◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …20

2005-10-05 16:28:15 | 創作
 んっ……? 次々とブラック・ボックスのパイロットランプが点灯していく。
「ハフゥ、よく寝ました。やあ、メアリーさんじゃないですか。お帰りなさい!」
「ハイ、ビリー! リョウを見てくれて、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。私はそのようにプログラムされていますので。それよりリョウ。点滴、まだみたいですね?」
「ビリーって、超うざーい!」 
 おれは毒づく。
「だいたいさー。普通、プログラムがハフゥなんて欠伸する? それに、なんでメアリーだってわかるわけ? 目もないのに!」
「自動休止の後は、欠伸するようにプログラミングされています。おっしゃるように私には目がありません。ですが捕獲した気体分子を直ちにクロマト分析して、個体判別する能力を持っているんです。生物医療医学研究所の見解では、この嗅覚は麻薬犬1000匹に相当します。さあリョウ、点滴を。看護婦さーんっ!」

 この病弱で衰弱したおれの上にだよ、メアリーが乗っかかって、重量級の常駐ナース・キャシーの両足の間に右腕は挟まれ固定され、ビリーはガンバレガンバレっていうし。とうとう点滴針は静脈の血管壁を貫いた。女性に針持たせると、遊び感覚で残虐になるのが理解できない。キャーキャー喚いちゃったりして。昔、NGOの学校で昆虫採集に一番熱心だったのは女子たちだった。注射器ふりまわして、やっぱりキャ-キャー騒ぎまくってさ。捕まえたチョウチョの羽むしってたのも女子だ。あの嬉しそうな顔は忘れられない。それからだったと、いまさらながら気がついた。女は怖い、って深層意識に書きこまれたのは。フェミニズムに、とってもとっても疑問があるって話だよ。メアリーだって怖い。好きって気持ちは怖いもんだ。なんだって許しちゃって、気がついたらゴキブリホイホイの中に追い込まれていた、みたいになってないか? 
 おれはブツブツと呟き、残酷な生物たちは目を光らせて監視に熱中し、ビリーは無言の圧力をかけていた。こんな状態で二時間も我慢してなきゃいけないの? もう、うんざりだ! ……しかし、たまには救世主って現れる。
 いつの間に部屋に入ったのか、そいつはボソボソと喋りだした。
「どうだ、リョウの容態は」
「あ、ハカセ!」
 どいつもこいつも、なーにが博士だ! マイノリティーのおれは両目にいっぱい涙をためてサークラインを見つめていた。
「お、点滴中か。どおりで回復が早いはずだ。みんなもご苦労さん」
「センセー!」
 とメアリーがいう。クソ、なにかチクるつもりだ!
「そんなに早いんですか、リョウの回復」
「ああ。そろそろ治療プログラムも変更するときかな。というのが我々の見解だ。つまりだ。全身の筋肉をリハビリして、元通りの二十二才らしい細胞活性を復元するんだ」
 不意を突かれて、悔し涙が干からびた。
「ああ? おれ二十二才!? なんで?」
「なんでって聞かれても……」
 戸口に突っ立てる人の髪は飛び、やっぱり眼鏡は傾いていた。
 ボソボソがつづく。
「人の誕生は予定調和じゃないから、かな?」
 ムア、何いってんだかサッパリわかんない。いつものことだけど。腕から侵入する液体の冷たさを感じた。
「だって博士、リョウなんて電子住民台帳には載ってませんしね。世界のどこにも、おれは知られてないんだ!」
「フォッフォッフォッ。お前は生まれた。そのことは神さまがよく知っている。スペードもわしも、メアリーもキャシーもアリもビリーも。そしていまでは、どんな怠惰な公務員だって知っているはずの事実だ」
「なんですって!?」
 おれの脳髄が凍りついた。おれだけじゃない、部屋中の空気がカチーンと鳴った。
「リョウの気分がいいときに、話しておきたいことがあるんだ。それまで、この話題は保留にしてくれ」 《続》


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