相沢祐一の『北信越(北陸・信州・越後)』乗り撮り鉄道記

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『あゞ、野麦峠』に魅せられて・その1「やはり野麦峠から」

2008-07-13 16:49:06 | その他の非鉄ネタ
以前、「旧 神岡鉄道」の関係でついでに行った「野麦峠」ですが、その時はそのまま長野県側へ引き返しました。


しかし、その記事の最後に『「野麦峠」についてはまた行きたいと思います。今度は鉄道ネタから離れてですが・・・』・・・とあるように、今回は「あゞ、野麦峠」の舞台を訪ねました。
(当然、鉄道はありませんので車です。リッター180円台・・・高い!!でもこのままだと200円は確実なので・・・orz)



前回は、「旧神岡鉄道」を訪ねる関係で富山県から入りましたが、今回は長野県から入りました。


長野市→白馬村・・・・→松本市へ着きました。広域合併したので、野麦峠まで松本市です。



だいぶ遠回りしましたが・・・やっと「野麦街道」へ着きました。(左右の道がそれです)↓
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この左側へ曲がります。



しばらく行くと「旧 野麦街道(長野県史跡)」へ着きました↓
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ここから野麦峠までの区間が当時のまま残っていました。


「旧 野麦街道」の説明がある看板です↓
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この1300mの区間が、当時の面影を残しているのですね。


隣には「あゞ、野麦峠」の一部分が載っている碑があります↓
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この超ビンボケ写真・・お約束ですね・・(もう、あほかと・・・orz)



さらに進むとこの看板が・・・↓
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そして、車のナビを見てみたら・・・↓
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距離的にはもうすぐ「野麦峠」です。



「野麦峠」に到着しました。ここから「岐阜県高山市」になります↓
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ここまでは「長野県松本市」でした。(双方とも『平成の大合併』でこのようになった)


「野麦県立自然公園」とあります↓
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ここから見る山の風景はきれいです。(乗鞍岳ではないようです)



ここで亡くなった「政井みね」さんとそのみねさんを背負う兄・辰次郎さんの像です↓
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二人の像のアップです↓
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「ああ、飛騨が見える」それがみねさんの最後の言葉でした。
(実際は、この峠から見えた野麦集落を見ての言葉だったとの事)


この像の紹介なのでしょうか?(文字が消えかかっているので、わからない)↓
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さて、ここに「峠の森」と言う看板を見つけました↓
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さらに、前回での断念地点です。(ちなみに「みねの墓」とありますが、『碑』の誤りです)↓
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ここで引き返したんだな・・・・



しかし!!ここはやはり、「飛騨が見たい!!」との思いにかられ、展望台まで行く事に・・・


この急な石段を登ります↓
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結構、登りましたが・・・まだ何も見えない・・・疲れた・・・orz


ついに、展望台へ・・・↓
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休憩所と菩薩様でしょうか?


その菩薩様です↓
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みねさんだけではなく、この峠で命を落とした人たちへのメッセージでしょうか?


また「峠の森」の看板です↓
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近くに「政井みねさんの碑」がありました↓
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これがそうです。


一応、ズームにして撮影しましたが、文字が削れて読めませんでした↓
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これも読めません。


この碑について調べて見ました。
なんとこの碑の後ろには「贈 吉永小百合」と記されているとの事でした。(実際、確認できませんでした。風化してしまったのでしょうか?)
当初『あゝ野麦峠』の映画化は日活が早々と企画して、主人公のみね役にあの「吉永小百合」さんでした。しかも彼女自身、下見にこの地に足を運んだとの事でした。(結構、意気込みを感じていたのですね。今の女優にないものを持っていたのでしょう)
しかし、日活の企画はさまざまな理由(くわしくはよくわかりませんでした)で流れて吉永小百合主演は実現ませんでした。その記念に彼女がこの碑の資金を贈り、岐阜県の村がこの碑を建てたのだという。碑には昭和四十五年五月の日付けがあります。(兄・辰次郎さんも承諾したとの事)


それから9年後の昭和54年に大竹しのぶ主演で映画『あゝ野麦峠』(製作:新日本映画)が公開されました。(なお、2008年現在もDVDはおろか、ビデオ化もされていません。版権などの問題が複雑にからんでいるのでしょうか?ぜひ、見てみたいですね)



話を戻しましょう。


近くに「合掌燈籠」がありました↓
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実際、わかりずらい場所にありました。



自分は、てっきり「みねさん」が亡くなったのがここだと思って、ここから野麦集落を見ようとしましたが・・・↓
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   あぁ、飛騨が見え・・・ない!? あれ?




実は、インターネットで調べて見ると「野麦峠」で亡くなったみねさんについてですが、「野麦峠」のどこで亡くなったのか?についていろんな説があるみたいです。


①「みねさんの碑」のあたり→実際、草木でそこからは見る事はできませんでした。
              (もしかしたら、当時は整備されていて見る事ができたのかも?)
②現在の峠の近くにある「水準点」のあたり→場所的にはひらけていますが、①よりもなおさら見えないです。
③岐阜県側に進んだ「旧 野麦街道」(自動車進入不可)の途中にある地蔵堂付近
 →今現在、そこからは見る事ができます。(しかし、峠の頂上よりはだいぶ下がったところですが)


・・・時間があったら、調べてみます。



ここで断念し、引き返しました。途中で・・・↓
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平成の大合併の前は「高根村」でした。(現:高山市)



みねさんが亡くなったあと、兄の辰次郎さんは夜中に人目を避けるように「仏」となったみねさんを担いで故郷の河合村角川集落へ向かいます。(昼間は、納屋などを借りて、みねさんを置かして貰ったらしいとの事でした)



次からは兄がみねさんを担いで、故郷へつれて帰った足跡をたどっていきます。
(最終的には、みねさんが眠るお墓までいきます)


とりあえず「その2・野麦峠を降りて」に続きます。それでは・・・





            Written by トンマノマント



快速「スイッチバック街道惜別羽尾号」乗車記・その5『聖高原駅から新井へ帰ります』

2008-07-11 21:40:15 | 臨時・特別列車の乗り撮り鉄道記



これで、後はトンボ帰りで長野経由で帰ればいいのですが、まだ時間があったので「聖高原駅」をもう少し楽しむ事にしました。



しばらくして、「特急ワイドビューしなの」名古屋行きが入線してきました。
(なお、対向列車の通過待ちの『運転停車』なので扉は開きません)↓
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左が「しなの」、右が「クモユニ」・・・最初で最後の2ショットですね。



そして、対向列車が来ました。同じ「特急ワイドビューしなの」です(動画)↓




特急が2本とも発車した後に撮影しました↓
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行き先表示が「長野」に変わっていました。(時間の関係で帰りは乗りませんでした)



とりあえず、まだ時間があったので駅の外へ出ました↓
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やはり鉄道イベントがあると、地元の出店があるのは今や常識ですね。


観光ガイドマップがありました↓
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駅の中には、このように駅の案内板が・・・↓
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もうすぐ、電車の時間なので急いで長野までの切符を買いました。(570円)



待つ事、数分後・・・↓
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普通電車「長野行き」が到着しました。撮影後、これに乗車しました。


いつの間にか、「姨捨駅」に到着しました↓
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「聖高原駅」から乗車した同士の大半が「姨捨駅」へ降りました。(撮り鉄するのかな?)



そして、終点の「長野駅」に到着しました↓
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乗車した「115系長野色」です。



時間があったので駅周辺をぶらぶらしていましたが、駅に戻って発車時刻を確認しました↓
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14:27発の普通電車「直江津行き」で帰る事にしました。


ホームに入ると、ゴミ箱が紙で塞いでありました↓
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サミット関係での処置です。(ほんの気休め程度ですね)


偶然にもディーゼル機関車が通過して行きました↓
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14:27発の普通電車「直江津行き」です↓
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車内のシートです。(リニューアル車ではなかったようで・・・)


出発間近で車内から「しなの鉄道115系」を撮影↓
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これで、「長野駅」とはお別れです。



発車後、長野総合車両センターを通りました↓
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209系の様子は、さほど変わりなしです。当初209系は「廃車解体」の予定でした。



こうして何事もなく「新井駅」へ戻って来ました↓
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本当なら、帰りも「スイッチバック街道号」に乗りたかったのですが、兄から「田んぼの水管理頼むわ」と言われたので速攻で帰らないといけない立場になったのです。
でも、行きだけでもこの列車に乗れただけでも良かったです。


・・・と言った所で、今回のレポートは終了です。皆様、どうもありがとうございました。






        Written by ブツクサ・ボヤッキー



快速「スイッチバック街道惜別羽尾号」乗車記・その4『聖高原駅でのイベントにて』

2008-07-10 21:58:26 | 臨時・特別列車の乗り撮り鉄道記



そして、この「快速スイッチバック街道惜別羽尾号」が終点の『聖高原駅』に到着しました↓
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これで、この列車とはお別れです。


「撮り鉄」さんもたくさんいましたが、「乗り鉄」さんも結構いました↓
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到着時は、行き先表示が「聖高原」のままでした↓
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いよいよお待ちかねの「クモユニ」車内公開イベントです↓
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扉が開けられ、イベント開始です。


結構、並んでいました↓
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ついに入口です↓
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車内はどうなっているのでしょうか?



その「クモユニ」の車内です↓
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車内はむちゃ混みでした・・・・orz


実はこの車両は何に使われたのかと言うと・・・↓
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この棚の形は・・・そう、郵便です。


つまり、「クモユニ」車両は昔よく見た『郵便車両』だったのです。
各駅から郵便物が入っている袋を受け取り、何人かの職員で仕分けする。そして、目的地ごとに袋にいれて、その駅に停車したら袋ごと渡す・・・これはかなりの手間がかかっていました。
ましては当時は冷房のない時代(扇風機はあったけど・・・)ですから夏場の作業は大変だったと思います。


両側に棚がありました。今度は左側です↓
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今は郵便局で機械で仕分けできるようになったのと、高速道路が整備されていてトラック輸送に切替したのでこの「郵便車両」も廃止されました。(この車両は長野総合車両センターで職員の輸送に使用しているとの事)


そのまま前に進みました↓
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こんな感じですね。


さらに奥に進むと、洗面台と・・・↓
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座る席がありました。(なお、昔からあったのか。改造されたのか?はわかりません)


そして、この車両から出ました。



次は先頭車両の「クモユニ」です↓
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結構、並んでいます。


先頭部の車内です↓
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運転席内部です。


車内は結構混んでいました。(扇風機が動いていたのですが・・・かえって熱い空気をかき混ぜているだけ)↓
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窓が開いていたので、そこから乗り出して撮影↓
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車両内部全景です。棚全体を撮影しました↓
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まずは、左側の棚から・・・↓
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次に右側の棚です。


冷房はありません。扇風機のみです。動いていましたが・・・↓
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暑い空気をかき混ぜているだけ、かえって暑くなったような・・・


窓が開いていたので、外を撮影↓
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今度こそ、運転席をまともに撮ったぞ!!・・・↓
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これで、車内からでました。その時の写真です↓
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クモユニ側正面を撮影しました↓
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ヘッドマークは「シール」ですね・・・・orz



まだ、時間があったので・・・↓
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駅の外にも出てみるかな?




こうして、「クモユニ」車両の公開イベントに参加できたのでこのまま帰ろうと思いましたが、普通電車長野行きに乗るには、時間がまだあります。そこでもう少し回る事にしました。


その事については「その5・『聖高原駅から新井へ帰ります』」でお送りいたします。それでは・・・






        Written by ブツクサ・ボヤッキー



快速「スイッチバック街道惜別羽尾号」乗車記・その3『ありがとう、そしてさようなら「羽尾信号所」』

2008-07-09 22:01:45 | 臨時・特別列車の乗り撮り鉄道記
前回は、「姨捨駅」発車までお送りいたしました。



姨捨駅を発車した列車は、次の・・・↓
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・・・って、奥に「本線」があると言う事は・・・!!



ついにメインである『羽尾信号所』へ到着しました。この列車をもって廃止されます。
長い間ありがとうございました。「羽尾信号所」への入線シーンです(動画)↓

何度でも言いますが、このくそ暑い中「撮り鉄さん達」・・お疲れ様です。



ご協力感謝します。ボックス席に座っている人達の協力を得て、窓を開けての撮影ができました。


「羽尾信号所」の全景です。「スイッチバック街道号」も停まっています↓
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先頭部分を望遠で撮影しました↓
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本線部分を中心にして撮影しました↓
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このような状態で車内から撮影できるのはこれで最後と思うと・・・悲しいですね。



車両の最後尾から撮影しました。まだ奥に線路がありそうですが・・・↓
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車両が5両なので、これで十分みたいです。(10両くらいいけそうな気が・・・)


追加撮影しようとしましたが、結構人が集まってきたのでこれが限界でした↓
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そして、10分後・・・ついに「羽尾信号所」から出発しました(動画)↓

「撮り鉄」の多い事・・・100人以上はいましたね。


さようなら、「羽尾信号所」・・・感動をありがとう!!! いつまでも忘れない!!




さて、後は終点の「聖高原駅」に向かうだけです。


トンネルを何本か抜けると、このようにひらけた田園風景が見えます↓
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「聖高原駅」までもうすぐです。それに比例するかのように、「撮り鉄」たちも集まりはじめました。



こうして、列車は終点の「聖高原駅」に到着しました。ここで『クモユニ』車両の公開イベントなどが行われました。それについては「その4・『聖高原駅でのイベントにて』」でお送りいたします。


それでは・・・・・






        Written by ブツクサ・ボヤッキー



快速「スイッチバック街道惜別羽尾号」乗車記・その2『桑ノ原信号所→姨捨駅にて』

2008-07-08 22:10:57 | 臨時・特別列車の乗り撮り鉄道記
前回は、篠ノ井駅を発車したところまででした。



さて、稲荷山駅を通過したらひたすら登るだけです。


ちょうど、通過してしばらくした時に撮影しました↓
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まだ平坦地でしたが、結構な『撮り鉄』の方々が至る所にいました。


そして、どんどん登っていきます↓
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あっという間にここまで登ったよ・・・・



あれ?いつの間に・・・・↓
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奥に見える線路は「篠ノ井線」です・・と言う事は・・・つまり・・・


確認ついでに逆方向で撮影しました。正面に見えるのは「篠ノ井線」です↓
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つまり・・・「桑ノ原信号所」に入りました!!!です。



「桑ノ原信号所」の先端です。(実際はもっと奥まで入る)↓
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その下には、今走っていた「篠ノ井線」が見えました。


約10分後、電車は「桑ノ原信号所」を出発しました(動画)↓

まあ、「撮り鉄さん」達の多い事・・・このくそ暑い中・・・ごくろうさん!!



それからしばらく進み、棚田まで美しく見えるところまで登りました↓
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ここまで来ると、第2のスイッチバックこと「姨捨駅」までは間もなくです。


・・・と思ったら、「姨捨駅」に到着します(動画)↓



「姨捨駅」に到着しました↓
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ここで約50分停車します。しばらくのんびりできます。


周辺には「撮り鉄」達が結構いました↓
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一度、「記念プレート」を購入するために駅の外へでました↓
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結構、並んでいました。もしかして・・・売り切れか?まずい!!


何とかぎりぎり買えました。良かった!!・・・ほんとに・・↓
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裏はこのようになっていました。(500枚限定だったみたいです。476番目だって・・・良かった買えて)



次は「記念駅弁」です。150個限定なのでまずいかな?と思いましたが、「記念プレート」よりも並んでいる人数が少ないのでもしかして買えるのでは?・・↓
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余裕で買えました。パッケージです↓
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このような箱になっていました。


さっそくいただきます↓
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このような豪華な内容でした。とてもおいしゅうございました。



最後に、「記念入場券」を購入しました↓
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ダイヤグラフかと思いました・・・(単なるチラシ)↓
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これが「記念入場券」です。いいですね。



購入する順番として
 ①記念プレート→②記念弁当→③記念入場券
             ・・・の順番で完全購入できました。(早めに並んだのもあった)




前回の「姨捨フォトトレイン四季彩号」の時と同じく、目覚まし時計が売っていました。
(しかも、今回は4種類・・・すごいのか?せこいのか?)↓
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曲数が少ないのと7980円と高いので購入を断念しました。



とりあえず改札口ホームから順番に撮影しました↓
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このような感じでした。(ちなみに、線路内への侵入は禁止だったような気が・・?)



そして、普通電車長野行きがやって来ました↓
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「四季彩号」の時はこれに乗って帰ったような気がしました。撮影後、長野へ向けて発車しました。



さて、発車時間が近づいてきたので電車に戻ります。その前に撮影を・・・↓
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クモユニ側正面です↓
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正面のプレート・・・いかにもシールですね。



いよいよ出発です。この風景ともお別れです↓
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夜の撮影が一番いいのですが・・・・



こうして、「姨捨駅」を出発しました。あとは終点の「聖高原駅」へ行きます。
その前に、この列車はお目当ての「羽尾信号所」へ向かいます。(むしろ、これがメインだ!!)


その事については「その3・ありがとう、そしてさようなら『羽尾信号所』」でお送りいたします。
それでは・・・・






        Written by ブツクサ・ボヤッキー