◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …11

2005-09-04 17:40:16 | 創作
 アリがMP5をつかんだ。「ヘリだっ!」
 ブーン……パラッペラペラ、パパラパパラ……たしかに遠くヘリのプロペラ音が聞こえる。
 床に積みあげた長ぼそい木箱にミゲルが飛びついた。
「MP5は接近戦用、それじゃ戦えないよ!」
 箱の縁にナイフのブレードを突っこんで、叩きこまれたフタをこじ開けようとする。ギギ、キュィキュイキュィィ……。チョウの豪邸から運んできた武器のクラシック・パッケージ。金属より木のほうが湿気にぜったい強いと、二十世紀前半のファイターは固く信じこんでいるんだ。
「Woooo! 新品のライト・マシンガンM249!」
 チョコレート顔が笑い、ミゲルは指で上をさした。
「アリ、これ持ってついてきてくれ! リョウ、ヘリはぼくたちで食い止める。期待してないけど話をつづけてくれ! 」
「博士、ちょっと待っててください!」
 おれも別の箱に飛びついて、ミゲルがやったようにフタの縁にナイフを突き立ててこじ開けた。グギギギ、キュィキュィィ……こりゃいいや簡単で。釘なんか抜いてらんないし。そらよ、バリボキのパカッだ。
「これも使えるぜ! DVD『ブラックホーク・ダウン』で見た!」
 チョコレート顔からピンポン目玉が飛びだしてグルグルまわった。
「こんどはRPG・ロケットランチャーか! やつら火ダルマ決定だな!」
 黒色アフリカン・シャークは肩にRPGをかついでマシンガンと弾薬を両手に持った。厚い肩と太い指に武器も弾薬も軽くて小さくてマルイの縮小モデルガンみたいに見える。首から水筒ぶらさげたらピクニックに行きそうだ。ミゲルが部屋のすみに置いたデスクの上に飛びのり、天井の一部を押しあけた。おれたちのシークレット・オプション、屋上への〝Exit〟。
「アリ、頭打つなよ! 上のフリーウエイと1mくらいしか離れてないんだ」
 暗い空間にミゲルの足が吸いこまれていく。先に武器をあげてアリの足も吸いこまれ、扉が閉められた。倉庫の道路側に四個の足音がタパタパ移動していく。ひとり残された部屋には殺人ヘリの音が響いている。おれは両手で髪の毛をかきあげた。もう、こーなったら作戦もなにもないじゃん。ミサイル一発で終わりだ! 
 急いでパソコンの前にもどって、モニターに話しかける。
「博士! ヘリが近づいてミゲルとアリが応戦の準備してます。おれも行く、じゃあお元気で!」
「なにィ、すこし遅かったか! いま対策を考えてる。ガンバレ!」
 モニターの顔がふっと消えた。おれは天井のシークレット・ホールから屋上に飛びあがった。ヘリの音がmfからfffまでクレッシェンドする。つうか外にでるとターボエンジンの音までキーンと聞こえてきて、大画面の映画よりマジで迫力ある。つかこっち来てるの本物の殺人ヘリだし。つか、いつミサイル発射してくるかわかんねえし。ペニスがちぃっこくなってるし。
 倉庫の前面に積みあげていたコンクリート・ブロックの間に、二丁のM249が据えつけられている。闇にひそんだ闇みたいな黒色アリが、ヘルメットかぶってRPGを持って暗い上空を15°くらいの角度でじっと見あげている。というのがピンポン目玉の白さでわかった。その横で防弾ベスト着たミゲルがロケット弾を持って、やっぱり15°くらいの角度で空をにらんでいる。空の暗さに目がなれてくると、ビルのむこう側にレーズン大の黒点が見えた。機体は空よりずっと真っ黒い?
 ザバランと乱れまくった黄色頭がぐりっと回った。
「博士の線、ダメだった?」
「いま検討中らしい。ガンバレってさ」
「決めた、誰かにレスキュー頼むなんて止めよう! ガキじゃないんだから甘えるのはデート中だけにしろって誰かいってなかった? 橋本治さん、ちがう? じゃあ宮台真司さん、ちがう? 内田樹さんかラカンか、なわけなくない? 一人千人だ。三人で三千人、地獄までキッチリ道づれにしてやろうぜ!」
 殺人飛行物体がレーズンからアーモンドになった。アリがぐわっと口をひらいてRPGを抱きよせた。
「ピクニック気分でゆっくり飛んできやがる。やっぱりあれUH-60/ブラックホークだな。ソマリア人とは腐れ縁でね。大丈夫、こいつがあれば投げ網の中であばれるタカとおなじだ!」
 闇になじんだおれの目が得意の暗視スコープになる。
「二機いる! 後ろに重なってる!」
「……ほんとだ! 目がいいねリョウくん。赤龍人は戦闘資金を張りこんだってわけか。だったらこっちは同時攻撃でいこう。一機はガードにまわるはずだ。もっと近づかせて油断させて、ぼくはあっちの端で接近したやつにRPGの熱い一発をぶっ込んでやる。ノーコンドーム! それを合図に、こっちの端っこから二丁のマシンガンで別の機をスクラップにしてくれ。でっかい標的が後方でホバリングしてるはずだ。火ダルマになったヘリの炎に照らされてね。テールローターを狙えればベストなんだが。横方向のコントロールができなくなって、CDみたいにグルグル回転しながら墜落するんだ。映画で見たろ? 不意打ち喰らったら、オモチャみたいなもんさヘリなんて!」
 ミゲルからロケット弾を受け取って小脇にかかえ、アリは左端に移動した。押し殺した声が飛んでくる。
「赤外線レーダーで体温スキャンをはじめるはずだ。ブロックの後ろに貼りついてなよ!」
 ラジャー! おれとミゲルはマシンガンを抱えて頭を引っこめ、体をブロックにペッタリくっつけた。アリは実戦慣れしてるみたいだね、とミゲルがいう。武器の知識も豊富そうだし、戦術の選択も早くて獰猛なガッツもありそうだ。あの顔だから、とおれは笑った。ミゲルもククックク笑い声を殺した。アリは戦士として生まれたとかいってたけど、そうとしか生きれなかったってことだ。そしておれたちも、また。
 バラバラバラシュシューンキューン……。かき混ぜる空気と音から判断するしかないけど、ヘリはかなり近くまで来ているのに攻撃してこない。ホバリングしてる? 空中に浮かんで赤外線レーダーで体温を探索中? それともミサイルの発射準備中? と、一機の音だけがゆっくりこっちに近づいてきた。
 ズルルルルルルルル……あの発射音、ミニガン! 激しい掃射音と着弾音がしつこくつづく。
 悲鳴が聞こえる。どこ撃ってんのさ? 釣り堀のヘラ鮒みたいに心臓が跳ねた。ドコン。
「むかいのビルだな」とミゲルがいう。
「まだいたんだ! なんで逃げない?」
 なんだか下まつ毛が湿ってきた。クッソォォォォッ!
 マシンガンを突きだそうとしたおれの頭をミゲルが押さえこんだ。
「バカバカまだ早いって! 仇、ちゃんと討ってやろうぜ!」
 あっちでアリが手をパタパタ上下にふっている。押さえろって合図だろう。彼の手のひらは剥きたて卵みたいに白いからわかる。湿った下まつ毛がもっと湿ってきた。スペードのバカやろう、くそジジイ! なんで逃げろって指示しない! ズルルルルルルル……。ミニガンが獲物を喰っている。もっともっと下まつ毛が湿って限界になって、ウッウッとか喉から声がでる。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ひとが死ぬの放置しといてなーにがキョーソサマだよ自分だけミルクとか飲んでチーズなんか喰ってボロ着た金持ち気分やってんじゃねーぜいい気になるなっつーの死ね死ね死ね死ね死んで謝れってばキョーソやってんなら!
「きたっ!」ミゲルがマシンガンのトリガーに指をかけた。
 空気が激しくかき混ぜられ、黄色い髪の毛がバサバサ音をたてる。おれの髪の毛もワサワサ逆なでされてメアリーの笑顔が浮かんだのはどういうわけ? も一回会いたいな。強力なサーチライトが点灯して、斜め45度くらいから倉庫の屋上をなめるように照らし、ゆっくり下りていく。スープの一滴もこぼさない勢いで殺人マシンがていねいに人影を探しているんだ。
 あと一機は? 後方でホバリングしているとアリがいってたけど、顔だして確認するわけにいかない。DVDで見たミニガンは人体を引きちぎるほど愉快な威力を持っていたし、マジでミサイル撃たれて蒸発するかも。アリ、ブロックの陰から動こうとしない。なに待ってんだろ? 小便ちびってフリーズしちゃってる? ひとは見かけによらないものだっていうし。 《続》


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