◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

ソウルキッズ …6

2005-08-03 14:44:04 | 創作
 アリを捕まえたおれたちは偵察衛星になって、倉庫を遠巻きにグルグルまわった。赤龍人たちが狙っているんだとすれば、倉庫は知られてる。近づけば、どこでコンバンハしてくるかわかったもんじゃなかった。ミゲルはとってもうれしい予想をたてた。絶対どっかのビルの屋上だよ。そこで暗視スコープつきの狙撃銃を構えて、スナイパーが何人も待っているんだと。
車をおりてガレージを開けようとした瞬間、ぼくたちは穴だらけになるんだけど、ちょうど『おれたちに明日はない』みたいにすぐには倒れないんだぜ。『明日に向かって撃て』だった? 『狼たちの午後』 かもしれないな。とにかく日本語のDVDならア行が面白いけど、ひとしきり死のダンスを踊って向こうが透けて見えるくらい穴だらけになってからバッタリ倒れるのさ。
彼に血糊のついた防弾ベスト、アラミド製ヘルメット、MP5をわたした。
「これ着てしっかり武装していなよ。ガレージ開けるのはミゲル、きみだ」
 近くにポリス無線は飛んでいなかった。深夜の携帯用マイクロ波は、しあわせそうな男女のかわり映えしない会話がほとんどだった。明日の宿題いまからやら なくちゃとか、また会いたいね、生水は煮沸してから飲んで、今度の小説はポップなだけで頭わるいね批評の不在だとか。
後ろで死んだふりしてるアリさえいなけりゃ、ごくごく平凡な夜だった。また明日になれば、おれとミゲルはゲームソフトのソースにもぐりこみ、ときどきメアリーを思い出したりしているんじゃないか。そんな気がした。それでもおれたちは慎重だったから、倉庫を中心にジグザグと三回も周回した。銃声は一発も聞こえなかった。
運んできた武器で武装して、しばらく倉庫でろう城しようと相談した。殺すまえにアリからいろいろ訊きたいことがあるとミゲルはいうし、おれはおれで考えもあった。途中、いつもとは別のマクドナルドでバーガーを六十個買って、コンビニで水とコークの2リットル入りペット・ボトルを十本ずつ仕入れた。でっかい冷蔵庫が二個もあるから余裕だ。
マクドナルドでは、赤いハットをかぶったミニスカートのウエートレスが両手でピストルをかまえる仕草をした。片目をつぶって、おれの額の真ん中に照準をあわせて、日本語をしゃべった。
「あんた、ミゲルの友だちよね パーティーだったらわたしも誘って。仲間の女の子たちも呼ぶよ、ぜったい後悔させないよ」
「予定は明日だ。いまから、少しずつ準備しとかなくちゃね」
 おれも日本語で答えてウインクして、中指をたてた。チンコが元気になった。
「あらそっ? じゃあ明日、ここに電話してきて」
 黄色いイニシャル〝M〟が印刷された名刺には、李志宇(イジウ)と書かれていた。韓国系の色白な彼女の「アラソ」は、わかったという意味だったのかな。「明日だ」と答えたものの、日本人が「明日」と書くような明るい日のイメージは浮かんでこなかった。せっかく元気に なったチンコが萎えてきた。困ったやつ、厄介なやつ、意外と神経質なんだなこいつ。
スペードに電話した。最後になるかもしれない。
よう、久しぶりだな。と相手がいった。
 ――今日までいろいろサンキュー。それだけいいたくてね。
 ――なにがあったんだ?
 今日までの追跡劇、っていうか逃走劇のすべてを話した。スペードは笑いだした。
 ――感動的じゃないか。まるでハリウッドのアクション映画だ。
 ――ひとごとみたいにいう。ま、あたりまえか。どっかでおれの死体を見つけたら、アップロードしてほしい。
 ――そいつはまだ早い。そこから2キロほど北に「五本バナナ」があるだろ? あそこで、おれの電話を待ってろ。
 Y字路になった道端に大きなバナナの木が五本、密集してはえている。そこが「五本バナナ」と呼ばれる場所だ。風化して字は読めないけど、石の碑が建っている。なんでも昔、ここに偉い僧侶が立ち寄って休憩したんだそうだ。
ライトを消してバナナの葉陰に車を停めた。ルーフの上で泣きつづけるパラボナ・アンテナの回転を止めて、燃料は心配だったけどエンジンをアイドリングさせた。月の光で周りの闇は青く、虫の声が聞こえてきた。緊張のせいで両肩は鉄板になっていた。ミゲルは後ろのハッチバックを少し開けて外を警戒していた。ガムテープでグルグル巻きのアリはアリで、いつのまにかズルズルと姿勢をくずして床に伏せていた。こいつ、ぜったい意識がある。だけど、頭から血を流すソマリア人のチョコレート顔は、暗闇の中では謎だった。
おれとミゲルはハンバーガーを二個ずつ食い、水のペッ トボトルを一本カラにした。車の燃料ゲージはエンプティーをさしていた。頭ん中とそっくり。三十分ちかくは、待っていたはずだ。
 ――はやく倉庫に帰れ。いまなら、お前たちを狙うものはいない。
 ――どうなってんの? 教えてくれ。
 ――グッド・ラック。
 ――ドケチ、クソして死ね!
 スペードは笑いながら電話を切りやがった。
 《続》


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