「そうですか、蔵原さんはそういう人ですか・・・」啓太はそれ以上は聞かなかったが、蔵原になにか不吉な予感を覚えた。そして、西尾と啓太は喫茶室を出たあとドラマ制作部に戻り、明日の予定を確認してから別れた。翌朝、出社すると岡山ディレクターが嬉しそうな顔をして言う。「放送予定日がようやく決まったよ。4月14日と21日の2回に分けて放送する。これで落ち着いてやっていけるね」啓太も安堵した気分になって聞いた。 . . . 本文を読む
そして、昭和41年・1966年を迎えた。国外ではベトナム戦争が激しくなり、アメリカ軍の北ベトナム空爆がいっそう拡大した。また、隣の中国では「文化大革命」という大衆運動が勃興してきたが、これは得体の知れないなにか不吉な予感を与えるものだった。しかし、日本国内は“ミニスカート”が登場するなど一見して平和でのどかな感じである。そうしたある日、五代厚子と石黒からスキーに行こうという . . . 本文を読む
このコルト600は白銀色に輝いている。啓太は車に乗り込むとギアやブレーキなどを点検したあと、駐車場からゆっくりと出発した。初めての路上運転なので緊張する。絶対に「安全第一」と自分に言い聞かせながら、コルト600を走らせた。そうは言っても、自分の車だと思うと胸が高鳴ってくる。自然に誇らしい気持になるのだ。ところが、彼が山手通りに出て北へ向かう途中の西池袋付近だったか、車が何かの拍子で突然 エンスト( . . . 本文を読む
そういう仕事を続けているうちに、いよいよ秋も本番となり素晴らしい季節になってきた。東京オリンピックの開幕が近づき、日本中が浮き立つような気分になってきた。聖火リレーが国中を回り、高速道路やモノレールが開通する。そして、10月1日には東海道新幹線も開通した。これは超ビッグイベントで、国内外の注目を浴びた。テレビは中継に大わらわで、外国メディアももちろん絶賛する。こんなに速く走る列車は世界中どこにもな . . . 本文を読む
<これは空想、夢想、妄想の懺悔・告白のような自伝的物語で、2019年5月15日に完成しました。したがって、時制はその当時のものです。>
主な登場人物 <順不同>
山本啓太(主人公) 小出誠一(啓太の同期) 五代厚子(先輩アナウンサー) 江藤知子(同期アナ) 石黒達也(同期アナ) 森末太郎(同期アナ) 木内典子(報道部員) 山本久乃(母) 山本国義(父) 山本国雄(啓太の兄) . . . 本文を読む
その日は秋晴れの清々しい一日だった(1971年10月のある日)。 山村秀樹は結婚ホヤホヤの新妻に車で送られ、いつものように国鉄(今のJR)の北浦和駅から国電に乗り込んだ。通勤・通学のラッシュ時よりやや遅めであったが、電車の中は通勤客などでまだかなり混んでいた。秀樹は某民放テレビ・Fテレビの政治記者をしていたので、いつも本社には行かず、取材先の国会の「野党クラブ」へ直接通っていた。野党クラブというの . . . 本文を読む
第6幕・・・胡耀邦の失脚と趙紫陽総書記の誕生へ
第1場 (1986年の8月下旬、ホンコン(香港)の繁華街を宋哲元と李慶之が並んで歩いている。2人は妻や幼い子供をホテルに残して散策中だ。)
宋哲元 「盂蘭盆(うらぼん)になると、ホンコンも大勢の人で賑わうね。僕らのような観光客が多いということだ」李慶之 「そうだな、混んでるから、子供たちをホテルに置いてきて良かったよ。ところで、君は9月からま . . . 本文を読む
それからおよそ6年後、中国は華国鋒ら最後の文革派グループが失脚し、代わって鄧小平の指導のもと、胡耀邦や趙紫陽らの改革・開放派が完全に実権を掌握していた。 その間、国内は目覚ましい経済成長を続け、国力を増強していった。しかし、政権の内部では、民主化、自由化をめぐって対立がいっそう深まっていったのである。
第5幕・・・鄧小平・胡耀邦の関係に亀裂
第1場 <1985年の&l . . . 本文を読む
第4幕・・・鄧小平の復活→華国鋒との戦い
第1場 <1976年の10月下旬、北京市・東城区にある鄧小平の居宅。鄧小平のほかに胡耀邦、趙刻明、卓琳夫人がいる>
趙刻明 「四人組が逮捕されたのを、多くの国民は歓迎していますよ。いたる所に壁新聞が貼られ、喜びのメッセージが寄せられています」胡耀邦 「なにか世の中が大きく変わる感じがしますね。毛主席と四人組がいなくなって、こ . . . 本文を読む
第3幕・・・毛沢東の死と“四人組”の滅亡
第1場 <8月上旬のある日、北京・中南海にある江青の居宅。江青ら四人組が集まっている>
江青 「唐山の大地震はすごかったですね。ようやく余震も治まってきましたが、被害は甚大だと聞いていますよ」張春橋 「死者がどのくらいになるのか分からない。20万人、いや30万人以上になるとか・・・ もっと多いかもしれない」王洪文 . . . 本文を読む
第2幕・・・第1次天安門事件と鄧小平の失脚
第1場 <2月中旬、北京市の郊外にある鄧小平の仮住まい。失脚した彼は、卓琳夫人と共にここに隠れ住んでいる。そこへ、長年の友人である趙刻明(ちょうこくめい・50歳ぐらい)が訪れてきた。彼は四川省出身で、某新聞の記者である>
趙刻明 「やあ、しばらくですね。ここに緊急避難ということですか?」鄧小平 「党や政府の職務をすべて解任されたからね . . . 本文を読む
<まえがき>
このレーゼドラマ(読むための戯曲)は、40年前に書いた中国現代史劇『文化大革命』の続編である。対象の期間は1975年12月末から1989年6月(第2次天安門事件)にかけてだ。史実に基づいてはいるが、戯曲のため創作・フィクションであることをご了解願いたい。 なお、登場人物や参考文献などについては、後日まとめて表示する予定である。(2020年10月12日)
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<2020年4月に書いた以下の記事を復刻します>
“早とちり記者”とは私のことである。不名誉なことだが、昔、某テレビ局の記者をしていた時、数回はそんなことがあった。もちろん、他の新聞やテレビでもそういうことはある。まあ、勇み足とか早合点による失敗を言うのだが、記者とは他社に先駆けてネタをつかみたいと思うから、時々、そういう失敗をするものである。私の場合、数回の中で特に忘れ . . . 本文を読む
<この記事は長嶋亜希子さんが急逝された翌日、2007年9月19日に書いたものですが、ここに復刻します>
長嶋亜希子(あきこ)さんが昨日、心不全で急逝した。まだ64歳の若さである。亜希子さんは、プロ野球の読売巨人軍終身名誉監督である長嶋茂雄氏の奥さんとして有名だが、彼女が1965年(42年前)に、当時巨人軍の“スーパースター”であった長嶋選手と結婚した時は、日本中の話題を . . . 本文を読む