◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …14

2005-09-20 13:46:55 | 創作
 ……シュッ! 何かが頬をかすめた。そいつは暗黒の雲海に飛びこみ、あっという間に肉眼レーダー圏を脱した。でもここじゃ虫さえ接近してこない。願望充足型の錯覚が襲ってきただけか? ダイヤの指輪$10000の正札がたまに$1000と読めるような。彼女いま絶対こっちむいたよね気があるかも、みたいな。コインをキッチリ入れてジュース買ったあと自販機のつり銭受けに指つっこむ癖、みたいな。
 ……シュッ! また何かが後ろからやってきて頬をかすめた。今度のは上空に消えず、前方に飛んでブーメランのように戻ってくる。目の前で宙返りを決め、横にスライドして飛び去った。ジェットだ! F16だ! 二枚尾翼のF14/トムキャットじゃないけど、この飛行技術は――ゲームセンターでしっかり見た技。雲海に隠れた一機も急降下してきた。二機は宙返りしたまま編隊を組み、おれのまわりを旋回する。
 ミゲル!? 叫ぼうとしたのに、喉が焼かれて声がでない。一機のコクピットが喋った。 
「リョウ、だいじょうぶ? ぼくに任せてくれ!」
(そのフレーズ、やっぱりミゲル!)おれは声なしで笑った。
「すぐ声もでるさ。ぼくに任せてくれ!」
(ハハハッ、任せるよ。おれたち、何もかもうまくいったんだ)
「そうそう、いまだってね。金のこと忘れてない? ぼくの口座に振り込んで!」
(忘れてないよ。おれの半分だ)
「それでOK、ぼくたち金持ちになる。ネットトラップ!」
(蜂蜜! 蜂蜜!)
 体が震えだした。白い砂に、血がポタポタしたたり落ちた。久しぶりにミゲルに会って興奮しすぎ? いつの間にかF16の編隊はゲームオーバーまたのチャレンジお待ちしてますチャラ~ン♪って感じで姿を消していた。おれたち、楽しかった……睡魔が襲ってくる。ここで眠るって、きっと死ぬことだと確信した。でも、もういい。息しにくいし体が重たい。ひどく疲れた。もう、いい。砂に倒れこんで膝をついた。横になりたい体を手で支え四つんばいになった。
 ゴォォォォーッ! 上空が渦巻く。暗黒星雲が激しくかき混ぜられ、銀白色の十字がピカピカ光る。パタタタ、パラパラ……ヘリ? ミニガンでミンチにされる! こんなところじゃ隠れる遮蔽物もないし。でもいい、もう逃げたくない。このまま天命を受け止めよう。
 キューン……。雲間からターボエンジンをとどろかせ、黒くペイントされた大型ヘリが姿を現した。上空でホバリングする。前と後ろにメーンローターが二個もある! 輸送ヘリ? わかったぞ、いまから豪華キャストたちが降りてくるんだ。ゾロゾロと完全武装の兵士たちがね。案外、サブマシンガンもった赤龍人の殺し屋たちかもしれないな。逮捕される? いやいや、散開したガンマンたちが90°の範囲から一斉射撃してオランダ・チーズ状に穴あけられてボロクズにされてから、やっとおれはフラ~ズサッて倒れるんだ。とミゲルがいってた。お前たちの好きなようにすればいいさ。こんなおれひとりのために、そこまで戦闘資金を注ぎこもうってんだ。膝に力を入れて立ち上がった。なんだか勝利者の笑いがこみ上げてきた。ヴィクトリー!
 サーチライトでヘリが地面を探査している。慎重なやつらだ。ここには白い砂しかないってのに。やがて前方100mのところにヘリが降下してきた。砂が吹き飛ばされ舞い上がり、渦まき、暗黒の虚空に白いオーロラをつくった。ヘリはその中心に着陸した。ウィィィィーンン……。ヘリの後部ハッチが、跳ね橋のように開く。さあ来い、来いよ。おれは逃げないぜ!
 ゴト……ゴトッ、ゴトゴト……。真っ黒なイナゴの産卵。倒れたハッチを伝って、なっ、なにあれ!? ヘリの後ろから車椅子が降りてきた。白衣のナースが車を押している。その横に付き添って、だれか歩いてる。髪の毛が白い。こっち来た! 身長180cmくらい、ガッシリした筋肉質の男。髪の毛が白いんじゃない、頭に白い包帯を巻いた黒人だ! 片目が隠れるくらい頭は包帯でグルグル巻きにされ、ベットリ血がにじんでいる。男は点滴棒をステッキがわりに突き、ビニール製の薬剤タンクと肩のあたりが細いチューブでつながっている。もう一方の手は車椅子のアームをつかんでいる。はだけた黒い胸、腰の白い布。男が笑った。車椅子から手を離して振った。
「リョウ、これに乗ってくれ!」
(アリ……!?)
「そう、ぼくだ。きみを救出にきた」
(点滴、どうしたのさ?)
「気にするな、たいした傷じゃない。なにもかもシナリオどおりだ」
 横で微笑んでいるナースが気になった。
(ねえ、きみ。だれ?)
 フフッ。ナースは白いキャップに手をあてた。大きな赤い十字架。ピンで束ねた髪の毛がはみだしている。ブロンドだ! 決意のこもった眉毛の下で濃いブルーの瞳がウリウリ動いた。泣いているのか笑っているのか。
(メアリー!? まさか!?)
「そのマサカ!」
 嘘? イギリスに帰っちゃったんだろ? もう二度と会えないんだろ? そのほうがいいんだ絶対。いまでも好きだよ、メアリー! とても会いたい。でも、おれやミゲルと違う世界に住んでる!
 アリが苦笑していった。
「クールな話はあとだ。はやく乗って、ここを離脱しよう! あそこでCH-47チヌークが待ってる!」
 チヌーク? あれが? メアリーがさしだす車椅子におれは腰掛けた。グルッと180°まわる椅子。目の前には巨大なヘリ。おれたち、どこに行くんだろう? 天空の端からジリジリと光景がしらけていった。燃やされてフィルムの端が欠損したキネマ。しだいに暗黒星雲と白い大地が失われていく。ヘリの先頭が、次の瞬間には開いていた後部のハッチが消失した。おれひとりを車椅子に残して、アリもメアリーもあっけなく消え去った。視界が霧散した。《続》


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