世界を見渡せば代理出産は非常に難しい問題だと思う。アメリカのように代理出産を認めている国もあれば、フランスのように認めない国もある。どちらにも言い分があるのだが、どちらが正しいかは私には分からない。ただ、悩んでみるのもわるくない。
子供が欲しいと思う不妊のカップルは多々いるように思われる。彼らの思いは切実だ。医学の発達により代理母で子供を作れるようになった。ならば、不妊に悩むカップルに子供をつくってあげたいという感情は誰にでもあると思う。代理出産によって幸せになるカップルがあるのならば、代理出産を認めてあげてはどうだろうか・・・という考えがある。
別の視点からも考えてみたい。そもそも、子供が産めないというのは病気でもなんでもない。そういう体に生まれてしまったのだ。世間では「女性は子供を産まなければならない」という考えがある。その考え自体が問題なのではないだろうか。子供を産めない女性を認めてあげる社会作りが必要なのではないだろうか。・・・こういう考えもある。
私の意見としては、非常に迷うが反対である。そもそも、医学というのは元の状態に戻すものであるはずだ。医学の発達によって人間が神から与えられた以上の能力を持つことは、非常に危険である。人の命を人間自身が思いのままに操り始めたら人間の尊厳が失われてしまうのではないかと危惧する。
私は最近から無神論者になったのだが、こんなことを考えるとついつい、心のそこに根付いた宗教心が目覚めだしてしまう。やはり、私は無神論者になりきれないような気がする。
子供が欲しいと思う不妊のカップルは多々いるように思われる。彼らの思いは切実だ。医学の発達により代理母で子供を作れるようになった。ならば、不妊に悩むカップルに子供をつくってあげたいという感情は誰にでもあると思う。代理出産によって幸せになるカップルがあるのならば、代理出産を認めてあげてはどうだろうか・・・という考えがある。
別の視点からも考えてみたい。そもそも、子供が産めないというのは病気でもなんでもない。そういう体に生まれてしまったのだ。世間では「女性は子供を産まなければならない」という考えがある。その考え自体が問題なのではないだろうか。子供を産めない女性を認めてあげる社会作りが必要なのではないだろうか。・・・こういう考えもある。
私の意見としては、非常に迷うが反対である。そもそも、医学というのは元の状態に戻すものであるはずだ。医学の発達によって人間が神から与えられた以上の能力を持つことは、非常に危険である。人の命を人間自身が思いのままに操り始めたら人間の尊厳が失われてしまうのではないかと危惧する。
私は最近から無神論者になったのだが、こんなことを考えるとついつい、心のそこに根付いた宗教心が目覚めだしてしまう。やはり、私は無神論者になりきれないような気がする。
その医学の論理で考えると、不妊治療は女性本来の能力を取り戻すことですし、代理出産はその本来の能力の代替なので、論理上は問題ありません。
しかし、倫理や宗教や慣習を加えて考えると話は別です。
倫理や宗教や慣習はSEXなしで産まれる子供やその親を想定していません。
したがって、SEXなしで産まれる子供やその親が増えると、倫理や宗教や慣習による秩序はめちゃくちゃになる可能性があります。
というわけで、僕は反対です。もしくは厳しい規定を設ける必要があると思います。
もっと下賎な話をしてしまうと、初出産が30歳を超えたら出産リスクが上がることは常識のはずです。
その上で不妊になったのであれば、自己の責任もあるのではないでしょうか?
ちょっと厳しい意見ですが、いずれにしろ代理出産をすべて認めるというのは厳しいと思います。
開邦12期生>やはり一枚上手ですね。コメントを読んでいて思わずうなずいたりしてしまいましたよ。
あっ、気まぐれでトラックバック貼ってみました(笑)