ)していっぺんに死に切れない。したがって、幾つかの細い傷が残るのである。ためらい傷がある場合は、まず自殺と見られる。 こんな話を岩田さんらから聞いて、いっぱしの“事件記者”の気分になったようだが、その頃のテレビ記者なんて、歴史が浅いからよく“少年探偵団”などと皮肉られたものだ。
ある日、私は鑑識課の別の人から「半陰陽」などの写真を見せてもらったことがある。珍しい写真だったので、私はいささか興奮し記者クラブの誰かに得意気にしゃべったらしい。すると数日して、岩田さんがひどく怒っているという話を聞いた。
こりゃあマズイと思って鑑識課に行くと、岩田さんからたしか「興味本位で写真を見るもんじゃない」とお説教を食らったように記憶している。そんなこと言ったって、自分は新米の事件記者だから何でも興味があると、言い返したかどうかは覚えていない。それよりも、大切な捜査資料などが安易に報道機関にオープンになることを危惧したのだろうか。なにはともあれ、私は岩田さんら鑑識課の人たちに可愛がられていたように思う。少年探偵団の一人だったからだろう(笑)。

岩田さんの著書で『鑑識捜査三十五年』というのがある。もちろん当時は読んだものの、細かい話が多いので中身はほとんど忘れてしまった。ただ一つ印象に残っているのは、殺人事件の現場などに行くと岩田さんは必ず合掌し、深々と頭を下げて死者の霊を弔ったあと捜査に入ることだった。犠牲者の霊に、必ず犯人を捕まえますよと誓っているようではないか。
岩田さんに「君は社会部長になれるぞ!」などとよく発破をかけられたが、私は警視庁の記者を3年やったあと政治部の方へ長い間移ってしまったので、残念ながら社会部長にはなれなかった(笑)。
たしか、警視庁を離れる前に、岩田さんが何かの大病で東京・飯田橋の警察病院に入院された時、お見舞いに訪れたことがある。“鑑識の神様”を激励して別れたが、あれが岩田さんとの最後の別れになった。地を這うようにして捜査する人がいるから、日本を犯罪から守れるのである。「地の塩」という言葉があるが、岩田さんのような人たちのことを言うのだろう。
なお、岩田さんのことをいろいろ調べているうちに、今年亡くなった作家の角田房子さんも、鑑識のことを教わろうと岩田さんを訪れていたことが分かった。興味のある方は、以下のサイト「銀座一丁目新聞」を見ていただきたい。 http://ginnews.whoselab.com/100410/tsuido.htm

(2010年7月31日)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『日本会議』・日本の右傾化... | トップ | 日本が、もし戦争に勝ってい... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

社会・事件・事故」カテゴリの最新記事