◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …10

2005-08-21 12:14:46 | 創作
 ミゲルの電話から聞こえてくるのは例のドス声。
 ――そろそろ十分、電車なみにおれたち時間厳守なんでね。そっちも約束は守ってもらおうか。アリを引きわたすんだな。いやならこっちは次の手を打つぜ。
 プァァァァァァーププァァァーン。おれのなかでトランペットが鳴りひびく。イラクなんかで流行ってる兵士の葬送曲だ。アフガンでも使ってんのかな? もうだめ行き止まりホールドアップ糞づまりデッドロックおかーちゃんメアリーどさくさまぎれにいうけど好きだったチョー愛してた!
 ――おい、聞こえてんのかい!
 とは、こっちの電話。
 ――はいはいはい聞こえてまっせ。だれだ忙しいんだよ、いま!
 これはおれ。
 ――まだ結論がでないんだ。もうちょっと待ってくれ。
 とはミゲル。電話の同時中継はすごくややこしいから整理しよう。
 アリを引きわたせと主張する赤龍人にたいしてミゲルは時間をかせごうとしたんだが失敗した。もーしょうがないんで、ヤダッペと答えたわけだ。アリをだしても命が保障されるなんて信じないね、こっちはテメーら1000人と戦う用意があるんだぞ来るなら覚悟してこい龍の短足なんか油であげてゲソ天にしてやらぁ! とまあね、ミゲルじゃなくてもそういわざるをえなかっただろう。怒った赤龍人は電話を切っちゃった。で、次はこっちの電話。スペードからだった。いろいろ今日までありがとサヨナラバイバイ長生きしろよジイサン、といったんだが、まだ諦めるのと射精は遅いほうがいい男ならグググッとそこ我慢しろっていう。
 ――うっせぇ、ウゼーんだよジジイ。なにがいいたいのさ?
 ――博士の研究所、知ってるか?
 ――アリに聞いて、いまホームページにアクセスしたところ。ウイルス放りこまれちゃった!
 ――やっぱりお前たちだったか。パスワードは?
 ――それがわかったらいいね。でもアリはアリババじゃないからね。URL教えただけで開けゴマともピュンともチュンとも鳴かないしさ。研究所のセキュリティーがハッカー対策に狂ってやがんの、たぶん。
 ――アリから聞きだして軍用のシリアルナンバー書き入れろ、それで博士と話ができる。じゃあ後でな。
 ――待ってくれ!
 という最後の言葉は不用だった。スペードに待てはない。自分がいいたいことをいったらアッサリ電話を切っちまうって最悪の性格だ。なぜだか多いよね、こんなクソッタレが!
「アリ、おまえに軍用の認識番号ってある? スペードによるとパスワードに使えるらしい」
「ほんとか! O‐67328だ!」
「それ米軍のみたいだ。まあいいや……」
 ただちにおれは抜けたピースにアルファベットと数字を書き込んだ。パンパカパーン。トランペットが高らかに鳴りひびく。ヤメロォォーだっさいホームページは! 無数に星が飛び散ってクス玉がぱかっと割れる感じで画面が割れると不気味な顔が現れた。髪の毛が飛び眼鏡が傾き伸び放題の髭に口が隠れている。どっかで見た顔だぞこれ。
 口ひげが動き、ボソボソしゃべる人の声がスピーカーから流れてきた。
「リョウか? だったらそっちのカメラ回せ」
 おれはモニターの上にセットしているカメラのスイッチを入れた。
「おおおおー、ふけたな!」
「だれっすか? もしかしたら博士?」
「もしかせんでも、わしは昔からそれだ」
「はぁぁぁお久しぶりです! 年とりましたね」
「お前たちみたいな悪ガキに苛まれすぎたからな」
「みんな、いまどうしてます?」
 おれがまだ10才のときだった。NGOのメンバーとしてこの国に来ていた生物工学者のドビング博士はホームレスの子どもたち百二十一人を集めて学校をつくったんだ。おれもスペードにいやいや放りこまれた。全寮制でね、喰いものと着るものには困らなかったな。とにかく字が読めて書けるようになること、それが最低の教育方針だったんだがおれたち「生徒」は従順で優秀だった。しょっちゅう教師役のボランティアたちは財布や靴をなくしたし、十秒でもデスクの上に置き忘れたタバコは探すだけ無駄。とくに狙われたのは医務室で、睡眠薬や痛み止めの薬は街では高く売れたんだ。あるときハブの死骸を漬けたガラスビンが盗まれた。漬けた液体はエタノールだと信じこんだプタとヘックが窓枠を外して忍び込んだのさ。ハブ焼酎として高く売るつもりだったらしい。ところがこれは未遂に終わった。バカな二人は部屋で試しに飲んだからだ。これとってもいい匂いがする! オメエらにはやんねーぞといってステンレスのマグカップで派手に乾杯した二人のそれが最後の言葉だった。苦しんだ末の三時間後、目を剥き真っ赤な顔をした二人が〝国境をこえた医師団〟の看護婦やドクターに運ばれていったときにはもう息がなかった。プタとヘックだけじゃなく、おれたち全員アルコールにホルマリンが混ざっていたなんて知らなかったんだ。この事件以来、おれたち少しはおとなしくなったな。おれも英語のアルファベットは書けたし、自国語も漫画のセリフくらいなら読めるようになった。博士が自分のパソコンに触らせてくれたのはそのころだ。リョウ、この箱から世界が見えるんだぞ。その言葉の魔術に引っかかったおれは、寝るのも忘れて博士からパソコンの知識を教えてもらった。というのは嘘っぽい。博士の部屋に行くと、いっつもアンパンとジュースをくれた。
 口ごもって、博士がいった。
「あのころの悪ガキ、みんな死んだ。残ってるのはお前とケンタとパイだけだ!」 
「ケンタとパイには、たまーに会いますよ。結婚してプンナンロードでHビデオ屋やってます」
「知ってるよ。わしにときどきメールくれるし」
「なんですって? そんなこと聞いてないっすねえ!」
「口止めしていたからだよ」
 ホホホー口止めね。うさんクセーんだよ、みなさん! 《続》



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